表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
うちの愛生ちゃん  作者: 横溝 啓介
1年2学期
92/99

御殿場管釣りキャンプ編 第7話 満天の星とラーメン

読んで下さる皆様、心より感謝致します。


ゆっくりと物語を進めますので、気長にお付き合い頂ければ幸いです。

◆ ◆ ◆ 温泉帰りの星空ウォークと、武士の銀河妄想劇場 ◆ ◆ ◆


ぽかぽか体のまま、ほの暗い山道を歩く一行。

頭上には、満天の星空。宝石を撒いたような光が瞬く。


「……あれ? お兄ちゃんがいない」

愛生が気づいてキョロキョロ。


「ほんとだにょん。どこ行ったの、お兄ちゃん?」

花音もくるんと振り返る。


「ふむ……魔空空間に引きずりこまれた可能性が高い」

と、胸を張る武士。


「……心配だね〜」

穂乃花は苦笑しながらぽそっと心配。


すると寺ノ沢先生がクスッと笑い、

「私がお使いを頼んだんですよ。すぐ戻ります」


一同「なーんだ」と胸を撫で下ろしながら歩く。



キャンプ場が見えてくる頃、愛生が手を叩いて提案。


「ねぇ、テントに荷物置いたら……キャンプファイヤー広場に集合しようよ!」

「うんうん!みんなで星空見たい〜」と穂乃花も賛成。


その瞬間――


◆ ◆ ◆ 武士の脳内シネマ劇場(勝手に上映開始) ◆ ◆ ◆


満天の星空の下、並んで星を見上げる武士と穂乃花。


「武士くん……お星様、綺麗だね……」

穂乃花が頬を染めて囁く。


武士は夜空を見上げ、

(ニヤッ)

決め顔で言う。


「夜空に散る星々より……穂乃花、君の方が……美しい」


「まぁ……武士くんったら……」

穂乃花は顔を真っ赤にして胸に手を当てる。


武士は指で天の川を指し示し、

「見てごらん、あれが天の川銀河……

君が織姫、俺が彦星さ。

――毎年、会いに行くよ……穂乃花姫」


「武士くん……」

熱い視線が絡み合い……


二人はゆっくりと距離を詰め――


ちゅっ……(妄想です)


◆ ◆ ◆ 武士の妄想終了 ◆ ◆ ◆


現実世界の武士:

(ニタァ……)

じんわり口元が緩み、頬が赤く、目がうっとり。


「……うわ……」

穂乃花、心からの“引き笑顔”で誤魔化す。

(何考えてんのこの人……)と悟る。


「やっぱり……こいつキショいにょん」

花音、小声でトスッと刺す。


「な、なんだと小娘……!」

花音と武士、ギラッと目が合い、

小規模な睨み合い勃発。


穂乃花は(もう帰りたい)という顔で間に入ろうとし、

愛生は「星きれい〜」と全く気づかずはしゃいでいた。


キャンプファイヤー広場に集まったのは――

寺ノ沢先生、里香、穂乃花、愛生、花音、明宏、そして勇者(自称)・武士。


みんなでレジャーシートの上に座る段取りになったのだが


「レジャーシート広げるから明くん、シートの端を持って」


里香の指示で、里香・愛生・花音・明宏の四人が四隅を持って広げ始める。


その瞬間、武士の目がギラッと光った。

もはや魔王城に突撃する勇者の目ではない。

ただの“隣席狙いの不審者”の目である。


(キタキタキタキタァァァーーッ!!)

広げている四人は 必ず座るのが遅れる。

つまり、そこに生まれるタイムラグ――

その一瞬こそ、穂乃花姫の隣を奪取する絶好のチャンス!


(この勇者、人生で一番燃えている!!)


しかし、武士のギラつきに最初に気づいたのは、当の穂乃花だった。


「武士くん……こわいよ〜……」


小声で嘆く穂乃花。

だが武士の耳は、今“目的以外の音をシャットアウト”モードである。

もはや穂乃花の声さえ、ただの風の音。


(さぁ、レジャーシートよ! 勇者たる我の前にひれ伏すがいいッ!)


武士の脳内では風の精霊・土の精霊・水の精霊が召喚されていた。


「アブラカタブラ! チチンプイプイッ!」


もちろん全部妄想だが、

武士はガチで “ステータスアップした気” になっている。


素早さ+5、攻撃力+3、防御力+4!

