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コロッケ

作者: あび
掲載日:2026/05/06

台所に立つ私の背中には、やり場のない徒労感がべったりと張り付いている。

目の前にあるのは、手間暇の結晶である自家製コロッケだ。


まず、芋をふかす。この時点で味をつければ粉ふきいもだし、バターを落とせば背徳感たっぷりのじゃがバターとして、立派な一品が完成していたはずだ。


しかし、私はあえて茨の道を行く。


熱いうちに芋を潰す。これがけっこう重労働で腕がじんわりと疲れる。

ここにきゅうりやハムを混ぜれば皆が大好きなポテトサラダのゴールはすぐそこなのに。


さらに、玉ねぎとミンチを炒める。香ばしい匂いが漂う。ここに冷やご飯を放り込んでミックスベジタブルを足せば、パラパラのチャーハンで夕飯は解決しただろう。


だが、私は止まらない。


それらを混ぜ、丸め、小麦粉・卵・パン粉を丁寧にまぶし、油で揚げる。


ただ肉や野菜を揚げるだけの「フライ」よりも、工程数は遥かに多い。すべては「コロッケが食べたい」という夫のリクエストに応えるためだった。


「……これ、駅前の店のやつの方が旨いな」

味見もせずに浸るほどのソースをたっぷりかけた夫がスマホの画面から目を離さず言い放った。


その瞬間、私の心の中で何かが静かに、しかし決定的に弾けた。


私の数時間を、労力を、、、

搾りかす程度だが愛情も少しは入っていたはずだ。しかし彼はたった一言でそのなけなしの愛情をゴミ箱へ放り込んだのだ。


「……そう。よかったわね、好みがはっきりしてて」


私は微笑む。真実の鏡があったなら、きっと恐ろしい顔が写し出されるのだろう。


定年離婚。

その四文字が、脳内で黄金色に輝き始めた。


あと15年。

今日から始めるのは、コロッケ作りよりもずっと緻密で、ずっと情熱を傾けられる「料理」だ。

へそくり、法的知識、そして何より、彼が一人になった時に「駅前のコロッケ」すら買えなくなるように。

生活能力の緩やかな去勢。

「ふふふ……」

揚げたてのコロッケを口に運ぶ。

サクッとした食感の向こう側に、15年後の輝かしい自由の味がした。

楽しみだわ。定年という名の、最高のご馳走が。

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