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その十四

 


 春星チュンシンが目の前の扉を開け放つと脂ぎった中年の男と、その男を取り囲むように立つ数人の男達がいた。年若い女も一人いる。


「お前が野間のま澄明ちょうめいか?」

「な、何者だ‼」

 目算の通り、怯えて誰何の声を挙げたのは中年の男だった。

「ユメクイの総指揮官、ファン春星だ」

「…………ま、まさか…〝富幻〟の………」

「他に煌姓はいないはずだが?」


 養父は仙人になるにあたって俗世との縁を断ち切るために名を変えた。  春星も拾われた時にそれまでの名を捨て、養父に名付けられた名だ。


 それにしたって〝煌く星を戴く〟で(ファン)戴星(ダイシン)は無いと思う。

 春星は春生まれでもないのに春の星で春星だ。養父としては考えがあるようだが、まだ教えられていない。


「澄明様、お下がりください」

 割って入るように若い男が前に出る。それに続くようにぞろぞろと五人ばかりが澄明を背に庇う。

「……お前小悪党のくせに意外と人望あるな……」

「小悪党とは何事だ⁉」


「だってさ~。貴族に擦り寄るネタが〝恒久的な夢の生産〟だぜ?

 おまけに足掛かりがアイツの懐刀の配下の使い走りの協力者って……慎重すぎる」


「や、やかましい‼権力者の幼馴染みというだけで重宝されているお前に言われる筋合いはない‼」

「それについても言いたいことはあるが、それは置いとこう」


 春星は子供の時はともかく、成長してまで皇帝と桜夜さくやの側にいるつもりはなかった。

 遊び相手ならともかく、長じた二人と共にいるには役不足と思ったからだ。

 だが、二人は春星がいることを望み、全力で逃げ道を塞いだ。


 そうでもなかったら二人の悪評の元にならないようにどこぞでひっそりと暮らすつもりだった。

 宮廷を去る養父について行くか気ままに旅でもしようかと思っていると、先に手を打った二人に阻まれ今に至る。


 ……まぁ、いいんだけどさ


 二人の為に行動したのに他ならぬ二人に泣かれては意味が無い。人に流されて生きる気も毛頭ないが、このことに関しては妥協してもいいかなと思った。


「あのな……〝恒久的な夢の生産〟って……んなカビの生えた命題、とっくにどうにかなってんだよ」

「な、何だと……だが……」


 解決される見込みがないからこそ永久命題なのだ。解決した者は称えられ、永久に語り継がれるだろう。しかしそんな話は耳に入っていない。


「大貧困だろうが大恐慌だろうが、人は夢見て生きてきた。

 大体グリム童話見てみろ。童話と銘打ちながら大人でもエグイ話が満載だぜ」

 むうと詰まる澄明は何も言わない。

「さて、と。一応聞くが、素直に投降するつもりは?」

 五人が戦闘態勢を取ったので春星もため息をついて〝トリック&トリック〟を発動させる。

 敵の(ここ)に来るまでに発動させていなかったのは、もし素直に降伏するつもりがあった時に警戒心を抱かせないためだ。


 そしてその深謀遠慮さが仇となった。


「…ん…」


 突然春星の口元から血が垂れた。

 香を扱うので空気には敏感だが、毒を散布している様子ではない。それに、もし毒を散布していたなら澄明達はマスクなどをしているはずだ。

「………ああ。能力か」

 若い女は微笑むと能力の名を高らかに叫ぶ。


「〝美しい花には棘がある(おとめのしゅくふく)〟‼」


 急に空から赤い花びらが舞い散る。さして気にもしていなかったが、足元には所々赤い花びらが敷き詰められていた。


 …………しまったな……冬の廃墟に枯葉はともかく花びらは妙だってのに……


 よく指摘される己の迂闊さに苦笑すると、一段飛ばしで第二段階のピエロを呼び出す。


「遊びは終わりだ」


 姿を現したピエロ達が歌い始める前に告げる。


「〝いかれ遊戯(クレイジーギャンブル)〟‼」


 スロットで見事に解毒剤を引き当てるも、次から次に毒に侵される。どうも舞っている花びらに触れても、足元に落ちた花びらを踏みつけても毒を浴びてしまうらしい。


 ………参ったな……オレは花びらは認識できないってのに………


 花びらを踏みしめた時も湿った枯葉かと思ったくらいだ。

 今も後ずさった時に踏んだのが枯葉か花びらかがわからない。雪のように次々と舞い降りる花びらも避けきれない。


 対抗するには一度撤退し、風か炎の能力の持ち主を呼ぶべきだと分かっているが、「殲滅戦しか認めない」と言った本人が撤退するわけにいかない。


「………膠着した状況を打破するには、まず度胸‼」


 春星は花びらをものともせず、走り出す。

 予想外の反応に驚くも、すぐさま他の男達も攻撃を繰り出す。

 放たれた攻撃を走りながら避け、敵の懐に潜り込むと跳ね飛ばされた。

 足で踏み止まったまま着地すると、口元の血を拭う。

「…ったくよ…」


