御殿場管釣りキャンプ編 第5話 夕食作り
読んで下さる皆様、心より感謝致します。
ゆっくりと物語を進めますので、気長にお付き合い頂ければ幸いです。
「……じゃあ、パパは帰るからな……」
勝負に敗れてしょんぼりした里香パパは、
肩を45度下げた“敗北者のフォーム”でトボトボと帰り始めた。
――そして、密かに心の中でつぶやく。
(ここで……“パパ、行かないで”って来る流れ……!
きっと来る……絶対来る……!)
その期待を込めて、歩く速度はカメより遅い。
左、右、左……とわざとらしいほどゆ~っくり。
その背中を見つめる娘・里香。
だが、その目は――
冷たい。とにかく冷たい。
(いや……早く行って……)
(パパの背中の哀愁シーンとかいらないから……)
(振り返ったら“帰りなさい”って言うわよ?)
と内心で念じまくり。
父の期待と、娘の本音は今日も平行線だった。
──そして。
「ねぇ〜里香ちゃ〜ん! デート、約束だね!」
めっちゃ満面の笑みで、
鼻の下が物理的に5センチ伸びた圭介が登場。
「うへへ……里香ちゃん……さっきの“手! そっと重ねた時の手ぇ!!”
俺まだ温もり残ってるんだけど……!」
完全にデレデレでキモいテンション。
そんな圭介に、里香は――
「……うん……」
と、なぜかほんのり頬を赤くして小さく頷いた。
圭介、瞬間最大風速で爆発する。
「赤くなって“うん”とか……か、かわ……
かーーーーーわいいぃぃぃぃ!!
やっぱ俺、里香ちゃんのために生きるわ!」
喜びのあまり変なダンスまで踊りそうな勢い。
その横で里香は冷静に心の中で考えていた。
(よし……ショッピングモールでバッグと洋服を貢がせよう)
2人のテンション差は今日も激しかった。
圭介が里香にデレデレしている姿を見て――
花音はぷくぅっと頬をふくらませていた。
(……なんで圭介お兄ちゃんは
あんな女にデレてるにょん……)
“ブラコン全開”の嫉妬オーラが、背後で黒くゆらめく。
愛生は腕を組み、ため息をつく。
「……お兄ちゃん、ちょろすぎ。
あれで男としての威厳とか捨ててるし……」
冷静に見えて、言葉が刺さるタイプの妹である。
すると、穂乃花が時計を見て顔色を変えた。
「あっ……まずいよ……!」
「どうしたにょん、穂乃花ちゃん?」と花音。
穂乃花は部員全員に向き直り、
「早く釣りしないと……夕食のおかず無しになっちゃうよ!!」
全員 「………………あっ!!!!」
そう、思い出してしまった。
――里香パパの乱入イベントが長すぎて
全然釣りしていなかったのだ。
(唯一まともに釣ってたの、武士だけだけど……)
「やばいやばいやばい!! 夜ご飯が!!」
「今日まだ1匹も釣ってない!!」
「武士にだけは頼りたくない!!」
部員たちは慌てて竿を掴み、
一斉に湖に向かってダッシュ!!
そんな中――
タッタッタッタッ……
ドヤ顔で歩いてくる男がひとり。
武士である。
スカリを持ち、胸を張り、
“俺こそ本日の正義”みたいな顔で近づいてくる。
(どうだ? 見ろよ俺の実力を……)
というオーラを全身から撒き散らしながら。
そして、満を持してスカリを見せつける。
中身――
小さな虹鱒が2匹だけ。
部員たち 「……少なッ!!」
「いやこれ……全然足りない……!」
「夕飯、何人いると思ってんの……?」
武士はキリッとした顔のまま固まり、
静かにスカリを揺らす。
ポチャ……ポチャ……(虚しい音)
穂乃花 「うん……これじゃ……おかずの隅っこにもならないかも……」
武士 (なぜだ……! 俺は……俺はこんなにドヤ準備してきたのに!!)
