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ブートストラップ  作者: 笛伊豆


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第4章

 ちょっとがっかりしたが、それでも面白いことには違いない。

 となると、気になるのは僕のところに来る時事問題ネタの原稿は何を試しているのだろうかということだ。僕が読んだ限りでは、特別なことは何も書いてなかった。こう書くな、これは書けという指示はあったが、常識で考えてもおかしなところはなかったし。

 それを聞くと、マコも首をひねった。

「私は実施には関係してないから。ただ、教授から聞いたことがある。今の段階では、現実操作よりは対象者の『偏差』を測るための実験をやっているらしいわよ。だから、必ずしも記事の内容が方向性をもっているとは限らないんじゃないかな。何かの方法で、偏差があったかどうかを測定しているんだと思うけれど、よくは知らない」

「それじゃ、僕には実験の結果は判らないのか」

「こっちにだって、目に見える形では判らないと思うわよ。まだまだ初歩の初歩、よ」

 マコは肩をすくめた。もちろん、この言葉は間違っていたのだが。

「でも、なんだか聞いていると結構大規模な実験じゃないか」

「そうね。ただ、対外的には調査ということになっている。やっていることも調査みたいなもので、調べられても実験には見えないでしょうね」

「しかし、税金使っているんだろ?例の情報公開条例とかにひっかかったらどうするんだ?」

「国や自治体の補助はまったく受けていないはずよ。私もよく知らないけど、どこかの財団か何かの援助らしいわ。そのへんについては心配するなと聞かされているし、問題になったこともないわ」

「怪しいな」

「そうね」

 マコは、どうでもいいといった態度だった。このへんは、僕と違う。サラリーマンとしての経験の差か、あるいは性格の違いだろう。

 僕もどちらかというと面白ければどうでもいいと思う方だし、僕には関係ないことなので、その時はそれで済んだ。

 だが、僕もマコも知らなかったのだが、金の出所はうさんくさい所だったらしい。結果的にはそれもまたどうでもいいことだったのだが。

 マコとは、友人になってしまった。月に一度くらいは会って酒を飲んでダベる程度の友だちだ。ただし色恋の方の進展はない。そういった相性じゃなかったらしい。まだ機会がないだけかもしれないが。

 もっとも、会うと話す話題は限られてしまう。マコの方はともかく、僕があんな面白い話を聞かずにいられるわけがない。

 実験は続いているらしい。僕のところには、あいかわらず定期的にネタが送られてきていて、僕はもう習慣になった通りそれを編集してメールマガジンに流していた。

 こうなってくると、メールマガジンも趣味や楽しみでやっているわけではなくなってしまっているのだが、別の意味では興味しんしんだった。

 現実を変更するとかいう馬鹿馬鹿しい実験の片棒をかついでいると思っただけで、笑いがとまらなくなるくらいだ。僕は、本当は心からこういう事をやりたかったんだと思う。別に仕事を不真面目にやっているつもりはなかったが、本質的に無駄で無意味なことをやってみたいというのは、僕みたいな奴には本能でもある。

 ただし、この時にはまだ僕はこの件はジョークだと思っていた。巨額の資金を投入したくだらない企画だと。どこかの気のふれた、あるいは冗談好きな富豪かなんかが退屈しのぎにやっているに違いないと。

 言ってみれば、誰も必要としないダムを作るようなものだ。こっちの方が利権がからんでないだけ、まだ害は少ないかもしれない。だから、僕としては楽しみながら笑っていれば良かった。協力金も入ることだし。

