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うちの愛生ちゃん  作者: 横溝 啓介
1年2学期
72/80

帰宅したら段ボールと“かにょん”がいた件」

放課後、鱒釣り部の部室。

机の上には釣り雑誌とペットボトル、そしてなぜかタコさんウインナーの入った空き弁当箱。


里香が腕を組んで言った。

「ねぇ、穂乃花ちゃん。花音ちゃんってどんな子だった?」


「う〜ん……上品で普通の子だったよ〜」

と穂乃花が答える。


「普通? どこが!? あの“完璧上品お嬢様オーラ”見た?

 違和感ありまくりだったでしょ!?」

里香が机をドンッと叩く。


「う〜ん……でも、一緒に住んでまだ数日だから、よくわかんないんだよね〜」

と愛生が苦笑い。


そんな中、黙ってルアーケースを整理していた明宏に、

「ねぇ明宏はどう思うの?」と里香が質問。


明宏は顔も上げずに、ボソッと一言。

「俺、釣りの話できない人には興味ないから。」


――静寂。


「……出た、“釣り脳男子”の極致。」

「明宏、ぶれないなぁ〜」

と女子陣が呆れ半分の笑いを漏らす。


その隣で、武士が得意げにメガネをクイッと上げて言った。

「愛生くんと同じ匂いですね。つまり“思考より直感タイプ”。」


(ドヤァ)


しかし見事に全員スルー。

誰も突っ込まない。

空気がきれいに通過した。


「……あの、スルーされるの地味に傷つくんですけど。」

と小声でぼやく武士。


そこに、部室のドアが開く。

「コンコン。みなさん、11月の管釣りキャンプ企画の話は進んでますか?」


寺ノ沢先生、登場。

穏やかな笑顔に釣竿のキーホルダーが揺れている。


「そうだ、今は花音ちゃんのことより、来月の活動だね!」

と里香が部長の顔に戻る。


明宏が即座に立ち上がり、拳を握った。

「よし! 来月の管釣りキャンプではブラウンを釣って、芦ノ湖の本番に備えるぞ!」


やる気満々な明宏に、

「えっ……本当に釣り、やるの?」

と呟いたのは――武士。


……沈黙。


「おまえ、鱒釣り部だよな?」

「釣り部で“釣りやるの?”って、どういうこと!?」

「そこから!?」


全員のツッコミが炸裂。


しかし武士は真顔で言った。

「いえ、てっきり“観察部”かと……魚を見る専門……みたいな……」


「違うわっ!!」

と里香と愛生のハモりツッコミが部室に響いた。


こうして、鱒釣り部の放課後は、今日もまったり(いや、ぐだぐだ?)と過ぎていくのであった。


放課後。

鱒釣り部の活動を終えた愛生と明宏が帰宅すると――


玄関ホールはまるで引っ越し屋の倉庫状態だった。

「え、なにこの段ボールの山!? 通販倉庫でも開業したの!?」

と目を丸くする愛生。


そこへ、リビングから顔を出す兄・圭介。

「愛生ちゃん、明くん、おかえり〜」


圭介は腕まくりしながら、何やら家具の配置換え中だ。


「2階の愛生ちゃんの隣の部屋を花音ちゃんに使ってもらうことになったから、

俺は1階の空き部屋に引っ越すことにしたんだ」


「えぇ〜っ!? ちょ、ちょっと待って!

 私の隣に、花音ちゃんが!?」


まだ“未知のぶりっ子生物”として解析途中の花音ちゃんが、

自室の隣に来る――その事実に、愛生は軽く震えた。


そしてその時――


トントン……トントン……


2階から階段を降りてくる足音。


「んしょ……んしょ……」


ピンクのジャージに猫耳ヘッドホンという、学校とは180度違う格好の花音が登場!

