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うちの愛生ちゃん  作者: 横溝 啓介
1年2学期
84/119

異世界勇者転生編 第3話 ぼっち勇者の本心

読んで下さる皆様、心より感謝致します。


ゆっくりと物語を進めますので、気長にお付き合い頂ければ幸いです。

――放課後の帰り道。

バスの車内は、黄金色の夕日に包まれていた。

窓の外には、オレンジと群青が溶け合う秋の空。

その中を、5人を乗せたバスがトコトコと揺れていく。


後方座席――


「りかちゃ~ん、夕日バックに写メ撮ろうにょん♡」

スマホを構える花音。目がキラッキラ。


「制服はまずいからダメ」

ぴしゃりと拒否する里香。


「加工するから大丈夫にょん〜♡」

「ダメと言ったらダメ。今日は……嫌なの」


――里香、珍しくテンション低め。

部室での“勇者事件”が、まだ心にモヤモヤ残っているようだ。


花音「(むぅ……“ツン顔りかちゃ”も可愛いのにょん……)」

※撮影拒否されてもブロマイド脳は止まらない。


そんな2人の後ろでは、窓際で夕日を見つめる少年――明宏。

いつになく真剣な横顔。


「……実は俺も、武士の気持ち、少しわかるんだよな」


ふっと笑うその顔に、愛生がすかさず反応。

「そっか〜♡お姉ちゃんが聞いてあげるね〜」


しかし、明宏の視線は――

まっすぐ穂乃花へ。


完全にスルーされた愛生、しょんぼり。


「穂乃花先輩。実は俺も……中二病だったんだ」


「うん、明ちゃんは中二病だね〜」

と穂乃花。


「そうだ〜そうだ〜中二病だぁ〜」

お愛生も同意する。


(……お姉ちゃん、ほんっとウザい)

と心でつぶやきつつ、明宏は遠い目。


「俺もさ、ゲームプレイしたりアニメとか見て、

主人公になりきってた時期があったんだ。

だから、武士見てると昔の俺を見てるみたいでさ」


「そ、そうなんだ……(ちょっと引く)」

穂乃花、微妙な笑顔でリアクション。


「最近、忍野で迷子になりました〜♪」

と突然マイペース報告の愛生。

→完全スルーされる。


「管釣りでデカい虹鱒とかブラウンとか釣れた時はさ、

“俺、トラウト界の勇者かも”って思ったんだよな」


「うんうん、そうなの」

穂乃花、優しさで相槌モード。


「だから武士も、ゲームとかラノベ読んでる時は、

勇者になった気分だったんじゃないかな」


「釣り番組見てる時の明くん、そのものです」

愛生のツッコミ、即刺さる。


「姉ちゃん、ほんとウザい」

(声には出さないが、口角ピクピク)


「でもさ……芦ノ湖に3回行って、まだ一匹もトラウト釣れてないんだよ、つまりネイティブの高い壁にぶち当たって俺はもがいてるんだ」

急に現実へ帰還する明宏。


「自分が勇者だと思ってたけど、

結局俺はただの……普通の釣り人だったってことさ」


「うんうん(なんか名言っぽい)」

穂乃花、今度はちゃんと感心モード。


「武士も、穂乃花先輩にだけは勇者って認めてもらいたかったんだと思う。

でも相手にされなくて……現実という壁にぶち当たったんだよ」


「すごい!釣り以外でまともな話する明ちゃん初めて見た!」

穂乃花、素で感動。


「……俺はな、プスプスと不完全燃焼に情熱の炎を燃やす青春は嫌なんだ。

ほんの一瞬でもいい、熱く強く燃え上がり、

そして、後には真っ白な灰だけが残るんだ。

俺にとって芦ノ湖は、そういう場所なんだよ……!」


バスの車内に漂う“熱い台詞”。


「……あれ、このセリフ……どっかで聞いたことあるような……?」

愛生の頭の上に、巨大な「?」マークがぐるぐる。


――その後、花音がこっそりつぶやいた。

「『灰になる明宏』、次の部誌のタイトルにするにょん♡」


そしてバスは、赤く染まる町をゆっくりと走り抜けていった――。



――その夜。


自室の蛍光灯が、ぽつんと天井からぶら下がっている。

机の上には、ゲームと、半分読みかけの異世界転生漫画。

武士のスマホがピコン、と鳴った。


画面に浮かぶ通知。

グループ名「鱒釣り部」。

送信者:穂乃花。


明日は部活に参加してね、みんな待ってるよ


――一文だけの、やさしいメッセージ。


武士はスマホを握ったまま、じっと見つめる。

やがて、ゆっくりと口を開く。


「……姫が、俺を呼んでいる。」


目がギラリと光る。


「穂乃花姫は――魔女ヒガンバーナ(花音)と、

魔王(里香)、そしてアホ悪魔(愛生)にそそのかされたに違いない……!」


机に拳を置き、立ち上がる。

勢いよく椅子が後ろに転がる。


「いったいどんな罠が待ち受けているのか、わからない……!

