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ブートストラップ  作者: 笛伊豆


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第6章

 僕のマシンで教授のサーバーから持ってきたファイルをプリントしてみたが、それで何が判るというわけでもない。結局2人で飲んでしまった。

 翌朝、マコは僕の部屋から出かけていった。昨日の服装のままで出社するのはまずいので、自分の部屋に寄って着替えてから出勤するそうだ。そのへんは女性らしいかと思ったが、単にラフな服すぎてウィークディに着て行くわけにはいかないだけらしい。マコもそのへんは会社員しているわけだ。女はしてないけれど。

 僕の方もサラリーマンだから、定刻通りに出勤した。プライベートで何があろうが、仕事はきちんとこなさねばならないのはサラリーマンとしての義務だ。。

 2日後、マコから電話がかかってきた。こっちもかけようと思っていた矢先だった。マコに確認したいことがあったし、それにあのファイルの内容がほとんど的中していたことを知らせようと思っていたのだ。

 だが、内容に違いがあった。

 昨日の富山のコンビニ強盗は、あのサーバーの記事によると店員が軽傷を負ったとあったが、TVや新聞のニュースでは負傷者はいないことになっていた。また盗られた金額も桁が違う。

 女子大生グループの遭難も、道に迷ったものの、翌朝捜索隊が出る前に自力で山小屋にたどりついていた。その他も似たようなもので、つまりすべての事件が少しずつ教授のファイルと違っていたのだ。

 また、サーバーのファイルはいかにもウェブの記事らしい書き方だったが、あの記事に該当するスタイルのウェブニュースサイトは無かった。どこからか持ってきた記事ではないのだろう。僕の検索システムでは判らないニュースサイトがあるのかもしれないが。

 そのことを話すと、マコは少し黙った後いきなり言った。

「ヨウ、今日会える?」

「今のところは急ぎの仕事はないから大丈夫だと思うよ」

「それじゃ、なるべく早く研究所に来てくれないかしら。受付に言っておくから」

「……大丈夫なのか?」

「あのことなら大丈夫。それより、相談したいことがあるの。待っているから」

 それだけ言って、マコは電話を切った。

 何だか、いつものマコとは違うような気がして、僕はその後仕事にならなかった。

 定刻きっかりに会社を飛び出す。僕の会社から30分で知識認識工学研究所のビルに到着した。

 今日は、エントランスにちゃんと警備員がいた。僕の名前を聞いて、電話で確認をとった後、訪問者バッヂをくれる。こないだの日曜は何だったんだろう。

 8階に上がると、今日はドアの向こうに受付の女子職員がいた。さすがに、こういうところはちゃんとしている。役所だ。

 マコの名前を言って待っていると、5分ほどで取り澄ました鈴木研究員が出てきた。僕と他人行儀に挨拶し、それから奥に誘う。

 事務室を通り抜け、研究区画に入ると、やっと鈴木研究員はマコに戻った。

「マコも、一応は化けるんだね」

「必要があればね」

 マコは、上の空で返事して、教授の研究室のドアをノックした。

「入りたまえ」

 鷹揚な声がして、マコがドアを開け、僕は初めて教授に面会した。

 僕なりに想像していたのだが、その通りの外見だった。大柄で髭を生やし、黒縁のメガネをかけている。アメリカあたりの成功したコンピュータ技術者によくいるタイプだ。

 ジーパンにセーター、その上に白衣を着ているところまで僕の想像通りだった。白衣はエアコンのせいらしい。部屋は日曜よりさらに冷え込んでいた。

 教授は例のサーバーの前にいた。目にもとまらないスピードでキーボードにブラインドタッチしてから、立ち上がって歩いてくる。

「教授。田村さんです」

 マコが堅い口調で言った。

「田村さんには、例の時事関係のメールマガジンでご協力頂いていて……」

「判っている」

 教授の口調は穏やかだったが、マコは気圧されたように口をつぐむ。

 教授の声については、僕の想像が外れた。もっとダミ声かと思っていたのだが、外見に似合わず澄んだアルトだった。

「田村くん、だね。私がここの所長の八代です。初めてのような気がしないね」

 そう言って、八代所長は手を差し出してきた。僕は、その手を握り返しながらとまどっていた。

 マコから聞いて、僕なりに八代もと教授、現知識認識工学研究所長については調べてみたのだ。

 八代径人は、それなりの学者だった。情報学会や知識学会のデータベースには、いくつか論文が載っていたし、経歴もほぼたどることが出来た。海外の有名大学の研究所や有数の研究機関に在籍したこともあり、堂々たる一流研究者と言える。

