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うちの愛生ちゃん  作者: 横溝 啓介
1年2学期
81/119

芦ノ湖ブラウン編 第6話 花音の決意

読んで下さる皆様、心より感謝致します。


ゆっくりと物語を進めますので、気長にお付き合い頂ければ幸いです。

駐車場に戻った圭介と明宏は、静かにタックルを片付けていた。

夕暮れの芦ノ湖はオレンジ色に染まり、湖面の反射がまるで一日の終わりを祝福するように揺れている。


明宏はウェイダーから水を抜き、びしょ濡れになったズボンを脱ぎながら苦笑い。

「うわっ、冷てぇ……」

車の陰で慌てて着替えを済ませ、圭介が差し出したタオルで髪をゴシゴシ拭く。


「ま、今日はよく頑張ったな」

圭介も自分のタオルで首筋の汗を拭いながら言った。


――釣果、圭介1チェイス。明宏1バラシ。

つまり、ボウズ。完敗。惨敗。堂々たる“ボロ負け”。


しかし2人の顔は、なぜか晴れやかだった。


「1匹も釣れなかったけどさ……」

圭介が夕空を見上げながら言う。

「なんか、清々しいなぁ」


「うん、俺も。バラしたのは悔しいけど……」

明宏は釣り竿のグリップを撫でながら、にかっと笑った。

「今日1日、やりきった気がするよ」


圭介も頷く。

「そうだな。達成感ってやつかもしれない」


「釣れなかったけど、楽しかったし。なんか気分いいよ」

「だろ? 釣りって、そういうもんなんだよ」


、冷えた身体を温めようと、湖畔沿いの道を歩いていた。

秋風が頬を撫で、空は群青から夜色へとゆっくり変わっていく。


「温かい缶コーヒー、売ってる自販機あったっけ?」

圭介が言うと、

「確かこの先の駐車場にあったはず!」

と明宏が先に歩き出す。


湖畔に沿って歩いていくと、小さな小川の流れ込みが目に入った。

水は澄んでいて、街灯の光がわずかに反射している。


圭介が何気なく覗き込むと、

「お、あれ……見えるか? 姫鱒だな」

と指を差した。


「えっ?どこどこ?」

明宏が慌てて身を乗り出す。


指差す先、水中をスッと泳ぐ数匹の赤みがかった魚影。

その艶やかな体色は、まるで小さな焔のようにゆらめいていた。


「ほんとだ、姫鱒だ……!」

明宏の目が輝く。


「姫鱒、ルアーで釣ってみてぇなぁ……」

と少年のように呟く明宏。


「姫鱒かぁ〜。どうやって狙うんだ? サビキで釣るくらいしか知らないぞ」

と圭介は首を傾げる。


「ふふっ、じゃあ今度、俺が研究してみるよ。いつかルアーで姫鱒、釣ってみせる」

と明宏は真っ直ぐに流れ込みを見つめた。


その瞳には、もう次の夢が映っていた。


夜風がそっと吹き抜け、

2人は笑い合いながら自販機の灯りへと歩き出した。

缶コーヒーの湯気が、今日の芦ノ湖を締めくくるように静かに立ちのぼっていた。

ふたりは顔を見合わせて笑った。

空はすっかり茜色。

その向こうには、再挑戦を誘うような芦ノ湖の静けさが広がっていた。


