巻き起こる花音旋風
読んで下さる皆様、心より感謝致します。
ゆっくりと物語を進めますので、気長にお付き合い頂ければ幸いです。
朝の通学路──
いつもなら、眠そうな顔で並んで立つ愛生と里香。
でも今日は違う。
愛生の隣に“かにょん”がいる。
それだけで、朝の風景がキラキラとピンク色に染まった気がする。
バス停の前。
愛生は無言、花音はリボンが風に揺れてピコピコ。
そこへ、トコトコと里香が登場。
「おはよー!」
いつものように元気な挨拶。
──しかし次の瞬間。
「里香さん、御機嫌よう」
……ぴたりと止まる里香。
(え、今、御機嫌ようって言った?)
(しかも“さん”付け!?)
一瞬で処理が追いつかず、
とりあえず条件反射で返す。
「ご、御機嫌よう……?」
横で見ていた愛生は、
(うわぁ、バス停に“上流階級の朝”が生まれてる……)
と心の中でツッコんでいた。
そして──
里香の視線は、花音の真っ赤な大リボンへと吸い寄せられる。
しかもヒラヒラ付き。
しかもハーフアップ。
しかも完璧に似合っている。
(いや、いやいや……普通こんなの浮くでしょ!?)
(でも、なんか似合ってるのが……腹立つくらい不思議……!)
バスが停まり、プシューという音と共に穂乃花が乗ってきた。
「おはよ〜……」といつもの調子で挨拶しかけた瞬間――
「穂乃花さん、御機嫌よう。」
花音が丁寧にお辞儀。
車内の空気がピタリと止まる。
愛生と里香は無言で穂乃花のリアクションを見守る。
(さあ、穂乃花ちゃん、どう出る……!?)
穂乃花はほんの一瞬考え――
「花音ちゃん、御機嫌よう♪」
まさかのノリ完璧返し。
――この子、順応力高すぎでは!?
と、同時に驚く愛生と里香。
その直後、穂乃花の目が花音の髪へ。
「わあ〜! 花音ちゃんのリボン可愛い〜っ!」
花音は微笑みながら、
「穂乃花さんもおリボンされてみては? きっとお綺麗ですわ。」
「え〜、いいの〜!?」
テンション高めの穂乃花、すでにノリノリモード突入。
花音の隣に座ると、花音が器用に穂乃花の髪を後ろでまとめ、
予備の大きなリボンをすっと取り出して――ぱちん。
「上品な穂乃花さんに、大変お似合いですわ。」
にっこり花音スマイル。
鏡代わりの窓に映る自分を見て、穂乃花は目を輝かせた。
「わ〜! 大きなおリボン女子高生、完成〜っ♪」
バスの中、静かな通勤客たちの中で、
上品すぎる「おリボンデビュー儀式」が粛々と執り行われていた。
朝の登校路。
いつもの通学風景――の、はずだった。
……が、今日は違う。
前を歩くのは、巨大リボンが朝日に反射してキラキラ輝く二人組。
花音と穂乃花。
その後ろを、なぜか見て見ぬふりで歩く愛生。
「うわぁ……リボンの存在感が校章より主張してる……」
愛生、心の声。
花音のリボンは普通のサイズの約3倍。
まるで“おリボン界のフラッグシップモデル”である。
しかも穂乃花の頭にも、同型のサテライトリボンが装備されていた。
通り過ぎる生徒たちは、みな足を止める。
「なにあれ……でっか……」
「いや、でっかいけど似合ってる……」
「風、受けてる……!」
穂乃花は赤面しつつ、
「ねぇ花音ちゃん……ちょっと注目されすぎじゃない?」
と小声で訴えるが、
花音はにっこりと微笑み、
「まぁ……皆さん、朝から目が冴えますわね。」
と余裕のプリンセス対応。
むしろ軽く手を振る始末。
愛生はというと、視線を逸らしながら心の中で叫んでいた。
(お願い……今だけ透明になりたい……!)
