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うちの愛生ちゃん  作者: 横溝 啓介
1年2学期
76/79

芦ノ湖ブラウン編 第一話 リベンジに向けて

読んで下さる皆様、心より感謝致します。


ゆっくりと物語を進めますので、気長にお付き合い頂ければ幸いです。

その日の夕方。

ファッションしもむら&天界プリクラ撮影会という“濃厚イベント”を終えた愛生と花音が、ふらふらしながら帰宅した。


「ただいま〜〜〜!」

「おかえり〜」


リビングには、何やら真面目そうな顔で話している圭介と明宏。

(※テーマは“次回芦ノ湖ブラウントラウト攻略について”。つまり真剣な魚の話。)


だが、花音が部屋に入った瞬間——

その空気が、メルヘンランドの空気に上書きされた。


花音「ふふ〜ん♪」

わざとらしくクルッと回転しながら、

圭介の前を横切る。

ヒラッと揺れるパーカーの裾、ふわっと広がるチュールスカート。

光が反射して、まるで後光。


圭介「……あっ……!」

(※まさに“見惚れた人間が言葉を失う”音)


そして次の瞬間、

「花音ちゃん……かわいいなぁ……まるで妖精みたいだよ〜……」


明宏(釣り雑誌を見ながら)「……妖精よりブラウントラウトの話してたよな、さっきまで」


圭介の言葉に花音は反応。

わぁ〜〜っ、と声をあげて駆け寄り、

そのまま圭介にギュッと抱きつく。


「お兄ちゃ〜〜〜ん」


(※まるでホームドラマの再会シーン。BGMは“きらきら星”)


だが、その圭介の視線の先には——

花音と**まったく同じ服(色違い)**を着た愛生。


淡いピンクと水色の“天使姉妹”が、そこに並んでいた。


圭介「花音ちゃんと愛生ちゃん……!

2人でお揃いだなんて……もう、ほんとに姉妹みたいに仲良しなんだねぇ〜」


花音「うんっ かにょん、お姉ちゃんだから、愛生ちゃんにお揃いプレゼントしたのっ」


上目遣い+微笑み+声のトーン=圭介、完全に撃沈。


圭介「そっかぁ〜、花音ちゃんは優しいなぁ〜」

ヨシヨシ、と花音の頭を撫でる。


花音「えへへぇ〜」

(さらに圭介の腕に頬をすり寄せる)


一方その横で、

完全に背景と化した愛生。


(……この2人、完全に別の次元に行っちゃってる……)

(兄の“デレ耐性”、壊れたかも……)


小さくため息をつくと、

「……私、お風呂入る」


とだけ言い残して、スタスタとリビングを去っていった。


花音「お兄ちゃん〜、かにょんね〜」

圭介「うんうん、何でも聞くよ〜」


明宏(頭を抱えながら)

「……この家、釣り部だったはずだよな……」


──その日を境に。

愛生の兄離れが、静かに、しかし確実に始まったのである。

(※そして圭介の“妹甘やかし指数”は、天界レベルに突入した)


湯気に包まれた浴室。

しっとりした静けさの中で、ポチャン……と湯船の波紋がひとつ。


愛生は肩まで湯に浸かりながら、ぼんやり天井を見上げていた。


「……はぁ〜〜〜……」


お湯の温度より、胸の中のモヤモヤの方が熱い気がする。


「花音ちゃんのお兄ちゃんへのくっつき方……なんか、自分を見てるみたいで、イヤだったな……」


湯の表面に指先で円を描きながら、ぽつりぽつりと呟く。


思い返せば、自分だって——

少し前までは、お兄ちゃんに甘えてばかりいた。

困ったら助けてくれる、疲れたら笑わせてくれる、

そんな“万能ヒーロー”みたいな存在。


でも。


「お兄ちゃんだって、いつかは……私とは別の人生、歩むんだよね」


言葉にすると、胸の奥がツンとした。


「……私だって、いつまでも子供じゃいられないし……

いずれは自立しなきゃいけないの、わかってる。わかってるんだけど……」


お湯に沈めた指先が、少し震える。


「でも、まだちょっとだけ……甘えたいな……」


小さな声が湯気の中に溶けていく。


「……それにしても……」

「花音ちゃん、あんなにくっついて……あれは……ずるいよ」


ふぅ、とため息。

自分でもよくわからない感情——

嫉妬でもなく、寂しさでもなく、

ただ“何かが変わってしまった”ことへの戸惑い。


「……はぁ……やっぱり、悩むなぁ」


愛生は目を閉じ、湯に沈んだ。

ぽこぽこと小さな泡が弾けて、

浴室に静かな音だけが響く。


──その夜、愛生の心の中には、

“自立”と“甘え”の狭間で揺れる波紋が、

静かに広がり続けていた。


お風呂上がりのしっとりした湯気がまだ漂う時間。


愛生はベッドに仰向けになり、スマホの画面も見ずに、ただ天井を見つめていた。


「……はぁ〜〜〜」

(お兄ちゃんのこと、花音ちゃんのこと、あれこれ考えても、全然まとまんない……)


枕に顔を埋めて小さく唸っていたその時——


バタンッ!!


