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ガチコイ!  作者: 昼行燈
2/14

1時間目 出席確認

「じゃあ出席取るぞー。一番、浅間………は欠席、と。まったく、あのヤロー新学期早々連休かましやがって」

 二年三組の担任教師、(もり)和也(かずや)は新学期が始まってから一度も教室に姿を見せない浅間(あさま)龍山(りゅうざん)に対してぶつぶつ文句を呟いた。

そんな森先生の文句を聞きながら浅間の一つ後ろの席に座る出席番号二番、井上(いのうえ)(まな)()は目の前にある主のいない机を見つめた。

 今日で五日目か。何で学校に来ないんだろう。

 愛美は未だ学校に来ない龍山について考えを巡らせた。

 愛美は龍山と面と向かって言葉を交わしたり直接かかわったことはない。しかし、色々な所から噂はよく聞いていた。一夜のうちに暴走族を壊滅(かいめつ)させたとか街の不良の間で『ドラゴン』って(あざな)で呼ばれてるとか、前科七犯とか、中にはクマを素手で撃退したなんて噂まであった。

 そんな、普通という枠組みから著しく逸脱(いつだつ)した人間に()ったことのない愛美は、噂を耳にするたび、

「本当にそんな人いるのかなぁ」

 と、疑問という名の興味を龍山に抱いていた。だから二年生に進級して新しいクラス名簿を見て自分と龍山が同じクラスだとわかった時、他の生徒が龍山と一緒のクラスになった不幸に泣き崩れる中、自分の中の小さな好奇心が頭をもたげるのを感じた。

これで噂が本当かどうか確かめられるかもしれない。

しかし、そんな気持ちで始まった新学期も今日で五日目。一向に姿を見せない龍山のおかげで愛美は自らの好奇心を満足させられずにいた。

そんなことをつらつらと考えていたその時、

「おい井上!!聞いてるのか?」

「え?は、はい!」

森先生の怒号に、愛美は驚いてしどろもどろになりながら返事をした。どうやら考え事に集中し過ぎて森先生の点呼を無視してしまったらしい。次の生徒の返事を聞きながら愛美は少し反省した。すると、横から声がかかった。