湖畔の駐車場。

釣りを終えて缶コーヒー片手に語り合っていた圭介と明宏の前に、

華やかな4人組が帰ってきた。


袋を両手いっぱいにぶら下げて、満面の笑顔。

「ただいま〜!」と手を振る穂乃花。

「#箱根女子旅なう」とスマホをいじりながら花音。


「明くん、ブラウン抱っこできたの?」

と愛生が無邪気に駆け寄る。


「……ブラウン抱っこ?」

明宏の思考が一瞬止まる。


「え? あ、ちがっ……! 抱っこじゃなくて、釣れたの?」

慌てて言い直す愛生。


「まぁ、1匹かかったけど、可哀想だったから逃がしてやったよ。

オートリリースってやつだな!」

と胸を張る明宏。


「そうなんだ〜、よかったね!」

ニコッと微笑む愛生。

(リリースの意味わかんないけど……釣れたんだね、きっと)と心の中でほっこり。


一方その隣では、

里香が無言でアザラシの形をしたパンを差し出した。


「はい、おみやげ」


「ど、どうしたの里香ちゃん!?」

圭介が動揺して目を丸くする。


「往復の運転、大変でしょ」


「えっ……! もしかして、俺の苦労を……気にかけて……!?

うっ、嬉しい……!」

圭介の瞳がうるうると光る。


「べ、別に圭介のためのアザラシじゃないからねっ!

みんなを代表してのお礼なんだからね!」

頬を染めてそっぽを向く里香。


「里香ちゃん……ありがとう!」

感極まった圭介は、アザラシパンを受け取るその瞬間──


両手で、里香の手ごと包み込んでしまった。


「うわぁ〜、里香ちゃんの手……やわらかいなぁ〜……

はぁ〜たまらん……」


(し、しばらくそのまま……!)

と脳内で鐘が鳴る圭介。


「……いつまで握ってんだよ、離せ」

と冷ややかな声。


はっ!と我に返る圭介。

「しまっ──」


──バシッ!!


里香の華麗な右ローキックが圭介の左脚に炸裂。


「ぎゃああぁ! 痛っ……!」

膝を抱えてしゃがみ込む圭介。


「ふんっ」

と鼻を鳴らして、くるりと背を向ける里香。


そのまま愛生たちの元に歩いていく姿が、

夕陽に照らされてまるで勝利の女神のようだった。


一方その足元には、しっかりとつぶれたアザラシパンが落ちていた──。


うずくまる圭介のもとに、

心優しき穂乃花が小走りで駆け寄ってきた。


「お兄さん、大丈夫ですか? どこか痛いんですか?」

心配そうにのぞき込む穂乃花。


「いや、な、なんでもないよ! 大丈夫だから!」

と無理に笑顔を作る圭介。


(まさか“里香ちゃんの手を握りすぎてブチギレられた”なんて言えるわけない……)

心の中で土下座する圭介。


その手には、里香からもらったアザラシパン。

見るも無残にぺしゃんこだが、本人はまるで高級スイーツのように喜んでいた。


「はぁ〜、これが……里香ちゃんの手のぬくもりが残るアザラシパン……」

うっとりと潰れたパンを噛じる圭介。


その様子をちらりと見た里香。

(……うわ、まだ食ってるし)

