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その六

 

 人間界から夢界に戻ると、まずは中心地であり中立地帯の〝(かむ)()〟に送られる。そこから各国との国境に通じる門から帰ることになっている。

 

〝神縁〟は人の楽しい夢やワクワクする夢からなるので毎日お祭り騒ぎだ。また寺社仏閣が多くあり、信仰の場でもある。


 二人が到着した地点は屋台や出店が立ち並ぶ日本の縁日の区域だった。

「あれ、大将。どうしたんです?」

「おう。儲かってっか?」

「ぼちぼちです」

「旦那ぁ。いらしてたんならおっしゃってくださいよ」


 このようにあちこちの屋台の店主に声をかけられ、春星は人垣に埋もれる。桜夜はただ黙って外から眺めるだけだ。


 春星の周りにはいつも人がいる。部下達はもちろんこうして市中に出ると庶民達に囲まれる。

しかし桜夜は昔から使用人にしか囲まれないし、その囲いを通り抜けて手を差し伸べてくれるのは春星だけだ。なのに春星は桜夜といる時もこうして人々に囲まれる。


 いかに慣れたとはいえ幼い時からふとした折に感じる疎外感は成長した今もで。


 桜夜は何も告げずに踵を返した。


 それから春星は一人で屋台を回っていった。周囲が浴衣の中黒スーツの春星は目立ち、すぐに探していた相手が接触してきた。


「煌様」


 人混みに紛れて声をかけられ、春星はそのまま前方を向いたまま会話を始める。

「近頃急に成果を上げたユメクイと、突然消息を消したユメクイを探せ。また、人間界で〝贄の証〟に不自然な細工をされた者を炙り出せ」

「は。仰せのままに」

 話していた相手が消えると春星は何事も無かったかのように祭りを満喫した。


 富幻ふげんの宰相でありながらこうした場にお供も付けずにやって来る春星は人々に親しまれている。それからも春星は幼い子の代わりに射的や輪投げの景品を取ってやったり、迷子になっている子の手を引いて親を探してやったりした。


 その夜更けのこと。春星は自室で書を読み耽っていた。読んでいるのは娯楽の本ではなく部下からの嘆願書や提言書だ。


 春星は、朝は誰よりも早く起き、誰よりも遅く眠る。夜中でも帝からの呼び出しがあればすぐさま出仕する。

 

 桜夜との茶会のために昼過ぎに抜け出したり色々と好き勝手やっていても部下が不服を言ったり仕事に手を抜いたりしないのは春星のこうした勤勉さの賜物だ。

 

 地位・実力共に富幻の第二位の春星だが、その私生活からはそうしたことを窺うことは不可能だ。

 養父から受け継いだ春星の屋敷は規模も造りも宰相という地位に不釣合いな程小さくみすぼらしい。住まいだけでなく、仙人らしく清貧を尊んだ養父に育てられたために春星の暮らしぶりは質素だ。


 今も夜食に傍らの土器(かわらけ)の木の実を齧り、水を飲みながらも書面を指でなぞる。そうしていると入口から老僕が声をかける。

「春星様。(タン)(スープ)をお持ちいたしましょうか?」

「ああ」


 春星は幼い時からそうだから何ら不思議に思わないが、養父に従って山を降り、この屋敷に暮らすようになると、この老僕が春星を心配するようになった。


 老僕は特に春星の食生活を改善することに心を尽くしてきた。仙人の養父はともかく育ち盛りの少年が木の根草の根のみを食べていていいわけがない、と。養父がいなくなっても老僕は相変わらず仕えてくれ、とうに成人した今も春星の食生活や暮らしぶりを心配する。


 老僕が湯を持ってやって来ると春星は部屋の明かりを点ける。それまで月明かりさえ差さなかった部屋が明るくなり、老僕は春星の前に湯を置く。

「熱うございますよ」

 そう言いながら春星の背後に回って肩に毛布をかけた。どうも寒々とした中にいるのが気にかかっていたようだ。

「ああ」

 蓮華を手にし、掬った湯を口に含む。春星の一挙手一動に老僕は目を配る。その気配を感じて春星ははにかむ。


 老僕は春星の『秘密』を知る一人で、かつ一番過敏に反応する人物だ。これまでの十数年間で日常生活に支障がないのは十分にわかっているが、その内容が内容だけに気が気でなく、何よりも痛ましいのだろう。


 そんな心優しい老人を悲しませたくないので邪険にせず、完食すると笑顔で礼を言う。老僕にはその笑顔すらも涙を誘うようだ。

「春星様。どうかお屋敷の中ではご無理をなさらないように」

「大丈夫だよ」

 ………○○○○○○ってのはそんなに不憫に見えるもんなのかね…


 春星のように理由はともかく同じような状況に陥る者もそう珍しくはない。


 養父もそうなった経緯(いきさつ)は哀れんだもののそれからは過保護にならず、その秘密を抱えたままでも普通に暮らせるように訓練してくれた。そのおかげでこうして人の中で溶け込んでいるし、不自由なく暮らしている。


 ……本当にじいちゃんに拾われて良かったな……

 しみじみと己の運の良さを噛み締め、春星はまた書物を読み進め始めた。



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