その十
舜のことは二人に任せた春星は隆弘の家を後にし、角を曲がった道で煙管を取り出して吹かす。
そのまま歩いている内に夢界への直通通路に繋がった。
「…………やっちまった………」
通路を歩きながら春星は頭を抱える。
懐古趣味は無いつもりだが、兄の事を思い出したついでに色々なことを思い出しやすくなっていた。
その中で歯を食いしばって逆境を乗り越えることに費やした日々や、若気の至りで色々と無茶を繰り返していた日々を思い出し、つい思考が熱血人間になっていた。
先程三人に言い聞かせた言葉も元はそんなもがいていた春星に諭された言葉だが、今思うと痛々しい。だが当時は感銘を受け、実行していた。
「………ああ……もう、いいや」
つくづく名言を残している偉人は凄いと思う。発想がじゃなくて、後世に語り継がれるのを良しとしたことが
人は誰しももったいぶった持論を嘯いている。だがそれは胸に秘め、人に語ることは無い。浅いからとか自分だけのものだとか色々あると思うが、一番の理由は恥ずかしいからだ。堂々と言って失笑されたらもう……。
またもや痛々しい過去を思い出しそうになったので、吹っ切るかのようにたどり着いた〝神縁〟で遊んだ。
買った面を頭に付けたりと年甲斐もなくはしゃいでいると、深々としたため息が聞こえてきた。人混みの中のはずなのに己に向けられたものだとはっきりとわかったのにはわけがある。
人避けの術でも使ったのか、いつの間にか周囲の人間が姿を消していた。
「これはこれはお頭様。こんな所で何をなさっておいでなのです」
「………お前は………」
男に目を向けると男は恭しく礼をする。男は春星の配下の密偵の一人だった。
「あなた様の僕の群雲霞渓ですよ。報告に上がりました」
「………報告?昼前に受けたばかりだぞ?」
男は嘆かわしいというようにまたもやため息をつく。
「我ら密偵を見出されたのはあなた様だというのに、わかっておられませんな。全ての調査はとうに終わりましてございます」
「…………どうでもいいが、お前は一々人を小馬鹿にしないと気が済まないのか?」
「おや。心外ですね。きちんと敬意を表していますよ」
「そういうのを慇懃無礼と言うんだ‼」
敬語を使っているものの、言葉の端々に皮肉と嫌味が込もっている。
「申し訳ございません。どうにも私は人に誤解されやすいようです」
「うん。そしてお前のは確信犯だよ。で?追加の報告は?」
「はい。消息不明の者は〝霞陽〟・〝宵灯〟ともに処分されておりました。完膚なきまでにやられておりまして、骨を拾うことすら不可能にございました」
念には念を入れたにしてはやり過ぎだ。この無慈悲なまでなやり方は小心と恐れの裏返しのように思われた。
………アイツ等ならこうはせんな………
またもや兄達のことが頭を過ぎり、春星は苦々しい顔をする。だがそれを加害者への義憤と思ってか、霞渓はただでさえ細い目を更に細める。
古今東西の小説においては細い目の者は策略家で、油断も隙もない要注意人物として描かれている。そう決め付けることはできないが、霞渓がその部類なのは疑いようがない。
「情け深いのは良きことですが、顔も知らぬ下々の事に一々胸を痛めていては、いつか足元を掬われますよ」
「色々と言いたいことはあるが、まあいいだろう。続きは?」
「それは私めが‼」
爆煙とともに若い男が姿を現した。どことなく霞渓に顔立ちが似ている。ただ霞渓は抜け目なく、胡散臭い印象を受けるが、今度の男は愚直で誠実そうな顔だ。
「群雲雲霞にございます」
礼儀正しく名乗り上げる雲霞を見て、春星の胸中の苛立ちが浄化された気になる。
そういえば群雲霞渓・雲霞は珍しく兄弟二人で仕えている者達だった。
先程までの問答で霞渓の親の顔を見てみたいと思ったが、どうも親の教育方針は間違っていなかったようだ。間違っているのはその中でひねくれた霞渓だ。
