異世界転生勇者武士 第2話 勇者逃走
読んで下さる皆様、心より感謝致します。
ゆっくりと物語を進めますので、気長にお付き合い頂ければ幸いです。
放課後。
鱒釣り部の部室には、今日もゆるい空気が流れていた。
ロッドが壁に立てかけられ、机の上には釣り雑誌と、愛生の可愛いマイスィートピノノちゃんポーチ。
明宏は「このスプーン、やっぱりトラウトに効くんだよな〜」とマイタックルを磨いている。
──そして。
そこにいるはずの一人の男の姿は、なかった。
勇者・田中武士(現世Ver)。
昼休みの“隠密スキル双眼鏡事件”により、彼は今、羞恥心ダメージ9999を受けている。
結果:部活動不参加。
「……来なかったね」
と、穂乃花が心配そうに呟く。
優しい。
それが彼女の罪であり、美徳でもある。
「まあ、あれだけのことしたら、来にくいでしょうね」
冷静に分析するのは里香。
「てか、何でのぞいてたの? 意味わかんない」
と肩を落としながらも、心のどこかで直接問い詰めたい気持ちがあった。
しかし、問い詰める相手がいない。
「……はぁ」
溜息ひとつ。
その様子を見て、愛生がのほほんと笑う。
「まぁまぁ、放っておけばそのうち来るよ〜。きっと今ごろ、自室で“勇者の修行”とか言って呪文唱えてるんじゃない?」
「うわ、ありそう」
と明宏が即同意。
「エクスプロージョン」
とか叫んでそう、と里香も同意
結論:
武士不在でも、鱒釣り部には何の支障もない。
いや、むしろ静かで平和だった。
「なんか今日、部室の空気がスッキリしてるね〜」
と愛生。
「……本当に、静か」
と里香が同意する。
「……」
(※唯一、ほんの少しだけ寂しそうな穂乃花を除いて。)
まさに**“平和”**という言葉が似合う部室。
そんなとき──
ガラガラッ
ドアが開いた。
「全員集合していますね」
入ってきたのは、寺ノ沢先生。
(※何故か“全員”と言い切っているが、部員の一人・武士の存在は記憶の彼方である)
「本日から新しく入部する生徒さんを紹介しますね。
既に皆さんとは仲良しと本人から聞いていますよ」
一同、顔を見合わせる。
「わぁ、誰だろ?」と穂乃花。
「まさか……」と里香。
「やっぱり来た〜」と愛生。
ガラガラッ(2回目)
ドアの向こうから現れたのは──
赤く大きなリボンをなびかせ、
スカートをふわりと翻し、
まるで舞台に上がるプリンセスのように登場する少女。
「先生、この度は快く入部を受理して下さり、心より感謝致しますわ」
深々とお辞儀するその姿──花音、堂々の入部である。
「わぁ〜! 花音ちゃん!」
穂乃花がぱぁっと笑顔を咲かせる。
「……ちょっと面倒くさそうなの来た」
と、冷静な里香。
「やっぱり来た〜。はいはい、想定内〜」
と、悟り顔の愛生。
花音はそんな三者三様の反応をものともせず、
赤いリボンを軽やかに揺らしながらスカートをなびかせ、
優雅に里香の隣へ座る。
「んしょ」
(※要らぬひと声つき)
そして、上目遣いで微笑みながら──
「わぁ〜、放課後も里香ちゃんと穂乃花ちゃんと一緒、嬉しいにょん」
瞬時に切り替わる。
“淑女モード”から“天使なかにょんモード”へ。
にこっ、きゅるるん。
効果音まで聞こえそうな破壊力である。
しかし、さすがは寺ノ沢先生。
長年の教員経験から、動じない。
(……こういう生徒、若干珍しいけど何人も見てきたな)
と思いながら、淡々と部活動の書類を取り出す。
「では、花音さん。鱒釣り部への入部、正式に認めますね」
「ありがとうございますわ」
こうして──
新たなる波乱の種、もとい新入部員・花音が鱒釣り部に加わった。
平和だった部室に、再びカオスの風が吹き始めるのであった──。
そして、数日後の夕暮れ。
自室にこもる男・田中武士。
机の上には、鎧姿の美少女フィギュアたちが整列。
テレビでは、異世界転生アニメが熱く展開中。
「フッ……やはり異世界こそ我が魂の帰る場所……!」
と、真顔でつぶやく武士。
──あの昼休みの“双眼鏡(隠密スキル)事件”から数日。
彼は教室で穂乃花とは一切話していない。
そして、部活にも姿を見せていない。
だが、本人の脳内では──
「きっと穂乃花姫は、俺を気にかけて仕方がない頃……」
そう、確信していた。
【妄想モード ON】
──花びら舞う王城の庭園。
ドレス姿の穂乃花姫が、星空の下で涙をこぼしていた。
「あぁ……勇者武士様。何故、貴方様は私にお声がけなさらないのですか……」
(※声のトーンは完全に少女アニメ)
「穂乃花は……海よりも深い愛で、貴方様をお慕い申しているというのに……オロオロ、シクシク……」
その姿を見た勇者・武士。
マントを翻し、夜空を見上げながら語る。
「愛しの姫よ……。
私は勇者。民を守る者ゆえに、軽々しく愛を語ることはできぬのだ……。
なぜなら──明日、尽きるやもしれぬ命だから!」
(※背景には無駄に流星群)
「貴方様の民を想うお心は夜空に輝く星々のように広く深く尊い……
そんな勇者様の愛を……ほんの少しだけ穂乃花にください……」
「愛しています、武士様……!」
「穂乃花姫……それ程までに俺を……!?