最後の一段で小さくピョンッと飛び、

「えいっ」と可愛く着地。


……無駄に可愛いフォーム。


愛生「(なにこの謎の登場演出!?)」


花音は目の前の段ボールを見つけると、

「かにょんもお手伝いする〜」

と両手を伸ばす。


「えぇ!? かにょん!? 自分のこと、まだそう呼ぶの!?」

(心の中で全力ツッコミする愛生)


慌てて圭介が止めに入る。

「あ〜、もういいって! 大きい荷物は俺が運ぶから、花音ちゃんは触らなくていいよ〜」


すると花音は、ぷくっと頬を膨らませ――

「えぇ〜、かにょんだって、このくらいの段ボール持てるもんっ!」


……兄に甘えた声、完全再現。

……猫耳、ピンクジャージ、ぶりっ子モード全開。


愛生「(やっぱり別人だよね!? 学校のあの清楚お嬢様キャラ、どこ行ったの!?)」


明宏は静かにその様子を見て一言。

「……俺、釣り以外の人間関係には口出さないから。」


――逃げた。


「待って、現実逃避しないでぇぇぇ!」

叫ぶ愛生をよそに、

“かにょん”は猫耳をピコピコ揺らしながら、

圭介に持ち方の指導を受けていた。


こうして、

「愛生の隣に花音ちゃん部屋」大作戦は、

兄の引っ越しとともに静かに(?)進行していくのだった。


兄・圭介がせっせと花音の段ボールを運び、

リビングには一時的に“花音物資”が山積み状態。


そんな中、愛生は自称お姉さん的存在としての使命感を発動。


「花音ちゃん、お部屋の飾り付けとか、私も手伝おうか?」

と、にっこり笑顔で声を掛けた。


花音はにこやかに首を横に振る。

「愛生ちゃん、自分でできるから大丈夫だよ」


「……あれ? 普通に会話できた!?」

家では塩対応と思いきや、意外とフレンドリー。

“かにょん”モードとは別人格か? と戸惑う愛生。


ところが、その瞬間――


愛生の視界の端に、あるものが飛び込んできた。


兄・圭介が運ぶ段ボールのフタが、わずかに開いている。

その隙間からチラッと見えたのは――

黒やピンクのレース、フリル、クロミ色のワンピ、そして網タイツ的何か。


愛生「(えっ……これ、地雷系!? 量産型!? え、マジ!?)」


学校では清楚ロングお嬢様。

でも家の段ボールには闇属性の布がぎっしり。


愛生「(ま、まさか……花音ちゃんって……二重人格地雷系量産型女子!?)」


そんな愛生の混乱をよそに、圭介は最後の荷物を部屋に運び終える。

「よし、これで全部だな!」


「まだ段ボールのままだけど、今日は花音ちゃんの歓迎会を兼ねて外で夕食にしようか!」


その提案に、花音はパッと顔を輝かせ――


「わ〜いっ」

とピョンピョンと小さく跳ねる。


まるでウサギかアイドルのライブ後かというテンション。


「花音ちゃんは何が食べたい?」と優しく尋ねる圭介。


すると、ヘッドホンの猫耳をピカピカ光らせて

「かにょんはね、ハンバーグが食べたいの〜」


そして、またもピョン。


――無駄な縦方向の可愛さアピール。


愛生「(いや、学校では“お琴が趣味”とか言ってた子が!?)

