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その十六 


 そんな時、どこからか唄声が聞こえた。


『か~ご~めか~ご~め』


 敵味方問わず、聞こえてきた声とその内容に不気味になって周囲をキョロキョロするが、春星は困ったものだというように口元を緩める。


……けど……参ったな………


『か~ごのな~かのと~り~は~』


 返事がなくとも続いて唄われ、春星は観念したように応えた。


「い~つ~い~つ~で~や~る~」

『よ~あ~け~の~ば~んに』


 不気味な声と交互にかごめかごめを唄う春星に部下達までギョッとした。 それにも関わらずに春星ととある人物は二人で唄い続ける。


「つ~るとか~めがす~べった」

『「後ろの正面」』


『だぁれ』


 『だぁれ』と共に敵の背後に桜夜が現れた。


 突然のことに敵も驚いたが、味方も驚いた。

 だがそれぞれ驚きの意味合いは異なる。


「どんな怨霊かと思いきや絶世の美女⁉」

「さ、桜夜姫だ‼」

「え?サクヤ姫って、木花咲耶姫(このはなさくやひめ)?」

「あの美人の⁉現人神様だったのか⁉」


「……お前等日本神話までカバーしてんのかよ」


 木花咲耶姫とは日本神話に出てくる女神で桜の美しさの体現であり、ものごとの繁栄を象徴する女神だ。


 また、桜夜の名の由来でもある。


 赤子の時から花が咲いたような笑みだったということで名付けたが、今は木花咲耶姫のもう一つの逸話の方がふさわしくなっている。


 木花咲耶姫は夫との子を身籠った時、夫に不義の子ではないかと疑われた。その疑いを晴らすために火を放った産屋で三人の子供を産み落としたという。


 木花咲耶姫はこのように美しさだけでなく、意思の強さも兼ね備えた烈女だった。


 桜夜も普段は主張しないものの、ここぞという時は遺憾なくその実力を発揮する。


 たとえば今のように。


 桜夜は突然のことに呆けた敵に手をかざして氷漬けにした。


「「「…………え………」」」


 その場は凍りつき、体感温度も一気に下降した。そればかりか室内だと言うのにふぶき始め、今度こそなりふり構わずに敵が撤退し始めた。


 桜夜は二つの能力を持っている。


 一つ目は生まれ持った〝籠の(かごめかごめ)〟。


 『かごめかごめ』を唄いながら歩くと、その対象は決して逃げることはできず、桜夜に決められた範囲の中で同じ所をぐるぐると回る。

 また、さっきのように協力者と一緒に唄うと対象は桜夜と協力者の両者で囲んだ円の中に閉じ込められ、桜夜が近づくと範囲も狭まる。

 そして最後に「後ろの正面誰だ」で桜夜が突然対象の背後に現れる。


 幼い時は遊びの中で使っていたり、春星を探す時に使っていたりしたので微笑ましかったが、改めて考えると恐るべき能力であり、その上今の無表情の桜夜が使うと恐怖が倍増する。


 もう一つは『笑顔』を対価に手に入れた〝氷雪の舞姫(ゆきあそび)″。


 冷気を自由自在に操り、霜・雪・氷柱と、時期と場所に関係なく作り出す。


 この能力と能面の如き無表情さのために桜夜は〝氷の姫君〟と呼ばれている。かつての〝春の姫君〟とは雲泥の差だ。


「よう。桜夜」

 這いつくばっていた春星はゴロリと転がって仰向けになるとニヤリと笑う。少し口元が引きつっているが、これは桜夜を恐れているせいではなく、口の中を切って上手く笑えないためだ。


 桜夜はボロボロの春星を見るや冷たい目になった。

 一同が取り巻く冷気以外の要因でゾクリとすると、歩み寄って柱に触れる。


「……あ………」


 目的に気づいてあわてて止めようにも澱みない動作で発動してしまった。 春星は目元を押さえる。


「…………敵さん終了のお知らせ………」


 その直後敵の狼狽える声や悲鳴が挙がり、遠く離れているはずのこの部屋からも阿鼻叫喚となっているのが容易く想像できた。


 桜夜は二つの能力を同時使用した複合技・〝冬の迷宮(ふゆのまよいご)〟を編み出していた。


 それは春星と共に〝夢見屋本舗″の仕事を遂行するためだったが、そのあまりの圧倒的でかつ無慈悲さを知った春星は自主規制し、むしろ絶対応援には呼ばないと決意を新たにしていた。