――こうして部員たちは慌てふためきながら
“おかず確保釣りバトル”に突入していくのであった。
「釣り時間も僅かです。我々もサポート役に回りましょう」
寺ノ沢先生がビシッと言うと、
圭介は元気よく、
「はいっ!」と笑顔で返事。
──だが次の瞬間。
(俺は……誰をサポートすれば……?)
圭介はキョロキョロと周囲を見回す。
そして、視線が 里香 とぶつかった。
里香は、すっ……と目をそらす。
(あ、照れてるんだな……かわいい……)
圭介の脳内は完全にお花畑。
だが、里香の本音はこうである。
(……来るな。面倒くさいから来るな。
そっち行ってろ、マジで。)
クールな横顔の裏で、情け容赦ない願いが渦巻いていた。
圭介は、何も知らずに再び周囲へ。
まず視界に入ったのは──
明宏 vs 武士 の小競り合い釣りコンビ。
「お前のアクション、雑すぎ!」
「武士のクセにうるさい!!」
と、どっちが釣り人でどっちが戦国武将かわからない争いをしている。
しかも寺ノ沢先生がちゃんと付き添っている。
(先生がいるなら大丈夫だな……)
圭介の脳内チェックリストに“問題なし”が入る。
次に見えたのは──
里香と穂乃花。
二人とも落ち着いた動作で順調に釣り上げている。
(あの二人も問題なし……)
そして最後に目に入ったのは、
花音と愛生の地獄絵図である。
花音 「にょ、にょぉぉ……なんか、ぐちゃぐちゃになったにょん……!」
愛生 「なんでスピニングでバックラッシュしてるの!?
逆に才能だよ花音ちゃん!!」
圭介 (……え? スピニングでバックラ……?
できるの……?)
花音の手には、
もはや芸術作品と呼べるレベルのラインの塊が握られていた。
愛生は涙目であたふたし、
花音は泣きそうで、
二人の周囲だけ修羅場と化している。
(やばい……完全に戦力外……!
よし、この二人を助けるしかない!!)
圭介は強く拳を握った。
「よし……花音ちゃん、愛生ちゃん!
俺がサポートするよ!!」
夕食のおかずを守るため、
圭介は決意とともに二人の混沌ゾーンへと走り出したのであった。
圭介が愛生と花音のもとへ駆けつけた瞬間──
花音
「お兄ちゃぁぁん!! 来てくれたにょん!!」
ずべしっ、と勢いよく圭介の腕に抱きつく。
距離ゼロ。
いやむしろマイナスの可能性すらある密着度である。
圭介
「うおっ!? か、花音ちゃん!? ちょ、近い近い近い!」
花音(内心)
(ふふん……里香ちんにデレデレするお兄ちゃんを
きっちり引き戻すにょん……)
完全なるブラコンムーブであった。
そこに愛生もぴょこっと寄ってきて──
愛生
「お兄ちゃん、こっち……この辺に魚いるよ」
と、自然な流れで圭介の反対側にピタッ。
結果、圭介は 両サイドを妹に挟まれる“姉妹サンドイッチ状態” となった。
圭介
(え……甘えちゃって……2人ともかわいいな……!?)
