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その十三

 


 夢界に戻った春星チュンシン東雲(しののめ)軍司(ぐんじ)を先頭としたユメクイの集団に恭しく迎えられた。


「何事だ?」


 東雲軍司はユメクイの中に放った密偵の長であると同時にユメクイの長でもある。見た所軍司が引きつれているのは密偵だけでなくただのユメクイも含まれているようだ。


「は。ユメクイを利用しようとした者を討伐に行かれるとお見受けいたしました。どうか我らにもご命令を」

「……………ほう。だが、ユメクイはあくまで眠っている無力な人間の夢を奪う身。戦闘要員とは言い難い」

「ここに控えし者は腕に、能力に覚えのある者ばかりにございます」


 それは本当のようで、謀反者を除いても優に五百人はいるはずなのに、いるのは軍司も含め三十人ばかりだ。

 一人で乗り込むつもりだったが、部下達の決意は固いようだ。ならば無下にすることもないと判断した。


「オレは殲滅戦しか認めんぞ。逆もまた然り」

 つまり味方が全滅するまで負けとは認めないということだ。部下達に動揺が広まる中、ある者が口を開いた。


「それでは部下が即座に反旗を翻しますぞ」


 そう進言したのは群雲むらくも霞渓(かけい)だ。春星はニヤリと笑う。

「そしたら返り討ちにする。たとえ数瞬前は部下でも反逆すればもう敵だ」


 〝富幻ふげん〟の宰相として春星は軍の総帥も務める。故に戦いにおいては情け容赦もためらいもない。


「やれやれ。あなた様は甘いだけのお方ではなかったのですね」

 霞渓は嘆息するともう何も言わなかった。

 春星は集結した部下達に高々と言い放つ。


「三途の川の渡し賃はオレが用意してやる。全員死んでこい‼」


 自分達は決断を間違えたか、と頭の片隅で思わないでもなかったが、歓声を上げる。

 春星は部下の士気を鼓舞させるのに長けていた。

「供養する時は、線香も束で供えてやるから安心しろ」

「線香を立て過ぎると魂が迷います。そんなことも知らないのですか?」

 またもや小馬鹿にした物言いに春星は生温かい目を向ける。

「………うん。お前をお婆ちゃんの知恵袋だと思えば腹が立たないな」

「箴言は耳に痛しですよ」

「そりゃ諫言だ」

 指摘に打ちのめされる霞渓に内心「勝った」と思いながらも部下達に続ける。



「いいか。この討伐隊は〝霞陽かよう〟に悟られるわけにいかん。特に皇居には、くれぐれも、くれぐれも知られないようにしろ‼」



 何度も念を押す春星を見てどれだけ桜夜に知られているのを恐れているのかと呆れた。

 しかし、後に桜夜の恐ろしさを目の当たりにしてもっともだったと思い知った。


 春星が煙管を吹かして香を漂わせて直接敵の本拠地の入口に移動した。

 そこは野間澄明の所有する山にひっそりと建てられた廃墟だ。


「…………廃墟ね。敵の本拠地としてはありきたりだな」

 春星は煙管を口にくわえたまま皮肉げに笑む。


 この山も元は炭鉱として賑わっていたらしいが、今や石炭も鉱物も枯渇し、使用価値がないと烙印を押された山だ。それまでの発掘で山の生命力まで根こそぎ奪われ、荒廃している。


