光
セツナはふらついた足取りでリビングの椅子にゆっくり腰掛けた。手紙を持つ右手が細かく震え、小さく呻いた。
「ハルカぁ……」
涙がこぼれ落ちそうになる目を手で覆う。
ハルカはたった一人の家族だ。気が弱いところがあるは優しい娘で、仕事に忙殺されているセツナをいつも気遣ってくれ何かと世話を焼いていた。セツナ自慢の妹だ。
両親は二人が小学生だった頃に交通事故で他界していた為、父方の祖父母に引き取られた。
祖父母は優しい人達で、四人はささやかながらも幸せに過ごしていた。だが、そんな祖父母も二人が社会人になると、安心したかのように静かに息を引き取った。老衰だった。社会人になり、育ててくれた祖父母には苦労させまいと意気込んでいた時のことだった。孝行を出来なくなった事を二人は非常に悔やみつつも、今後は互いに支え合って生きていこう、そう決めていた。
(……なのに)
ともすれば暴走しそうになる気持ちを、理性でねじ伏せる。
(落ち着け私。だいたい、この手紙はおかしなところが多すぎる)
セツナは思考することで無理矢理冷静さを取り戻そうとした。
筆跡が酷似しているといっても偽装工作はできる。ネックレスも市販の物だったから、同じものを調べ取り寄せることは可能だ。ハルカからのものであるという証拠にはならない。とすると、セツナに恨みを持つ人間の仕業か。
(でも)
どうやってこの部屋に入ったのか。そもそも差出人が部屋に入ったのなら、手紙を置き呼び出すなどという真似をせずとも眠っている相手をどうこうする方が手っ取り早い。
なぜこのような回りくどい真似をするのか、意図が見いだせなかった。
そして今、事の真偽を確かめるべくセツナは手紙で指定された場所へ車を走らせているところなのだが。
果たして本当にハルカに会えるのか。その可能性は低いものだったが、手がかりが無く捜査も進展しない現状では僅かばかりの望みでもそれに掛けたいという気持ちはセツナも捜査官達も同じだった。藁にも縋る思いでミサカイ峠へ向かうことを決めた。
二十時四十分。峠に着いたセツナは助手席に置いてあるショルダーバッグを手に取り、ヘッドライトをつけたまま車から降りた。黒いトレンチコートの内ポケットに入れた無線機は作動確認済みだ。左耳につけた小型イヤホンが見えないように自身の肩甲骨当たりまで長さがある黒髪で耳を覆っている。周囲を見回すが人影はない。
最も、人影はなくとも既に別動隊の捜査官達が辺りに身を潜めていることは確かだ。ミサカイ峠へ至る道にも張り込みがいる。そちらの捜査官らの情報によると、張り込み開始から現在まで峠に向かった車は別動隊の捜査官達とセツナの車のみと情報が入っている。とすると、手紙の差出人はこれからやってくるということか。
セツナは周囲の変化がいち早く察知できるよう神経を研ぎ澄ましながら待つこととした。しかし、期待とは裏腹に人が現れる気配はなかった。
二十時五十五分。指定の時間まであと少しだが、一向に現れる気配はない。視線を巡らせるがヘッドライトの先には空虚な闇が広がるばかりだ。焦燥感が募る中、イヤホンより入る情報に耳を傾ける。
「ミサカイ峠入口より不審な車、及び人物の出入りなし。引き続き周辺の状況報告を続ける」
約束の時間に遅れてくるつもりか。それとも、セツナ以外の存在に気付づき逃げたか。
二十一時。約束の時間だ。やはり気取られたのか。視線を足下に落とし、眉間に皺を寄せる。
しかし、差出人が遅れてくる可能性も捨てきれない。このままもう少し待ち続けることを提案しようと、セツナが無線の小型マイクに話しかけようとした、その時。セツナのショルダーバッグの中から突然、眩い白光が起きた。
「おい、何やってる。変な行動を取ると勘ぐられるぞ」
イヤホンから見張りの捜査官の叱責が聞こえる。
「ごめんなさい、急いで消すわ」
(こんなに光る物なんて持ってたかしら)
驚き、慌てて鞄の中を漁る。原因を見つけ、セツナは目を剥いた。発光の正体は、ベッドサイドに置かれていたあのネックレスだった。セツナは誰とも無く呟いた。
「……何なの。これ……」
何が起きているのか解らず見入ってしまったセツナは、光によって自分の意識が急速に奪われていることに気付けなかった。
「おい、初瀬! どうした!」
異変を察知した捜査官の声が聞こえる。しかし、声は最早セツナに届いていなかった。ぼんやりとした意識の中、導かれるようにネックレスに触れる。途端に、ネックレスは輝きを増した。みるみる光はセツナと辺り一体を包み込んだ。あまりの強い光に周囲に潜んでいた捜査官達は目が眩み、何も見えなくなった。
閃光の後、周囲は何事もなかったかのように夜の暗闇と静寂を取り戻した。年式の古い車のヘッドライトのみが辺りを煌々と照らす。再び目が闇に慣れてくると、捜査官は有ることに気付く。さっきまでと何も変わらない光景の中、一つだけ見当たらないものがあった。
彼女がいない。
嫌な緊張が捜査官達に走る。
「初瀬。返事をしろ! 初瀬!」
無線からセツナの声が返ってくることは、なかった。




