6時間目 想定外の邂逅 加藤鈴、井上愛美編
龍山のマンションの玄関口で愛美と鈴は立ち尽くしていた。そしてたった今閉じたクリーム色の扉の前で二人が目を見合わせる。
「見た?」
鈴の問いに愛美は素早く二回頷いた。
「OK………愛美も見たってことはあたしの見間違いってわけじゃあないんだ。アレ」
鈴は愛美の答えに諦めた様子で頷くと再びクリーム色の扉に視線を向けた。この扉は二人の前で二度開いた。鈴はたった今目の前で起きた出来事を必死に理解しようとした。
一度目は筋骨隆々の男がブ―メランパンツ一丁で飛び出してきた。男は、扉を開くと同時に何か叫んでいたが、あまりにも突然だったのでうまく聞き取れなかった。しかし、中から出てきた男は、何故か扉を開いた瞬間に再び扉を閉じた。
そして、先程また扉が開いた。今度は一度目のような荒々しい雰囲気はなかった。筋骨隆々の男がゆっくりと扉を開き悟りを開いたような顔をあらわにしたのだ。しかし、男は再び、出てくるとほぼ同時に中に引っ込んだ。
「ねぇ鈴ちゃん。今のって浅間君?」
「うーん。そうだと思うけど………」
鈴は自信なさげな顔をした。ほとんど一瞬の出来事だったので鈴にも判断がつかなかったのだ。
そこで鈴は今しがた目の前で閉じた扉に手をかけ、ゆっくりと開き、中を覗き込んだ。
その時、鈴の視界は全裸でこちらに向かって疾走してくる男の姿を捕えた。
鈴は全力で扉を閉めた.
そんな鈴に愛美は困惑の視線を送った。
「どうしたの鈴ちゃん?さっきの男の人みたいなことして」
鈴は愛美の問いにすぐには答えなかった。鈴はゆっくりと振り向くと
「お、おと……がぜ、ぜん、らで」
と、震える声で愛美に扉の向こうの状況を伝えようとした。
しかし、鈴の必死の説明は愛美には通じず、愛美は自分で真相を確かめようと扉に近づき、ドアノブに手をかけた。
「ちょ、何やってんだ!やめ」
そして鈴の制止の声も振り切って一気に扉を全開にした。
鈴は思わず目をそむけた。目の前にまた全裸の男が現れると思ったからだ。目をかたく閉じて愛美が早く扉を閉じてくれることを祈る。しかし、どんなに待っても愛美が扉を閉じるような気配は伝わってこない。鈴は恐る恐る目を開いて状況を確認した。
鈴の視界に全裸の男は現れなかった。代わりに鈴の目の前には一人の男が立っていた。
その男は全身を光沢のある黒のスーツで包んでいた。中に着ているワイシャツはグレーでネクタイはスーツと同じ黒色。全体的に落ち着いた大人の色気を醸し出すコーディネートだった。
開いた扉の向こうでスーツに身を包んだ男、浅間龍山は、扉を開けた状態で固まっている愛美に視線を送ると芝居がかった口調でこう言い放った。
「やぁ、お嬢さん。俺に何か御用ですかな」
浅間龍山は4日前の月曜日、ある女の子と一緒のクラスになるために夜通し神社をめぐった。
何故その女の子と一緒のクラスになりたかったのか。
それは龍山がその女の子に恋をしているからだ。
そして今、スーツを着ているのも。
その子に少しでもいい印象を与えるために自分が所有している一番上等な服を選んだ結果だった。
そう、龍山は。
井上愛美に恋をしていた。