その一方、男子生徒たちの間では早くも噂が爆発中。
「なぁ、あの黒髪ハーフアップの子、誰?」
「知らねー、でもマジ可愛い。」
「もう一人の子もリボンで視界ジャックしてるぞ。」
――こうして、登校初週にして花咲花音の知名度は、
校内SNSを通じて一気に広まっていった。
巨大リボン、恐るべし。
巨大リボン姉妹を引き連れ、通学路を歩く四人。
愛生は――完全に空気化していた。
(お願い……誰も私を見ないで……。私はただの通学路の石ころ……)
一方で、隣の里香は背筋をピンと伸ばし、胸を張る。
「何も悪いことしてないんだから、堂々と歩くのよ!」
まるで“自分が校門の守護者”かのような堂々っぷりだ。
――そう、里香は正々堂々の精神を持つ女。
(でも、圭介だけにはツンデレ)
愛生と里香はそのまま同じクラスへ。
花音と穂乃花は別クラスへと分かれていった。
そして、花音と穂乃花の教室。
並んだ2人の席――
花音は真っ赤な巨大リボン、
穂乃花は黄色の巨大リボン。
ぱっと見、まるでアイドルユニット「ツインリボンズ」である。
穂乃花は顔を真っ赤にしながら小声でつぶやく。
「は、恥ずかしいよぉ……こんなに目立つの……」
しかし、花音は堂々と微笑む。
「まぁ、皆さま朝から目の保養ができて幸せそうですわね」
穂乃花の後ろ――そこには既に“リボン信者”が誕生していた。
武士である。
(ぐはっ……! この並び、神……! 桜井さんと花咲さんが並ぶ奇跡の構図……!)
武士、テンション限界突破。
そして男子たちのざわめきが広がる。
「なぁ、花音ちゃんってマジでアイドルみたいじゃね?」
「穂乃花ちゃんもさ、地下アイドル感あるよな?」
“地下アイドル”というワードにピクッと反応する穂乃花。
「ち、地下……⁉ 私そんなつもりじゃ……!」
と動揺しながら、教科書で顔を隠す。
一方で、花音は堂々と腕を組み、どや顔。
「まぁ、アイドルと言われても否定はできませんわね」
穂乃花(※赤面中):
(気付いてない……“地下”ってついてるの、気付いてない……!)
こうして、
花音と穂乃花――“リボン姉妹”の伝説は、
この日から静かに、しかし確実に校内に広まり始めたのだった。
放課後、鱒釣り部の部室。
窓の外は夕焼け、部室の中にはどこか疲れた空気が流れていた。
「それからね、女の子たちの視線がキツくて……結局リボン外しちゃったよ〜」
と、机に肘をついてため息をつく穂乃花。
「お昼にはもう外してたわよね。ちょっとガッカリしたわ」
と、なぜかリボン愛好家のような口調で言う里香。
(お願い、リボンの話題はもうやめて……)
愛生は“空気”モードで机の木目をひたすら数えていた。
「……あれ? 愛生ちゃん、なんか元気ないね〜?」
と、穂乃花が覗き込む。
「えっ、あっ……あのねっ、御殿場キャンプの準備しなくちゃ!」
慌てて話題を変える愛生。
(うまく話を逸らせた……!)
──ピコピコ♪
その瞬間、愛生のスマホが無慈悲に鳴り響く。
画面には、見慣れた名前。
花音。
『愛生たん、お家帰ったら、近くのショッピングモールのファッションしもむら行こ』
……嫌な予感しかしない。
でも、断れない。
(絶対に“お姉さんムーブ”の延長だ……!)