「どうした?ボーっとして」

愛美は声がした方、自分の左横の席に座る女生徒、出席番号八番、加藤(かとう)(すず)の方に顔を向けた。

「いや、ちょっと考え事をね」

「お前が考え事ねぇ。昼飯のことでも考えてたのか?」

「こ、こんな朝からお昼ごはんの事考えるほど私食いしん坊じゃないよ!」

「え?違うのか」

「違うよ!もう、鈴ちゃんのイジワル」

愛美はむすっと拗ねたようにそっぽを向いた。

二人が話している間に

「八番、加藤鈴」

と、森先生が鈴の出欠を問うてきた。

「はーい」

鈴は返事をすると笑いながら愛美をなだめた。

「ごめんごめん。ちょっとからかいすぎちまったな。で、何を考えてたんだ?」

問われた愛美は、自分の前の席に視線を向けた。

「浅間君、何で学校に来ないのかなぁって」

「あぁ、浅間ね。確かに二年になってから一回も学校に来てないよな」

鈴は頷きながら言葉を(つな)いだ。

「まぁ一年生の時もまともに学校に来ることなんてほとんどないような奴だったから、あんまり気にすることもないんじゃねぇの?」

「そうか。そういえば鈴ちゃん一年生の時も浅間君と同じクラスだもんね」

おう、と鈴の同意を得ると愛美は鈴に一つ問いかけた。

「ねぇ鈴ちゃん。浅間君ってどんな人?」

「浅間がどんな奴か、かぁ。うーん」

愛美の問いかけに対して鈴は困ったように首をひねった。

「一年間一緒のクラスだったけど、正直あいつのことはよくわからねぇんだよなぁ。ほとんどしゃべったこともないしよ」

「そっかぁ」

愛美の残念そうな顔を見て鈴は少しだけ申し訳なくなった。そこでふと思いついたことをそのまま口に出してみた。

「浅間のことはよくわかんねぇけどアタシが一年間同じクラスにいて思ったことならあるぜ」

「え?何何?」

残念そうな顔は瞬時に消え失せ、代わりに好奇心で目をらんらんと輝かせた顔が現れた。

それを見た鈴は満足気に頷きながらおもむろに語り出した。

「あたしが一年間一緒のクラスにいて思ったことはな、『噂程の奴じゃなかった』ってことだ」

「?」

鈴の言葉に愛美は疑問の色を浮かべた。それを見て鈴は言葉の意味を説明し始めた。

「いや、浅間のイメージって噂だけ聞くと極悪(ごくあく)非道(ひどう)の悪魔みたいな感じだろ?でもさ、一年間一緒のクラスだったのにあいつに対する悪いイメージってのがあんまりないんだよ。教室で暴れたりすることもなかったし、廊下で生徒と肩がぶつかったりしても『悪い』なんて自分から謝ったりしてたしよ。あたしは皆が言うほど悪い奴じゃないと思うんだよなぁ」

鈴の話を聞いて愛美は感心したように頷いた

「へぇ!そうなんだ。意外によく見てるね、鈴ちゃん」

「浅間のことはあたしも噂で聞いていたからね。最初は警戒してたのさ」

鈴はそこまで言うと当時のことを思い出したのか、苦笑しながら言葉を繋いだ。

「ま、こんなのはしょせんあたしの見立てだからね。アテにはなんないよ。もっと詳しく知りたいなら浅間本人と仲良くなるしかないだろうね」

「そうだよねぇ」

そう言って愛美はため息をついた。

「でも、肝心の浅間君が来ないとどうしようもないよね」

そうだなぁ、と鈴は腕組みしながら頷いた。

「確かに。つーか新学期早々停学食らうってあいつ一体何したんだ?」

「うんうん………て、えぇ?!浅間君停学してたの?」

驚く愛美を見て鈴は呆れたようにため息をついた。

「お前知らなかったの?」

「知らないよ!てゆーか何で鈴ちゃんはそんなこと知ってるの?!」

「なんでって、皆噂してるし何より森ちゃんが欠席理由を話さないだろ?病欠なら病欠って言う筈だ。いきなり停学したなんて知られたらただでさえ警戒されてる浅間が更にクラスで浮いちまうだろ。森ちゃんヤクザみたいな顔してるけどそういう気遣い出来る人だし」

「ほう。お褒めに預かり実に光栄だな加藤。ところで、お前たちはいつになったらワシの話を聞いてくれるんだ?」

突然会話に入り込んできた声に、愛美と鈴は驚いて周りを見回した。

先程まで騒がしかった教室が、今は嘘のように静まり返っている。どうやら森先生が出欠を取り終えたので皆、私語は自重したようだ。そして周りの空気に気づかずいつまでもしゃべり続ける二人に森先生が業を煮やして近づいてきた、という状況らしい。

森先生は迫力のある顔を二人に近づけながら再び問うた。

「どうなんだ?ん?いつになったらワシの話を聞いてくれるんだ?」

「す、すいません」

「き、聞くなら今しかねぇって感じですわ………」

愛美と鈴は瞬時に居住まいを正し、話を聞く姿勢をとった。森先生はそんな二人から離れず、ゆっくりと愛美に視線を送った。しかし、愛美が涙目になっているのを見て取ると愛美から視線を外し鈴の方へゆっくりと視線を向けた。。

それから数秒が経過した。

森先生に見つめ続けられている間、鈴の頭の中は恐怖でいっぱいだった。

え?

何これ?

どんだけこっち見てんだよ長すぎじゃね?

つーか目がマジで怖ぇよ!?

コイツ絶対何人か()ってるって!!

てかコレあたし今から()られるんじゃね?

やばいやばいやばいやばい!!!!