 今敵達が繰り広げているのは、進む先には上下左右前触れなく氷柱が飛び出し、おまけにぐるぐると同じ場所ばかり歩き回るという救いの無い逃避行だ。


 桜夜は春星のことになったら手加減しないので、こうなったら止められるのは春星だけだ。


 傍から見たら近づき難い絶対零度のオーラを放っているが、その実ムキになった幼い子供のように盛大にいじけている。

 こうなると心を開かなくなり、訴えが通じなくなってしまう。


 そこで心に響きやすいように子供の時の呼び方で呼ぶ。


「〝姫″、やめろ」


 春星の呼びかけに桜夜はピタリと動きを止めた。


「やりすぎだ。オレは大丈夫だから」

 桜夜は倒れる春星の傍らに膝を着くと、その手を取った。

「私のものなのに、こんなになって……」

 拗ねたように言う桜夜に春星は苦笑する。

 

 桜夜は幼い時からこだわりが多く、おまけに独占欲もある。

 幼い時に春星を独り占めしようとしたり、嫉妬してやらかしたりしたことは未だに伝説として語り継がれている。


「ごめんな?お姫様の従者には相応しくなくなっちまったな」

「……馬鹿……。そうじゃないわよ。……死ぬのかと…思った……」

 桜夜はうつむいて泣きそうな顔をする。

「うん。ごめん」

「勝手に遠くに行かないで」

「うん」

「私の側にいて」

「うん」


 しんみりと真面目な顔で語る二人に無言になるも、地に転がった部下達は目を合わせ、アイコンタクトを交わす。

 そして互いにうなずくと一人が口火を切る。


「……あの、一つ言わせてもらっていいですか?」


 春星を膝に乗せてから振り返り、冷え冷えとした顔をする桜夜を握った手を軽く引いて止める。桜夜がこくりとうなずくと春星はにこやかに笑いかける。

「ああ。何だ?」


「……あのですね……。お姫様って何⁉従者って何⁉勝手に遠くに行くなって何⁉自分の側にいろって何⁉」


 一息に言い切って息を荒げる相手に春星は苦笑する。


「………あーーーー………っと…………」


 つい子供時代の名残と二人の間のお約束で言ってしまったものの、第三者がいることを失念していた。

 皇帝といい桜夜といい付き従い傅く大勢の人間がいることが当たり前で、周囲に人がいても無視する習慣がすっかり身についてしまっていた。


 そもそも〝富幻ふげん〟の住人の春星と〝霞陽かよう〟の、それも皇族の桜夜が出会うはずもなかった。


 それなのに出会ったのは、霊山を探検していた春星がつい国境を忘れて〝霞陽〟に入ってしまったからだ。しかも霊山と繋がっているだけあってそこは禁足地で、当然大騒ぎになってしまった。


 故意ではなかったし、事態を知った養父が飛んで来て(文字通り雲に乗って飛んで来た)謝罪したものの、下手したら国際問題になりかねなかった。


 幸い子供のしたことと前天皇が直々に赦し、そればかりかこれからもたまには遊びに来てくれとまで言われた。


 前天皇は大人にばかり囲まれて子供らしいこともできない愛娘を不憫に思っていて、春星を遊び相手に宛てがった。


 今は大分緩和したものの、大人に傅かれ、上にも置かぬ扱いを受けてきた桜夜は無意識に傲岸不遜な振る舞いをする子供だった。

 始め、春星のことも取るに足らぬ者として見向きもしなかった。


 だが春星は大して気にもせず、それどころかノリノリでこう言い出した。


『じゃあ、僕はお(ひい)様の従者‼』

『じゃあ、春星は(わらわ)のもの?』

『うん‼』


 それから甲斐甲斐しく桜夜に尽くしていき、桜夜も遠慮なくこき使った。


 倒錯的な関係ではと周囲は心配したが、養父に桜夜との約束を伝えると微笑んで頭を撫でてこう言われた。


『多分他に遊び相手もいないからお前を繋ぎ止めておきたいのでしょう』

『つなぎとめる?』

『大事にしたい、ということですよ』

『うん‼』


 その辺りの事情を掻い摘んでも長くなるし、そこまで赤裸々に語ることでもない。そこでざっくり言うことにした。


「……あ~っと、寂しい子供がよく構ってくれるお姉さんやお兄さんを『ぼくの~‼』って言い張るあれ」


 途端に桜夜が不本意そうな顔をしたので「違うだろ」と言いたくなったが、そこまで指摘する猛者はいなかった。そもそも命が惜しい。


「それにしても、どうしてここが?」

「皇帝陛下に教えてもらったの」


 春星は更に何とも言えない顔をし、周囲は聞きしに勝る皇帝の春星の寵愛ぶりに口をあんぐりと開ける。


 皇帝の能力は千里眼で、座したまま国中を見守る。

 即位と共に贈られた賢哲(けんてつ)(てい)の名の通り、私利私欲の為に使ったり、個人のプライバシーを鑑みて一個人に照準を合わせて用いたりすることは無いが、それもある時は違う。