 だが、僕はうさんくささを感じていた。どうも、経歴に作り物めいた感触があるのだ。

 まず、これといった実績がない。発表された論文はそれなりのものだが、一流の研究者にしては方向性の統一が取れてない気がしたし、僕の大学の先生に聞いてみても八代径人のことは知らなかった。

 別に研究者が全員知り合いである必要はないのだが、噂くらいは流れるものだ。まして、八代径人はもう50代、情報工学の研究者としては古株だ。あれだけの研究機関を歴任した一流の学者なら、もっと知られていても良さそうなものだ。

そして、マコとの関係。八代径人は、マコが大学院に進学すると同時にマコの大学に教授として赴任し、マコが卒業して留学するとほぼ同時に離任している。

 もちろん、ただの偶然かもしれないが、それまでの八代径人の経歴には教育機関の在籍がなかっただけに、唐突なものを感じざるを得ないのだ。

 そんな僕の困惑を素早く読みとったのか、八代所長はニヤッと笑ってからまたサーバーの前に戻った。

 椅子に座り込み、再びキーボードを操作しながらのんびり言う。

「まあ、掛けたまえ。といっても、ここには折り畳み椅子しかないが。ああ、真琴くん、コーヒーでも入れてくれ」

 マコは、黙って従った。マコには似合わない、神妙な態度だった。

 ひょっとして、あのことがバレたのだろうか?それで、僕を呼び出して証拠固めをした上でクビを言い渡すとか?

 悪い想像を押さえて腰を降ろす。すぐにマコが不揃いのマグカップでコーヒーを運んできた。

 一口飲む。インスタントにしてはなかなかいける。マコの才能をもうひとつ発見した気分で啜っていると、いきなり八代所長が言った。

「ところで、あのファイルの解析はできただろうね?」

 僕は、あやうくコーヒーを吹き出すところだった。とっさにマコを見ると、マコも目を見開いている。初耳だったらしい。

 すると、八代所長は知っていたのか。そしてマコにもそのことを黙っていたのだ。

 人が悪いのか、それとも何かあるのか。

 だが八代所長は、ちょっとふてくされたくらいにしか見えなかった。気の利いたジョークに僕たちが反応しなかった時のような。

「そんなに驚くこともないだろう。アクセスログをとってないとでも思っていたのか。ずいぶん堂々とやるもんだから、ははあこりゃ私に対する挑戦かなと期待してたのに」

「いえ、そんな。めっそうもない」

 マコがうろたえて口走った。僕といるときとは、まるで性格が違う。

「そうかあ?田村くんを引き込んで、何かやらかそうとしてたんだろ。君にしては思い切ったことをやるから、そうか君もいつの間にかそこまで成長していたのかと感涙にむせんでいたんだがなあ」

 性格が悪い。

 これでは、マコが位負けしても不思議じゃない。この人の下にいるマコがああいう性格になったことも頷ける。

 だが、このままでは話が進まない。僕は意を決して口をはさんだ。

「それで、どうなさるおつもりでしょうか」

 その途端、八代所長は真面目な顔になって僕の方を向いた。

「そうだ。田村くんにわざわざ来て貰ったのは、説明するためだ。説明しておかないと、後が面倒になる。聞かなきゃ良かったなどと思うことになるかもしれんが、仕方のないことだ。そういう巡り合わせだと思ってあきらめてくれたまえ」

 なんだか、最悪の事態になりそうな口上だ。そして、所長はマコの方を向いて言った。

「君はクビだ」

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