鈴が生命の危機を感じ始めた時、森先生はフン、と鼻を鳴らすと二人から離れ教卓(きょうたく)に戻って行った。二人は死線を(くぐ)()けたことを目配(めくば)せして確認すると、深々と安堵(あんど)のため息をついた。

森先生は教卓に戻った後、チラッと愛美と鈴の方を見ると話を再開した。

「えー、さっきも言ったが大事なことなのでもう一度言うぞ。今日、進路希望調査の用紙を配る。内容は一年の時配ったものと同じだ。しかし、一年のとは違い、皆の中にもある程度の進路の道筋が見えてきていると思う。だから記入はできるだけ具体的に頼む」

ここで森先生は一息ついた。そして言葉を繋ぐ。

「まぁまだ決まっていない者も中にはいると思う。そういう者も最低限進学か就職かぐらいは書くように。いいか、二年生だからって油断していると周りに置いていかれることになるからな。皆よく考えるように。提出は来週の月曜日だ」

森先生の言葉を聞いて教室の生徒たちは思い思いの返事をした。その中で愛美は、返事をしながら自分の進路について考えていた。

私の進路、か。一年生の時は何も考えずに進学とだけ書いて提出した。特にやりたいことも見つからなかったし周りの子が進学希望ばかりだったからだ。

しかし、愛美は二年生になって、ふと思った。

やりたいことが無いから進学したとして、それでもやりたいことが見つからなかったら?もしそうなったら多額の進学費用が全て無駄になってしまう。そんな適当な考えで両親にお金を出させるわけにはいかない。そうなるぐらいなら、とにかく高校卒業と同時に就職した方がいいんじゃないだろうか。

そんな愛美の鬱々とした未来への夢想は森先生の声で中断された。

「井上、加藤。そういえばお前たち、さっき浅間のこと話してたよな?」

「は、はい!」

「そ、それが何か?!」

森先生の声で先程の恐怖がフラッシュバックした二人は額に汗をかきながら威勢良く返事をした。森先生はそんな二人の様子を楽しんでいるかのように残忍な笑みを浮かべると話を続けた。

「お前ら、今日二人で浅間の家に進路希望調査書を届けに行って来い」

「え?」

「な、なんで?」

森先生の突然の依頼に二人は困惑した。

なんで私たちが?

しかし、そんな二人の様子を気にすることなく森先生は話を続けた。

「『なんで』だと加藤?」

そう言うと森先生は、

「今日が金曜日で進路希望調査書の提出は来週の月曜日なのに浅間が休んでて渡せないからに決まっているだろう」

と、1+1=2という数式を小学生に教えるような口調で言葉を続けた。しかし、鈴は思わず席から立ち上がって抗議した。

「いや、なんでっていうのはそういう意味じゃなくて、なんであたしたちが浅間に進路希望調査書を届けないといけないのかってことですよ!!」

「お前たちがさっき浅間のことを気にしていたからだ」

「そんな理由であんな不良の上に超がつくような奴の家にか弱い乙女(おとめ)二人をカチ()ませるのかよ?!」

「誰がカチ込み掛けろって言ったバカヤロー。ワシは進路希望調査書を届けろと言っただけだろうが」

「どっちにしろ浅間の家に行くことには変わらねぇだろ!あたし達何されるかわかんねぇぞ」

「え?でも鈴ちゃん、さっき浅間君はそこまで悪い奴じゃないって言ってたよね?じゃあ女の子が二人で家に行っても大丈夫なんじゃないかな」

「なんでお前はあたしを背後から()ち抜くようなことを言うんだー!」

急に話に入ってきた愛美を鈴は一喝(いっかつ)した。しかし、時すでに遅し。森先生は愛美の言葉に満足気に頷いた。

「よし、井上もこう言ってるしこれにて一件落着。後で浅間の分の進路希望調査書渡すからよろしく頼むぞ」

「ちょ、まだ話は」

「まだ口答えするのか?ん?」

なおも食い下がろうとする鈴を森先生は眼力で抑え込んだ。そして鈴がひるんでいる隙に悠々と教室を後にした。

森先生が教室から出ていた後、鈴は息を大きく吐き出しながら机に崩れ落ちた。愛美は机に突っ伏して何やらぶつぶつ呟いている鈴の肩に手を置いた。

「ま、なんとかなるよ」

鈴はそう言って励ましてくる愛美を半目で見上げた。そして、ため息をつきながら視線を落とすと、ポツリとつぶやいた。

「あたしの人を見る目が確かであることを祈るよ」


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