勝負パンツ(後編)
……よし。
私は赤い勝負パンツを履いて頷いた。ついに接待の日が来てしまった。もちろん失敗は許されるわけが無く、かといって、このパンツで成功する自信もない。
(大丈夫かな……)
鏡を前に考えこむ。不安だ。
私は服を着終え、化粧に入ろうとした。正直言って、化粧はあまり得意ではない。
「めーんどくさいなぁ」
そう呟いた時、私の頭の中で何かが猛烈に回転し、意識する間もなく口紅やらパウダーやらをもの凄いスピードで顔に塗っていった。何なの!?一体!?
はっと我に返った時、鏡の映っているのは……私!?
確かに自分である。しかし、以前のぶっきらぼうな化粧とは違い、しっかりと、自然に、まるで“カリスマ”にやってもらったかのように、化粧がしっかりとしている。
そして……自分でいうのも何だが……キレイ!
申し分なく、美人と言っていい。まるで女優みたい!
私は一気に自信を付け、宙を舞う気持ちで接待を行うレストランへ向かった。
私が着くと、すでに部長は到着済みで、服を整えていた。
「部長!おはようございます!」
「えっ……おは……よう!?」
やっぱり…。私を見て驚いている。
「きっ…桐野く〜ん。どうしたんだい!?いつもの君とは違うぞぉ!」
「そうですかぁ!?」
私は嘲るように言ってやった。こんなに自信に満ちているのは、人生で初めてだ!
「うーん。本当に見違えるように……あっ!」
喋っている途中、部長は急に私から目線をそらした。建設会社の社長が来たのだ。
「あっ!どうも、社長。お待ちしておりました〜!」
声を裏返しながら喋る部長に対し、建設会社の社長はぶっきらぼうに頷くと、どすん!とレストランの椅子に腰掛けた。
部長は汗を拭き取り、私の肩を掴み小声で
「伊藤建設の社長さん…君も知っている通り、頭かったいんだよぉ…」
……知らない。そんな事は聞いていない。
「はやくしてくれんかね!」
社長さんは怒るように言った。部長はもう一度汗を拭き取ると、資料を何枚か出して説明を始めた。
「えっとぉ……こちらが……そのぉ…」
部長はカミカミだ。挙動不審になっている。その度に伊藤建設社長の顔が強ばっていく。部長ったら、私にばっかり言っておいて、結局は自分だって……。
そんな険悪なムード漂う中、集中力が切れた部長は私に対して
「たのむ〜」
と囁くと、目をパチパチさせ、必死に合図を出した。
(仕方が無いか…)
いつもの私なら、部長と同じく挙動不審になる。しかし…。
「こちらが今回の業務の詳細になります…」
そう言って、あたしが少し社長の方へ身を乗り出した。
すると……社長も、その隣にいた男性秘書も、まるで電撃が走ったようにビーンとなり
「あっ……なるほどぉ……すばらしい」
と何も言わぬ内から褒めだした。そして、今まで手すらつけなかったワインをガブガブと飲み始めたのだ。
(どうなってんの…?)
私が唖然としていると、いつの間にかワインは無くなり、社長が
「すんませーん!ワインもう一本!」
と、まるで居酒屋にいるかのように叫んだ。酔ってるジャン!
社長は頬を赤らめながら、料理のステーキをつまみのように食べて言った。
「いや〜しかしね、君みたいに美人な子が部下にいる部長さんは、幸せだね〜」
「いーやいや、とんでもないー!」
横合いから部長が口を挟む。
「いやでもね、本当に美人だよね。君。私ね、気に入ったよ。今回の仕事、君ンちの会社に任せるよ」
え!?
というわけで、私の勝負はあっけなく「成功」してしまった。
接待が終わった後、部長の「さんきゅー、ボーナス約束するからねぇ…」という言葉に勇気づけられ、私は改めて勝負パンツの力を悟った。すごいパンツだわ!
(このパンツ……高いお金出して買った甲斐があった!)
そう。その帰りだった。
私は見てしまったのだ。
……私には好きな人が一人いる。それは、社内でも人気者の「後藤」さん。その後藤さんが、同期の池田京子とキスをしているのを…。
(そんな……)
くやしかった。とてもくやしかった。しかし、その時脳裡を過ぎったのは、あの「勝負パンツ」!
