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うちの愛生ちゃん  作者: 横溝 啓介
1年2学期
98/119

山中湖ワカサギドーム編 第6話 キャピキャピ女子会

読んで下さる皆様、心より感謝致します。


ゆっくりと物語を進めますので、気長にお付き合い頂ければ幸いです。

釣りを始めてしばらくは絶好調。

みんなウキウキで竿をしならせていたのに、突然アタリがピタッと沈黙。


時計を見ると午前九時半。

朝マズメ、終了のお知らせである。


愛生も花音も里香も穂乃花も、明宏も武士も、釣果はそこそこ満足。

ただ一人、圭介だけは——ゼロ。


理由は単純。

愛生と花音のお世話係としてフル稼働していたから。

結果、圭介の釣りタイムは「釣れない時間帯」からスタート。


トホホ以外の何物でもない。


時刻は午前10時。

さっきまで元気だったアタリは、今はピタリと沈黙中。まるで電源を落としたかのように、竿先が微動だにしない。


「ヤバい、ヤバすぎる……」


圭介の背筋に冷たい汗がつーっと流れた。

朝マズメ終了後とはいえ、ワカサギ釣りでボウズとか兄として完全にアウト。

もしゼロ匹だったら——兄の威厳が凍死する。


そんな圭介の隣で、愛生がふいっと立ち上がり、

むんずとお菓子の袋を取り出した。


「里香、穂乃花ちゃん、花音ちゃん、釣れなくなっちゃったからお菓子食べよ~」


「そうだね、ちょっと休憩しよっか」

と穂乃花。


「にょん、にょん」

花音はいつもの“にょん語”で返事。


里香も席を移動して、ミニ女子会の陣形が完成した。


暖かくて広い船内で、女子4人が向かい合って座る。

紙コップにティーバッグを入れ、ポットからお湯を注ぐ。

紅茶の爽やかな香りがふわっと漂う。


花音がチョコ菓子の袋を開けたらしい。

甘いチョコの香りと紅茶の香りが、圭介の鼻を全力で攻撃してきた。


——俺も、お菓子……食べたい。

でも、まだ1匹も釣れていないのに食べたら……絶対に馬鹿にされる……!


圭介の脳内で妄想劇場が開幕。


『えっ、お菓子食べるの? お兄ちゃんまだボウズでしょ?』

呆れ顔の愛生。


『お魚釣ってないのにお菓子食べちゃダメにょん』

見下し気味の花音。


『ダッサ』

一刀両断する里香。


——はい、全員に処刑されました。


現実の女子会はのほほんモードなのに、圭介の精神だけが修羅場。

釣れない苦行の時間に、お菓子の誘惑が牙をむく。


「ここで負けたら……兄として終わる……!」


圭介は震える手で竿を握り直し、

お菓子の香りを吸い込まないように浅い呼吸で耐え続けた。


里香が、すっと圭介の座る釣り座に現れた。


「はい、これ」


無造作に差し出された一本の――うまい棒。


「うわぁああああ!?」


圭介、まるでレアアイテムを拾ったRPG主人公のように飛び上がった。

たかがスナック菓子、されどスナック菓子。精神が限界ギリギリの兄貴には、まさに救済の一撃。


去り際、里香がふっと口元を緩めたように見えた。


――見えた気がした?


いや、確かに微笑んでいた。

(相変わらずチョロい、と)