愛生「い、いいよ〜」
すぐに返信が届く。
『わ〜い、かにょん、いいお姉ちゃんしながら待ってるね』
(あああ……このテンション……絶対ヤバい方向のやつだ……)
「どうしたの?」
と、興味津々の里香。
「花音ちゃんと……ファッションしもむらに行くことになっちゃって……」
と、しぶしぶ白状する愛生。
「えっ! 本当!? 面白そうじゃない!」
瞳を輝かせる里香。
「ねぇ穂乃花ちゃん、私たちも行こうよ!」
「え〜っ、私たち誘われてないからやめようよ〜!」
と抵抗する穂乃花。
「行く行く〜♪」
すでに決意を固める里香。
「いやいやいや、里香も穂乃花ちゃんも忙しいでしょ? だから見に来なくても大丈夫、無理しないで!」
必死で止めようとする愛生。
「全然大丈夫! 無理する価値あるから!」
と、里香のキラキラ笑顔。
穂乃花「(……誰も止められない……)」
そして愛生は悟った。
――もう、どうにも止まらない。
“しもむら突撃隊”の行軍は、もはや運命。
(あぁ……私の平穏な放課後が……しもむらの試着室で終わる……)
夕焼けの部室に、愛生の小さなため息が響いた。
夕方。
学校から帰宅した愛生が玄関を開けると、そこには──
ふわっ、と白と淡い水色の光が差したような光景。
「愛生たん、おかえり〜」
そこに立っていたのは、
白と水色のジャージ素材のパーカーに、ふわっと透け感のあるスカート、
そして淡い羽のピアスが揺れる天使界隈コーデの花音だった。
まるで“地上に降臨したトラックジャケット天使”。
愛生は思わず立ち止まる。
「えっ……花音ちゃん、地雷系じゃなかったの……?」
「うん、かにょんは地雷系も量産型も好きだけど〜、
今日は天然な愛生たんに合わせて天使界隈なの〜」
「……ちょっ、私って天然キャラ扱いなの!?」
と、じわじわ不満が顔に出る愛生。
花音は両手を合わせて、にこり。
「だって、愛生たん、ふわふわしてて癒し系だもん」
(癒し系……いや、それ“ぼんやりしてる”って言いたいだけじゃない!?)
心の中で全力ツッコミを入れる愛生。
「それでねっ」
と、花音が愛生の手をぎゅっと握る。
「しもむらで双子コーデ買おうねっ」
にっこりと天使の笑顔。
愛生はその眩しさに一瞬言葉を失う。
(多分……花音ちゃん、私のことを可愛がってくれてるんだよね……)
そう、花音は心の中でこう考えていた。
「私がお姉ちゃん的存在だから、愛生ちゃんを可愛がってあげなくちゃ」
──しかしその“可愛がり”は、
愛生にとっては優しさ100%、お節介120%。
(優しいのはわかるけど……その優しさ、ちょっと重いんだよね……)
結局、愛生は微妙な笑顔を浮かべながらつぶやいた。
「……うん、じゃあ、行こっか……しもむら……」
花音「やったぁ〜、かにょん、天使パーカーでもう準備万端〜」
そして、
“天然(仮)愛生”と“天使界隈お姉ちゃん”のしもむら出撃が、
静かに始まったのだった。
その頃──
愛生と花音の出撃から少し遅れて、
里香と穂乃花の2人もファッションしもむらへと向かっていた。
歩きながら、里香は腕を組んで難しい顔をしていた。
「ねぇ、穂乃花ちゃん……ちょっと変だと思わない?」
「えっ、何が?」
「だってよ? お嬢様の花音ちゃんが、量販店のしもむらでお買い物なのよ?」
「ありえなくない? それってもう、偽お嬢様なんじゃないの?」
穂乃花は慌ててフォローを入れる。
「そ、そんなことないよ! 上流家庭の子でも、量販店でお買い物する子はいると思うよ!」
しかし、里香の妄想スイッチはもう入ってしまっていた。
「ふふ……もし、私が花音お嬢様の専属メイドだったら……」
と、いきなり“メイドモード”に突入。
里香は片手でスカートの裾をつまみ、
上品なメイドの所作で言った。
「花音お嬢様、本日は男爵様主催の舞踏会にございます。
お召し物はいかがなさいますか?」
そして自分で自分に答える。
「男爵様は赤を好まれますわ。
それでは、真っ赤なドレスに真っ赤なリボンをご用意なさいませ〜」
「……な〜んて事になると思うのよっ!」
と、ドヤ顔で一人二役を完遂する里香。
横で見ていた穂乃花は、深いため息をつく。
「も〜、里香ったら……また妄想劇場始まっちゃったよ〜」
「だってぇ〜!」
と、里香はまだ止まらない。
「量販店でお買い物なんて、本当は庶民派なんじゃないの?
