その十五
『こちらへ』
仲間同士でのみ会話ができる敵達は澄明を誘導して撤退しようとする。
春星はそんな敵達の前に立ち塞がる。
まだ暗闇に目が慣れるはずも、もしいち早く慣れたとしても何の手がかりもなくここまで的確に居所を掴めるわけがない。
まるで、目が見えないことをものともしていないかのようだ。
「く‼〝目の前のものに惑わされない〟、それがお前の能力か⁉」
「いいや。これはただの通常運転。オレの能力はこっちだ」
春星は手を伸ばして相手のこめかみをガッと掴む。
「〝天網恢恢(愚者の裁き)〟‼」
能力は対価としたものを転換していることがままある。
春星の能力は二つともそうで、〝トリック&トリック〟は夢を、この〝天網恢恢〟は怒りを転換している。
人には七つの大罪があるとされている。春星はその大罪に従って相手を裁くことが出来る。
〝天網恢恢〟はしばしば宮廷でも発動され、官吏の間では「地獄の裁きよりも容赦がない」との評判だ。
どうしてかというと、「地獄の沙汰は金次第だが、宰相には懇願も周りの執り成しも通じない」からだそうだ。
七つの大罪にはそれぞれに対応する動物がいて、春星はそれを使って裁く。
春星の足元に顕現したのは〝傲慢〟の獅子だった。
「その腭で驕りを噛み砕け‼〝獅子の咆哮″‼」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼」
男の絶叫と共に、暗闇が消え去った。
「平家物語でも言ってるだろ?驕れる者は久しからず、って」
突然視界が回復し、光の眩しさに目を抑えながらも部下の一人が尋ねる。
「…………そこまででセットなんですか………」
「当たり前田のクラッカー」
流れるように昭和のギャグで答えた春星に無言になる。
「そして何でルシファーが出て来るんですか。誰も悪魔なんか召喚してません」
鬼か悪魔かという上司は目の前にいるが、どんな封印を施されたところで打ち破りそうだ。その上丁重にお引き取り願おうにもクーリングオフも適用されそうにない。
「ん?ああ。七つの大罪には対応する悪魔があってな、っと」
春星は別の敵の攻撃をいなしながら当てはまる大罪を考える。
「よっし」
今度は〝憤怒〝のユニコーンが顕現した。
「その神聖さで悔い改めさせよ‼〝一角獣の接吻〟‼」
「乙女しかお呼びじゃないはずなのに⁉」
その調子で、時には二人同時に攻撃していく。そして年若い女に発動しようとした瞬間、相手が反撃した。
「〝触れること能わず(おとめのじゅんけつ)〟‼」
「〝熊の昼寝〟‼」
「いきなりほのぼの⁉」
女は倒れながらもわけがわからない、という顔をする。
「……どうして……」
女の顔を見て先程跳ね飛ばされたのを思い出した。
「………ああ………敵の攻撃を跳ね返す力だったか。残念ながらそいつに対応する罪しか裁けないんだ」
春星が裁いたのは己の性別に対する女の〝怠惰〟だ。春星は女子供には優しいが、己が女であることにもたれかかる女には辛辣だ。
春星は最後に澄明に手を伸ばす。
「わ、悪かった‼だからどうかどうか……」
懇願する澄明を聞かず、言い渡す。
「悪いが、お前のは目に余るんでな」
触れたくも無いというように手をかざして叫ぶ。
「〝獅子の咆哮″‼」
だが、獅子が牙を剥いたのは春星だった。
「「「「ええ⁉」」」」
春星は吹き飛ばされ、部屋の反対側まで転がって行った。一体何事かと澄明もポカンとする。
「た、隊長⁉一体何があったのでございますか⁉」
盛大に転がったせいで全身ボロボロだし、転がった時に花びらにまみれたのか折角毒から回復したのに血まで吐いている。
「……………あ~………〝傲慢〟じゃなくて〝強欲〟だったか………」
裁く罪を間違えた時や、裁くべき相手でない時は裁きが春星に跳ね返るようになっていた。
通常、能力は儀式で得る時にもう代償を払っているのでこのように自身に跳ね返ることは無い。だが春星は強力な力を発揮するためにリスクを付加した。
「どうしてそのようなことを‼」
「…ハ…ハイリスク・ハイリターンがオレの主義…」
何の覚悟も犠牲もなく力を行使するのは春星の主義に反する。
「だからって自滅したら意味ないです」
部下のもっともな指摘に春星は沈黙した。
満身創痍の春星に代わって復活した部下達が澄明を捕えにかかったが、残っていた者が広範囲の攻撃能力の持ち主だったために返り討ちになってしまった。
おまけに援軍まで駆けつけ、春星達は多勢に無勢で縛り上げられ、春星は憂さ晴らしのように澄明に足蹴にされる。