その瞬間、圭介のHPは全回復し、テンションは天井を突き抜けた。


船内では、女の子4人のミニ女子会が最高潮。


愛生、花音、里香、穂乃花が円になって座り、お菓子を広げ、

「キャピキャピ」「キャッキャッ」

船内の気温を2度上げる勢いで盛り上がっている。


一方その横で――。


「……んんっ? ほうほう……なるほど……」


武士の耳が、伸びていた。

比喩ではない。もはや気のせいでもない。

女子会トークを拾おうと、意図せず“巨大化”していた。


「それがキモいんだよ」


明宏が無慈悲に一刀両断。


そんな中、愛生のお菓子袋から穂乃花がコアラのマーチを手に取る。


「これ食べよっか」


「コアラのマーチはあきくんの大好物なの」


「そうなんだ。明ちゃんコアラのマーチが好きなだ。可愛いね。じゃあこの子は食べないで置いといてあげるね」


にっこり優しく微笑む穂乃花。


――明ちゃん可愛いね

――明ちゃん可愛いね

――明ちゃん可愛いね


その言葉が脳内無限ループし、

明宏の顔は湯気が出そうなほど真っ赤に。


そこへ、里香が袋からヤンヤンつけボーを取り出した。


「じゃ、私はこれ食べる」


花音が即反応した。


「それ、圭介のヤンヤンだにょん!」


「あっそ。で?」


里香は、何事もないように封を開けた。


花音がふと圭介を見ると――。


そこには、うまい棒を“ありがたく半分ずつ”かじって、幸せそうにしている圭介の姿があった。


優しくて頼りになって、

いつも面倒を見てくれる大好きな、いとこのお兄ちゃん。


――その面影は今、この瞬間だけ、どこにもない。


「あれ……? ただのチョロい人……?」


花音の目に映ったのは、

里香に軽くあしらわれ、うまい棒で満足している

情けない圭介の姿だった。


釣れない時間が、まるで冬のスローモーション再生みたいにじわ〜っと過ぎていく。

ふと船内から外を見ると、ドーンと構えた富士山が雪化粧のまま微笑んでいる。

「ほれ、釣れない時間を楽しめ」とでも言いたげだ。


深夜出発からずっと運転手を務めた圭介は、そろそろ限界。

睡魔が肩に手を置いてくるレベルで親しげになってきた。


そこへ――


『ドン、ドン、ドン』


打ち上げ花火のような重低音が響き、船全体がビクッと揺れる。


「こ、これは……王国魔法兵団による魔導砲の音……ッ!」

武士、スッと目を細め、当然のように確信してニヤリ。


(んなわけあるか)

と明宏は100%思っているが、突っ込むエネルギーすらも面倒くさくてスルーした。


もう一度、

ドン、ドン……!


「何の音だろ?」

穂乃花が首を傾げる。


「自衛隊の演習場が近いのよ」

里香、あまりにも素っ気なく回答。

多分“魔導砲”の100万倍説得力がある。


その低く響く演習音は、疲れ切った圭介には不思議と優しいBGMに聞こえてきた。


ふわぁ……

気づけば圭介は床にゴロン。


そして、

すやぁ……


自衛隊の演習音を子守歌に、圭介は天国級の寝落ちをかましたのだった。


ぐ〜……。

船内に響く、明宏の分かりやすすぎる空腹音。


「持って来ちゃった。えへへ」

穂乃花がカバンをごそごそ……次の瞬間、太陽のような笑顔とともにトランプ&UNOが登場した。


「トランプ楽しそう!」

愛生がパァッと顔を輝かせ、


「にょんにょーん♪」

花音は謎の喜びボイスを発射し、


里香は、ふんわり小さく微笑んで「やる?」と肩をすくめる。


こうして、女子4人の船上カードゲーム大会が開幕する。

キャッキャッと楽しげな笑い声が弾んだかと思えば、途中で穂乃花手作りのおにぎりが投入され、さらに里香からはサンドウィッチの差し入れ。

まるでピクニック会場のような華やかさだ。


ぐ〜〜……

(わあ、さっきよりでかい……)

明宏の腹が富士山の裾野レベルで鳴った。


「あ〜……俺も腹減った……」

ついに明宏が限界を迎える。


一方の武士は、女子会に突っ込みたい、混ざりたい、穂乃花の隣に座りたい――けど、勇気がなくてウロウロするばかり。


そんな武士の背中に、ぽん、と何かが押し付けられた。


「ほら、腹減っただろ。カップ麺食えよ」

明宏が差し出したのは、湯気の立つカップ麺。


「……あ、ありがとう」

武士、ちょっと感動して目がうるむ。


だが次の瞬間、視線が横に滑る。

明宏:ビッグサイズ(大盛り)

武士:普通サイズ


(俺の……小っさ……)

ほんの一瞬だけ、武士の心が揺れた。


……が、明宏の気遣いが嬉しすぎて、

『サイズなんてどうでもいいや』に心が書き換わる。


――そして明宏は、胸の中でガッツポーズしていた。


(今日1日、武士の面倒を見れば……圭介サンタがBコンタクトミノー買ってくれる! 来春の渓流は俺の時代!)


