その十一
春星がいなくなってから横になるも舜はまんじりとしていた。春星はああ言ってくれたものの、眠るのが怖かった。すると寝返りを打った龍大が舜に声をかける。
「寝れないのか?」
「ああ」
起きていたのか隆弘も寝返りを打つ。
「なら、今夜はずっと起きててやるよ。そうすりゃ後で話せるだろ?」
「…………龍大………」
「そうだね。どうせ明日は学校も休みだし。でも、シュンは寝ないと。煌さんが約束してくれたんだし」
「………ああ………」
去り際の春星に新たにもらった香包を握り、目を閉じるとすぐさま眠りに落ちた。
そして今に至る。
舜は荒れ果てた岩場をひたすら走っていた。背後に何かが迫ってくるわけでも、危険に迫られてでもない。ただどうしてか悪夢になると焦燥感に駆られ、逃げ出してしまう。そして走っている内に一つのことしか考えられなくなる。
怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い………
「少年。何をそう怖がる」
ふと横を見ると並んで走る春星の姿があった。ホッとしかけるもその姿を見て固まる。
「………………煌さん。祭りでも行ってきたんですか?」
「うん?ちょっと時間潰しにな」
「随分満喫しましたね‼」
春星の左側頭部にはキャラクターものの面が、手にはヨーヨーとりんご飴等の戦利品がある。
「まぁまぁ。これで頭でも冷やせ」
団扇を差し出されるが、風圧で曲がったままだ。
「風を受けているので間に合っています」
「じゃあ、これ食うか?」
今度はりんご飴を差し出される。
「走りながら食ったら喉に刺さって死ぬ‼」
「まぁ、冗談はこれくらいにして、反撃開始だ」
春星は右足を軸に身を翻すと、目に見えない者達と対峙する。
「一応名乗っておこう。オレは〝夢見屋本舗〟の店主の煌春星だ。少年にこれまでした所業の報いを受けてもらおうか」
春星の名乗りに目に見えない者達が狼狽えた。
「先に能力使ってるみたいだし、遠慮なくいかしてもらうぜ」
春星は右肩に左手を置いて肩を回す。
一度ぐるりと肩を回してから、目に見えないボールを差し出すように左手を体の前に伸ばす。
「〝トリック&トリック(トリック・トリック)〟‼」
光と共に春星の手の上にページの中ほどで開かれた分厚い本が現れ、その周りを二つの物体が回っている。光が収まって目が慣れた頃に舜は回っている物体の正体に気づく。
「………ピエロ?」
一つは赤と黄の、もう一つは青と白の道化服を着たピエロだ。どちらも十センチ程度の大きさで、飛び跳ねるように飛び回っている。楽しげな声も聞こえてきて、耳を澄ますとこう歌っていた。
『トリック・トリックのトリックは?』
《いたずらのトリック‼》
『トリック・トリックのトリックは?』
《こどものトリック‼》
「道化の時間だ」
春星が言うと、ピエロ達は動きを止め、春星を見る。
『だぁれぇ?』
《おともだち?》
『だぁれぇ?』
《いじわるするの?》
「道化師よ、我と踊り明かせ」
そう唱えるとピエロはケタケタと笑いながら春星の頭の周りを回り始める。今度はさっきよりも早いテンポで声を大きくしながら歌いだす。
『トリック・トリックのトリックは?』
《いたずらのトリック‼》
『トリック・トリックのトリックは?』
《こどものトリック‼》
『トリック・トリックのトリックは?』
《さっかくのトリック‼》
『トリック・トリックのトリックは?』
《た…》
「〝いたずら〟と〝手品〟のトリック‼」
ピエロ達の話をぶった切るように叩きつけると、ピタリと歌声が止み、ピエロ達がニタリと笑う。その不気味さに舜の背筋に悪寒が走った。