穏やかな笑顔を浮かべながら、
2人の妹のトラブルを優しく解決していく。
花音
「お兄ちゃん見て! キャストできたにょん!」
→ めっちゃ右に飛ぶ。
愛生
「花音ちゃん、逆だってば! あ〜もうっ」
→ 花音の顔がリールにめり込みそうになる。
圭介
「ふふ、二人とも落ち着いて。はい、ライン直すよ〜」
完全に 保護者 である。
****
一方その頃──
里香と穂乃花は、
ちょっと距離を取りながら、仲良く並んで釣っていた。
穂乃花
「里香ちゃん、今日すっごく調子いいね!」
里香
「うん。さっきの勝負でだいぶ感覚戻ったし……
圭介も……まぁ……頑張ってたし……」
優しい風がふたりの髪を揺らし、
キャスト音だけが静かに響く。
まるで青春の1ページ。
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少し離れた場所では──
「水の精霊よ我に力を与え悪を滅するのだ!」
武士は呪文を唱えるが何も起きない。
「アキヒロ必殺、スーパーシェイク!?」
明宏は里香パパのマネをするが何も釣れない。
会話は全く噛み合っていないが、
時折2人で同時にヒットして笑い合ったりと、
妙に仲が良い。
寺ノ沢先生はその様子を腕組みしながら見守っていた。
寺ノ沢先生
(うんうん……青春してるな……)
教師による満足げな頷き。
****
夕暮れどき。
全員のスカリにはしっかり“夕食の鱒”がそろっていた。
愛生
「これで夕ごはん大丈夫だね!」
花音
「お兄ちゃん、花音が釣った分もちゃんと食べるにょん!」
里香
「……花音ちゃんのは小さくて可愛いわね」
武士
「俺のは……塩焼きサイズが2匹だ……」
明宏
「武士、それは誇っていい。逆にすごい」
わいわいと笑いながら、
夕暮れの道をキャンプ場へ戻っていく。
その背中は、どこか誇らしげで、
どこかバカみたいで、
そして、どこまでも楽しそうであった──。
◆キャンプ場に戻った一行、里香部長の采配が光る(多分)
釣り場でサクッと鱒の下処理を終えた一同は、戦利品をビニール袋にぶら下げつつキャンプ場へ帰還した。
「よし、ここからは夕食づくりに入るわよ」
部長・里香の一声で、みんながビシッと背筋を伸ばす。
(※ただしアホの子代表・愛生だけは“ピシッ”じゃなくて“ピョコッ”だった)
◆部長の鉄壁オーダー:役割分担編
●薪割り&火起こし担当
──明宏 & 武士
里香は二人を見て、ため息をついた。
「この二人は……同時に手を離すと絶対なんか起きるわね」
(明宏が穂乃花に話しかけようとして武士を怒らせる → 武士が調子に乗る → 明宏が対抗する → 結果:火より先に二人が燃える)
という未来予想が頭に浮かんだため、
“薪当番という名の隔離” が決行された。
「うおぉぉ!薪割りなら俺に任せろ!」
「火起こしは武士くんに任せて、明宏くんは薪追加ね」
と、里香が念押しするが、二人はすでに勝手に競争モードに突入していた。
(寺ノ沢先生:『ケガすんなよぉ〜……』と距離をとって見守り)
●鱒料理担当
──穂乃花 & 愛生
主婦レベルの料理力を持つ穂乃花に対し、
愛生は元気よく「はいっ!穂乃花ちゃんの補助しますっ!」と全力の返事。
(里香の心の声:「愛生は素直。素直は正義。暴走しない子は天使」)
「穂乃花ちゃん、これ切ればいいの?」
「うん、そこはね……そうそう、上手上手」
二人のやりとりが完全に“しっかり者のお姉さんと元気なチビっ子みたいで微笑ましい。
●米炊き担当
──里香 & 花音
「え? お米って……白い袋のやつ(小麦粉)じゃないよね?」
と花音が素で聞き、里香は天を仰いだ。
「花音。お願いだから今日だけは常識人でいて……!」
「だ、だいじょうぶ! 花音、できるにょん! たぶん!」
……それでも最終的には、
花音が米を研ぎながら「お兄ちゃ~ん見ててねぇ♡」と圭介にアピールし、
圭介は「見てる見てる、がんばれ花音」と完全にデレ兄モードへ突入。
(愛生は背後で“むぅ……”と頬をふくれていた)
◆そして、夕食づくりスタート!