「愛生ちゃ〜〜ん♡」


風呂上がりパジャマの花音、髪先にまだ水滴を光らせながら、

ノックもなしに勢いよくドアを開けて乱入!


「うわっ!? ちょ、な、何してんの!?」

「えいっ♡」


ドスッ!!

軽やかな掛け声とともに、花音がダイブ。

そのまま愛生の上に馬乗りになる。


「ちょ、ちょっと! 重いってば!!」

「えへへ〜、かにょんお姉ちゃんが慰めてあげゆ♡」


愛生の胸の上で、両手をちょこんとついて見下ろす花音。

ふわふわの髪、キラキラの瞳、笑顔100%。


「な、慰めなくていいから! っていうか“お姉ちゃん”じゃないし!」

「大丈夫だお〜。愛生たんの悩み、ぜ〜んぶかにょんが吸い取ってあげる♡」

「やめろ、変な除霊みたいなことすんな!」


必死に抵抗するも、

花音の勢いと無邪気さの前では、愛生もついに観念。


「……もう好きにして……」

「わ〜い♡ 愛生たん、かにょんに捕まっちゃった〜♡」


──その夜、愛生の部屋には「ふわふわ天使の圧」が満ちていた。


一方その頃──


リビングでは、空気が180度違っていた。


テーブルの上には地図、タブレット、ロッドカタログ。

真剣な眼差しで向かい合う、圭介と明宏。


「……というわけで、芦ノ湖のブラウン攻略、次回は本気で行く」と圭介


「ふむ……やはりボトム攻めか?」と明宏


「いや、ボトムはウィードがびっしり生えている、根がかるからダメだ……」と圭介


「やはり、ミノーのグリグリ、もしくはジャークだな……」と明宏


「前回バラシたのは魚の様子を見る感じだと、フックのかかりが浅かったのではと思う」と圭介


「確かに俺もそう思うんだ」と明宏


「もっと強くあわせを入れないとフックが貫通しないのではないだろうか」と圭介


「確かに、次はもっと強くあわせを入れるよ」と明宏


「明くんのロッドはスプーンとミノー両用のロッドだね」と明宏


「そうだよ、両方に向いてるロッドにしてるよ」と明宏


「俺はミノー用の硬いロッドを買ってみるよ、明くんはフックを少し細軸にしてみてはどうかな」と圭介


「解った。僕は細軸で貫通しやすいフックでチャレンジしてみるよ」と明宏


「ドラグは若干緩めだそ」と圭介


──2人の間には、妙な緊張感と釣り人特有の熱気が漂っていた。


その頃、2階の部屋では、

愛生が「も〜〜〜〜重いっ!!」と叫び、

花音が「かにょんお姉ちゃん参上〜♡」と笑っている。


そんな賑やかな音が、

芦ノ湖ブラウン攻略会議のBGMとして静かに流れていた。


翌朝。

朝のリビングはトーストと目玉焼きの香りに包まれていた。

しかし、その空気の中に“ただならぬ相談ムード”が漂っている。


テーブルを囲むのは、圭介、愛生、明宏、そして花音。

そして母親が真剣な表情で切り出した。


「実はね……昨日、花音ちゃんのご両親から電話があってね」


「えっ? パパとママから?」と花音。

「そうなのよ。それでね……“花音がいつもお世話になってるから、うちの車をもらってくれませんか”って」


「え、車!?」と圭介がコーヒーを吹きそうになる。

「そう。花咲家の7人乗りのワンボックスだって」


「……7人乗り?」

「デカっ!」

明宏と愛生が声を揃える。


「どうしてそんな話になったんだ?」と圭介が眉をひそめると、

花音は満面の笑みで手をあげた。


「は〜いっ♡ それ、かにょんが提案したの〜!」


「え、提案した!? なんで!?」

「だってぇ〜、お兄ちゃんの軽自動車じゃ、4人しか乗れないでしょ? かにょんと愛生ちゃんと里香ちゃんと穂乃花ちゃんでお出かけしたら、もう満員なの〜」


「……たしかに理屈はわかるけど……」

「でねでね〜、7人乗りだったら、み〜んなでお出かけできるでしょ? 楽しいでしょ? だからお兄ちゃんが運転手してくれれば完璧っ♡」