 ところが、そんな牧歌的な日々は長くは続かなかった。

 ある日曜日だった。僕は、一月ぶりにマコと待ち合わせていた。前日の夜、いきなり電話がかかってきて、会いたいというのだ。

 普通ならデートのお誘いだと思うところだが、マコの口調に興奮を感じ取った僕は、もちろんそんな期待は抱かなかった。別の期待は抱いたが。

 待ち合わせの喫茶店に入ってくるなり、マコは目をキラキラさせながら、そのくせ声を潜めて、僕に言った。

「教授の考えていることはまだわからないけど、手がかりみたいなものが出てきたの。面白いわよ。ひょっとしたら、これは革命的なものなのかもしれないわ」

 そう言いながらカバンから出してきたのは、テキスト文をびっしりと印刷したA4の紙だった。どこかのサイトのデータベースを出力したものらしかった。

「何だ?これ」

「教授の専用サーバーのデータベースの一部。教授が不在の時、隙を見てついダウンロードしてしまったの」

 その所長って、ほんとにマコの恩師なのだろうか。

「どう思う?」

 僕は、その資料にざっと目を通した。

 大手の新聞社かテレビ局が開いているホームページのニュースのようだった。大見出しがキーになっていて、その下にニュース本文が続いている。

 正規化もされてなかったし、単にあちこちのニュースを集めてきたようにしか見えない。とても、現実を操作するというような実験の一部には見えない。

「どう思うって言われても……新聞の記事だろ。全部日本語だよな。日本の新聞社のサイトから集めてきたのか」

「どうかしら」

 マコは得意げだった。

「でも、教授の専用サーバーはスタンドアロンなの。つまり、ネットワークにつながっていない」

「ほう」

 こいつは面白くなってきた。

「どういうことか判る?」

「仮説1。未来、というか現在をシステムで予測した。具体的には、新聞社の記事を予想した」

「そういう予測アルゴリズムの開発は、教授の専門と全然関係ないわ。ノウハウもないし、無理だと思う。

 しかもそういったシュミレーションでは、突発的な事象を予測するのは不可能よ。この事故についての記事なんか、どんなアルゴリズムを組んでも予測できるはずがない」

 マコが指さしたのは、今日の午後に起こった高速道路での多重事故の記事だった。僕は夕食を食った食堂のテレビニュースで見たが、死傷者と重軽傷者の数が違う以外はほぼそのときのニュースと同じ事が書いてあった。

「仮説2。この記事を書いておいて、その通りの事故を人為的に起こした」

「教授を殺人鬼にするつもり?それに無理よ。多重衝突は難しいのよ。この事故に巻き込まれた人全員が共犯だというのなら何とかならないでもないけど……」

「仮説3。教授のサーバーには、秘密の無線回線か赤外線のLANボードが装着されている。それで、マコが知らないうちにネットにアクセスして、事故の記事をどこかのサイトから集めている」

「真面目にやって」

 僕は肩をすくめた。思考ゲームは好きだが、もうお手上げだ。

「もう出ないよ。だけど、スタンドアロンだからといって、ネットワークを使ってないとは言えないだろう。別の端末で記事をダウンロードしておいて、CDRかMOで専用サーバーに持ってきたのかもしれないじゃないか」

「うん。その手があるわね」

 マコがニヤリと笑う。本当に面白いと思った時に見せる笑顔だ。

「じゃあ、奥の手よ。そのファイルのタイムスタンプを見てみて」

 僕は見てみた。

 日付は昨日だった。

 タイムスタンプは、ファイルが作成された時刻をそのファイルの属性として記録するものだ。つまり、このファイルは昨日のうちに作られて、それから修正などはされなかったことになる。

 もちろん、タイムスタンプを誤魔化すのは簡単だ。タイムスタンプはシステム時刻からデータを持ってくるので、ファイルをセーヴする前にシステム時刻を変更すればいい。もっと手っ取り早く、ファイルの属性情報を修正してもいい。

 だが、マコは僕が何か言う前に、さえぎるように言った。

「事故は今日の午後起きたのよ。そして、教授は昨日から出張でサーバーには一歩も近づいていない。今日は一日中、私が研究室にいて見張っていたも同然だから、これは間違いないの。

 教授のサーバーは無停止で動いているし、タイマーも狂っていないことは確認してある。つまり、そのタイムスタンプは正しいのよ」

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