……しかし――


武士の面倒を見ろ、と命令したのは圭介ではない。

里香である。


そして“買ってもらえる”という約束も、圭介は一言もしていない。

勝手に自分の中で成立させただけなのである。


明宏よ、君は一体どこをどう間違えたんだ。


だが今はまだ、本人だけが“素敵な未来”を信じていた……。


圭介は、船内のぬくもりに包まれながら、ふわりと心地よい眠りの世界へ落ちていた。


──そして夢の中。


1匹も釣れていない圭介の隣に、いつのまにか里香が座っていた。

その表情は、ちょっと呆れ、ちょっと照れ、ちょっと優しい。


「まだ釣れないなんて…しょーがないなぁ、もう」


「えっ、里香ちゃん…?」


その瞬間。


「いまアタリあったよ」


「えっ!? 全然わかんなかった!」


すると里香は、頬をわずかに染めながら圭介にすっと寄り添い、

ピタッと密着してきた。


「仕方ないから…私がアタリ合わせてあげる」


そう言って、圭介の左手にそっと自分の手を重ねる。

ほんのり柔らかくて、温かい。


「里香ちゃん…ありがとう…! めっちゃ嬉しいよ!」


圭介が舞い上がると、


「か、勘違いしないでよねっ!」

「圭介だけボウズじゃ、みんながシラけるでしょ! あんたのためじゃないから!」


ぷいっとそっぽを向くが、身体はしっかり密着したまま。


「わ、わかったよ! 一緒にワカサギ釣り…しよ!」


興奮気味に言う圭介。

すると里香の右手が、そっと圭介の頬に触れた。


ドキッ。


「あ〜、里香ちゃん…みんなの前で大胆すぎるよ…!」


と言った瞬間。


──ぺしっ。


「お兄ちゃん起きてよ!」


愛生の小さな手が現実世界の圭介の頬を叩く。


「ふにゃっ…へへへ……」


ニヤけた顔でゆっくり目覚める圭介。

残念ながら密着していたのは里香ではなく、ただの夢の余韻だった。


圭介はムクッと起き上がり、船内をキョロキョロ。


明宏と武士は、

「先に10匹釣ったほうが帰りのジュース奢りな!」

「望むところだッ!」

と、もはや釣りというより“早駆けスプリンター”のような集中力でワカサギと戦っている。


穂乃花は窓の外を眺めながら、

「わぁ…富士山きれい…」

と、ほわほわ天使モードで癒し波動を発散中。


一方で花音と里香は、

「かにょんとリカちん、釣りデートなうに使っていいよ〜にょん」

「別に“デート”じゃないし」

と言いながら、ちゃっかり自撮り大会に夢中。


圭介は腕時計に目をやる。

針は午後1時を指していた。


「わぁーーー寝すぎちゃったァ!」

慌てる圭介に、愛生がため息まじりで一言。


「お兄ちゃん、午後3時に下船だよ。まだ1匹も釣ってないでしょ?…釣らなくていいの?」


その瞬間、

――グゥゥゥゥ……

圭介のお腹が反逆を起こした。


「そうだ、俺まだ昼飯食ってないんだった!」


言いながら、圭介はルンルン顔。

“富士山を見ながら可愛いポケモンヌードルをズルズル食べて、デザートはヤンヤンつけボー”…

完璧すぎる理想の昼食プランが、頭の中を駆け巡る。


「今日は贅沢にデザートまで用意しちゃったもんね〜♪」


だが、愛生はどこか落ち着かない。

モジモジしながら、言い出せずにいる。


「ん?どうした〜愛生〜?」

圭介は全く気づかない。


「愛生ちゃん、お菓子袋どこだ〜!」

お気楽に探し始める圭介。


だが、見つかったのは――

空袋。

空袋。

そしてまた空袋。


「あれ〜?なんで無いんだろ??」


愛生はついに観念した。


「えっとね……その……

ポケモンヌードルも、ヤンヤンつけボーも……

り、里香が食べちゃったの……」


圭介、静止。


(俺の……

可愛くて……

美味しい……

お気に入りの……

ヌードルと……チョコ菓子……)


ズ ド ォ ン


船内に、圭介の心が砕ける音が響いた(気がした)。


ショックデカすぎて言葉も出ない圭介。

ただ遠くの富士山を見つめ、心の中でそっと涙を流していた。


あぁ~、夢の中では、あんなにも甘々で積極的に密着してきた里香ちゃん……。

それが現実では――俺のポケモンヌードルとヤンヤンつけボーを容赦なく平らげる存在になるなんて。


「こんなにも……こんなにもギャップって残酷なのか……!」

圭介は、床に座りこんで天井を見上げた。

その姿はちょっとしたドラマの失恋シーンである。


そんな兄に、愛生は湯気の立つ紙コップを差し出す。


「お兄ちゃん、はい、紅茶いれたよ」


「ありがとう……愛生ちゃんは……ほんと良い子だねぇ〜……!」


甘い匂いの紅茶。

妹の優しさだけが、今日の圭介の唯一の救いだった。


――圭介の昼食、紅茶1杯。

めでたしめでたし。(全然めでたくない)