 部室へ行くべきではない!」


……と、言いながらも。

武士の胸の奥に、チクリと刺さるものがある。


(……本当は、怖いだけなんだろ……?)


心の奥の声が、ささやいた。


彼は知っていた。

自分がやってきたこと――双眼鏡での覗き見。

無断で部活を休んだこと。

みんなを困らせたこと。


「……悪いこと、だよな……」


ぽつりと呟く声が、小さく部屋に響いた。


でも、認めたくない。

かっこ悪いし、情けない。

そんな自分を見せたくない。


「勇者は……弱みを見せちゃいけないんだ……」


自分に言い聞かせるように、繰り返す。


だが、その“勇者”の仮面の下で、もう一人の“僕”が震えている。


(明日行かなかったら……穂乃花ちゃん、悲しむかな)

(嫌われたら、もう誰も話しかけてくれない……)


彼の頭の中に浮かぶのは、放課後の教室で優しく笑う穂乃花。

そして、賑やかに笑う仲間たちの顔。


「……ボッチは、もう嫌だ……」


「……俺なんて、空気みたいなもんなんだよな。」


誰も返事をしない部屋の中。

時計の秒針の音だけが、一定のリズムで彼の胸を刺す。


「馬鹿にされて、見下されて、

 相手にもされなくて……」


言葉を口にするたびに、喉の奥が熱くなる。

「空気のままでいるのは、楽なんだ。

 誰も俺に何も期待しないし、

 怒られもしないし、

 頑張らなくても、誰も気づかない。

 だから……楽なんだ。」


しばらく沈黙。


けれど、楽って、

ほんとは、

「何も感じないようにしてるだけ」なんだ。


武士の指先が、スマホの画面をなぞる。

そこには、穂乃花の言葉。


明日は部活に参加してね、みんな待ってるよ


その「待ってるよ」が、

胸の奥の何かを、ゆっくりと溶かしていく。


「でも……」


声が震える。


「でも、空気ってさ……寂しいんだ。楽だけど、

 本当は、悲しいんだよ……」


言葉の最後が、涙の重みでかすれていく。


誰も見ていない部屋で、

勇者の仮面が音もなく外れていく。


――本当は、ただ誰かに必要とされたかった。

――名前を呼ばれたかった。

――笑って「おかえり」って言ってほしかった。


その願いが、

穂乃花のメッセージの光と重なり、

武士の心の奥に、ゆっくりと灯をともす。


「……明日、行こうかな。」


それは決意でも宣言でもなく、

小さな独り言。

でも、その声には確かに、

“勇者”ではなく、“武士”としての温かい息が宿っていた。



翌朝。


いつもより少し早めに登校した武士。

昨日の夜、穂乃花から届いた「みんな待ってるよ」というメッセージが、

まだ頭の中でぐるぐると鳴り響いていた。


そして――教室のドアを開けたその瞬間。


「武士くん、おはよう。」


穂乃花が、柔らかな笑顔でそう言った。


バクン。

バクン。

バクンバクンバクンッ!!!


――心臓、破裂5秒前。


「(ほ、穂乃花姫……! お、おおおおおおおおおおおおはようございまする!!)」

声に出せない心の悲鳴。


穂乃花の「おはよう」は、彼にとって“世界の祝福”であった。


(や、やはり……!

 昨日の“みんな待ってるよ”の“みんな”とは口実……!

 真実はただ一つ……!

 穂乃花姫が、俺に……俺に会いたかったのだ!!)

