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その二

「…ここで…合ってるんだよな?」

 少年はたどり着いた店の前で怪訝な顔をする。一応手にしたメモで店の名前を確認したが、合っているようだった。


 ここ最近少年は悪夢に苛まれる日々を送っていた。

 精神科や専門のカウンセラーに行く気もせず、少年は今日保健室に向かった。少年はカウンセラーなんて柄じゃないと思っていたものの、心配した友人と幼馴染みに強く言われ、渋々足を運んだ。

 保健医でかつカウンセラーも担当している教師は、少年の相談を聞くとしばし考え込み、手早く何かを書きつけたメモを渡した。渡されたメモを見てから保健医に目を向けると、そこへ行くといいとのことだった。

 眼鏡の奥の教師の苦渋に満ちた深刻そうな顔が妙に記憶に残った。


 そして今に至る。目的地に到着したものの、少年は足踏みしてしまう。

「……名前からして妙だとは思ったけどさ、学校の先生が紹介する所じゃないだろ」

 

 教師からもらったメモを片手に歩き、裏路地を抜けた所にその建物はあった。

 

 掲げられた看板には力強い毛筆で〝夢見屋本舗〟とある。間近にした感想はよく言えば古めかしいとか時代を感じさせる、だろうが、はっきり言って古臭いとかボロっちいと思った。言い過ぎだろうが、風が吹けば倒れそうな程あちこちガタがきているように見える。もちろん古い家屋=壊れやすいというわけではない。現に少年の祖父の家も関東大震災の折に瓦が落下した程度でビクともしなかったと伝え聞いている。しかしこの店は下手すると廃墟と言ってもいい寂れようだ。

唯一の救いはうらぶれてはいても、お化け屋敷や曰くつきの物件のようにどこか暗い雰囲気が漂っているわけではないということだ。もしもそうだったらダッシュで逃げ出したい。冬の夕方とは言え肝試しを一人でするのはハードルが高すぎる。


 胡散臭いことこの上ないから帰ろうかと思ったが、ここまで来て今更その気にもならなくて、少年は扉に手をかけた。見た目に違わずギギギと軋む音を立てながら扉が開いた。

外にはドアベルなど無かったが、これだけ音がすれば家人も気づくだろう。そう思って待っていると、目の前に室内に関わらず妙な立札があった。

「ん?」

 薄暗くてよく見えないので目を凝らしつつ近づくと、こう書いてあった。


『次のいずれかをお選び下さい』


「…次って何だよ」

 具体的に何を選ぶのか書かれていない案内に戸惑っていると、少年の呟きに呼応するかのように足元がぼんやりと明るくなった。立札の奥の床には『和』・『洋』・『中』と横一列にそれらしい書体で書かれ、それぞれの先頭に斜め右、まっすぐ、斜め左の矢印が書かれていた。

「…………どういう仕組みなんだ?」

 首を傾げるも少年は『和』の方向に足を向けた。

これといって理由はない。ただどちらかというと和食など和風のものが好みだからだ。それに和風なら大概のことに対処できるだろうと判断してのことだ。しかし、結果的に目論見は外れ、理解できないことが続く。

 

 矢印の突き当りにあった襖を開くと中に入っていった。廊下との仕切りだったのか、そこからは細長い一本道になった。

そこでは甘ったるい香が鼻につき、顔をしかめる。おまけに通路の周囲を囲むように行灯や提灯が掛けられているのに薄暗いままだ。


 大分歩かされ、『外から見た店の規模にしては長くないか?』、と疑念を抱いた頃に開けた場所にたどり着いた。

「いや、おかしいって‼」

 目の前ではススキ野原が広がり、若い男女が赤い毛氈もうせんを敷いてお茶会の真っ最中だった。

野点のだて、というのだろうか。今のように月夜の下ですると一層風流だが、ここは屋内のはずだ。そして今はまだ夕方だ。だというのに空は雲一つない夜空で、煌々と満月が輝いている。そよぐ風も冬の冷たく凍えるような寒風ではなく、心地よい涼しさの秋風だ。


今しがた少年が入って来た入口に背を向けていた着物姿の男が、少年を振り返ってニヤリと歯を見せて笑う。


「ようこそ、〝夢見屋本舗〟へ」

 

 呆気にとられる少年に男はキョトンとするばかりだ。

 

