廻。
運命の人だ。
私はそう思った。
知っている香りがしたから。
その香りが昔好きだった人の香りだとわかるまで、あまり時間はかからなかった。
彼の姿が頭を過る。
図書館帰りの電車の中のことだった。
様々な匂いが入り雑じる中、私はその香りを見つけた。
その香りは、
“香水なんて、どれも一緒。”
と、香水売り場に長く居られないような、香りに疎い私が唯一わかる。
唯一好きと言える、香りだった。
彼とは、ただすれ違うだけ。
ほんの小さく、挨拶を交わすだけ。
時々、他愛ない話をするだけ。
私の片想いに過ぎなかったのだと、寂しさに笑える。
香水はつける人によって違う香りに変化する。
私は彼の香りに、恋をしていたのかもしれない。
そんなふうにさえ思う。
当時の記憶が鮮明によみがえり、
巡る景色を追うふりをして、
探してしまう姿。
人間は自分と真逆の香りがする人を。
好きになるらしい。
ああ、
香りに色がついていたら、すぐに見つけられるのに。
ふとため息をつく。
確かに感じた香りが消えていく。
私はその姿を見つけられなかった。
けれども、どこか安心している自分がそこにいた。
もし出会ってしまったら、どうしたら良いのか……わからなかっただろうから。
家へ帰り、借りた本を開く。
電車で見つけたあの香りを、ふんわりとそこに感じた。
混じり気のない、純粋な、思い出の香り。
あわてて私はページをパラパラとめくる。
まさかとは思った。
貸し出しカードを引っ張り出す。そして思わず声が出た。
「これは……」
見覚えのある文字。
見覚えのある……
名前。
私は見てはいけないものを見てしまったように感じ、素早くそれをもとに戻し、本を閉じた。
数日後、私は図書館に向かっていた。
あの彼とは、真逆であってほしい香りのする香水をつけて。
こんなことをしても、無駄だと知っている。
それでも私は。
彼も私のことを、
私の香りを、
探してくれているのではないかと。
期待していたのだった。
心のどこかで。
降りたホーム。
また微かに香りを感じ、振り返ってみる。
「やっぱり君は……」
どこか懐かしい声がした。
そしてきっと、
その人は。
この物語は“廻る物語”です。
最後までお読み頂けたら、
もう一度、冒頭の一文を。
口に出して読んで頂ければ幸いです。