※完全に誤認です。


そんな武士の“脳内恋愛ファンタジー”のすぐ隣。


花音が、ちらりと一瞬だけ武士の方を見て――

すぐに視線をそらした。


(※興味がないだけ)


だが、武士の脳内では違う解釈が展開されていた。


「……ふっ。やはり“真紅の魔女ヒガンバーナ”か。

 俺と穂乃花姫の仲を妨げようとしているな……」


武士、ひとりで戦闘態勢。

(脳内BGM:重厚なオーケストラ)


しかしその直後――


「(……んんっ、この香り……)」

穂乃花のシャンプーのふんわりした香り。

花音のフローラルで甘い香り。


武士、鼻をクンクン。

クンクン、クンクン。


――変態勇者、平常運転である。


「(穂乃花姫の香り……尊い……

 真紅の魔女の香り……妖しき魅惑……

 嗚呼、嗅覚が限界を超えていく……!)」


本人はロマンチックな詩人のつもりだが、

外から見ればただの挙動不審者。


花音「(……朝からクンクンしてるキモいですわ)」


穂乃花「(武士くん、鼻、動いてる……)」


――その日の教室には、

甘くてちょっと危険な香りと、勇者の妄想が立ちこめていた。



――お昼休み。

陽だまりの中、鱒釣り部の女子たちは、机を寄せ合いながらお弁当を広げていた。

笑い声とおかずの香りが混ざり合う中で、話題はやっぱり――武士のこと。


「武士くん、今日……部室に来てくれるかなぁ」

と、穂乃花が箸を止めてぽつり。

その声には、ほんの少しの不安と、ほんの少しの願いが混じっている。


「来るといいね」

愛生がやわらかく微笑む。

シナモロールのピックが刺さった卵焼きが、ちょこんと揺れた。


「かにょんは〜、武士くんは来ると信じてるにょん♡」

花音はイタズラっぽく目を細め、唇の端をくいっと上げる。

その笑顔は、期待というより“企み”に近い。

(修羅場が見られそうで楽しみだにょん……)


里香は、そんな花音の様子に冷ややかな視線を送りつつ、

黙って箸を置いた。


「……もし今日、参加したら。ちゃんと謝らせるから。」

凛とした声でそう言い切る里香。

冷静で理論的な彼女の表情には、責任感と少しの面倒くささが混ざっていた。

(正直、来なければ楽なのに……)


「でもさ……あまり強く言ったら、かわいそうかも」

と、穂乃花がそっと呟く。


「ダメよ。」

里香がすぐに首を振る。

「謝らずに受け入れたら、覗き見も無断欠席も“許された”って思っちゃう。

 それは武士のためにならないの。」


その言葉に、愛生が「うんうん」と頷きながら、

そっとおにぎりを半分に割る。

「ちゃんと叱って、ちゃんと迎えたいね」


そして、花音はというと――

机に肘をつきながら、にやにや笑っている。

「どんな修羅場が待ってるのかと思うと、ワクワクが止まらないにょん……♪」


昼休みのチャイムが鳴る。

窓の外では、雲がゆっくりと流れていた。


そして――無常にも、放課後はやって来る。

少女たちの胸にはそれぞれ、

期待と不安と、少しのドキドキが入り混じっていた。


――放課後。

窓の外はオレンジ色の光に包まれ、教室には部活へ向かう生徒たちのざわめきが満ちていた。

武士はゆっくりと立ち上がる。

手のひらはじっとりと汗で濡れ、心臓は「ドクン、ドクン」と耳の奥で鳴り響く。


(行くんだ……俺は、行くんだ……!)


そう自分に言い聞かせながら、震える足を前へと運ぶ。

向かう先は――鱒釣り部の部室。


けれど、ドアの前に立った瞬間。

武士の頭の中では、いつもの“妄想劇場”が幕を開けた。


――ガラッ!!


勢いよくドアを開け放つ勇者・武士。

目の前には、闇に包まれた部室――いや、“魔王の城”。


「きゃあっ……! 武士くん、やっぱり私を助けに来てくれたのね!」

ロープに縛られた穂乃花姫が、涙に濡れた瞳でこちらを見つめている。


「ふふふ……よくぞここまでたどり着いたな、勇者武士よ。

 敵ながら褒めてつかわすぞ。」

玉座に座るのは魔王・里香。冷たい瞳でニヤリと笑う。


「魔王めっ……! 姫を離せっ!」


「カッカッカッ! 無駄なあがきよのう。

 我が黒魔法の前では、勇者など塵同然よ!」

魔女・花音が杖を振りかざし、紫の炎を纏う。


「魔王様ぁ、コヤツをどうしてやりましょうかぁ? ひひひっ……」

アホ魔族・愛生が、楽しげに牙を光らせる。


「くっ……おのれ……! 穂乃花姫を離せ、今こそ必殺の――

 グランドクロスをお見舞いしてやるのさっ!!!」


光が弾ける――


……と、その瞬間、妄想の幕はふっと閉じた。

現実に戻ると、そこはただの静かな廊下。

誰もいない。

蛍光灯の白い光だけが、武士の影を細長く伸ばしている。


(……俺、なにやってんだろ)