 いや、男というよりは青年だろう。

 人懐こそうな無邪気な笑みを浮かべているために年がわからないが、二十代か、もしかしたら十代後半かもしれない。

肩にかからない程度に少しばかり伸ばした髪を後ろで一つにくくっている。髪は梳いていないのかボサボサだが、無造作に見えてきまっていた。髪型だけでなく、男の着こなしも、顔立ちもどうしてか緩くだらしないようで、隙のない端正さがあった。


 男の向こうには女の姿があった。


 こちらは思わず触れたくなるような黒々とした艶やかな髪を惜しげもなく背に滑らせている。軽く目を伏せているので顔ははっきりとはわからないが、膝の上に揃えられた指先は抜けるように白くほっそりとしていた。和服なのもあって正しく大和撫子といった風情の持ち主だ。


「どうぞお座りください」

 女はそれだけ言うとまた顔を伏せた。そしてその一瞬で十分だった。

 

 たった一瞬目が合っただけで、少年に衝撃が走った。


 怜悧でありながら翳りを帯びた瞳、抜けるように白い肌に同化しそうな程ほのかに色づいた薄桃色の唇。

 よく美しい女性の形容に『立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花』という言葉があるが、彼女にはどれもふさわしくないように思えた。彼女は凍てつく寒さの中、雪の上で凛と咲く赤い椿の花だ。


 女に促されて少年が男の目の前に座ると、女は男の後ろに座り直す。二人にならって正座した膝に拳を置く少年は緊張でか強ばっていた。そんな少年の緊張を解すように男はにこやかに笑いかける。

「日本茶と抹茶、どっちがいい?」

「…日本茶で…」

 女性が茶釜の前に座って抹茶の準備をしているので悪いと思ったが、茶道の作法はわからないし、抹茶は苦くて苦手だ。

女性は気を悪くした風もなく、急須に湯を注ぎ入れ三人分の茶を用意した。

 女性は湯呑を盆に乗せると男と少年に給仕する。足捌きと湯呑を差し出す所作の優雅さに見蕩れていると、女性がすぐ側に膝をついた。意識していたのもあって気恥ずかしくてうつむいたが、女性はすぐに男の背後に戻っていった。するとまた我関せずというように視線を落とす。女が興味を示さない分もというように、男は出された茶に口を付ける少年をまじまじと見る。

「……高校生、かな?」

「はい」

 学校帰りにそのまま来たので少年は制服の黒の学ラン姿のままだ。この辺りの学校は中・高共に学ランが多いので、判断に困る。それを幸いとボタンだけ付け替えて中学の時の制服を流用している同級生もいるくらいだ。

「君の名前は?」

鏑木舜(かぶらぎしゅん)です」

「オレは(ファン)(チュン)(シン)だ。煌く春の星と書く」

「……中国人ですか?」

 他のイントネーションは滑らかな日本語だったが、名前を名乗った時だけ変わった。聞き慣れない響きについ尻込みしたくなる。

「い~や。生粋の日本人だ。中国人の爺さんに引き取られてな。名前もその爺さんに付けられたものだ」

 何となくそれ以上追求しないでおこうと口を濁すと、当の春星は気さくに笑う。

「日本語読みの(こう)(しゅん)(せい)でいい」

「……はぁ………」

 舜が後ろの女に目を向けるも、女は相変わらず黙って茶を啜っている。

上品で完璧な所作のせいで、女性には人を寄せ付けない所があった。少年がいたたまれない気持ちを抱えていると、春星が足を崩して女を振り返る。

「お~い、(さく)()~?」

「…緋宮(ひのみや)桜夜よ」

 それきりまた黙った桜夜に春星は頬を掻く。やがて気を取り直して舜に顔を向ける。

「で、どうしたんだ少年」

「あの…実は…」

 さっき保健医に相談した時もだが、いざ話すとなるといささか気恥ずかしい。

「実は?」

「…最近悪い夢を見るんです」

 

 そう。ここ半月程舜はどうも夢見が悪い。

どちらかというと夢を見る方だが、悪夢ばかり、それも続けて見るのは初めてだった。どれも怖い思いをしたり、不吉な夢だったりで授業中に居眠りするのも気が気でない。おまけに眠りが浅くても見るので最近はおちおち寝ることもできず、疲労困憊していた。


