御殿場管釣りキャンプ編 第6話 楽しい筈の夕食が
読んで下さる皆様、心より感謝致します。
ゆっくりと物語を進めますので、気長にお付き合い頂ければ幸いです。
炊きたての白米がほわっと湯気を上げ、
鉄板の上では黄金色の味噌だれをまとった虹鱒のチャンチャン焼きがじゅうじゅうと踊っている。
「よし、運ぶわよ!」
里香の号令で、部員たちはテント横のテーブルへと鍋や鉄板をせっせと運ぶ。
バーベキューの香りが風に乗ってふわりと広がり、みんなの腹が一斉に鳴った。
だが、テントの横に――見覚えのある別のテントがひっそりと鎮座している。
里香はピタッと足を止めた。
(……は? なんか…嫌な予感しかしないんだけど)
視線を外し、見なかったことにしようとする里香。
スルー力が試される瞬間である。
一方テーブルでは、鉄板の蓋の下から溢れ出す香ばしい味噌とバターと鱒のにおいに、
愛生のお腹が「ぐぅぅぅ」と全力で主張した。
「は〜い、お腹ペコリーヌのみなさ〜ん!」
愛生が腹ペコ強調ワードを入れながら元気よく宣言する。
「午後もいっぱい釣りしたり、はしゃいだりしたので、もうみんなペコペコ!
愛生もペコペコリーヌですっ。では、いただきますの号令いきます!」
そのときだった。
テントの影から、ずず……っと人影が動く。
カップラーメンとガスバーナーを手に、見るからに敗北メンタルを背負った中年男性が、
ずりずりと愛生たちのすぐそばに腰を下ろした。
「……はぁ〜〜……勝負に負けたパパは、カップラーメンだなぁ〜〜……」
里香パパである。
里香は、顔を上げる前から分かっていた。
分かっていたからこそ、ため息も二段階で深い。
(よりによって隣にテント張ってんじゃないわよパパ……なんで近いのよ……)
しかし愛生は全く気付いていない。
「では、イタイタイタ…いただきますっ!」
愛生が勢いのまま噛みかけながら号令をかけ、
穂乃花が鉄板の蓋に手をかけたその一瞬――
「……ふぅ……みんなは美味しそうだなぁ〜……パパはカップラーメンだもんなぁ〜……」
と、里香パパがこちらにチラッと恨めしそうな視線。
部員一同、固まる。
里香だけは頭を抱える。
(ああもうホントやめてパパ、恥ずかしいからぁぁぁ……!)
――夕食開始前から、すでに胃もたれしそうなほど濃ゆい存在感であった。
「お父さん、ご一緒にいかがですか?」
寺ノ沢先生が柔らかい微笑みを浮かべ、里香パパに声をかけた。
「え、いえいえ〜! そんな、さすがに申し訳ないですよ〜!」
里香パパは手をブンブン振って遠慮するが、
明宏の冷ややかな視線、
穂乃花の「はぁ……」と半分呆れた視線、
そして娘・里香は“視線すら”向けない徹底無視スタイル。
しかし、ここからなぜか始まる――里香パパ独演会。
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★里香パパ、ひとり芝居モード ON
「いや〜、先生のお気持ちはありがたいのですがねぇ……。申し訳ないですよ……」
と、しみじみ言ったかと思えば、
突然、明宏の声マネが始まった。
★明宏モード(雑)
「おじさん、一緒に食べようよ〜? 管釣りの技とか聞きたいし〜?」
……似てない。
そして即座に自分へ戻る。
「明ちゃんの申し出は嬉しいけどねぇ?
おじさん、そこまで図々しくは出来ないなぁ〜!」
続いて、穂乃花の真似で高音ボイス。
★穂乃花モード(割と失礼)
「お父さん〜? せっかくですし一緒に食べましょうよ〜?