薪組は競い合いながら、
料理組は和気あいあいと、
米組は賑やかにわちゃわちゃしつつ、
キャンプ場は一気に文化祭前日のような活気に包まれていく。
──こうして、釣った鱒を使った夕食づくりが始まったのであった。
◆武士、薪割り場で覚醒(悪い意味で)
「レーザーブレード、シャキーンッ!」
武士はなぜかナタを横一文字に構えた。
「悪の怪人め! 正義の一撃を喰らえぇぇ!」
──ザシュッ!
──ズバァン!
──メガトン・スプラッシュ・斬鉄烈破ァ!!(※薪に向けて叫んでる)
薪は割れている。
ただし、武士のテンションと危険度も比例して上がっていく。
「おまえ……効率悪すぎんのよ。てか危ないんだよ、大人しく薪割れよ」
明宏は眉間にシワを寄せ、完全に呆れモード。
武士は聞いちゃいない。
◆調理組:穂乃花 & 愛生は平和そのもの
穂乃花が虹鱒のウロコをススッと取り、
横で愛生も「えいっ、えいっ」と小刻みにウロコを飛ばす。
「私が虹鱒を三枚におろすから、愛生ちゃんは野菜切ってくれる?」
「はーいっ! 穂乃花料理長! 愛生ちゃんがんばりますっ!」
アホの子キャラ全開でも、素直で可愛い愛生は戦力として優秀。
穂乃花はすでに“お母さんの落ち着き”を漂わせていた。
◆米炊き組:里香の厳しさ vs 花音の甘え
花音が水に手をつけた瞬間──
「キャッ!? 冷たいにょん! 手がしぬぅ〜!」
全力で研ぐの拒否アピール。
(圭介を見る目が“助けてお兄ちゃ〜ん♡”になっている)
「はいはい。私と半分ずつお米研ぎなさい、花音」
里香は容赦がなかった。
花音の“嫌々アピール”は秒で裁かれる。
「うぅ……里香ちゃん厳しいにょん……」
◆火起こし組:明宏の職人芸 vs 武士のファンタジー
薪割りは終わり、いよいよ火起こしへ。
明宏は細い薪を組み、
その間に新聞紙を“ちょい噛ませ”で差し込んでいく。
そこへ武士、堂々降臨。
「これより火を操る魔人──イフリートを召喚する!!」
明宏は
“はいはい、やってろ”
と完全に無視して作業続行。
武士は気にしない。
「炎の魔人イフリートよ! 我が契約により顕現せよ!
紅蓮の炎でカマドの薪を焼き尽くしたまえぇぇ!!」
その直後、明宏が何も言わずにマッチで新聞紙へ点火。
ボッ──!!
新聞が一気に燃え上がり、細い薪へバチッと着火。
明宏は短時間で燃える薪を見て、タイミングよく太い薪を足していく。
プロ職人みたいな動きで、火はみるみる安定した焔に。
「ふっ……イフリートの力だ……」
武士は満足げに腕を組んでいた。
(明宏:『ぜんぶ俺の手柄なんだけどな……』)
カマドの上、里香と花音が鍋をそっと置く。
「よし…強火で一気にいくわよ」
里香が火加減を見つめ、花音は水滴が跳ねるたびに「ひぇっ」と身を縮める。
一方、鉄板では――
穂乃花と愛生が虹鱒と野菜をぎっしり並べていく。
「これが…チャンチャン焼き…!」
愛生が目を輝かせる。
穂乃花は味噌ダレを手に取り、
「まずは野菜の上に虹鱒を置いて…それから、この特製味噌ダレを全体にかけて…」
と、丁寧に鱒へ塗り広げる。
じゅわぁぁぁ――
味噌とバターが溶け、鉄板から立つ香ばしい香りがキャンプ場に広がった。
「最後にフタをして、蒸すように焼けば…」
「できあがりだね穂乃花!」
「うん、愛生ちゃん。もうすぐ美味しいのが食べられるよ」
鉄板の上で虹鱒の身がふっくらと色づいていく。
夕暮れの中、キャンプ飯の準備は着々と進んでいった。