しかし、下船まであと2時間。

つまり残された時間で1匹でも釣らないと、マジで兄としての面目が吹き飛ぶ。


「よし……絶対に……釣る!」

圭介、気合いだけは満タン。


その横に、愛生がちょこんと座る。


「頑張れ頑張れお兄ちゃんっ!」


「……いや、あの……たかがワカサギ1匹なんだけど……恥ずかしい……!」


しかし、愛生の応援に心の底でめっちゃ救われているのは事実だった。


一方その頃――。


明宏と武士のワカサギ早駆け勝負は、もはやスポ根アニメの最終決戦レベルの熱さ。


「9匹対9匹……次の1匹で勝負が決まるからな」 と明宏。


武士は胸の前で両手を組み、目を閉じた。


「フッフッフ……我が身に宿りし光の精霊たちよ……我に加護を……

 悪のゴブリン明宏を討ち滅ぼしたまえ……アーブラカタブラ、チチンプイプイのプイ……」


とにかく長い。

やたら長い。

誰も止めないから永遠に続きそうな呪文の儀式。


その瞬間――明宏の竿がピクピクッ!!


「よし来たッ!!」


見事に合わせ、ワカサギヒット。


「いぇぇぇーーい! 俺の勝ちーーーっ!!」


ガッツポーズの明宏。

その横で武士が吠える。


「き、貴様ぁ!!

 我が呪文を唱えている最中に釣り上げるとは……卑怯ものーーーー!!」


「いや、むしろ何であんな長い呪文唱えてんだよ。

 普通に釣れよ」


「ヌヌヌ……勇者は必殺技を出す時に叫ぶもの!

 そして悪役は勇者が叫び終わるまで待つのが礼儀なのだ!!」


「何その世界観……。

 はいはい、言い訳はいいから。帰りのジュースはいただきね」


「ぐぬぬぬ……!」


明宏の勝利で、男子側は地味に盛り上がっていた。


船内には笑い声と紅茶の香り。

そして、圭介の“ボウズの危機”だけが静かに続いている――。


花音の竿にヒット!

元気なワカサギがビチビチ跳ねる。しかし花音は——


「にょん、取らないにょん」


ワカサギを頭上のフックに引っ掛けたまま放置。

ビチビチしていた命の輝きは、やがて静止した。


「里香ちん、早く釣ってにょん!」

花音の焦りが船内に響く。


「ちょっと、変なプレッシャーかけないでよ……」

里香は表情こそ涼しいが、内心はまあまあ追い詰められている。


その横で

「早く釣れ〜〜〜早く釣れ〜〜〜」

花音の超圧、継続。


——ピク。


ついに里香の竿が反応した。


「来た」

即合わせ、スパーン。里香、華麗にワカサギをゲット。


「ヤッター! 里香ちん、やっぱり名人にょん!」

花音がほぼ跳ねている。


「……何だか解らないけど、釣れたわ」

と、クールに肩をすくめる里香。


「はいはい、2人で仕掛け持って写真撮るにょん!」

と花音はすでにスマホ構え。


「里香ちんと、かにょん、ワカサギ大量にょん!」

「これも SNS にアップするにょん!」

花音のテンション急上昇。

里香は若干疲れ気味。


——そんな横で、圭介はやっぱり釣れない。


「お兄ちゃん頑張れ〜〜」

愛生が必死に応援し始める。


その愛生の姿に胸を痛めたのか、穂乃花もそっと圭介の横へ。


穂乃花は膝をつき、圭介の竿先を覗きこむ。

ぱちりと目が合い——


「お兄さん、頑張ってください」

ふわっと微笑む。


わぁ……近い……近いよ穂乃花ちゃん……

圭介の心拍数、富士山級に上昇。


愛生と穂乃花に挟まれて、圭介のドキドキは

「ときめき」から「ガチのプレッシャー」に強制進化。


「まずい……ボウズだけは……」

圭介の心の声が、知らず知らず独り言になっていた。


「お兄さん、たとえボウズでも大丈夫です。でも今は全力で頑張りましょう。」


「穂乃花ちゃんに聞かれちゃった。キャーお兄ちゃん、恥ずかしいよー!」

圭介が赤面。


「……ふふっ」

穂乃花の笑みがさらに圭介のHPを削る。


圭介、釣れぬまま羞恥心だけが MAX へ。

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