ならば今ここで誓おう!」
天を仰ぎ、剣を掲げる武士。
「幾千光年もの銀河を駆け巡る程の広大な愛を、君に──!!
穂乃花! 愛しているのはお前だけだッ!!!」
(※爆発的エフェクト・星屑シャワー)
【妄想モード OFF】
現実:六畳一間の自室。
テレビの中では、異世界アニメのエンディングテーマ。
BGMがやたら感動的に流れている。
「……よし!」
武士は勢いよく立ち上がった。
「明日からは部活に参加して、穂乃花姫と愛し合おう!!」
拳を握る武士の瞳に、妙な決意が宿る。
だがその瞬間──
机の上のフィギュアがコトンと倒れた。
「……おぉ、すまぬ勇者仲間よ。嫉妬か……?」
と、真顔で謝る武士。
──こうして、現実と妄想の狭間で生きる少年・田中武士。
彼の勇者伝説は、まだ始まったばかりである。
翌日の教室。
──静寂。
田中武士、黙して語らず。
ノートを開いても、ペンを持っても、何ひとつ書かない。
いや、正確に言えば――
前の席の穂乃花のシャンプーの香りを全力で堪能していた。
「ふっ……今日も尊い。穂乃花姫の香り……まさしく森林の清流……」
(※実際は普通のシャンプーの香り)
その香りを吸い込みながら、武士は心の中で呟く。
「放課後の部活……カッコよく決めるぜ、勇者モード全開でな……!」
そして放課後。
ついにその時が来た。
「よし、時はきた……」
机を拳でドンッと叩き立ち上がる武士。
(隣の席の男子が小さくビクッとなった)
「この数日間、俺が部活を休んでいたことで穂乃花姫の心は、
不安と恋慕に満ちている……。
愛の炎がいま──最高潮に燃え上がっている頃合いッ!」
ふふふ……と、笑いをこらえきれずにニヤつく武士。
(その顔を見た女子たちは距離をとった)
【妄想モード ON】
──部室のドアを開ける武士。
ガラガラ……
「武士くんっ!」
穂乃花が涙目で駆け寄る。
「ここ数日、全然お話しできなかったし……部活もお休みだったし……
穂乃花、心配してたんだよぉ……!」
「済まない、穂乃花……だが俺は勇者。
闇の王と戦う運命を背負っているんだ。察してくれ……」
「うん……わかってるよ……でも穂乃花、寂しくて……」
──そして、穂乃花は武士の胸に飛び込む。
「穂乃花……!」
「武士様……!」
強く抱き合う武士と穂乃花
(背景:光の粒子と花びらが舞う。BGM:「恋する勇者」)
【妄想モード OFF】
――放課後。
夕陽がオレンジに染める廊下の奥、ガラガラッと勢いよくドアが開く。
「勇者、参上ッ!!」
胸を張って、光り輝く(※本人比)笑顔で入室する武士。
中にはすでに5人――里香、穂乃花、愛生、明宏、花音。
全員の視線が一瞬、ピタリと武士に集まる。
……が。
次の瞬間、5人のうち5人とも、完璧に目を逸らす。
空気の温度、3℃低下。
(ふっ……俺の勇者力に、言葉を失っているな)
と、確信する武士。
「……はぁ〜〜〜……」
部屋の隅からため息。
部長・里香の肩が、あきらかに“面倒くさい”の形で落ちる。
「武士くん。穂乃花を覗き見して、数日も無断欠席して……今さら何しに来たの?」
「えっ、いや、僕は……」
武士、ちらりと穂乃花を見る。
穂乃花、そっぽを向く。
(あっ……あれ? 護衛対象が目を合わせてくれない……?)
