異世界転生勇者武士 第1話 隠密スキル発動
読んで下さる皆様、心より感謝致します。
ゆっくりと物語を進めますので、気長にお付き合い頂ければ幸いです。
田中武士。
県立〇〇高校1年、鱒釣部所属。
穂乃花のクラスメイト。
普段はおとなしい……が、頭の中ではいつも魔王軍と戦っている。
読んでいるラノベの9割が異世界転生もの。
将来の夢は「転生勇者」。
そんな武士が、ある日の夜──
ライトノベルを片手にベッドに倒れ込み、
「次は俺が異世界に転生する番か……」とつぶやいた瞬間、
意識が遠のいた。
そして次に目を覚ますと──
そこは異世界・バナナント王国
金色の鎧をまとい、腰には聖剣デュランダル。
彼は勇者カインとして覚醒していた!
周囲では国民たちが歓声を上げている。
「カイン様ぁぁ! バナナントの希望ですっ!」
「魔王軍を討ってください!」
カイン(=武士)は剣を掲げて叫ぶ。
「ああっ! この命、世界の平和のために!」
──なお、これは完全に夢である。
カインは隣国メロンニ王国の姫、
**フローラ姫(=現世の穂乃花)**と手を取り合い、
魔王討伐の旅へ出発する。
フローラ姫「カイン様……私たち、本当に勝てるのでしょうか」
カイン「勝てるさ! 愛の力がある限り!」
(※現実の穂乃花は、教室で後ろの席の武士に匂いをクンクンと嗅がれて少し引いている)
カインは数々の魔王軍幹部を撃破していった。
・ナス伯爵
・トマト卿
・ズッキーニ参謀
──そしてついに大魔王ヴェジータスとの最終決戦へ!
戦いの果て、カインは大魔王と刺し違える。
「フローラ姫……俺は必ず、また君に会う……!」
光に包まれ、勇者カインは消えていった。
──その瞬間、世界が静止した。
あたり一面、まばゆい白光。
音も、重力も、何もかも消えた空間。
そして、カインの前に現れたのは──
眩い金髪と純白のドレスをまとった、美しき女神様だった。
女神様「勇者カインよ、よくぞ戦った。その勇気、誉れ高きものである。」
カイン「おおっ……ここは天界ですか? 俺は死んだのですか?」
女神様「そう。だが、そなたの心に未練があるようね。」
カイン「はいっ! フローラ姫との婚姻の誓いを、まだ果たしておりません!」
女神様「……やはり。愛の力は、時空をも越えるのですね(棒読み気味)」
カイン「女神様っ、お願いです! 俺にもう一度チャンスを!」
女神様はため息をつく。
どう見ても、面倒くさいタイプの勇者である。
女神様「ではカインよ。そなたにもう一度“現世”で生きる機会を与えよう。」
カイン「おおっ、感謝いたします!」
女神様「ただし条件がある。」
カイン「どんな試練でも受けましょう!」
女神様「転生先は“異世界”ではなく、“元の世界”──高校生の田中武士として生きること。」
カイン「……はい?」
女神様「フローラ姫も同様に、現世では“穂乃花”という名で生きている。」
カイン「なんと……姫も転生しておられるのですか!」
女神様「そなたに残された使命は一つ。
この世界でフローラ姫──いや、穂乃花との婚姻の約束を果たすこと!」
光が強くなる。
カイン「女神様! 必ず果たしてみせます! この命に代えても!」
女神様(小声で)「……いや、そんな覚悟いらないから」
カイン「ん? 今何か?」
女神様「なんでもありません。では、転生を──開始します!」
ドォォォンッ‼
まぶしい光と共に、勇者カインの魂は時空を超え──
田中武士という高校生の体に“再ログイン”した。
そして翌朝、彼は布団の中で目を覚ます。
「フローラ姫……待っていてくれ……!
