その十九
春星と夢の中を逃走してから舜は悪夢を見なくなった。
改めてお礼を言いたくて何度か〝夢見屋本舗〟に足を運んだが、店は閉まっていた。
店の佇まいもあって、まるでとうの昔に廃業したように見えてしまう。
もしかして春星と出会ったのも夢だったのではないかと不安に苛まれるが、龍大が、隆弘が覚えていたから何とか心の平穏を保っていられた。
そんなある日、舜は龍大達と一緒に帰っていた。
「……何か、カップルの近く通る時ってどこ見りゃいいか迷うよな……」
「何で?ガン見すりゃいいじゃん」
龍大はキョトンとし、同級生は怨嗟の念を込めて睨みつけている。そんな同級生を隆弘は困った顔をして眺めている。
「よぉ」
懐かしい声をかけられて振り向くと、片手を挙げた春星だった。
「煌さん‼」
「あ、兄貴お久しぶりっス」
「お久しぶりです」
春星は口角を上げるように笑う。
通りすがったカップルの女性が食い入るように春星を見つめ、男性があたふたしたのを見て、睨んでいた同級生は「ざまぁ」と暗い笑みを浮かべている。
「少年。お前の仇は完膚なきまで取ったぞ」
「…………殲滅したんですか………」
「おう。男に二言は無い」
「……そこは違えて欲しかったです……」
清々しく言われ、舜は呆気にとられる。
「……本当に、ありがとうございました」
「ダチが世話になりました」
礼を言ってからふと寂しくなった。依頼も終わり、もう春星との接点はなくなる。
もうこれきり会えないのかと思うと胸が傷んだ。
口には出さなかったものの、表情で見取ったのか春星は笑って舜の頭をくしゃくしゃにする。
「いいか、少年。子供の時は夢を見る。だが、大人になっても見るさ」
「……そうでしょうか?」
舜は首を傾げる。
今は養われる身の気楽さで夢を追い、夢を見る。だが、現実を突きつけられ、もがく大人になっても夢を見るものかと思った。
「一回こっきりじゃなくて、何度でも助けるさ」
「はい‼」
春星は笑みを深め、歯を見せて笑うと今度は両手で頭をくしゃくしゃにする。
悪ノリして龍大と同級生も便乗した。
何とか止めさせてから気になったことを聞いてみた。
「そういえば、今日は一人で?」
「ああ。桜夜は今新居作るのに大わらわでな」
「「「「…………新居?」」」」
不吉な単語に少年達が固まるも、当の春星は頭の後ろに手をやってあっけらかんと言う。
「いや~今回あいつに隠れて無茶やって、手がつけられない程怒り狂ってさ。
お目付けのためにオレの家の隣に別邸作るって」
〝霞陽〟の、おまけに皇族の桜夜が〝富幻〟に定住するのは厳しいので、何日かに一度茶会や食事のためにのみ使うことでどうにか落とし所をつけた。
すると桜夜ばかりか春星に懐いている天皇の娘、つまり桜夜の姪二人までその別邸に足を運ぶことになってしまった。
そこで皇帝は桜夜の別邸の周囲に庭園と子供の遊び場所のための土地を献上し、自ら命じて建設に取り掛かった。
魚心あれば水心で、土地の対価に皇帝も別邸に一室をもらおうとしていた。
後日桜夜に青写真を見せられてそれらの計画が進行していると知った春星は止めることは諦めた。
しかしいかに別邸とは言え女所帯に血縁でもない男性の部屋を作るのはどうかと思ったので、代わりに春星の屋敷の離れを改築して皇帝の部屋を用意することにした。
そう提言すると皇帝は落胆するどころかこの上なく嬉しそうな顔をした。
皇帝ばかりに融通を利かせると桜夜と姪達が拗ねるので、これまでも桜夜の部屋から直接人間界に通じるようにしていたが、もう一つ通路を作ることにした。