大勢で食べたほうが美味しいですよ〜?」
……似てない上に、本人が横で引いてる。
すっと自分に戻って、
「そうですか〜。皆さんがそこまで仰るなら……
では、お言葉に甘えさせていただきます!」
にっこり笑って深々と一礼し、
持参した折りたたみ椅子を“テーブルの端ギリギリ”にセットして座る里香パパ。
寺ノ沢先生、部員一同――
言葉を失った。
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「お願いだからパパはあっち行っててよ……!」
ついに堪忍袋の緒が切れた里香。
「ははは! パパと一緒なのが恥ずかしいんだなぁ〜?」
自信満々で笑う父。
その横で花音がぽつりとつぶやいた。
「これ…父親じゃなかったらストーカーだにょん……」
一瞬、場が凍る。
が――
「ストーカーかぁ〜!
こりゃお嬢ちゃんに一本取られたなぁ〜!」
と、なぜか嬉しそうに爆笑する里香パパ。
花音:「(ウケてる場合じゃないにょん……)」
娘と部員たちの胃のダメージは、ちゃんちゃん焼きの味噌より濃かった。
「では、ちゃんちゃん焼きの蓋をあけま〜す!」
愛生が元気いっぱいに宣言し、ガバッと蓋を開いた。
ぶわぁぁぁぁぁ……!
湯気と共に、味噌とバターの香ばしい香りが立ち上がる。
「わぁ〜! 美味しそう!」
「うひゃ〜、絶対うまいやつ!」
一同が歓声を上げる。
愛生がてきぱきとちゃんちゃん焼きを取り分け、
穂乃花が1人ずつ順番にご飯をよそっていく。
その時、穂乃花がハッとした。
「あっ……里香ちゃんのお父さんの分のお皿、ない……」
だが――
「はいはい〜、おじさんは自分でちゃんと用意してますよ〜」
里香パパ、ドヤ顔で自前のキャンプ食器セットを取り出した。
(ちゃっかり用意してたんだ……)
呆れまくる穂乃花。
(図々しい……)
(いや、すごいわ……逆の意味で……)
全員が軽く言葉を失う中、
当の娘・里香は――
(もう……死にたい……)
顔を両手で覆うほどの羞恥の極致に追い込まれていた。
しかし、地獄はこれで終わりではなかった。
★里香パパ、突然始まるエリアトラウト講義
「いや〜しかしねぇ、エリアトーナメントで入賞した時はさぁ〜」
(出た……)
「ま、あの時の私のシェイクがキレッキレでねぇ〜」
(聞いてない……)
「でねでね、里香が小学生部門で優勝した時なんて――」
(それ何回目の話!?)
頼んでいないのに、いや、むしろ頼んでないからこそ始まるトラウト武勇伝。
それはもはや“地獄のちゃんちゃん焼き添え講義”。
美味しいはずの夕食も――
味噌の味も鱒の旨味も――
どこか遠い世界になっていく。
部員たちの表情は一様に “無”。
愛生:「えへへ……(おいしいはずなのに……味が……しない……)」
花音:「にょん……耳が……呪われてるにょん……」
明宏:「うっ……シェイクの話、何ループ目だ……?」
武士:「拙者、心の中で土下座している……」
穂乃花:「……(無)」
そして、里香は椅子ごと地面に沈みたい気分だった。
父の語りは終わらない。
ちゃんちゃん焼きは冷めていく。
闇のちゃんちゃん会が、今まさに進行してたのだった――。
夕食(※里香パパのトーナメント武勇伝により風味激減)を終えた一行は、近くの温泉へ避難するように向かった。
◆ ◆ ◆ 露天風呂 ◆ ◆ ◆
ザバァァァァ……。
湯に飛び込む勢いで入っていった愛生が、
「ひゃぁ~~~っ!! 温泉って、もう、なんか……デカいお味噌汁みたいだね!!」
と満面の笑顔で言い放った。
