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ブートストラップ  作者: 笛伊豆


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第7章

 マコは立派だった。お盆を抱えたままで、その衝撃に耐えた。表情もほとんど動かさなかった。

 言いたいこともあるだろうに、我慢している姿は一応は立派にみえた。だが、後で聞いたところによると、呆然自失していただけだそうだ。自分にこんな脆いところがあることを知ったことは、さらに衝撃的だったという。

 そういうマコとは関係なく、僕は思わず言っていた。サラリーマンとして、他組織の人事に介入することはタブーなのだが、反射動作だった。

「待って下さい。サーバーを覗いたのは私も同罪です。彼女ばかりに責任を負わせるのは」

「自分だけならまだしも、田村くんにまで覗かせたのは十分に懲戒解雇の理由になるとは思わんかね……いや、悪かった。そんなことを問題にしているんじゃないんだ。クビと言っても、解雇じゃない。自分からやめることになるというだけだ」

 どう違うんだ、という疑問が僕たちの顔に出たらしい。八代教授はとりあえずマコを僕の隣に座らせて、それからおもむろに「説明」を始めた。

「ところで田村くん。君は開発系じゃなかったと思うが、オブジェクト指向はもちろん知っているだろうね」

 いきなり全然別の話題をふるのは、マコの専売特許ではないらしい。むしろ、この人の癖がマコにうつったのかもしれない。それにしても僕がシステム開発技術者ではない、ということも知っているのか。いつ調べたのだろう。

「一応、概略ぐらいは」

「結構。あの方法論の中でも、私はカプセル化の概念が気に入っていてね。まさしく、人間的な思考法じゃないか。

 情報理論は、人間的な思考や行動分析から導き出されてきたものが多いが、オブジェクト指向こそが正当かつ正確に人間社会を写し取ったものであると私は思う」

 カプセル化というのは、オブジェクト指向開発メソッドのひとつで、要するにあるプロセスとデータを一塊のものとして作ってしまうことだ。

 しかも、内容がわからないように隠蔽してしまう。カプセルに仕事をさせるには、メッセージと呼ばれる指示を出すのだが、メッセージを出す側はカプセルが中で何をやっているのかを知る必要はない。というより、知ることができない。

 僕の知っているのはこの程度だが、昨今のシステム開発は大半がこの方法で行われていると言われている。システムの部品化で、既存のものを組み合わせるだけでソフト製品を作ることもできる。僕も、この方法で簡単なツールを作ったことがある。僕の専門はシステム管理だから、本当のオブジェクト指向開発というわけではないのだが。本物のオブジェクト指向プログラミングなら、クラスの継承とかバインディングとか色々あるけど、僕には無縁だ。

 しかし、それとマコのクビが、いやあの謎の事故予測が何か関係があるのだろうか?

 マコが口をはさんだ。

「カプセル化が人間社会の写し、ですか」

「そうとも。人間こそがカプセルと言えないかね。外からでは、内部で何をやっているのか判らないし、データとそれを操作するプログラムが一体となっていし、お互いのメッセージのやりとりで処理したり内部状態を改変したりする。

 自立しているようでありながら、人間という字が示すように、単独では活動する意味がない。人と人の間があってこその人間なのだからね。

 惜しむらくは、人間以外の環境がまだそこまでになっていないために、カプセル化の意義が十分に生かされているとは言えないことだな。

 だが、それもまた設計目的のひとつなのではないかと私には思えた」

「設計目的……ですか」

「そうだ。ガイア理論は、地球全体がひとつの意志を持つ生き物であると説明する。しかしその意味は何だ?何のために存在しているのか?意味はないかもしれん。だがあるかもしれん。では、あるとして考えみよう、というところから始まったのだよ」