 今回のように春星が突然姿を消すと桜夜は皇帝の元に行き、皇帝も行く先を知らない場合は春星を探すために千里眼を使う。


 どんな所にも一瞬で移動できる桜夜と、全てを見渡す皇帝が揃えば向かうところ敵なしだ。

 だが、両者が結託するのは春星のことだけだ。


 桜は寿命が短く、種類によっては精々三十年程度だ。また、傷ついただけで腐ってしまう扱いの難しい木だ。


 その桜を名に持つ桜夜は幼くして賢く気高くありすぎた。

 故に子供らしく無邪気に振舞うことができずにいつしか笑顔を忘れた。


 その為、春星と出会う前は周囲の人間に持て余され、ろくに構ってもらえなかった。


 皇帝は繊細で、心優しいが故に酷く脆い子供だった。他に兄弟もなく、身分の高さから遊び相手になれる子供もおらず、孤独だった。


 二人の子供らしくない賢さにも、高すぎる身分にも頓着せず、ただの友達として接してくれた春星のおかげで二人の子供時代は救われた。


 今も人並み外れた教養、地位、そして人が窺いきれない機微を理解し、寄り添うのは春星だけだ。

 春星はたとえ理解しきれなくとも、諦めないし、投げ出さない。

だからこそ二人は春星を必要とするし、気にかける。


「春星、帰るわよ」

 春星はどうにか起き上がると、微笑む。

「いや。事後処理もあるし、部下を置いていけないよ。お前は先に帰ってろ。周りの人達が心配しているぞ?」

 桜夜が再び拗ねたような顔をしたので周囲はあわてる。


「いえ‼宰相閣下はどうぞお戻りを‼」

「後は我々下っ端の仕事です‼」

「ですから桜夜姫様、どうかどうか持って帰……いえ、どうか閣下の介抱を‼」


 桜夜の春星への執念を垣間見た部下達は口々に叫ぶ。

 さっきまで仲間として生死を共にしようと思った部下達の手ひどい裏切りに春星は絶句する。


「一斉にオレを見捨てにかかりやがった⁉」


「「「当たり前だぁ‼」」」


「………そう。ならお言葉に甘えるわ」

 桜夜が腕を横に薙ぐと部下達を縛っていた戒めが解けた。

 部下達は助けられたにも関わらず顔が青ざめている。というのも、部下達の体すれすれに地面や壁から氷柱が突き出していたからだ。

「………お前、微調整もできるようになったんだな……」

 春星がしみじみと言った通りで、胆を冷やすものの、一筋たりとも傷を負った者はいない。


「………で?今回はどっちだ?」


 春星は再度桜夜の膝に頭を預ける。

 もう観念して桜夜の言う通りにすることにした。部下達の心の平穏のためにも。あと自分の療養期間が少しでも短くなるように。


 春星は時たま無茶をする。それを二人に嗅ぎつかれないように短時間で切り上げたり、自分で裁量できる程度の負傷ならこっそりと対処したりする。


 しかし今回ように皇帝や桜夜に見つかると、そうもいかない。


 そうなると双方のいずれかが用意した一室に隔離され、看病される。


「皇帝陛下の所よ」

「はいよ」

 懐から煙管を取り出すと刻み煙草に宮廷の中庭に通じる香を混ぜる。調合を終えると火を点けてぷかりと煙を吐く。


 咳き込んでしまった春星から煙管を取り上げると桜夜は()()しにも関わらず口をつける。漂う紫煙と流し目が相まって艶っぽい。


 思わず固唾を飲むも邪心を抱こうという不届き者は誰ひとりいなかった。

すう、と煙のように二人が姿を消すと部下達はほう、と息を吐いた。


「…さて。仕事しますか…」


「「…おお~…」」


 部下達は屍のような体に鞭打って立ち上がった。


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