掃除する喫茶店
天国がどんなところかって?
意外と下の世界と変わらないもんだよ。
背中に羽がはえるわけでも、頭の上に輪っかが浮くわけでもない。
生活するには普通にお金が必要で、そのために働かなくちゃいけない。
ご飯だって毎日食べないといけないしね。
そうだね、違うことと言えば、言葉や国の壁がないことかな。
下の世界でどこの国で育って、どの言葉を話してたって、天国じゃみんな同じさ。
…ああ、それと、毎日がお祭りなのも違っているかな?
みんな楽しくてたまらないのさ。だからだよ。
でも、君は暗い顔をしているなぁ。
まだ天国には来たばかりだからかな?
そうか、ならあそこに行くといい。
この通りを真っすぐ行ったところにあるカフェだよ。
あそこの主人は変わっててね、なかなか楽しいんだ。
扉を開いたら、必ずこう言って迎えてくれるさ。
「やぁ、おかえり。今日はどんな話を聞かせてくれるのかな。わが友よ」
******
がちゃり。
さっき門をくぐって辿り着いた天国とやらで最初に会ったおじさんが教えてくれたカフェ。
その扉を私は知らない間に開いていた。
あれ、おかしいな。来る気なんてさっぱりなかったのに。
「やぁ、おかえり。今日はどんな話を聞かせてくれるのかな。わが友よ」
「…ホントに言うのかよ」
一字一句。どっこも間違ってなかったその台詞に鼻で笑う。
なんだか型にはまっているみたいで、ものすごく嫌悪を感じた。
扉の向こうにいたのは、平平凡凡。特にこれと言った特徴もない普通のおじさん。
強いて言うなら、絵本かなんかに出てくるおじいさんがしてるような眼鏡が特徴だろうか。
「どうしたんだい?そんなところで立ち止まってないでこっちに来て、話をしてくれないかい?」
「悪いけど、間違えただけ。あたし、別にあんたのダチでもないし」
「そんなことないよ。…君は話したいことがあるだろう?」
「はぁ?別にそんなもん…」
ない。と言おうとして、違和感を感じた。
本当にそうだろうか?なんて思わず考えてしまって、そうこうしているうちにおじさんはカウンターにあたし用の紅茶とケーキを用意してしまったみたいだ。
しょうがない。ケーキがもったいなから、少しだけこのおじさんに付き合ってあげるか。
「ケーキ食べたらさっさと帰るから」
というか、あたしまだ天国に来てから働いてないし。お金持ってない。
まぁ、このおじさんとろそうだし…。なんとかなるだろう。
「さぁさ、話をしてくれないか?」
「だから……わかった。話すから、これタダにしてくんない?」
「もちろん。最初からそのつもりさ」
「なんだよそれ。商売やってけるの、あんた」
「私のことより、」
「わかったわかったってーの。話せばいんでしょ、話せば」
そう言えば、目の前でグラスを拭いてるおじさんは満足そうに笑った。
でも、本当にあたしに話すこと何てなにもない。
たいした人生送ってきたわけじゃないし。
毎日毎日くりかえしで、みんな型にはまってて楽しくなかったし。
そもそも、あたし死んじゃってるから、話して楽しむなんて…。
「…あたしさー、突然車に轢かれて死んじゃったんだよね」
友達といつも見たいに騒ぎながら下校してたんだ。
その途中で道を渡っている時にあたしの携帯のストラップが落ちて、それを拾ってたら、トラックが来て…こんな漫画みたいなことあるんだなーってのんきに思ってたら轢かれちゃった。
走馬灯ってやつも見なかったし、あたし即死だったんだろうね。
友達、泣いてくれたかなー。意外とあっさりしてたりして。
今つるんでた子たちとそこまで深いお付き合いしてなかった、と思うし。
すぐ忘れちゃうんだろうなー、あたしのことなんて。
ま、今時そんな付き合いの方が多いよね?しょうがない、しょうがない。
あ、でもお母さんとお父さんはさすがに泣いてくれるよね?