「人を食い物にしてきた連中にはふさわしい所だな」

「閣下。敵の目前での物思いは危険ですよ。それにさほど閑雅な光景とも思えません」

「…………存外打たれ強いな」


 事あるごとに知識をひけらかしたり、人を小馬鹿にしたりする人間は得てして打たれ弱いものだ。鼻っ柱を折られると目を覚ますか更にひねくれるかが分かれ目だ。

 霞渓がどちらかも判断がつかないし、更生したかも今だけではわからない。だが、いい傾向なのは明らかだ。


 春星はニイと歯を見せると霞渓の頭を撫でる。

「な、何事です」

「いや。素直な奴を見ると微笑ましくなってな」

 のせていた手を押しのけられると春星は気を取り直した。

「さて、だ。悪いがオレはこちらに義がある場合、奇襲は好かん。宣戦布告をするが、構わないか?」

「お心のままに」

 部下達に頭を下げられ、春星は愉快そうに笑む。それは喧嘩仲間と遊ぶ腕白な少年のような晴れ晴れとした笑みだった。

 春星は大きく息を吸うと扉を蹴り破った。


「泣く()はいねがー、悪い()はいねがー‼」


 「悪夢を見せてんのはアンタだ」と思いながらも部下達は付き従う。


 これは春星が悪夢に乗り込む(正確には殴り込む)時の掛け声だ。舜の夢に入る時に言うのを忘れていたので、何となく言ってみた。


 派手な突入に番人が泡を食って飛んで来ると、部下を二人指差す。

「部下A、B。迎撃しろ‼ついでに返り討ちにしろ‼」

「は……はっ‼」

 部下A、Bは飛んで来た敵の前に躍り出て、その横を春星以下二十九名が走り去る。

「まず、私の能力で皆さんの運を底上げします‼」

 横を走り去る時に部下Aがきっぱりと言った。どうも部下Aの能力は周囲の運を操作する能力のようだ。

 部下Aは能力の名を高らかに叫ぶ。


「”〝天使の息吹(ロリの息ハァハァ)〟‼」


 技名を聞いた春星はズッコケそうになるのを全力で踏み止まった。


「お巡りさんダッシュ‼ここです‼こいつ捕まえて‼」

「そんなんで運上がってもうれしくない‼」

「同士よ‼再び生きて会おう‼」

「お前も同類かぁ‼」


 敵地での戦闘の開始に高揚してか部下達が盛んに突っ込み、ぼやく。

 上手いこと肩の力を抜かせたことを褒めるべきか、肩透かしさせたことを怒るべきか判断に迷った。


 敵が走り去る春星達を狙うのを見るや、部下Bが間に立ち塞がる。


「指一本触れさせません‼〝絶対領域(ニーソよりパンスト)〟‼」


「名前考え直せ‼」

「そしてオレは断固ニーソ派だ‼」

「よろしい、ならば戦争だ」

「いいだろう。表に出ろ」

「後にしろ‼」

「「だが、断る‼」」


 突っ込んだ者はドヤ顔で同時に言った二人に頭を抱えた。


 どうも部下Bは敵の攻撃を跳ね返す能力のようだ。頼もしい能力だが、敵と前後に入れ替わり立ち代わりしながら能力を使用しているようで、跳ね返した余波で色々と飛んで来る。春星達は跳んで避けながらも先を進む羽目になった。避けきれずに何人かが瓦礫に埋まり、あわてて周囲の者が助け出しながら部下Bに怒鳴る。


「仲間巻き添えにすんな‼」


 それからも行く先々で敵が姿を現し、また同じように指名した部下を投入していく。


 春星は仕事が多くなると部下達に不可能だと頭を抱えるような仕事を割り振る。だが、無理難題に見えてこなしきれる量でかつ、適材適所だ。おかげで宮廷の業務が滞りなく回っている。

 このように春星は諸々についての限界や相性の見極めが上手い。


 だからその配剤も完璧で、拮抗はしても実力以上の相手に絶望的な戦況になったり、どうしようもない危機に陥ったりもしない。比較的近くの者から合流し、わずか三十名程だというのに上手く対処できている。


 そうしていても、奥に進んでいく内に残ったのは東雲軍司ただ一人となった。

 春星は軍司に引き返して部下達のサポートをするよう命じた。


「いえ。私はファン様のお供を」

「オレに最後までついて来る奴はお前じゃない」


 どこまでも側にいると互いに約束した相手がいる。春星はその相手を自らの危地にも死地にも伴うつもりはないが、だからといって他の者を伴うつもりもない。


「………身の程を弁えず失礼いたしました。ですが、これだけは」

「ん?」

「ご武運を」

「ああ」


 軍司は深々と頭を下げ、先を行く春星は決して振り返らなかった。


 それを見送ってから軍司は部下達に采配を振るいに来た道を戻った。


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