ギュインギュイン、ブオーン!!

※なお効果音は全部自前。


一方そのころ穂乃花は――

動物的な第六感、いわゆる“危険察知センサー”がフル稼働していた。


(ヤバい……武士くん今日なんかいつもの三倍くらい危ない……!)


レジャーシートが敷き終わっても、すぐには座らず、

右に花音、左に里香を抱えて着席。


まさに鉄壁の布陣。

金城鉄壁、堅牢無比、隙なしの姫ガード。


そして――


武士、全力で穂乃花の隣に飛び込もうとするも

バシュンッと横から花音という壁が出現。


「はい、そこ私が座るにょん〜」


地雷系天使(自称)花音の壁は厚かった。

勇者武士、姫の隣席奪取に失敗――。


(な、なんだこの守り……勇者キラーか……!?)


「く、くそぉ〜……!

魔王(里香)……! そして真紅の魔女(花音)め……!」


武士はレジャーシートの端っこで膝を抱えながら震えていた。

二人の少女の前に完全敗北した勇者の姿である。


(前世でも負けて……転生後の現世でも負けるのか……

勇者なのに……異世界転生してるくせに……全然チートじゃねぇぇぇ……!)


※異世界転生は全面的に妄想です。


そんな武士の内心など誰も知らず、周囲は穏やかそのものだった。


「わぁ〜っ、すごい! 満天の星空だにょん!」

花音が両手を上げてくるくる回る。完全に天使(自称)。


「都会だとこんなに見えないわね」

魔王・里香は冷静に言うが、その目は微かに輝いている。


「……素敵」

穂乃花はひと言。

その一言だけで、空気が一気にファンタジーの表紙イラストみたいになる。


「あ、あそこの星座がメロンパンみたいだよ!」

愛生が嬉しそうに空を指差す。


「見えない」「そんな形じゃない」「あれはメロンパンじゃなくてただの星の集合」

三方向から即ツッコミされて愛生はむぅっと頬を膨らませた。


一方――


「虹鱒みたいな星座、ないのかな……」

明宏は釣り人の魂を宇宙にまで持ち込んで探索中である。


そんなこんなで、みんなそれぞれが星空を楽しんでいた。


……そう、“武士ひとり”を除いて。


穂乃花姫の隣に座れなかったダメージは、勇者にとって致命傷だった。


みんなが夜空を見上げているその瞬間、

武士だけは真逆の方向――つまり地面を見つめていた。


(……俺……なんでチートじゃないんだろ……

転生者なら普通、スキルとか……加護とか……あるんじゃ……?)


星空の下、ひとりだけ陰の者オーラMAX。

暗闇でそっと涙をこぼしていたが、

周囲は星空に夢中で誰ひとりとして気づかなかった。


本日の勇者武士、またしても孤独な敗北で幕を閉じるのであった。


「星空に夢中で気づかなかったけど〜」

と愛生がふと呟いた。


その瞬間、武士の耳がピクリと動く。


(ま、まさか……!?

異世界転生前のアホ悪魔・愛生が……我の悲しみに気づいた……!?

こ、これは慰めイベント……!?)