と内心ドン引きしつつ、圭介と目が合う。


一瞬の沈黙。


「ふんっ」

プイッと顔をそむけ、ツンとした横顔。


「はぁ〜、やっぱり里香ちゃん可愛すぎる……!」

痛みも忘れて胸を押さえ、再び恋の病に沈む圭介だった。


そんなドタバタ劇をよそに、

「さぁ、海鮮〜っ!」と愛生が元気に声を上げる。


明宏も「釣れなかった分、食って補うぜ!」と笑う。

花音は「#締めは海鮮 #デートなう」とスマホを構え、

穂乃花は「海鮮丼、美味しそう、楽しみ」とほわほわ。


こうして──

圭介、明宏、愛生、花音、里香、穂乃花を乗せた車は、

夕焼けに染まる箱根新道を、早川漁港の海鮮を目指して走り出した。


潰れたアザラシパンをお供に、圭介の恋と旅はまだまだ続く──。


早川漁港の海鮮料理店。

潮の香りと焼き魚の匂いが漂う店内に、

6人はワイワイと入店した。


ボックス席に並んだのは、

片側が 里香・穂乃花・愛生 の癒し系トリオ。

もう片側には 明宏・花音・圭介 のツッコミ待ちな面々。


「はい、花音ちゃん、どれが食べたいかな?」

と、従兄モード全開の圭介がメニューを差し出す。


「う〜ん、かにょんは天使なお姫様だからぁ〜、

お姫様っぽいのがいいな〜」


そう言いながら、花音はスススッと圭介の腕にピッタリ密着。

(なぜそこで物理的距離をゼロにする!?)と、愛生がチラ見。


「この子、愛生と同じタイプのブラコンなのね……」

里香は冷静に状況を分析。すでに観察モードに突入している。


「かにょん、これにするにょん」

と、甘えた声で圭介の腕をちょんちょん。

「お、おう……そうだね……かわいいね……」

完全にデレ落ちした圭介。


その瞬間、里香の鋭い視線がスパッと突き刺さる。

「……」

「……」


(や、やばい……! 本命の里香ちゃんの前でデレデレしてる……!)

(でも、いとこの花音ちゃんに冷たくするのもどうかと思うし……!)

圭介の脳内で“従兄心”と“恋心”がバトルロワイヤル状態。


──結果。


圭介の顔は引きつり笑い、

目線は泳ぎ、

右手は固まり、

左手はなぜかお冷やをこぼす。


「圭介さん、落ち着いてください」

と穂乃花がハンカチを差し出すも、

圭介は「いや、これは汗だから!」と意味不明な言い訳。


(ふーん……デレるとこ、観察済み)

里香は静かに微笑み、

その観察記録を心のメモ帳に記したのであった。


──勝手に板挟まれ、勝手に混乱する男、圭介。

その向かいでは、明宏が「俺、刺身定食で」とあっさり注文していた。


食後の海鮮料理店。

テーブルの上は空いた丼と味噌汁碗、そして満足そうな6人の笑顔でいっぱいだった。


「うわぁ〜、お刺身ぷりっぷりだったねぇ〜!」

と愛生がほっぺを押さえ、幸せそうに笑う。

「天丼の海老も最高でした〜」と穂乃花もほわほわニコニコ。


「いや〜、海の幸って、やっぱり違うよな〜!」

圭介と明宏はビール……ではなく烏龍茶で乾杯。

平和で満たされた、まさに“漁港の幸せランチタイム”。


──しかし、その静寂を破ったのは、もちろんこの子だった。


「デートなうに使っていいよ投稿、

イイネがバズってるにょん!!」


突如スマホを掲げてドヤ顔する花音。

「えっ、またバズってるの?」と愛生。

「ふふん、かにょんと里香ちゃんのツーショット、最強すぎたんだにょん」

(※なお、本人は“里香が自分の引き立て役になっている”と思っている)


皆がスマホで花音のSNSを覗くと──


コメント欄には

「癒やされる〜」

「天使すぎ!」

「このツーショ最高!」

など、称賛コメントがずらり。


だが、その中に紛れていた。


「芦ノ湖で釣りしないの?」

「鱒ガールも見たい!」


という、妙に“釣り寄り”なコメント群。


「釣り……?」

花音がピタリと動きを止め、何かを思いついたように指を顎に当てる。


そして──


「かにょん、里香ちゃんと一緒に

“釣りデートなうに使っていいよ

を投稿したら、もっとフォロワーさん増えそうだにょん」


「うわ……嫌な予感しかしない……」と里香。

「もしかして……」と愛生が眉をひそめ、

「うふふ……」と穂乃花は安定のニコニコ。


そして、花音は立ち上がり、両手を腰に当てて高らかに宣言。


「かにょんも、鱒釣り部に入るにょんっ!!」


「……あ〜、やっぱり」と愛生。

「また変なのが増える……」と里香。

「仲間が増えて嬉しいです〜」と穂乃花。


──こうして、箱根遠征の最後に。

芦ノ湖鱒釣り部に“天使なお姫様”が加入するという、

予想外の事件が起きたのであった。

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