9時間目 入室
「まぁ、その辺に適当に座っててくれ」
龍山は愛美と鈴をリビングに迎え入れ、リビングにあるソファーと床に敷いてあるカーペットの上に立っている脚の短いテーブルを指し示した。
「へぇ!結構綺麗にしてるんだね」
愛美は感嘆の声を上げた。鈴も感心したのかきょろきょろと部屋を見回している。二人の様子に龍山は頭を掻きながら、
「ま、まぁな。俺、掃除とか結構好きなんだよ」
「へぇ、意外だなぁ。私はそういうの本当に苦手なんだ。浅間君は良い旦那さんになれるね」
その言葉を聞いた瞬間、龍山の心に衝撃が走った。
私はそういうのが苦手→私の苦手なことができる浅間君は良い旦那さんになりそう。
つまり………
『私の旦那さんになって私の苦手なことをして欲しい』ってことかぁぁぁ!!!
これは告白を通り越してもはや求婚?直接的なことを言ってこないのはさりげなく本心を伝えることで俺に気持ちを気づかせ、そして俺の方から言ってきて欲しいという女心!
く!なんていじらしいんだ愛美ちゃん!!安心してくれ。今すぐ俺の気持ちを君に伝えるぜ。
「なぁ井う」
「わぁ何この絵カワイー!!」
愛美は、龍山が愛美の名前を言い終わる前に、部屋の壁に飾られている絵を指差して女子特有の甲高い声を上げた。
「浅間君、この絵どうしたの?」
「あ、あぁ。それは知り合いからもらったんだ」
それは黒の鉛筆で描かれた子猫と親猫が戯れているだけの質素な絵だった。出鼻をくじかれた龍山は少し落ち込んだ様子で目の前の絵を指し示した。しかし、愛美はよほどその絵が気に入ったのか、龍山のテンションの変化にまるで気付かず一人ではしゃいでいる。
「鈴ちゃん見て見て!すっごいかわいいよ」
「あ、あぁ。そうだな」
鈴は愛美のテンションについていけなくて苦笑いを浮かべた。
愛美はひとしきりその絵を愛でると、
「あ!そうだ」
そう言って自分の学生鞄を探り始めた。しばらくして愛美は鞄の中から携帯電話を取り出すと、
「ねぇ、浅間君。この絵写真に撮ってもいいかな?」
「おう、いいぜ」
「ありがとう!ではさっそく………」
龍山の許可を得た愛美は一転、真剣な目つきに変わると、絵に向かって静かに携帯電話のカメラを構えた。水を打ったように静まり返るリビング。
「………」
その状態が十秒続いた。
「ど、どうした愛美?」
いつまで経ってもシャッターを切らない愛美を不審に思った鈴が声をかけた。すると愛美は涙目になりながら携帯電話の液晶画面を鈴に見せた。液晶画面は真っ黒で何も映っていなかった。
「で、電池がなぁい」
「あちゃーこりゃ完全に機能停止してるね」
「そんなのってないよぉ」
落胆する愛美を鈴が方を叩いてなだめた。その時、
「充電器ならあるぜ」
と、龍山がテレビの置いてある台の引き出しから充電器を取り出した。
「ほら、俺も井上と同じ機種なんだよ」
そう言って龍山は愛美から携帯電話を受け取ると、それを充電器に接続して、充電器から伸びたケーブルをリビングのコンセントに繋いだ。
「あ、ありがとう浅間君!!」
愛美のはじけるような笑みを浮かべた。
「い、いいってことよ。じ、じゃあ俺、キッチンで茶ぁ淹れてくっから、二人とも適当にくつろいでてくれ」
そう言って龍山は愛美と鈴をリビングに残し、リビングを出てすぐ左にあるキッチンに向かった。