圭介、硬直。

愛生、箸を止める。

明宏、にやり。


「……ちょっと待て。それって、俺が……その……運転手になるってこと?」

「そだよ♡」


にこっ。

満点の天使スマイル。


「お兄ちゃん、運転手やりなさい♡」


両手を胸の前で組み、上目遣い+首かしげ+ふわっとした髪の揺れ。

──これ以上ない最強おねだりモーション発動。


「うっ……!」

圭介、可愛いから仕方ないなぁ。


「お兄ちゃん、みんなを乗せて、ショッピングとか、遊園地とか、芦ノ湖とか、連れてってくれるんでしょ?」

「え、いや、別に……」

「ね? ねっ? ねっ♡?」


完全に畳み掛ける花音。

圭介の口が勝手に動く。


「……け、検討します……」

「やった〜っ♡ 運転手さん決定〜♡」


ぱんぱんっと手を叩いて喜ぶ花音。

(いや、まだ“検討”って言っただけ……!)と心の中で叫ぶ圭介。


その横で愛生がぼそりと呟く。

「……お兄ちゃん、完全に花音ちゃんの掌の上だね」


明宏も苦笑しながら新聞をめくる。

「ま、これで釣りの遠征にも使えるなら、悪くないな」


「だから釣り優先なんだってば!」とツッコむ愛生。


──こうして、

“花咲家の7人乗りワンボックス譲渡作戦”は、

花音の天使スマイルにより、開始5分で成功を収めたのだった。


リビング会議、終盤。


花音のおねだりに完全敗北した圭介。

とはいえ、なんとなく引っかかるワードがある。


「……ん? 待てよ……花音ちゃん、さっき“ショッピングとか、遊園地とか、芦ノ湖とか〜♡”って言ってたよな?」


(芦ノ湖!? なぜ芦ノ湖!?)

釣り師・圭介の脳内に警報が鳴る。


──ピコーン。

「まさか……明宏が花音ちゃんに“ブラウン狙いに行こうぜ!”とか言ったのか!?」


ちらっ、と明宏を見る。

明宏はトーストをもぐもぐ。

目を合わせると「俺、知らん」と肩をすくめた。


(……じゃあ誰が?)


圭介、さらに脳内推理を展開する。

“芦ノ湖”という単語を自然に出せる人物──それは……


「犯人は……愛生だな。」

ピシィッ。テーブルを指差す圭介。


「え、な、何の話?」と愛生。

「芦ノ湖だ! お前が花音ちゃんに話したんだろ、“芦ノ湖は楽しい”って!」


愛生、しどろもどろ。

「べ、別に悪いことしてないし……! 遊覧船とかロープウェイとか、次はお友達と乗りたいな〜って言っただけだもん!」


「やっぱり!」

圭介、推理大成功。


花音はにこにこしながら頷いた。

「そうなの〜! 愛生ちゃんがね、“芦ノ湖は最高だよ”って言ってたの♡ だから、今度はみんなで行こ〜って思ってたの!」


「……お兄ちゃん運転手で♡」


追い打ちスマイル。

(はい、また出た。天使の営業スマイル。)


圭介、完全ノックアウト。

もはや断る気力もなく、コーヒーをすすりながら遠い目をする。


明宏が新聞をめくりながら一言。

「兄貴、観念しろ。もう“芦ノ湖ドライバー”確定だな。」


愛生は「へへへ」と気まずく笑い、

花音は「これで準備完了だお♡」とご満悦。


──そして数日後。


圭介の愛車、軽自動車くんは静かに旅立ち、

代わりにやってきたのは──

どどーん! 花咲家の7人乗りワンボックス。


ピカピカのボディ、ふかふかのシート、そして──

後部座席には既に花音のリボン型クッションとマイスィートピノノちゃんのぬいぐるみが鎮座していた。


「……もう、俺の車じゃなくて“かにょん号”じゃん……」


圭介のつぶやきに、花音がウインク。

「そうだよ♡ “天使号”の運転手さん、よろしくね♡」


こうして、圭介の“運転手ライフ”は静かに幕を開けたのであった──。

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