その通路は別邸への直通路で、桜夜の乳母や姪達の母親が心配しないようにと、入口を桜夜達の住まう宮中に作った。
ちなみに乳母達への配慮は紛れもない本心だが、桜夜達が無闇矢鱈に別邸を訪れないよう監視してもらう魂胆もある。
その辺りの事情を当たり障りなく説明すると、舜は沈痛な顔をして額を押さえ、片手を挙げる。
「………えっと………誰か代わりに突っ込んで」
龍大はパシン、と手を叩くと大きく息を吸ってから春星に向き直る。
「………あのっスね、兄貴」
「ん?」
「それ完全に庭付き一戸建て構えて囲うつもりだよ‼
むしろ愛娘まで付いてきてるよしかも二人‼
奥方様のご実家も超近くてとっても便利‼
万全の体制だよ‼」
一息に言い切るとはぁはぁと荒く息をする。
常と口調が変わる程動転しているらしい。
舜は息も絶え絶えな龍大のだらりと垂れた手を取ってパンと合わせると、続きを引き継ぐ。
「しかもその幼馴染みさん、メインは煌さんですよ‼
落胆どころかむしろ願ってもない提案ですよ‼
何ですかその愛され属性は‼」
「よっしゃ、よく言った‼後はオレが言う」
またもや龍大はパンと手を合わせる。
「…………お前等のそれ、ブームになったのな」
二人の怒涛の勢いに呆気にとられていた春星がやっと口を開いたかと思ったらこれだった。
「「今問題にすべきはそこじゃねぇよ‼」」
「だってさぁ。桜夜は幼馴染みだし、チビ共にしたって赤ん坊の時からの付き合いだぜ?」
「親代わりだろうが兄代わりだろうが恋は目覚める時は目覚めるんスよ‼
オレの妹も虎視眈々と育て親狙ってるし‼」
「どっちだよ。そしていくつだよ」
「どっちもだよ‼ハナは十四歳、ユキは五歳。ちなみにシンジは三十六歳‼」
「オレよか先に養父さん助けてやれよ。どっちにしたって犯罪だ」
「成人すりゃこっちのもんって開き直ってる相手にどうしろと⁉」
春星はすぐさま携帯電話を取り出すと知り合いの刑事にかける。
「お巡りさん、光源氏計画立ててる中年のおっさんがいます」
『そんなことでかけてくるな‼張り込み中だ‼』
つくづく不憫な見知らぬ刑事に舜達は手を合わせる。
電話を切った春星に龍大は付け加える。
「開き直ってんのはハナっス。シンジは微塵も気づいてないっス」
「養子に異性として見られてるとか夢にも思わねぇよ。今度一緒に酒飲みたいな」
「あ~。今日本にいないんスよね。リビアかクウェートか、とにかくどっかの紛争地帯にでもいるんじゃないかと」
「…………つくづくおまえの養父は何やってんだ」
「………さぁ?」
「……あのさ……」
「ん?」
舜達の同級生がおずおずと声をかけてくる。
「どうした?」
「……その人誰?」
「ああ。この人は…」
舜が紹介しかけると春星がズイと割って入って同級生に名刺を差し出す。
「オレは〝夢見屋本舗〟を営んでいる煌春星だ」
「〝夢見屋本舗〟?」
名刺を受け取りながら首を傾げる同級生に春星はニカリと笑う。すんなりと人の懐に入ってくるような警戒心を抱かせない人懐こい笑みだ。
「そ。悪夢に苛まれた時や夢見が悪い時に来るといい。
良い夢見せよう〝夢見屋本舗〟、で覚えてくれ」
ポカンとした同級生をよそに春星は舜達を振り返る。
「少年の快気祝いだ。茶でも飲んでいくか?」
「はい」
「ゴチになるっス‼」
「お邪魔します」
「え?え?え?」
呆気にとられる同級生の背を龍大が押して歩く。