つまり……普通の女の子ってこと!」
「……え、つまり花音ちゃん、普通……?」
と穂乃花。
「そう! **しもむら嬢**なのよ!」
と、意味不明な造語を生み出す里香。
穂乃花は苦笑しながらつぶやく。
「ついてきちゃったけど……これ、ほんとに大丈夫かなぁ……」
そして2人は、
“疑惑のしもむらお嬢様”を追って店の自動ドアへと消えていった──。
一方で、愛生と花音はファッションしもむら・レディースコーナーにて。
花音はハンガーを手に、キラキラの笑顔で動き回る。
「愛生たん、これ着てみて! ぜ〜ったい似合う!」
そして愛生は、試着室を出たり入ったりの無限往復状態に。
まずは第一ラウンド:シック系コーデ。
「う〜ん、ちょっと大人しいかなぁ〜」
花音は顎に指を当てて真剣な表情。
「やっぱり愛生たんはアホ……じゃなかった! 天真爛漫だから〜!」
「今、アホって言いかけたよね!?」
ムッとする愛生。
第二ラウンド:地雷系コーデ。
花音は黒×ピンクのスカートを手に取り、ニヤリ。
「さぁ、病みかわデビューだお♡」
試着室から出てきた愛生。
鏡の中には、目の下のチーク強め、地雷風の愛生が。
「キャー愛生たん! そのダークで病んでる感じがかわいい〜い♡」
「どこが!?」
愛生は半目でツッコミを入れる。
第三ラウンド:量産型コーデ。
ふりふりスカートに黒いリボン。
「キャー愛生たん、ドルヲタみたいでかわいい〜い!」
「は? 私、アイドルとか興味ないし」
と冷ややかな返し。
愛生の顔がどんどん曇っていくのを見て、
花音は(あっ、これ地雷じゃなくてリアル怒りの方だ)と察知。
花音は即座に笑顔でフォロー。
「愛生たんはね、天使みたいにかわいいから〜!
かにょんとお揃いで天使界隈コーデにしよっ」
結局──
2人は色違いの天使界隈コーデを購入。もちろん花音の奢りである。
ところが、レジ後に花音が店員さんと何やら話していた。
戻ってきた花音がキラッと笑う。
「愛生たん、買った服ね、試着室で着て帰っていいって〜」
「……は? 今ここで双子コーデするの?」
愛生の目が点になる。
「今日は妹ちゃんと双子コーデするんですっ!」
と店員さんに説明する花音。
「まぁ〜、仲の良いご姉妹で、お姉さんお優しいですねぇ」
営業スマイル炸裂。
「え〜ん、もう拒否できないよ〜」
愛生は心の中で泣いた。
「さあ、愛生たん……今こそ、かにょんと一緒に天使になるの」
花音は目をキラキラさせながら手を差し出す。
「(……まぁ、里香ちゃんと穂乃花ちゃん来ないみたいだし、
知り合いに見られなければいっか……)」
覚悟を決めた愛生は頷いた。
そして2人は試着室へ──
カーテンの向こうで、パタパタと布の音。
カーテンが開くと、そこには――
しもむら発・双子天使界隈シスターズが誕生していたのだった。
その時──
試着室から出てきた愛生と花音。
2人はしもむら発・双子天使界隈コーデを身にまとっていた。
ふわふわの白×水色。
袖口には小さな羽根の刺繍。
おそろいのリボン、そして……なぜか手を繋いでいる。
「えっ、花音ちゃん、なんで手繋いでるの!?」
「えっ? 姉妹は手を繋ぐものでしょ?」
「いつ姉妹になったの!?」
(心の中で全力ツッコミの愛生)
そんな2人、にこやかに出口へ向かう。
あと少しで退店……というその時。
愛生の視界に──
赤いスカートと見慣れたポニーテール。
そして、隣には黒髪ショートの天然天使。
里香と穂乃花。
愛生、即座に反応。
「あっ……まずい、見つかったら終わる」
とっさにうつむき、
「(見ないで、見ないで、空気になれ私……)」
と忍者のように小さくなる愛生。
しかし、運命は無情だった。
花音がにこにこしながら顔を上げ──
「愛生たん、あれ、里香ちゃんと穂乃花ちゃんだおっ!」
「ちょっ、ちょっと待って今はやり過ごそ!?」
愛生は小声で制止。
「なんで? はてな?」
花音、素で疑問顔。
「いや、今はほら……その……」
説明の途中で──
「里香ちゃ〜んっ! 穂乃花ちゃ〜んっ!」
満面の笑顔で両手をブンブン振る花音。
手を繋いでるせいで、愛生の手も一緒にブンブン。
「うわぁぁぁぁっ、やっちゃったぁぁぁぁ……!!」
愛生の心の中で、スローモーションの絶望音が鳴り響いた。