「やめなさい!! 今その例えしたら私ら“具”じゃん!!」
穂乃花が即ツッコミ。
(※安定の愛生フォロー+処理担当)
愛生は気にせずぴちゃぴちゃ水面を叩きながら、
「ねぇ穂乃花ちゃん、泳いでいい?」
とキラッキラの目。
「だから、泳ぐ気まんまんだよね!? ダメ!」
「えぇ! めっちゃ泳ぎたいのに! 何で!? 温泉だから!? じゃあ“温泉プール”にすれば良くない!?」
「施設の概念変えようとするな!!」
バシャバシャ(水面)、
バシッ(穂乃花のツッコミ)、
バシャバシャ(愛生の無反省)。
露天風呂に響くのは、ほぼこの二人の音である。
――そんな騒音ゾーンのわずか左側。
里香は、岩にもたれ、ぐったりしていた。
「……はぁ……パパ……マジ……死ね……」
言葉に重みがある。
軽いJKノリではなく、**憎悪98%**の本気のやつである。
「ちょ、ちょっと里香ちゃん!? 言葉!! 言葉!!!」
穂乃花が慌てて両手をぶんぶん振る。
「無理……あの人、生きてるだけで私の評価下げてくる……なんなの……? 今日の“エリアトラウト昔話・フルバージョン”とか拷問じゃん……。ていうか小学生の優勝歴とか何年前だよ……死ね……」
「語尾がエグい!!」
「だって!! パパのせいで!! 今日せっかくのキャンプ飯の味、三割くらい“パパ味”にされたんだよ!? 許せる!?」
(※パパ味=うるさい自慢話の風味)
穂乃花は困り笑いしながらなだめる。
「わかる……わかるけど……死ねは……ね?」
「せめて“ちょっと消えてほしい”にしといて……」
「じゃあ“蒸発しろ”…」
「オブラートどこ行った!!?」
――そして、露天風呂の一番端。
静かに湯に浸かる花音。
目は半開き、背は岩に預け、ほとんど置物レベルの静けさ。
「……花音ちゃん? 静かだけど、大丈夫?」
穂乃花が声をかける。
花音は、ぼそっと呟く。
「……今日……里香とツーショット撮る予定だったのに……パパが乱入して全部ぶち壊していった……。
『花音ちゃんも入ろうよ〜! 3人で撮ろ!』って……誰が撮るかあんな構図……。
あの邪魔神パパのせいで写メイベント消滅……。
……もう……今日は天使モード無理にょん……」
「あぁ~~~(理解)」
穂乃花は反射的に天を仰いだ。
(※花音にとっての“静か”は、基本的に“メンタル被弾してる時”)
愛生が近寄ってきて、
「花音ちゃん、泳ぐ? そしたら元気出る?」
「……泳がない」
「じゃあ水鉄砲ごっこ――」
「温泉でやるなって言ってるでしょ!!!!」
再び穂乃花のツッコミが空を裂いた。
湯気の中でわちゃわちゃするJKたち。
その中心で、里香は岩に向かってぼそり。
「……パパ……存在罪で捕まらないかな……」
「もうやめろー!!!」
穂乃花の声が響き渡った。
――こうして、カオスパーティの露天風呂タイムは続くのだった。
男湯の露天風呂では、
明宏と武士が岩に背を預けながら、完全に意識が女子風呂へ旅立っていた。
「……聞こえる……」
武士の目がギラッと光る。
「姫(=穂乃花先輩)の……声が……! たまんねぇ……!」
実際に聞こえているかは不明。
たぶん幻聴。
いや、ほぼ妄想。
横で明宏が湯けむりの向こうを見つめてぼそりと呟く。
「この……ぽちゃんって音……
きっと穂乃花先輩の……たわわなお胸が……水面を……」
「お前も妄想のプロか!!」
武士がすかさずつっこむ。
(※しかし二人とも訂正する気0)
もはや彼らは男湯にいながら、意識だけ女子湯の住人。
――そのすぐ横。