でも、あたしいい子じゃなかったし。いや、不良ってわけでもないんだけど。
普通に反抗期で、お母さんにもお父さんにも態度悪かったりしてたんだよ。
「今、こう死んじゃうとさ、少しくらい感謝しとけばよかったかも」
お母さんはさ、面白い人なんだよ。
話しの仕方とかすごくうまくて、あたし中学くらいまではお母さんとよくおしゃべりしてさ、すんごいいっぱい笑ってたなー。
どんだけ話しても話題がつきなくてさ、あーお母さんって実は頭よかったのかも。
うん、そうだよ絶対。じゃなきゃ、あんなに人笑わせらんないって。
それから、料理も上手だったんだよ。創作料理だっていつもおいしかったもん。
「怒ると恐いけど、優しかったな。あたしが泣くと一緒に泣いちゃう時もあったんだよ」
一緒に泣いて、あたしのことぎゅっと抱きしめてくれるの。
ちっちゃい頃からあたし冷めてたから、ああいうことあんまされたくなかったんだよね。
でもさ、ほんとーにたまにだけどお母さんにああされると恥ずかしくもあったけど、嬉しかったな。
「お父さんは、あれだ。親父ギャグが好きなの」
寒いのも多かったけど、たまにめっちゃ笑えるやつがあってさー。
あー思い出しても悔しいな。あんな親父ギャグに笑っちゃうなんて!
あとね、歌がうまいんだ。これは自慢できることかなー。
ピアノが弾けるからさ、いつも弾きながら歌ってくれんの。
ちっちゃい時はよく一緒に歌ってたんだけど、あたし音痴なんだよ。
なんで、あの才能を引き継がなかったのか…。あれがあったら、カラオケとか恥ずかしくなかったのに。
ああ、あとさ、お父さん、真っすぐに受け取ってくれるんだよねー。
「あたしのめちゃくちゃな言い分も真剣に聞いてんの。んで、一生懸命考えてんの」
そんないちいち真面目でどうすんだってーの。
…たしかに、お父さんのことうざいとか思ったこともあったけどさ、あたしみたいな子供の意見まで真剣に聞いてくれる大人なんてさそうそういないよね。
本当はさ、いっぱい感謝しなきゃいけないんだよね。
「…ちゃんと、好き、だったよ、お父さんも」
うわー恥ずかしいー。
これ死んでなきゃ絶対言えないわ。
「つーか、あたし何語ってんだろー…恥ずかしいわ…」
あ、紅茶のおかわりありがと。
なんかさー、たしかに型にはまっててつまんない人生だったとは思うんだけどね。
でも、あの両親のところに生まれてきたのは、よかったと思うんだよ。
うまくは言えないし、それに、
「死んでから言ってもしょうがないじゃん」
もう会えないんだってば。
あたし、朝、お父さんと会ってないし、お母さんともまともに話してない。
何やってんだろ、死んでから人生一度っきりなんだーとか思っても遅いよねぇ。
あーあ、もっとちゃんと親孝行しとけばよかった。
「なにもかも遅いんだっつーの」
はぁ。
終わってから言うのもなんだけどさ、あの時あーしとけばよかったー!って思うことばっかなんだけど。
特に家族に関しては多いなー。あたし、そんなに家族好きだったんだ。
「もっといい子にして…あー!後悔ばっか!」
「そういうものでしょう。後悔のない人間なんていないさ」
「そりゃそうだけど…」
「それに…」
きゅ。
おじさんの手の中のグラスが音をたてる。
綺麗になった証拠だ。
「君の気持ちは私にしっかり届いてるからね」
にっこり。笑って断言。
なんだそれ。意味わかんない。それが何。
言いたいこといっぱいあるし、呆れもしたのに、何も言えなかった。
それよりも、おじさんのそのたった一言と笑顔でなんかすっきりした。
「なんだそれ、うける!」
「そうかい?面白いことを言ったつもりはなかったのだけど」
「ううん!めっちゃオモシロかったって」
きゅ。
もう一度、グラスが鳴った。
「んー…じゃ、ケーキも食べ終わったし、あたし帰るわ」
「そうかい。また来てくれるかい?」
「…来ないかも」
なんとなくそう思った。
ここには、あたしはもう、来ない。
「そうかい」
きっとあたしのグラスも綺麗になったから。
「んじゃ、あたしも外のお祭り騒ぎに参加しますかー」
がちゃり。
扉を開く。外ははじめて天国に来た時のまま、毎日がお祭り状態。
今は煩わしくない、気がする。
「じゃあね、おじさん」
ぱたん。
扉が閉まる。
外は相変わらず騒がしくって、みんながみんな笑ってた。
ふと、上を見れば、店の看板が見えた。
「カフェ『掃除屋』…たしかにね!」
ぴったりだよ。
…ま、カフェの名前としてはセンス最悪だけど。
******
がちゃり。
今日もカフェ『掃除屋』にお客が来る。
そして今日も彼はこう言うのだ。
「やぁ、おかえり。今日はどんな話を聞かせてくれるのかな。わが友よ」
終わり。