霞渓は雲霞に渋い顔をする。
「全く。落ち着きがない。だからお前は未熟者なのですよ」
「いや、お前よか大分マシな人間だよ‼」
「兄者を愚弄なさるとはいかにお頭でも許せませぬ‼」
「お前はそれでいいのかよ⁉」
どうも雲霞は兄に陶酔しているようだ。その辺りの事情に口を挟む道理はないので話題を変える。
「で、続きは?」
「は、お頭が疑念に抱かれました野間澄明にございますが……」
「それじゃねぇよ⁉いや、確かにちっとばかり気になったけどさ⁉」
どうも執務室での問答を聞いて、独自に調べたらしい。痒い所にまで手が届く配慮だが、それよりも目下の依頼を完遂して欲しかった。
「どうかお聞き下さい。並びに昴流冬月のことも調べたところ……」
「そいつは名前も聞きたくないよ⁉アイツが何してようと知ったこっちゃねぇよ⁉」
どうせどんな手を使ってでも登り詰めようとするのだろうし、その過程で手を染めた悪事が露顕しても足元を掬われるようなタマではないから、いくら不正行為を調べ上げても意味がない。
「人が話している時は黙って耳を傾けるものですよ。全く。〝富幻〟の宰相が聞いて呆れます」
「オレはお前の隙あらば上司にも毒舌を利く度胸に、怒りを超えて尊敬の念すら抱きつつあるよ‼………まぁ、いい。雲霞、話してくれ」
舜や龍大といる間にすっかり突っ込み体質になってしまった。ここからは通常運転に戻ることにする。いい加減息も忍耐も保ちそうにない。
「野間澄明は昴流冬月の数多くいる使い走りの一人で、そのために大使団の一員に加えられました」
澄明は元々、冬月の懐刀の配下の使い走りの協力者だった。そうして協力しながら地道に冬月に擦り寄っていった。
兄には人望は無いが、有無を言わせぬカリスマ性がある。上司や上役さえ霞ませる存在感と有能さを翳してのし上がってきた。
「そしてそれ以上の出世を目論んだ澄明は、上流貴族の気を引くためにある計画を提唱しました」
「…………アイツを足掛かりにするとは馬鹿なのか強かなのか…………で、その計画ってのは?」
「夢界の永久命題の一つ〝恒久的な夢の生産〟の試験実験にございます」
満を持したように霞渓が告げる。
「馬鹿決定だな」
「大それたことを成そうとするからといって愚か者とは限りませんよ。世の偉人も当時は愚か者にございましょう。…ただ今回はお粗末な計画なので愚か者、という評価は正しいですが」
「うん。上げて落とす。的確に人にダメージを与える方法をわかっているな」
「恐れ入ります」
「微塵も褒めてねぇよ。で、具体的な内容は?」
「はい。どうも現世のメルヘン・ファンタジーを専門とする作家や絵本作家を狙ったようです。すると思うように集まらなかったのか急遽その卵まで」
「…………ああ、それで少年は狙われたのか………」
いかに稚拙とはいえ独創的な世界を作り上げ、夢に思い描いている。十分に狙う価値がある。
「気に食わねぇな。どういう甘言を弄されたか知らんが、そいつらはもうユメクイじゃねぇ。人を食い物にするヒトクイだ」
「我らとしましても看過できぬ事態です。どうかご命令を」
霞渓と雲霞は頭を下げる。
「いや。これはオレの仕事で、私事だ。ただ、その組織の本拠地を調べておいてくれ」
「これに」
霞渓が差し出した報告書にはこれまで報告したことが記載されていた。春星はズボンの後ろにねじ込む。
「では、これにて失礼」
霞渓が印を組むと爆煙が起こる。咳き込んでから見ると姿はない。
「お前らは一々人を煙に巻かんと気が済まんのか‼
そして雲の入る姓はみんな忍法使えるのかぁ‼」
東雲軍司と群雲霞渓・雲霞には血縁関係はない。絶句するも、だからこそ隠密に選んだわけで……。
「………と、いかん。悠長に話し過ぎた」
春星は煙管を取り出し、舜の夢に入り込むために香を調合する。




