表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/13

 現実逃避をしている場合では無い。

 僕は、エリナを助ける為のマシーンだ。

 そうでなくてはならない。

 今すぐ、マシーンになりきる事は無理かもしれないけど、徐々に冷静になれるように心がけるべきだろう。

 彼女への想いが実ろうが実るまいが、実際の所、二の次だ。

 あの人だけは、酷い目にあってはいけない。

 最悪、僕は人殺しと刺し違える。

 僕の腕を切り落とすのに、足を切り落とすのに、人殺しはどれだけの手間をかけなければいけない?

 それとも、殺してから僕をバラバラにするつもりか?

心臓を一突きして、僕が絶命するまでに、どれだけのタイムラグがある?

 その時こそ、僕は、このペーパーナイフで、人殺しの目玉を刺し貫く。

 人殺しが重傷以上の損害を被れば、彼女が逃げ延びるチャンスは大幅に増える筈だ。

 ――そんなにうまく事が運ぶはずはない。僕は弱い。僕は死にたくない。

 そんな考えは、浮かぶ前に押し込めてしまえ。

 僕はマシーンだ。エリナを救う為のマシーンだ。

 死ぬ気になれば……出来る事は多い。

 最初はさっきみたいな事に怯えるかもしれないけど、慣れるべきだ。慣れなければ。

 壁伝いなどという甘えも捨ててやる。

 堂々と通路を歩き、ナイフを片手に、人殺しと対決する意思を見せつけてやる。

 例え、彼がどこかで僕を見ていて、せせら笑っていたとしても。

 しかし。

 僕は、膝が笑うままに通路を行きながら、考えを巡らせていた。

 今通っているのは、さっき来た道だ。

 つまり、もう少し行けば、さっき床にぶちまけられた物とか、血まみれになった窓が見えてくる。

 あえて、その道を選んだ。

 その理由は、もう言わない。

 ほら、あの濃い極彩色の肉塊が落ちている。にじみ出た汁や血が、さっきよりも広く、絨毯を冒していた。

 余談だが、僕の吐瀉物もちゃんとそこにある。

 駄目だ……冗談めかして言っても、まだ割り切れない。

 しかし、外に落ちている手首といい、それがどこから来たのか、論理的に推論出来ないものだろうか?

 びゃっ。

 さっきの二つに比べれば、控えめな飛沫の音。今来た道の、背後。

 振り向くか、振り向かないか。一瞬、迷った。

 だが、目を背けた結果、大事な事を見落としていては、きっと後悔する。

 現実を直視して失うものなんて、多分、いくらかの正気くらいだろう。

「……っ!」

 うめきを、完全にかみ殺す事に成功した。

 何のことは無い。

 五〇〇ミリペットボトル一本分……くらいの……血が……絨毯に……飛び散って……いた……だけ。

 大半が生地に吸われたが、溢れた分は水面となって、白熱灯の光で爛々と輝いていた。

 錆びた鉄のような臭いが、濃厚に胸を満たす。もう一度、嘔吐しそうになったが、もう吐けるものは液体しか残っていない。

 透明な液を吐き出したくらいで済んだ。

 またロビーに引き返したい気持ちを強引に抑え、足早に歩を進めながら、どうにか考える。

 あの血は、どこから来た?

 壁にかかった飛沫を見ると、上からまき散らしたように思える。

 美術教師の仕事柄、薄めたアクリル絵の具のバケツをひっくり返した経験も、何回かはある。

 その記憶が役に立っているかどうかは知らないけど、多分、この血溜まりは、真上から落ちてきたのだと思う。

 けど、上からそんなものが漏れ出した形跡は、少しも無い。

 天井は、純白の漆喰に、精緻な細工が刻まれている。クリスタルのキューブを思わせる吊り照明が、奥行きに沿って沢山ぶら下がっている。

 そこには、一滴の血はおろか、染みさえも見当たらない。

 かといって、床からにじみ出たわけでも無いだろう。壁についた飛沫は、明らかに、飛び跳ねたものだ。

 当然、窓や壁にもそれらしい痕跡は無い。

 どうしても、大量の血液が中空に現れ、落下してきたようにしか思えない。

 鼓動が急速に早まる。

 後ろから何かが追ってきている気がする。

 多分、僕の足音なのだろう。

 ごとり。

 擬音で表しやすい物音。重量物。固形物。三メートルほど前。

 バスケットボール大の物だ。やはり血染めだ。

 僕はそれを、ろくに見もせず飛び越え、全力で走った。

 何か、背中がむずがゆい気がする。

 誰かに、黙って手をかざされているような、そんな違和感だ。

 気のせいであって欲しい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