その十二
隆弘の予想通り、龍大は手を広げてパラシュート無しのスカイダイビングを満喫していた。
「うわっ、すっげぇ‼」
「……迷いなくハイタッチするとは、さすが少年」
言ってはみたものの、まさか本当にできるとは思っていなかった。起きて見守っていたにしても、普通は寝ている人間が手を伸ばしたら静観するか、精々その手を握るくらいだ。
だが交代できて良かった。あえておちゃらかして翻弄したものの、本当は舜の様子に危機感を抱いていた。
普段の舜は礼儀正しく、目上の人間にタメ口を利き、おまけに罵るはずがない。あれは一種の躁状態だ。舜はここ数日悪夢に苛まれたために不眠不休で、気の休まる間も無かった。追い詰められていては仕方のないことだ。
……下手したらハズレ引いてたな………
先程の「道化の時間だ」と「道化師よ、我と踊り明かせ」は第一段階のキーワードだ。ここまではあくまでお遊びレベルだ。春星が子供時代に遊び相手にしていたのもこの段階のピエロ達だ。
だが、「遊びは、終わりだ」をキーワードに覚醒する第二段階にして最終形態のピエロ達は違う。
第一段階のピエロ達は幼い子供特有の無邪気さを具現化したものだ。
そして第二段階のピエロは子供特有の残酷さを具現化している。
だからもしも尻込みしていたり、恐れを抱いたら舐められる。第二段階に移行した場合はどんな状況にも動じない胆力とハッタリが必要だ。
龍大の様子を見て大丈夫と判断し、スロットを指差す。
「少年。その金色のレバー引け」
「いっス」
何のレバーかも何のためにかも聞かずに即座に引く。スロットルが動き、三つとも止まった後に二人の下に巨大な白い物体が姿を現した。
「大したもんだな。当たり引きやがった」
「いっス‼」
二人は巨大なクッションに包まれてから空高く跳ねる。春星はスプリングを使って地に着地するが、龍大はピョンピョンと飛び跳ねている。
「少年。そろそろ消えるからさっさと降りろ」
「いっス」
降りるのに手間取ったものの、どうにか自力で降りた直後にクッションが消滅した。
「さーってと」
春星は積み重なっている男女五人の元へ行く。五人共ピエロ達に散々いたぶられたせいかボロボロだ。だがそんなことは加味せず、春星は二人ずつ岩陰に引き摺っていく。
最後の一人を引き摺って行きながら春星は龍大を振り返る。
「少年。ちょっと待ってな。こっからはSAWも真っ青な十八禁だ」
「………AVなら喜んで参加するっスけどね」
「バカヤロ。十年早い」
「………ちなみに女の人も混じってるっスけど?」
「うちの職場では男女平等を推進しております」
〝富幻〟の宮廷には女性官吏もいる。人手はいくらあっても足りないし、有能さに男女差はない。
だから〝富幻〟には男尊女卑から来る理不尽な社会のルールも無い代わりに、女であることに甘えた女性もいない、真の男女平等社会だ。
唯一の例外は、後宮だ。しかし男子禁制で皇帝以外は宦官しか入れないはずなのに、何故か春星も入ることを許されている。
普段は足を踏み入れることはないが、皇帝からの夜半の急な呼び出しでは後宮に出向くことになっていて、そのことは宮廷が総力を挙げて桜夜に伝わらないようにしている。
これまでの前例から桜夜に知られたらどうなるかわからないからだ。
男女五人に折檻を加え、呼び出した別のユメクイに連れて行かせた。
「よっし、と。ひとまず戻るか少年。少年達も心配しているだろう」
「Yes、Sir‼」
龍大はビシッと踵を合わせ、完璧な敬礼をした。最近宮廷の官吏達がしているような中途半端なものではなく、本家本元だ。
「………オレの周囲では軍隊式が流行ってるのか?」
首を捻ってから後で落ち合おうと言って夢から抜け出した。
龍大は目を覚ますや熱烈な歓迎を受けた。
「ホンットごめん‼マジごめん‼」
と、舜は謝り倒し、
「リョータぁ~。本当に良かったよ~」
と、隆弘は涙ぐむ。
あれから二人は延々と話し込み、初めは楽観的だった隆弘まで不安に苛まれるようになってしまった。
「………えっと……お邪魔しました~」
姿を現すや抜き足差し足でその場を逃げ出そうとした春星に龍大は必死で手を伸ばす。
「見捨てないでくれっス兄貴‼」
春星は結局残ることになり、二人を宥める。
「あ~もう、泣くな。言わなきゃならんことがある」
やっと二人が顔を上げ、話をしようとするも春星の携帯電話が鳴り、中断された。
「はい」
『おい。調べ上げたぞ……』
電話から刑事の疲労困憊の声が聞こえてくる。三人は心の中で「ご愁傷様です」と合掌する。
「………どこまで?」
『全部だ‼サイトの運営者もサイトの利用者も投稿した者も‼』
春星は呆気にとられる。
「……ホントに一晩で調べるとは……」
『言っといて無理だと思ってたのか⁉』
「いや~。さっすがキャリア。有能さは伊達じゃねぇな」
「「まさかのキャリア組⁉」」
舜と龍大が愕然とする。あの良いように使われる様子からして下っ端のうだつの上がらない刑事かと思っていた。
春星は電話口を手で塞ぐとニヤリと笑う。
「そ。警視庁警務課の警視正だ」
「しかもかなりの階級者⁉」
聞こえてくる声も若いし、尋常でない有能さだ。
「まぁ、いいや。じゃあ、今から言うアドレスであのサイトを弄れるようにしろ。あと、サイトの運営者をどうにかしてしょっぴけ。できんけりゃオレが直接手を下す」
『次から次に何だ⁉』
「いいか?理不尽を愛してこそ大人だ」
『お前は上から目線で何を言っている⁉ほら、管理者権限を移したぞ‼』
「…………なぁ、お前ってもしかしてツン………」
言い切る前に電話を切られた。
「ないっス。男相手のそれはツンデレじゃないっス」
「まぁな。オレにもその気は無い」
春星はパソコンを立ち上げるとサイトを開く。
「………で、だ。問題はオレにはパソコンはよく分からん」
「それで何で管理者権限を要求したんですか⁉」
結局春星の協力者のハッカーに後始末を一任した。丸投げとも言うが。
そうしてから春星は改めて三人に向き合う。
「さて、と。ひとまず少年の悪夢を引き起こした当事者は取り除いた」
「……本当にありがとう……」
「だが、まだだ」
春星は人の悪い笑みを浮かべる。心なしか普段の笑みよりも生き生きしている気がする。
「今から敵の本拠地潰してくる」
「オレもお供するっス‼」
「ええ⁉そこまで⁉そして即座に参加表明すんな龍大‼」
春星はクッと口角を上げるように不敵に笑む。
「悪いがこれからは大人の時間だ。坊やは寝んねしな」
「もう夜が明けてますけどね」
隆弘が指摘した通り、カーテンから透けた光にリビングが仄明るく照らされている。
「心配するな少年。ナメた真似した連中はしっかり殲滅してくる」
「力強い言葉にむしろ不安しか湧きません」
立ち去る春星を舜は不安な面持ちで、龍大は敬礼で、隆弘は「また来てください」と笑顔で見送った。