『《わかったぁ~》』
そう言うやピエロ達は二人が対峙している先に飛んでいった。
「よっし」
ガッツポーズを決めた春星に舜は唖然とした顔を向ける。
「いや、今のは何ですか」
「ん?trickの意味っていくつかあるだろ?」
「みたいですね」
多分さっきのピエロ達が挙げていたものだろう。
「で、その意味から二つ選べるんだ。そんで対象に全力で実行する」
目の前の地面のあちこちに突如穴が空き、叫び声が聞こえてくる。
「…………え~っと………さっき書いてた話のピエロのモデルって……」
「あいつら」
あっさり言われ、堪らず突っ込む。
「何てもん参考にしてるんですか‼読んだ子供がトラウマになるわ‼」
先程読んだ時はピエロの冒険にドキドキワクワクした。しかし実態はああも残酷だ。あれをモデルによくあれだけフレンドリーで愉快なキャラクターを描き出せたものだとほとほと感心してしまう。そして文章力の違いに改めて絶望した。
舜ががくりと肩を落とすと、春星はキョトンとしている。
「……え?オレ昔あいつ等と遊んでたんだけど」
「暗すぎる‼外で元気に走り回りましょうよ‼」
春星はあらぬ方を向き、自嘲するように言う。
「…………仕方ないだろ。外に出してもらえなかったんだから。それにどうせ外に出ても一人なんだから」
「誰かこの子の相手したげて‼」
春星の寂しい子供時代が浮かんで気の毒になってきた。
「まぁ、それはいいとして。走るぞ」
「何でですか?」
「うん。下手すっと巻き添えを食らう」
直後に二人のすぐ側に瓦礫が飛んで来た。
「…………え?」
「あ~やっぱし能力で反撃し始めたか。さぁ、全力でここを離れるぞ」
「……………あまりの危機的状態に頭と体がついていけません」
春星は先程のように真面目な顔になって舜の顔を覗き込む。
「少年。膠着した状態を打破するのに必要なのは三つだ。度胸と気力と根性だ。ハッタリもあれば尚良し」
「さっきは頼もしかったけど、今はあなたのそのドヤ顔を殴りつけたい‼」
春星は舜の手を引いて先を走りながら笑い飛ばす。
「あっはっは。後でいくらでも殴らせてやるよ。殴れたらな」
最後に付け加える時、春星は意地悪そうにニタリと笑う。まるでガキ大将のように不敵で頼もしい笑みだった。
それからひたすら二人は道なき道を走っていった。足がもつれたり、どこかに引っかけてこけそうになる度に春星は舜の手を引いて支える。
「少年。引っぱっててやるからちゃんと足元見ろ」
「何で足元見ずにヒョイヒョイ避けてんですか⁉」
足元がボコボコで至る所に瓦礫が転がっている岩場なのに春星は舜に顔を向けたまま上手く避けて走っている。
「いや。これはオレの通常装備のおかげ」
「オプション?」
「しゃべってっと舌噛むぞ」
何となくそれ以上の追及を拒まれた気がして口をつぐむ。
それから無言で走っていたものの、先の見えない中での逃避は心身ともに消耗する。そのことについて弱音を吐くと、春星は力強く言った。
「心配するな。終わりが無いわけじゃない」
「ゴールはどこです?」
藁にも縋る思いの舜に春星は絶望的な事実を告げる。
「オレは殲滅戦しか認めない主義だ」
「和解の道を探してぇ‼」
「走り出したら止まりません‼」
そうして走っていると、傍らに電撃やら火柱やらが飛んで来る。春星のように何度も儀式を行う者は稀なので、能力の数だけ能力者を持った者がいることになる。
そして今まで見ただけで発動された能力は推定も含めて五種類はあった。
「何⁉能力者戦国時代かよ⁉何人がかりで少年の夢を回収してたんだ‼」