 いつの間にか、僕は八代所長の話に引き込まれていた。マコも同じらしい。

 八代所長は、アジテーターの素質があるのかもしれない。というより、むしろ宣教師とか教祖に近い。言っていることはトンデモに近いのだが。

「私自身は、神なんぞ信じない方だがな。しかし、何かが全部を作ったという意見には賛成する。そう考えた方が納得がいく。

 ところで、人間というのは、とりあえず地球上では最高の情報事象だ。他のどんな動物、植物、その他の物質もこれだけの情報交換や伝達は行っていない。

 特に、近代科学技術の恩恵を受けるようになってから、情報の交換速度や範囲が飛躍的に向上した。電話はもちろんラジオやテレビしかり、最近ではインターネットしかりだな。

 少し戻ってみると、コンピュータの開発によって、人間は自分で情報を作るだけでなく、人間以外のものに情報を蓄積したり、増幅したりできるようにもなっている。これにより、人間社会はますます複雑化し高度化した……ということには賛成してくれるだろう?」

「は、はい」

「ところで、人間というのはどうも人間中心物理学が好きでね。今言ったことも、全部人間のためとしか考えない傾向がある。文明が発達したことにより、人間社会はどうなるか、というようなテーマだな。

 だが、ガイア理論を持ってくると、人間なんぞは細胞の一部のようなものだ。重要とは言えるかもしれんが、不可欠なものはない。これはあくまでガイアが生物だとしての話だが。

 ところが、ガイア自体が生物ではない、道具だとしたらどうだろう。人間というものは、すごくユニークな部品だとは思えないか?」

「部品……ですか」

「そうとも。しかも、ごく最近になってガイアマシンに付け加えられた部品だ。人間こそが、試行錯誤の末についに製造に成功した、誰かがずっと開発し続けているガイアマシンの性能を飛躍的に向上させる部品なのではないか、と私は考えているのだよ」

 まるで夢を見ているようだった。

 理屈がはっきりしないまま、事態がどんどん進展してゆくイメージだ。僕は八代所長に洗脳されていた。

 だが八代所長は、ちらっと腕時計に目をやって一人頷くと、おもむろにマコの入れたコーヒーを啜った。時間調整をやっているかのようだった。

「先生……それが、あのサーバーと何か関係があるのですか」

 マコの方は、冷静に恩師の言うことを咀嚼しているらしい。これまでにも概略くらいは聞かされたことがあるのかもしれない。

 八代所長は、目を細めてコーヒーを飲み干してから、おもむろに答えた。

「もちろんだ。それではいよいよお待ちかねの説明に入るとするか。

 とりあえず、仮説として人間がカプセルだと考えてみよう。それぞれのプロセスと、そのプロセスで処理するためのデータを内蔵したオブジェクトだ。

 このカプセルが数十億集まって、ガイアの一部を構成している。もちろん、ガイアはカプセルだけじゃない。ガイアの身体としての大気や地表、コアなどがある。そして、今や電波網とインターネット網がガイアを覆い、各オブジェクトを結びつけている。

 さて、ざっと説明してみたが、真琴くんはこの説明から何の道具を思いつくかね」

「……システム、ですか」

「そうだ。より正確に言うなら、計算機、コンピュータとソフトウェアだ。各人間はそれぞれがカプセルであり、しかもシステムを構成する素子でもある。ソフト/ハードウェアとでも言うのかな。素子自体が情報処理を行うコンピュータを考えてみたまえ。

 しかも、これは非ノイマン型だ。動作速度は遅いが、並列処理が出来る。計算結果に従って、素子たちは自らの構成を変化させる。ガイアの身体も改変する。まさにこれは、神のコンピュータなのだ」

 神のコンピュータ!

 古くさいSFじゃないか。割と昔からあるネタだ。今さらそんなもんで納得する奴はいないだろう。説明しているようでいて、何も判らない。

 だが、SFじゃなくて現実的に考えてみると、色々問題がありそうだ。

 プログラミングはどうやるのか。メンテナンスも必要だ。さらに、結果はどうやって出力するのか。

 めくるめくイメージだ。僕は圧倒されていた。

 だが、またしてもマコは冷静に聞いた。

「それが、あの予測なのですね」

 八代所長は、ひどく満足そうだった。大きく頷くと、マコに笑いかける。

「そうだ。だがあれは予測ではない。結果だ」

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