エピローグ
そうして俺たちは本当に夫婦になった。やがて娘が生まれ、周りから見れば平穏無事な生活を送っている。
娘のスティールが生まれる頃になると、ユーリから男言葉が飛び出る事はなくなった。
借り着がようやく身に馴染んだってことかしら。
そう笑う……ふんわりとした、やわらかい花弁のような笑顔の向こうに、ユーリは硬い芯を持ち続けている。
何故なら、ユーリは“クリード”が何かを隠している事に気が付いているから。気付いていながら、一言も問う事なく。
隠し事をするなら、気付かせないで。不安にさせないで。そうしたら、騙されていてあげるから。
自分だったら、すべて問いたださずにいられないだろう、こと。彼女を強いと思うのはこんな時だ。
目を瞑っていてあげる、と言う彼女の言葉に甘えて、クリードは何一つ彼女に告げていない。そしてこれからも告げるつもりはなかった。
中途半端に知る事は嫌。彼女はそう以前言った。自分だってそうだ。ちゃんと知ってさえいれば、適切な行動がとれる。
彼女と再び暮らすようになってから、彼女の周りを調べた。そうしたら、驚くべきことに行きあたった。彼女の母親は異界人である可能性が高いという。彼女を形作るものが、この界の人間と少し異なっていることからわかったのだ。
彼女の母親は、もしかしたら元の界へ連れ戻されたのかもしれない。
そして彼女の父親は、それを追いかけていったのかもしれない。だから二度と戻らない用意をし、この世界に残す娘のためにさまざまな手を打っていった……かなり独りよがりの、勝手なものであったとはいえ。
もしかしたら。彼女は気付いているのかもしれない。それでいて……何も知らないふりをしているのかも。
けして手の届かない所に居るのなら、知っていても、何にもならないので。
彼女は、お前が飽きる日まで傍に居たらいいと言った。
「ねえ、あなた、何を考えてたの? 」
コーヒーをトレイにのせ、ユーリがリビングにやって来た。紅茶色の髪の毛はリボンで結び、白いレースのエプロンをつけている彼女は、昔と変わらずどこか少女のようにあどけない。
「いや……天気がいいから、散歩にでも行かないかなって思ってね」
「まあ素敵!あ、だったら今日は、ピクニック気分でランチにしましょう。簡単に摘めるもの作るから、ちょっと待っててね」
ユーリは嬉しそうに手をたたくと、すぐさまキッチンに駆け戻った。そして聞こえてきたリズミカルな音。
飽きる日なんて来そうにないよと、クリードはこっそりそう思った。
「ねえ父さん。父さんは母さんと何処で知り合ったの? 」
年頃になった娘の周囲は、何かと騒がしい事になっているようだ。あくまで知らぬふりをしなければならないのが、何とも辛い所。
その娘が唐突に尋ねた問いに、既視感を覚えた。ああ、随分前、娘が小さい頃に同じ事を聞かれたっけ。その時はさて、どう答えたのだったか。
妻は笑顔を浮かべてこちらを見ている。
「ねえ父さん~」
何も知らない娘は、袖口を掴んで、何が何でもねだる姿勢だ。さてなんと答えようかと頭を回転させながら、ふと思う。こんな事で悩めるなんて、なんと平穏なことではないか、と。
「あれはなあ~確か……」
さて、娘と妻が納得するような“出会い”を創作できたのか。
それは彼の妻と娘だけが知っていることだった。
END
2011年9月10日 第一稿 UP
2011年9月17日 第二稿 UP