リスクの高さから、夢界の住人の多くは能力を開花させないままで一生を終える。宝の持ち腐れとも思うが、攻撃系の能力は戦争時でもないと活用の機会が無いし、対価に釣り合う能力を得られるとは限らない以上仕方がないことだ。
「オレそんなとんでもない夢の持ち主だったんですか⁉」
「ん~…いや、ただ救いようのない馬鹿が行動起こしただけ。だからこれからも大いに夢を見ろ。…と」
春星は足を止める。二人が行き着いたのは崖だった。どうするのかと春星を窺うと、いつぞや見たイイ顔をしていた。
「さぁ、少年。無限の彼方へ、さぁ、行こう」
「はばたけませ~ん‼」
涙目で訴えるも春星は舜の手を取って崖から飛び下りた。飛び下りる直前に不吉な言葉を残して。
「遊びは、終わりだ」
全身に襲い来る風圧に息もろくにできないのに、春星は拳を突き上げるとはしゃいだ声で言う。
「さーここで、〝いかれ遊戯〟‼」
「嫌な予感しかしない‼」
姿を消したはずのピエロ達が再び春星の周囲を回転し出した辺りで特に。春星の手元では先程までの分厚い本の代わりに赤いスロットが宙を浮いている。
「ルールは簡単‼当たりを引いたら晴れて自由の身。ハズレを引いたら地獄行き‼」
「リスキー過ぎる‼そしてこの上なく楽しそうに言わないで‼」
舜の悲痛な叫びに春星は頭の後ろに手をやって満面の笑みで言う。叩きつけられる風に舜は顔が引きつっているのに、どうしてか容易く笑顔を作ってみせる。
「いや~。オレ、危機的状況程テンション上がるんだ」
「あんたSに見えてホントはMですか⁉」
「否定はしない」
サムズアップされ、舜は天を仰ぐ。
「認めるのをもう少し躊躇ってぇ‼」
「綺麗なお姉さんは好きですかぁ‼」
「いきなり何口走ってるの⁉」
「大好きです‼」
「桜夜さん怒りますよ‼」
そんなくだらない言い合いをしながらも落下するのは止まらない。とんでもない状況の連続に混乱し、思わず口走る。
「誰かツッコミ変わってぇー‼」
「できるぞ」
「…………は?」
舜は真顔になって春星を見やる。
何のことの無いように会話しているが、二人は現在進行形で自由落下中だ。夢の中のせいかどこまでも終わりは見えないが、依然危機的状況に変わりは無い。
それでも聞き逃すことのできない事実に耳を傾けざるをえない。
「パードゥン?」
「だからバトンタッチできるって。少年。ドッヂボールをしたことは?」
「…ありますけど…」
「命替えはルールにあったか?」
「はい」
命替えは内野と外野が入れ替われるルールだ。それと同じことが夢においても行うことができる。
「夢買いって方法もあるが……オレは人に押しつけるのは嫌いでな」
春星は眉をひそめる。
「………そこは真っ当なんですね」
「まぁ、これは自宅で一人で寝てると使えないから教えてなかったが。………まさか男同士でくんずほぐれつで寝ていたとは………」
「誤解を招く言い方やめてくれませんか⁉」
「少年。手ぇ挙げてみな」
舜は恐る恐る手を挙げる。
舜はパシーンと手に痺れが走った直後に目を覚ました。
目の前には心配そうに覗き込む隆弘の姿があった。
「……あれ?」
起き上がってキョロキョロと周囲を見回すと明かりは落ちているものの隆弘の家だ。
「…………タカ。ほっぺたつまんでくれ。正気に戻るまで」
「はい。もう戻ってるけどね」
軽くつままれるとかすかに痛みがある。そこでようやく本当に現実に戻ったことに気づくや青ざめた。
「どうしよ⁉とんでもない時に代わっちまった⁉」
夢に引き込まれて突然自由落下だ。気が狂ってもおかしくない。
「………う~ん…………リョータならどんな状況でも楽しみそうだけどね」