と、期待しかけたその時――


「寺ノ沢先生、どっか行っちゃったよ〜」


武士「…………」

希望、秒で終了。


明宏がキョロキョロし、里香も花音も周囲を見回す。


「ホントだ〜、いないね〜」


部員たちの視線がさまよっていた、そのとき。


ガサガサッ……


寺ノ沢先生と圭介が、ランタンとガスバーナー、鍋を両手に抱えて登場した。


「お兄ちゃん、何してるにょん?」

花音が不思議そうに首を傾げる。


「皆さん、お夜食ですよ」

寺ノ沢先生は満面の笑み。


「夕食、腹いっぱい食べれなかったもんな〜」

と明宏が嬉しそうに言う。


里香は無言で俯いた。

夕食の“虹鱒ちゃんちゃん焼き”を、里香パパがほぼ食べてしまったことを思い出したのだ。


「皆さん、お腹ペコリーヌみたいでしたので、圭介さんにお夜食の買い出しをお願いしたのですよ」


寺ノ沢先生の言葉と同時に――


「ジャ〜ン」

圭介が買い物袋から即席ラーメンを取り出す。


「おぉ〜〜っ!!」


歓声が夜空に響き渡る。


「綺麗な夜空、寒い夜、温かいラーメン……これ絶対うまいやつだよ!」

と明宏。


圭介はガスバーナーをセットし、ウィンドスクリーンで風を防ぎ、鍋に水を注ぐ。

火がつき、ぼうっと湯気が立ち上る。


「さあ、水が沸騰したぞ。ラーメン投入〜」

と圭介が得意げに麺を入れ、


「愛生も入れる〜」

と愛生がスープの素をざざっと入れる。


「キャンプ飯ですから、雑に入れるのもまた醍醐味ですね〜」

と寺ノ沢先生。


ぐつぐつ……

麺の茹で上がる音、鼻をくすぐる香り。


――たかが即席ラーメンが、

この瞬間だけは最高のご馳走になる。


「さぁ、星空ラーメン出来上がりですよ〜」


圭介が声を張ると、冷えた夜空の下で一斉に視線が鍋へと向けられた。

星明りに照らされる湯気は、まるで天の川から降りてきた白い霧のようだった。


まずは兄妹コンビが配膳開始。

圭介が器を持ち、愛生が後ろから麺をトングでつまんで入れる。


「はい次〜、お兄ちゃん、器もっと寄せて〜」

「はいはい、焦らなくていいからな、愛生」


息ぴったりの兄妹コンビに、武士だけが “え、あれ絶対チート兄妹だろ…” と密かに嫉妬している。


そんな中、真っ先にラーメンを受け取るのは穂乃花。

ただし自分のではない。


「里香、まずはあなたが食べてね」


「……ありがと」


そっと渡されたラーメンに、里香の横顔がほんのり赤くなる。

その里香を 穂乃花と花音が両側から挟むように座る。


「里香ちゃん、夕食ほとんど食べられなかったもんね」

「だいじょぶだよ、ラーメンは裏切らないにょん」


うつ向いていた里香が、少しずつ元気を取り戻していく。


「いいチームワークですねぇ~」

寺ノ沢先生はほくほく顔で、生徒たちの成長を見守る。


そうして全員の手に、あったかいラーメンが行き渡った。

湯気が星空へふわりと舞い上がる。

“真夜中に食べるラーメン” というだけで、もうとんでもなく美味しい。


明宏は「うっまっ…これ、優勝…!」と感動し、

武士は相変わらず穂乃花の位置をチラチラ気にしつつ、ラーメンをすする。

(※そして自分が彼女の隣にいないので、麺より涙の方がしょっぱい)


その頃。


大好きなお兄ちゃんの隣にピトッと座った愛生は、夜空を見上げていた。

丼から立ちのぼる湯気が、彼女の前髪をふんわり揺らす。


「……あったかいね」


とても満足げで、とても幸せそうで、

まるでその湯気ごと幸せを吸い込んでいるようだった。


愛生の肩がそっと兄の腕に寄りかかる。


圭介はそんな妹の横顔を見て、胸が少しだけ熱くなる。


――愛生が、もっともっと素敵な思い出を積み重ねていけるように。

――兄として、自分ができることは全部してやりたい。


夜空の下、冷たい空気の中で、

圭介の中だけが静かにぽかぽかと温まっていた。


ふわりと流れるラーメンの湯気。

カチャリと鳴る箸の音。

みんなの笑い声。


それらすべてが、星空と混ざって宝物のように輝いている


鍋は空になり、ラーメンの余韻と星空のきらめきだけが残るキャンプファイヤー広場。


寺ノ沢先生は、胸ポケットから小さなメモ帳を取り出し、月明かりの下でスッと立ち上がった。


「皆さん。今日は良い思い出になりましたね。最後に、先生から一句。」


生徒たちが湯気の残る器を抱えながら先生の方を見る。


寺ノ沢先生は、少し照れくさそうに、しかし誇らしげに読み上げた。


 


つる夜

 星影すすり 袋麺


 


……シーン。


里香も、穂乃花も、花音も、愛生も、明宏も、武士も、

みんなポカーン。


夜空の下で、冷たい風がサッと吹き抜けた。


(……あれ? 先生、俳句、けっこうガチじゃない?)と全員が心の中で思うが、誰も言葉にしない。


寺ノ沢先生だけが、満足げにニコニコしている。


こうして、御殿場キャンプの夜は、

先生の渾身の俳句と、生徒たちの見事なポカーン顔で静かに幕を閉じたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