今度こそ、婚約を果たすんだっ!」
──単なる夢オチ、である。
朝の教室。
窓から差し込む柔らかな光の中、田中武士は神妙な面持ちで席に座っていた。
(……ここが、俺の新たな転生の舞台か)
周囲はまだ眠気の残る高校生たちのざわめき。
だが武士の脳内では、勇者のBGMが鳴り響いている。
そこへ、扉が開き──
「ごきげんよう、穂乃花さん」「おはよ〜花音ちゃん」
現れたのは、メロンニ国の姫君──いや、現世の穂乃花(=フローラ姫)と、ハーフアップの大きな赤いリボンを揺らす花音。
2人は隣同士の席に腰を下ろす。
花音「1限目、数学ですわ〜……数字は苦手ですのよ……」
穂乃花「え〜花音ちゃんも苦手なの〜? わたしもだよ〜」
2人のほのぼの会話が始まる。
だが、穂乃花の後ろの席では──
(……姫……!)
そう、小声でうわずる武士。
彼は今、全力で“朝の挨拶”という名の第一関門に挑もうとしていた。
「ひ、姫……お、おはう……」
……しかし声が小さすぎて、蚊の鳴くようなレベル。
穂乃花はまったく気づかない。
(くっ……これしきのことで怯む俺ではない! もう一度だ!)
拳を握る武士。
その瞬間──
花音「穂乃花さんっ、わたくし、寺ノ沢先生に入部希望をお伝えしますわ!」
穂乃花「わぁ〜ほんとに!? 花音ちゃんが入部!? 嬉し〜!」
ガタンッ(椅子が揺れる音)
(デカリボン女め……! 勇者の朝の儀式を邪魔するとは……!)
武士の目がギラリと光る。
それでも諦めない。勇者の魂は燃えていた。
(もう一度……今度こそ伝えるのだ、我らが婚姻の誓いのおはようを……!)
「ひ、姫……お──」
しかしまたしても、
花音「穂乃花さん、鱒釣り部の方々はどちらの方がいらっしゃいますの?」
穂乃花「えっとね〜、里香ちゃんが部長で、私が副部長、部員は愛生ちゃんと明ちゃんだよ」
──沈黙。
(…………え?)
武士の心に雷が走る。
まさかの、自分リスト外。
(お、俺も……鱒釣り部員なのに……!)
ショックで魂が抜けかける武士。
しかし、すぐに顔を上げる。
(いや、違う……フローラ姫が俺を忘れるはずがない……!
これはきっと、邪悪なる魔族の仕業だ……!)
花音の赤いリボンが目に入る。
その瞬間、脳裏に蘇る記憶。
漆黒の夜空、血のように赤く輝くリボン──
(そうだ……前世で姫を惑わせた“真紅の魔女ヒガンバーナ”……!)
花音がくすっと笑うたび、
武士の脳内では魔法陣が回転し、邪悪なオーラが立ち上る(※現実ではただの笑顔)。
(ま、まさか……奴までもが現世に転生していたとは……!)
花音「今日の穂乃花さんのお弁当は、パンかしら? ごはんかしら?」
穂乃花「う〜ん、どっちかな〜? 内緒だよ」
(やはり……魔女ヒガンバーナ、今日も姫を惑わす呪言を……!)
机の下で拳を震わせながら、
武士は自らの“宿命”を噛みしめた。
(俺は、再び戦う運命なのか……
フローラ姫──いや、穂乃花姫を守るために!)
……チャイムが鳴る。
1限目、数学開始。
(この世界の“魔法”は、因数分解というらしい……!)
そして昼休み。
穂乃花と花音のもとへ、鱒釣り部の愛生と里香がやってきた。
「穂乃花ちゃん、花音ちゃん〜! 一緒にお昼ごはん食べよっ!」
いつもの調子で元気に手を振る愛生。
その瞬間──穂乃花の後ろの席で弁当を広げていた田中武士の肩がピクリと震えた。
「ま、魔族の気配……!」
彼の中で鳴り響く勇者レーダー。
いや、正確には“単なる被害妄想”である。
(あの明るすぎる声……まちがいない。
あれは前世で俺を苦しめた魔族・ヒガンバーナの眷属、“ピンクのアホ悪魔ピーチ”の転生体だ!)