胸の奥で苦笑いがこみ上げる。

でも、その笑いはすぐに消えた。


(……怖い。正直、怖い。)


ドアの向こうには、あの日の視線、あの日の沈黙。

もしまた冷たくされたら――

もしまた、穂乃花に幻滅されたら――


(逃げたい……このまま帰っちゃおうか……)


そう思うたび、足が重くなる。

それでも、穂乃花の「待ってるよ」のメッセージが胸の奥で光っていた。


(逃げたら、きっともう話せなくなる……)


ドアノブを握る指が小刻みに震える。

膝もプルプルと揺れている。


――それでも。


勇者・武士は、今日も心の中で鎧をまとった。

本当は弱くて、怖がりで、逃げ出したい少年のままで。


部室の前に立ち尽くす武士の足は、まるで氷の上に立っているかのように震えていた。

膝が小刻みに揺れ、喉はカラカラ。

心臓はバクバクと暴れ、呼吸が浅くなる。


(ダメだ……動けない……足が言うことを聞かない……)


その時、廊下の向こうから軽快な足音。

「おー、武士! 何やってんの?」

明宏が中等部の制服姿でひょいっと現れた。


「えっ……あ、あぁ……」

とっさに言葉が出ない武士。

顔は強張り、笑うどころか瞬きすら忘れていた。


明宏はそんな武士の様子など気にも留めず、

「ま、いっか」

と肩をすくめ、迷いなく部室のドアを開ける。


「おーっす! みんな元気ー?」


その明るい声が部室に響く。

しかしそのドアの向こう、廊下には――

まだ震える武士の姿があった。


(逃げたい……今すぐ帰りたい……)

でも、足が動かない。

逃げるための力さえ、もう残っていなかった。


そんな中、ドアの中から穂乃花の優しい声が届いた。

「武士くん……来てくれたんだね」


穂乃花が一歩、武士に歩み寄ろうとしたその瞬間――

「待って」

と、里香が静かに腕を伸ばして止めた。


その横顔は真剣で、まるで何かを見極めるような目だった。


「一歩踏み出せるかどうか……それが武士にとっての試練なの。

 ここで助けたら、また逃げるようになる。

 だから、助けちゃダメ。」


部室の中は静まり返った。

空気が張りつめ、時計の秒針の音まで聞こえそうだった。


穂乃花は唇を噛み、愛生も心配そうに見つめる。

明宏でさえ、軽口を挟むことなく静かに立っていた。


――その時。


「んしょ……えいっ♪」


トイレから戻ってきた花音が、満面の笑顔で武士の背中に両手を添える。

そして、楽しげに――思い切り押した。


「えっ、わ、わああああっ!!」


バランスを崩した武士は、ドサッと里香の目の前に転がり込んだ。

スカートの裾がふわりと揺れ、里香の視線がスッ……と冷たく突き刺さる。


「……」


沈黙。

その冷たさに、武士の全身から血の気が引いていく。


「ご、ごめんなさいっ! ごめんなさいっ……!」


堰を切ったように涙がこぼれ、声が震え、嗚咽が混じる。

プライドも、勇者の仮面も、すべて崩れ落ちた。


本当は誰かのせいにしてやろうと思っていた。

「姫を守ってた」と言い張ろうとも考えていた。

でも――

里香のあの“氷の目”が、全てを封じた。


勇者・武士、無様に地を這いながらの謝罪。

涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、

それでも、ようやく素直な言葉が出せた。


どれくらいの時間が流れたのかは、本人にも分からない。

ただ、気がついた時には――

穂乃花がそっとティッシュを差し出してくれていて、

愛生が「もう泣かないで」と笑ってくれて、

明宏が「ま、これでチャラだな」と肩を叩いてくれて、

花音が「やっぱり勇者だにょん」と茶化してくれていた。


そして、里香が静かに言った。

「……ま、もう一回、仲間として頑張りなさい。」


涙の跡が残る頬に、あたたかな風が吹いた。

武士は嗚咽まじりに小さく頷く。


――勇者武士、再び仲間の輪の中へ。

その瞬間、彼の世界に少しだけ、春のようなぬくもりが戻っていた。

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