2時間目 勇者の気持ち
「ここ、か?」
「うん、ここみたいだね」
「もう一回聞かせてくれ。ここか?」
「うん、ここだね」
「……ごめん、もう一回だけ聞かせ」
「しつこいよ鈴ちゃん!!そんなに私が信用できないの?!」
何度も同じことを聞き返してくる鈴に、愛美は我慢できずに大声を上げた。それを受け鈴は、
「いや、そういうわけじゃないんだけどさぁ」
そう言うと目の前に立ち塞がる建造物を指差した。
「高過ぎるわぁ!」
鈴がそう評価した建物はマンションだった。縦長の直方体のような形をしており、全長はゆうに100メートルを超えている。背後から沈みゆく夕日に照らされ、愛美と鈴がいる方向に長い影を落としていた。その様は、さながら魔王城のような不気味な存在感を放っており、まるで二人が近づいてくるのを拒んでいるようにも見えた。マンションの敷地は植木で囲まれており、周りの景観と一線を画している大きな要因になっていた。
「勇者が魔王城に侵入する時って多分こんな気持ちなんだろうな」
鈴の絶望のため息に苦笑で答えながら、愛美は手に持ったメモを確認した。
「えーっと……浅間君はこのマンションの最上階に住んでるみたいだね」
「よりによってかよてっぺんかよ………」
鈴はトドメのパンチを食らったボクサーのように、ガクッと崩れた。愛美はそんな鈴に気遣うような視線を向け、少し考えたのちにこう言った。
「どうせプリント渡すだけだし、私一人で行ってこようか?」
愛美のその言葉を受け、鈴は苦笑をその顔に浮かべた。
「いや、流石にそういうわけにはいかんでしょ」
そして、鈴はもう一度深く息を吐き出すと、
「うっし。うだうだしてても始まんねぇし、ちゃっちゃと渡してきますか」
そう言って勢いよく立ち上がった。
「へへ、そういう鈴ちゃんの男らしいところ、私好きだな」
「いやお前仮にも乙女に向かって男らしいって………」
愛美の言葉に鈴がガクッと肩を落としたその時、
「あれ?あの人……」
愛美が、二人がいる場所から少し離れた場所を通り過ぎていく人影に反応を示した。愛美につられて鈴もその人影を視認する。
「あれ、同じクラスの深山虎助君だよね?」
愛美の言葉に鈴は頷く。
「多分。あいつ目立たねぇから印象薄いんだよな」
「こんなところで何してるのかな?」
「さぁ?家がこの辺なんじゃねぇの?」
ふーん、と、歯切れの悪い声を返す愛美に、鈴は問いかけた。
「どうした?何か気になることでもあんのか?」
鈴の問いに、愛美は慌てたように首を横に振った。
「いや別に何でもないよ!ただ……」
「ただ?」
問いを重ねる鈴に、愛美は答えた。
「私、ちょっとあの人苦手なんだよね。だから少し気になって」
「あぁ、そういうことか」
愛美の言葉を聞いて、鈴は納得の表情を浮かべた。
「確かに。アタシもあの何考えてるかわかんねぇ感じはちょっと苦手だな」
「悪い人じゃないんだろうけどね」
愛美は苦笑しながらそう言うと、虎助がある言っていった方向を見つめた。そして、しばらくすると、
「よし!じゃあ気を取り直して浅間君の所に行きますか!」
そう言って、マンションの入り口に向かって歩き出した。その後を鈴がため息をつきながらついていく
この時、二人は街最強の不良を訪問することと、偶然クラス一の変わり者に遭遇したことで、心が浮き足立っていて、自分たちの背後の植木に隠れて聞き耳を立てている人物に、最後まで気づくことはなかった。