武士は眉間にシワを寄せながら、机の下で握り拳を作った。
穂乃花姫が、ヒガンバーナとその取り巻きたちにたぶらかされようとしている。
今助けに行かねば、姫はダークサイドに堕ちてしまう──!
……が。
「でも、今行くのは危険すぎる。ここは一度退いて、偵察に徹するべきだな」
勇者カイン、作戦モードに突入。
その前に腹ごしらえだ。
友もいない、話しかける者もいない。
孤高の勇者は黙々と弁当をかき込む。
「ふっ……この“ぼっち飯”もまた、修行の一環……!」
秒で完食。たった4分で白米と唐揚げが消滅した。
机の引き出しから、怪しく光る黒いポーチを取り出す。
中には双眼鏡。
彼の“勇者ツール”であり、教師から没収寸前の危険アイテムでもある。
「姫の安否、確認せねば……!」
廊下を低姿勢で進み、壁に張り付き、まるでスニーキングミッションのように移動する武士。
「……発見。穂乃花姫、隣にヒガンバーナ(仮)とアホ天使(仮)、奥に策士リカ。ふむ、包囲されているな」
「フローラ姫(=穂乃花)を護るためには、偵察が必要……!」
昼休み、武士はついに己の最強スキルを発動した。
──隠密スキル・レベルMAX。
彼の脳内には、風の精霊が囁く。
『風よ、我を包め……姿を闇に溶かし、影と化すのだ……』
実際のところ、ただしゃがみながら双眼鏡を構えているだけである。
しかも堂々と。
廊下のど真ん中で。
「ふっ……これで誰にも気づかれまい」
と本人は自信満々。
だが周囲の生徒たちは、すでにヒソヒソ。
「え、なにあの人……」
「女子見てる? 双眼鏡で?」
「うわ、ガチの変な人じゃん……」
──効力ゼロ。
現実は無慈悲である。
武士の隠密スキルは、スキルどころか逆に超目立つバフを発動していた。
一方、穂乃花・花音・愛生・里香の4人は、平和にお弁当タイム中。
「花音ちゃん、それ唐揚げ入ってるの? 美味しそう〜」
「ええ、圭介お兄様が今朝揚げてくださったのですわ」
──至福のランチ。
しかしその中で、ただ一人、異変を察知する者がいた。
里香。
冷静沈着な理論派、鱒釣り部の参謀長である。
「……あれ、双眼鏡でこっち見てるヤツ、田中武士じゃない?」
視線が合う。
ビシッ。
まるでスナイパーに狙撃されたかのような衝撃が走る武士。
「くっ……感知スキルを使うとは……! あの娘、只者ではない……!」
慌てて立ち上がる勇者。
「やむを得ん、ここは撤退だ!」
靴音を殺し、全力ダッシュ(結果:ドタドタうるさい)。
その数分後──教師が駆けつけた。
「盗撮生徒がいると聞いたが! どこだ!?」
「さっきまで、そこの角に!」
──危機一髪。
あと3秒遅ければ、生徒指導室送りである。
その頃、穂乃花たちは昼食の続きを楽しんでいた。
「武士が双眼鏡で見てたよ、マジで気持ち悪すぎ。蕁麻疹出そう」
と冷静に言い放つ里香。
「うわぁ〜……ほんと鳥肌」
愛生が引き気味。
「武士……? 誰?」
花音の無慈悲な一言が突き刺さる。
だが、穂乃花だけは違った。
彼女は優しく微笑んだ。
「そんなことしないで、普通に話しかけてくれたらいいのに……」
──そう、彼女だけが知らない。
その“普通に話しかける勇気”を、勇者はまだMP切れで出せないのだということを。