「誰か‼治癒系の能力の方はおりませんか‼」


 振り返ると配下のユメクイの姿があった。どうも各々の敵を打破してきたようだ。声を挙げたのは部下Aだ。それに応えたのは部下FだったかHだ。


「私が。ただ、負傷者が多く、手が回りません」

 部下Hは廊下に膝をつき、仲間がここまで担いできた負傷者の治療にとりかかっている。


「大丈夫です。その能力を私にかけてください」


 無傷に見える部下Aからの要求に訝しむもその者は求めに応じた。部下Aは能力を受けると、己の能力を発動させる。


「〝天使への恩寵(ロリの膝ペロペロ)″‼」


「だから名前考え直せって‼」

「普通に絆創膏貼ってやれ‼」

「大丈夫です。キャラクターものの絆創膏は紳士の七つ道具の一つです」

「紳士は紳士でもロリコン紳士だ‼」

「そもそも残り六つは何なんだ⁉」


 周囲はまたもや突っ込むも、傷が癒えたことに驚く。部下Aは胸を張る。

「私は自分の受けた恩恵を仲間に分け与えることが出来るのです」


「何の‼オレは壁に他と通じる穴を作れるぞ‼」

「何の‼オレは踏みつけた分だけ地面が固くなるぞ‼」

「「何の‼オレは……」」


「子供か⁉」


 春星は思わず白熱した部下達に突っ込んだが血を吐くことは無かった。

 重症で手の施しようもなかった部下達も息を吹き返した。つくづく今回一番の功労者は部下Aだが、素直に認めたくない。


 春星達の気が盛大に逸れたのを好機と今度は敵が撤退にかかった。必死の覚悟で敵の一人が己の能力名を高らかに叫ぶ。


「〝冥界の(ハーデース・ニュクス)″‼」


 しかし白熱した部下達は能力を発動しようとする敵にまで突っ込む。


「ドイツ語使えばカッコいいと思ってんじゃない‼」


 と部下Aが突っ込むと他の部下全員が一斉に突っ込む。


「「「お前よりはマシだ‼」」」


 すっかりコント集団に成り果てた部下達に春星は頭が痛くなりながらも、場の空気を引き締めにかかる。

「…やれやれ。オレは愉快な部下を持ったな。だが、本分を疎かにするな。あと、多分あれギリシャ語だ」


 春星は殊更ギリシャ語に造詣があるわけではない。ただ、ハーデースことハデスはギリシャ神話の冥府の王だと知っていた。


「尚更カッコつけてやがる⁉」

「………けど、それじゃカップリングみたいになってるぞ?」

 今度は部下Bが指摘する。

 どういうことかと聞きたいが、余計な口出しをして藪蛇になりたくなくて黙っていた。すると同じ疑問を持った他の部下が聞いた。

「そうなのか?」

「ハーデースことハデスは〝冥界″で、ニュクスは〝夜″で合っているが、ニュクスは女神だ。ついでにハデスには妻のペルセポネがいる」

「ギリシャ神話とか、神様が互いに好き勝手してんだろ?大丈夫だろそんくらい」

「………いや………ペルセポネはハデスが見初めた相手を雑草に変えた悋気持ちだぞ?」

「…………え?」

「夫の浮気に怒り狂ったペルセポネは浮気相手を追い回し、最後には踏み潰してミントに……」

「そんなドロドロした由来なのに爽やかな香り⁉」

「………まぁ、自分を無理やり掻っ攫っといて、他の女に食指を動かされたらな………」

「…いや…そこまでしたのに一年の三分の一しか妻と一緒にいられないんじゃ他の女に手を出しても仕方ない気がするが……」


「…………なぁ、何でお前等そんなにギリシャ神話に詳しいの?」

 春星も大体は知っているものの、大まかにでも説明できるのはトロイ戦争くらいだ。それにしたって「黄金のリンゴを争ったのはヘラとアテネとあと誰だっけ?」レベルだ。

 途端に部下達が目を輝かせる。


「だって、ギリシャ神話って兄妹婚も姉弟婚も、母子婚も当然みたいに出て来るんですよ‼」


「………………」

 もう救いようがないなと思って意識を手離しかけた頃に、示し合わせたようなサムズアップで付け加える。


「「「ただし二次元に限る‼」」」


「………ああ…良かったよ。お前等がまともな倫理観持ってて」

 ここでやっと何の変化も起こっていないことに気づき訝しむと、能力名を宣言した敵が打ちひしがれていた。


 能力は発動者の精神状態に影響される。だから部下Aのように能力名で己を鼓舞することがある。しかし敵は自身が付けた能力名に全力で駄目出しされたばかりだ。自分で思い入れのあるものを否定されたらもう………。


 覚えのある感情だけに生温かい目で敵の男を見つめる。

 だが、進退極まっていることを思い出してかどうにか発動させる。今度は日本語で。


「……め……〝冥界の夜″‼」


「「「いや、貫けよ⁉」」」


 一斉に突っ込んだ一同は闇に包まれた。別の者が発動した能力で物音も消し去られ、敵がどこに行くのかもわからない。

 敵を目の前にしてむざむざ取り逃がすのかと思うと部下達は歯噛みした。


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