明宏は鼻をほじりながら、心の底からどうでもよさそう。
愛生は腕を組んで、ぷくっと怒り顔。
花音は「誰この人?」と真顔で首をかしげている。
空気の重みが、武士の勇者マント(※脳内設定)を押し潰す。
しばしの沈黙の後
「おい、何か言えよ」
里香の声、低い。冷たい。怖い。
「ぼ、僕は……勇者なんだ……!」
「はぁ~、みんなに迷惑かけて勇者なの?」
「そ、そうだ!僕は勇者なんだ!だから覗き見なんかじゃない!穂乃花姫を護衛してたんだ!」
穂乃花、眉を下げて。
「私、武士くんに護衛なんてしてほしくないよ。普通にお話すればいいのに……」
「えっ!? 俺に話しかけられたいの!?」
「……話しかけられたくはない、かなぁ〜」
(!?!?!?!?!?)
勇者、瀕死。
「おい、話それてるぞ」
里香、眉間のシワ深度MAX。
「ヒィィィッ!」
武士、完全防御モード。
「お前、勇者なんだろ?だったらコソコソすんなよ。
マジでウゼーし、キモいし、キショいんだよ。」
\クリティカルヒット!/
――勇者、致命傷を負う。
その横で、愛生がひそっと尋ねる。
「花音ちゃん、何してるの?」
「面白いから、武士の発言メモするにょん♡」
花音、満面の笑みでカリカリとペンを走らせている。
「『勇者なんだ!』ってところ3回も言ったにょん。名言コレクション入り決定にょん♪」
――完全にネタ化。
部室の空気:静寂+微妙な笑い。
武士の心:粉砕+号泣。
「うわぁぁぁぁぁん!!」
大粒の涙をポロポロこぼしながら、
勇者武士、ドアを開けて――
退 散 で あ る !!!
――勇者、涙の撤退から数分後。
静まり返った部室には、微妙な後味と、わずかな笑いの余韻が残っていた。
「……泣いて出てっちゃよ」
愛生、ぽつりと呟く。
「面白かったのに残念だにょん」
花音、口を尖らせながらメモ帳をパタンと閉じる。
(※本日の見どころ「勇者、泣いて逃走」)
明宏、机に頬杖をついて、
「……どうでもよくね?」
里香は腕を組み、どこかスッキリとした顔。
「言いたいこと、大体言えたし。」
部室の空気、意外にもサッパリ。
――しかし、その中でひとり、穂乃花が俯いたままぽそり。
「……せっかく入部して、みんなの仲間になったのに、
このままだと武士くん、部活やめちゃうかもしれないよ……」
里香、即答。
「別に良いんじゃない?」
花音、ニコニコしながらすかさず参戦。
「ネタにしたいにょん♪」
穂乃花「(ネタ!?)」
そんな二人を見ながら、愛生が真剣な眼差しで口を開く。
「武士くんが退部することになっても、彼が悪いのは仕方ないと思う。
でも、入部した以上は“仲間”なんだから、
武士くんと仲良くできるように、みんなで頑張ってもいいと思うの。」
その真っ直ぐな声に、穂乃花もうなずく。
「うん、私も同じ気持ちだよ。」
愛生、続けて。
「だから、仲間として悪いことしたら叱るのも大切だし、
良いことしたら、みんなで褒めてあげるのも大事だと思うの。」
「……あいつ、良いことしたことないぞ。」
明宏、的確すぎるツッコミ。
「中二病は見てて面白いから賛成だにょん♪」
花音、満面の笑みでまたメモ帳を取り出す。
(※次の章タイトル:『勇者リターンズ~涙の復活劇~』)
里香は肩をすくめながら苦笑い。
「わかった、仕方ない。暖かく、長い目で武士を見てやるか。」
――その瞬間、
部室の空気がふっと柔らかくなる。
みんな笑って、窓の外から吹き込む夕風がカーテンを揺らす。
笑い声と夕陽のオレンジが混ざって、
まるで青春ドラマのワンシーンのように。
(ただし、勇者本人はこの爽やかムードに不在であった。)