「…その悪夢はどんなものだ?同じような夢ばかりなのか?」

「いえ。いつも違う夢です。でも決まってオレが何かに追いかけられていたり、知っている人が死んだり」

「……ふうむ。毎日、だな」

「はい。毎日です」

 春星は何か考え込む。そうしながらも首を捻ったり腕を組み直したり上を見たりと停滞することがない。それに比べて桜夜はじっと口を閉ざしたままで、軽く目を伏せている。

「…なぁ、少年。君はいつもどんな夢を見ているんだい?」

「はい?」

「夢とは幻想(ユメ)であり予知(ユメ)であり過去(ユメ)だ。君はどんな夢を多く見るかい?」

「…え…えっと…」

 舜は視線を泳がせる。

 内容は大体覚えている。だが、いきなり内容を挙げろと言われても中々思い出せるものではない。そうしていると勘違いしたのか春星は苦笑する。

「悪いな。お姉さんの前では言いにくいな」

「いえ!違います‼」

 あながち違わなくはないが、淫夢ばかり見ていると誤解されたくはない。

「うん。具体例を出さないオレが悪かった」

 ムキになった舜をやんわりと押しとどめ、春星は指を立てながら挙げていく。

「人の見る夢は大まかに言うと、『日常を反映したもの』と『未知の感覚を伴ったもの』がある」

 それから更に細分化して挙げていこうとしたが、舜が出鼻を挫く。

「……それなら後者ですね。オレ、よくRPGみたいな夢見ますから」

 途端に春星は目を輝かせる。

「ほう。ジョブは?」

「勿論魔法使いです」

 途端に春星はがっかりしたような顔をして後ろ側に手をつき、のけぞって姿勢を崩す。

「え~。男の子ならそこは勇者だろ。もしくは竜騎士でも可」

「いや、ファンタジーの花形は魔法使いですよ?」

「魔法使いなんて三十過ぎりゃなれるだろ」

「それは意味が違いますよ‼」

 春星が言っているのは決して子供が目を輝かせ憧れる対象ではない。とある電気街のあちこちでひっそりと生息しているものだ。

夢を壊されたくなくて舜が全力で否定すると春星は意外そうな顔をする。

「え?三十で魔法使い、三十五で妖精が見えるようになって四十で妖精の仲間入り、四十五で天空人、五十で大魔導師、だろ?」

「…何でアキバ界隈の伝説に詳しいんですか」

 

 人は見かけによらないだろうが、春星は顔立ちも良いしこうして対人関係も円滑にしてみせる、いわゆるリア充に分類される。そういう知識を得る環境に身を置くようには見えず、疑問に思った。ちなみにどうして舜が知っているかというと、「オレ、将来魔法使いになるんだ」と言い出した同級生に詳細を教えられていたからだ。


「いや~仙人のこと調べてたらついでに色々と書いてあった」

「…ああ。ある意味仙人になるための修行につながりますしね」

 男二人でわけのわからない話をしても、桜夜は話に興味がないのか相変わらず黙ったままだ。

それをいいことに続けていた益体のない話を切り上げて春星が湯呑を手に取ると、とっくに空になっていた。おかわりをもらおうと体ごと振り返ると桜夜がじっと見つめてくる。

「…あ~。わかった」

 桜夜は常に無表情で、感情を現す時もせいぜい眉をひそめたりじっと目を合わせたりするくらいだ。家族も周りにいる人間も戸惑うものの、春星とは意思疎通ができている。

 今も話が逸れ過ぎだと窘められていた。

 春星は前に向き直ると、懐から取り出した物を舜に差し出す。

 フェルトのようなざっくりした生地でできたマスコットのようなもので、感触からして膨らんだ所には綿ではなく粉のようなものが入っているようだ。中身を確かめるために指で揉むと甘い香りがした。今度は鼻につく不快な臭いではなく柔らかくていい匂いだった。

「これは?」

「悪夢を見なくなるおまじないだ」

「ああ。ドリームキャッチャーみたいなものですか」

 春星はポカンと口を開けた。何事かと思っていると疑い深い目で舜を見る。

「……お前、本当に高校生か?魔法使いになったおっさんが若作りしてるわけじゃないよな?」

「違います‼大体アキバの魔法使いが使える魔法はそういうものじゃありません‼」

 正直いつまでそのネタを引きずるつもりかと思っていたが、背後からの桜夜の無言の催促を受けてか真面目な話に戻った。

「原因を取り除くにしても、その間に身体を壊しちゃ話にならないからな」

 すぐにでも不安を取り除いて欲しいと思うものの、それももっともだと舜はカバンにおまじないを仕舞う。

「枕の下に入れるも良し、枕元に置くも良し、何なら握って寝てもいい。ただし寝る時には自分の近くに置くこと」

 とりあえず一週間後にまた来るように言われ、舜は頷いた。



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