(まてよ……勝負パンツを使って……)
私は下着ショップへ直行した。
先日と同じように、店長らしき店員が出て来て
「いらっしゃいませ。いかがでしたか、勝負パンツは?」
「とても良かったです。もう一枚ください」
「……白でしょうか、黒でしょうか?」
「白……ください!」
店長は白いパンツを持ってきて
「こちらでございますね、お値段は…」
言い終わるか否かのうちに、私は15万円をドンッとカウンターに置いた。
「……ありがとうございます…」
店長は静かに言うと、おじぎした。
よし……このパンツで後藤さんと……。
白い勝負パンツは、またしても私を「美女」に変えた。
後藤さんは美しくなった私が気になったのか、しきりに話しかけてくるようになった。それが原因か、池田京子とは険悪状態に見える。
とりあえず、私と彼はデートも頻繁にするし、親しい仲になった。でも、なーんか物足りない。
(……結婚……かなぁ……)
確か白いパンツの効き目は2回まであるはず。後藤さんと結婚できるならば、そんな幸せはない。
……よし、勝負しよう……。
私がもう一度白いパンツを履いた日、後藤さんは出勤途中に交通事故に遭い重傷を負った。
ということは、看病するのは私だ。この事故のお陰で私と後藤さんの距離は急速に縮まり、ついにめでたくゴールイン!
こんな最高な事って、あるのかしら!
名字を桐野から後藤に変えた結婚生活は、順調そのものだった。
彼は会社の取締役まで出世し、私は壽退社をして主婦になった。昨日病院で子供が出来たことも分かったし、まさに「理想の家庭」ができていた。これも全て、「勝負パンツ」のお陰…。
そんな幸せの最中だった。あの事件が起こったのは…。
いつものように、疲れて帰ってくる彼を、私は出迎えた。
「おかえり〜!あなた疲れたでしょう」
「……もうお終いだ!」
彼はぶっきらぼうに言った。
「お終いって…どういう意味?」
「……クビになったんだよ!」
まさか……そんな……。クビだなんて…。
「ウチの会社…インサイダーやってたらしい。上部は皆しょっ引かれた。俺はギリギリセーフだったけど、経営が傾いたから、人数削減のためクビだとよ!くそっ!」
「あなた……子供が生まれるのよ!もっともっと、お金がいるのよ!」
「うるせぇな!」
彼は机を叩くと、ズカズカと寝室へ入っていった。
(そんな……そんな……)
ん?
私の脳裡をまたしても「勝負パンツ」が過ぎった。
それと同時にTVから流れてきたのは……。
♪一等3億円くじ 明日まで〜♪
これだ!
私はひらめいた。勝負パンツを履いてくじを買えばいい。3億円当たれば、当分は生活できる。
考えつくと、そのまま下着屋へ直行した。
急いで駆け込むと、またしても店長らしき男がいた。
「すみません!勝負パンツ……勝負パンツください!」
店長は眉をひそめた。
「申し訳ございませんが……最後の一枚は、今し方売れてしまいまして…」
えっ!?
衝撃…。でも、諦めきれない。こちらは人生がかかっている。本当の勝負だ。
「いつ…いつですか?」
「お客様と入れ替わりくらいです。まだ出たばかり…」
店長が言い終わる前に、私は店を飛び出した。
(なんとしても……パンツを買った客を捜さなきゃ……)
一人…二人…辺りを見回す。
あっ!いた!
中年の女が、確かに下着屋の袋を引っさげ、歩いている。
私は後ろから駆け寄り、袋さら奪い取った。
「ちょっと!ひったくり!ひったくりよ!」
女が叫ぶと、近くの交番の警官が駆けつけてきた。これでは捕まってしまう。
しかし、私には計略があった。
路地に隠れ、スカートをまくし上げてパンツを脱いだ。そして袋から黒い勝負パンツを取りだし、息をのんで履いた。
「おい!このひったくりが!」
私は現行犯逮捕…という形になったのか。警官にあっさりと捕まえられてしまった。
しかし……こちらには勝負パンツがある。どんな壁も越えられる。
私は警察署へ連れて行かれ、事情聴取を受けた。
聴取する警官の隙をうかがった。
外では雨が降り出した。雷鳴まで轟いた。……今だ!
警官が雷に目をそらした隙に、私はもの凄い勢いで逃げ出した。
「おい!こら!ちょっと待て!」
フフフ……私には勝負パンツがあるのよ!捕まえられるわけがない!
「待てッ!止まれ!」
私が逃げた道の先は行き止まりだった。そこは台所……。
「ふぅ〜…ようやく追いつめた…」
息を吐く警官に対し、私は戸棚にしまわれていた包丁を掴んで突きつけた。
「おいっ!冗談はよせ!やめろ!」
誰がやめるものか!こっちには勝負パンツがある。絶対勝てるんだから!
「おいっ!やめんか!捨てろ!捨てないと…」
警官は腰に付けた拳銃を抜いた。そんなもの、私に対しては無意味!
「捨てろ…捨てないと撃つぞ!おいっ…」
ばっかじゃいの!?私は無敵よ!不死身!絶対成功するんだから!
私は包丁を警官へ振り下ろした。
ダーン!!
プルルルル…プルルルル…。
「もしもし、こちら下着ショップ……えっ!?…はい…はい…分かりました」
「どうした!」
「店長。どうも、『勝負下着』の黒ですけどね、普通の下着と間違えて出荷しちゃったそうです。だから、本物をお送りしますって…」
「そりゃ大変だ。買われたお客様にお詫びをしなきゃ……」
あれ……なんで……負けたんだろ…………。