…………締まらねぇなぁ…………
己の無茶に振り回したのに、他ならぬ己の失態で全滅しては世話が無い。
毒に体が蝕まれ、手加減なしに蹴られて意識も朦朧としてきた。だが、春星にも意地がある。
昔取った杵柄で縄を解くと、春星は蹴ってきた澄明の足を抱え込むようにして止めて引きずり倒す。すかさず起き上がると澄明の胸を足で踏みつけて息を詰まらせる。
「借り一つ目だ。残りは分割払いで。もちろん利子付きで」
呻くのを転がし、敵に対峙する。
「第二ラウンドといこうか」
「…………あのまま倒れていればいいものを………」
「そうもいかねぇさ。無茶するからには自分で始末つけないとな」
それから能力の干渉、相討ちを恐れてか肉弾戦になった。
春星には武術の心得もあるとはいえ、満身創痍の上に大勢相手では上手くいかない。ガク、と足の力が抜けて一瞬動きが止まるや殴られ、身を曲げて呻く。
その様子を見て敵は眉をひそめる。
不意打ちが通じないのに、どうしてか今のように死角でもない場所からの攻撃が避けられていない。また、目を殴られて腫れ上がり、視界が狭まっているというのに反応が前後と全く変化していない。
その様子から敵はあることを疑った。
「…………お前、まさか………」
春星はニヤリと笑うと、茶化したように言う。
「そっから先はオレのトップシークレットだ」
春星の意を汲んでか敵は能力を発動した。
「〝聞く耳持たず〟」
敵の能力は自分と対象を除く相手の五感のいずれかを遮断する。
今は聴覚が遮断され、二人の会話が聞かれることは無い。
それを告げた上で確認する。
「お前、目が見えてないな」
「………参ったな………。ほんの数手合わせただけで気取られるとは………」
春星は困ったように笑う。
春星は兄の儀式で右目を、弟の儀式で左目を失った。
片目を失った時はどうにかなったものの、両目を失ってはどうしようもない。
どうにもできないでいる内に両目の視力を失った春星は山奥に捨てられた。
その山は〝富幻〟との境にあり、養父のいた霊山につながっていた。
養父に拾われたことで春星は再び光明を得た。
今の春星は魂の色で性別を、放つオーラで年齢と体調を識別している。
携帯電話やパソコンの操作はボタンや時間の感覚を身に染み込ませることで行っていた。
人から向けられる感情がわかるのは視力を失う前から人の顔色を伺おうにも顔を上げることすら許されていなかったから身についたことだ。
何事も原因があって結果がある。
他人が訝しむ春星のいくつかの悪癖も意味があってのことだ。
曰く、春星は人を名前で呼ばないし、確認しても覚えていない。
それは全ての人間がぼんやりと白い人形にしか見えなくて区別がつかないからだ。
曰く、春星は子供は固より子供以外の相手の頭も撫でたがる。
それは自分の認識通りに存在しているとわかって嬉しいからだ。
このように養父の教育や訓練、努力でどうにか日常生活を送っているものの、克服できなかったことももちろんある。
パソコンなどのディスプレイが読み取れないし、色彩感覚も無いので妙な組み合わせの服や同じ服ばかり着てしまう。
敵は確認を終えるや能力を解く。
「………難儀なものだな。それでその腕前ならば一角の武人となれたやもしれぬのに」
「………そう言うことに関しては未練は無いかな。贖いたいことは他にある」
目が見えないことに慣れていなかった幼少の頃、春星は粗相ばかりしていた。それはそそっかしい、とか腕白で済ませられたことで留められていたし、ごまかしきれる範囲だった。
だが、一番の失態は桜夜に目が見えないと気づかれてしまったことだ。
今からは想像もできないが、桜夜は昔はよく笑う子供だった。
だが、一番近くにいて、一番笑顔を見せたい春星に己の笑顔が見えないとわかるや、笑顔を捨て去った。
桜夜の笑顔を取り戻したのも春星なら、桜夜の笑顔を奪い去ったのも春星だ。
ここまでの温情、気遣いは武士の情けというもので、それからの攻撃の手には手心を加えなかった。弱点を攻めるのも立派な兵法なので、躊躇いなく利用していく。
………全く。武官達が喜びそうな相手だ……
ふっと思った春星の頬に拳がのめり込み、間髪入れずに鳩尾を突かれ、足を潰される。
さすがに意地や根性でどうにかできる問題ではなく、なす術もなく地に倒れ込んだ。それでも立ち上がろうとついた手を踏み潰され、食い縛った歯の間から呻き声を漏らす。
ここまでかと春星も、配下のユメクイも覚悟した。
覚悟を決めた春星が思い浮かべたのは桜夜の顔だった。
…あいつ…泣かないかな……