「いやぁ~今日は色々ありましたねぇ」
寺ノ沢先生が肩まで湯に沈み、ほぉと息を吐く。
「ですね〜。まさか里香ちゃんパパが乱入してくるとは……」
圭介が苦笑しながら首を回す。
「お疲れ様でした、圭介くん。あなた一日中、妹ちゃん達のお世話してましたし」
「いえいえ、先生こそ大変でしたよね」
「いやいや……」
二人はほぼ温泉旅館の従業員みたいな疲れ方をしていた。
しかしその中でも圭介は、
湯に沈んだまま天を見上げて呟く。
「……はぁ……今日は……マジで疲れた……」
妹(愛生) → 無限に遊ぶ
従妹(花音) → 甘えてくる
里香 → パパ問題発生
パパ → 伝説を残す
武士&明宏 → 騒ぐ
「……もう、里香ちゃんの入浴シーンを妄想する精神的余裕すら無い……」
※男としての本能を奪うレベルの疲労。
圭介は湯船のフチに頭を預け、
一方その隣では、
まだ武士と明宏の妄想会議が続いていた。
「……穂乃花先輩の髪、濡れると絶対天使」
「わかる」
「湯気の中であの笑顔は反則」
「わかりみ」
お前ら、永住しろ妄想界に。
――こうして男湯は、
妄想組、社会人組、疲労困憊組が入り乱れる状態となっていた。
◆ ◆ ◆ 風呂上がり牛乳ウォーズ ◆ ◆ ◆
脱衣所横の休憩スペース。
ほかほかの湯気をまだまとった花音が、勢いよく冷蔵ケースをガラッ。
「風呂上がりといえば……牛乳だにょん!」
そのままバナナ牛乳を里香の手に強制装備させ、
自分はいちご牛乳を胸に抱く。
「ほら、里香ちゃん並ぶにょん。はい、笑って笑って」
「……なんで私がバナナ……?」
「映えるからにょん!」
花音はスマホを構え、
カシャッ! カシャッ!
その表情は一見ご満悦……なんだけど。
(……ほんとは、釣りガール姿でツーショ撮りたかったにょん……
里香パパ乱入で撮り忘れたにょん……)
そして自分の撮った写真を眺め、
「風呂上がりのいちご牛乳じゃ……
SNSのイイネ伸びないにょん……」
しょぼん、と肩を落とす花音。
隣の里香は
(……もう、疲れた……)
と言わんばかりに無表情でバナナ牛乳を飲んでいた。
◆
一方その頃、男子組。
「おい武士、『勝負』しようぜ」
突然、明宏が牛乳瓶を二本取り出す。
「ほう……勇者に勝負を挑むとは、身の程を知れ!」
武士、謎の勇者化。
「どっちが早く飲めるか、勝負だ!
明日の自販機ジュース一本、賭けるぞ!」
「ふははは! お前のジュース代、ありがたく頂戴しよう!」
――風呂上がり牛乳飲み干しバトル、勃発。
(どうでもいい熱量)
◆
ベンチの端では、
愛生がぽよんとお腹をさすりながら、
「夕食あんまり食べれなかったから……お腹ペコリーヌ……」
としょんぼり。
「そうだね〜……
里香パパがめっちゃ食べちゃったからね……」
穂乃花が優しく背中をさすりながら同情する。
(※里香パパの“圧”で味もわからず食べれなかった部員多数)
◆
そんな女子たちの落ち込みと、
男子組の無意味な牛乳バトルを見ていた寺ノ沢先生と圭介。
二人はひそひそ。
「(……先生、あの子たち……このままじゃ夜食難民ですよね)」
「(ですね……何か買って帰りますか)」
「(はい、愛生ちゃん絶対お腹空かせて寝ちゃいますし……)」
「(ついでに里香ちゃんにも……)」
「(あ、花音ちゃんにも……)」
「(全員分ですね)」
「(ですね)」
お疲れ二大巨頭、ひそひそ夜食作戦会議開始。
――風呂上がりの脱衣所は、
映えを失った者、腹を空かせた者、
そして完全に別ゲームへ行った者たちな温泉タイムであった。