 どこ行ったの!? あのお嬢様はどこへぇぇぇぇ!?」


圭介は微笑ましく眺め、

「じゃあ、ハンバーグだな!」と即決。


一方の愛生は、完全に思考停止。


「……兄が騙されてる。完全に、“かにょん”ワールドに取り込まれてる……」


花音ちゃんの段ボールに詰まった量産型地雷服、

そしてピョンピョン跳ねる甘え声。


――これはもう、“ただの転校生”では済まない。


「お母さん、明日仕事早いから、適当なの食べて寝るから〜。

みんなで食べに行ってらっしゃい」


その一言で、家の中にパッと光が差す。

圭介がニヤリと笑って言った。


「よし、今夜は奮発して――

ハンバーグレストラン《ハングリーサーベルタイガー》に行くぞ!」


「ヤッター!! 圭ちゃん最高ーっ!」

明宏が釣り竿を振る勢いでガッツポーズ。

市川家にとって“ハングリーサーベルタイガー”は高級フード界の聖地である。


愛生はふわもこピンクのマイスィートピノノちゃんコーデ。

花音はゆったりしたピンクジャージに猫耳ヘッドホン。

愛生と花音の並びがすでにバラエティ番組の衣装打ち合わせレベルのカオス。


「ハングリーサーベルタイガーって何?」

と、猫耳をピコピコさせながら花音。


すかさず愛生が胸を張る。

「横浜のご当地グルメなんだよっ」


「ふ〜ん、町田にはないお店だね」


愛生の目がギラッと光る。

(出た…!! 自ら町田って言った!!

やっぱり田園調布は嘘だったんだ…!!)


サンリオのもこもこ袖がピクリと動く。

だが、口には出さない――

“姉として見守る”スタンスを守る愛生。

(※花音も同じことを思っている)


そして4人は車に乗り込む。

車内は、

ピンク×ピンク×鱒×常識人。


途中で明宏が「虹鱒バーグあるかな」とか言い出すが、

圭介が「そんな獣メニューねぇよ」と即ツッコミ。


店に着くと、

ライトアップされた看板には、

牙をむいたサーベルタイガーが“肉を焼け”と訴えかけている。


「かにょん、こわ〜い……でも美味しそう……!」

「ふっふっふ、これが横浜の夜よ」と得意げな愛生。


――こうして、市川家+花音の

ハングリーサーベルタイガー・ナイトが幕を開けるのであった。


4人は注文を済ませ、待つこと数分――

ジュワァァァァァ……


テーブルに運ばれてきたのは、

鉄板の上で暴れる名物ハングリーサーベルバーグ!


ウエイトレスさんが真っ二つにカットして、

デミグラスソースをとろ〜り。


その瞬間――


ジューーーッ!!!


まるで油の祝砲!

「きゃっ、きゃっ」

と猫耳ピコピコ跳ねさせながら花音が可愛く身をよじる。


「おぉっと、花音ちゃん初めてだから、ちょっとビックリしちゃったかな?」

と微笑む圭介。


「てへへっ」

と舌をちょこんと出して笑う花音。


(……お嬢様キャラどこいった)と心の中でツッコむ愛生。


圭介がナイフとフォークを持ちながら言う。

「よし、じゃあ食べようか!」


愛生と明宏、同時にハンバーグをぱくり。


「ん〜〜〜っ なんてジューシーなのぉ〜!」

「肉汁が…湖だ…!」(※釣り脳)


デミグラスソースの深い旨味が口いっぱいに広がり、

愛生のふわもこ袖が幸せで小刻みに震える。


一方その頃――

圭介の隣の花音は、フォークを持って真顔。


そして、突然。


「あ〜ん」

(※自分で)


「モグモグ」

(※実況つき)


「モグモグ……」


……沈黙。


「……おいしいっ」


パァァァァァと満面の笑顔。


圭介「そっか〜、美味しいって言ってもらえて良かったよ!」


(……今、自分で“あ〜んモグモグ”って言ったよね?)

と思わず固まる愛生。


(地雷系+猫耳+セルフ実況=未知の生命体)


彼女の隣で、サンリオ女子・愛生の心に

“理解不能生物”の文字が再び点灯するのだった。


圭介がにこやかに花音へ問いかけた。

「花音ちゃん、学校はどう? 穂乃花ちゃんとクラスメイトになったみたいだね」


猫耳ヘッドホンをピコピコさせながら、

「穂乃花ちゃん、めっちゃいい子だお♡」


“だお”!? 語尾が急にネット時代の妖精。


圭介はそんな違和感を全く気にせず、

「そだよなぁ〜、穂乃花ちゃんは天使だよなぁ〜」


「うん、穂乃花、天使✨」

ハンバーグを頬張りながら、うっとり気味な花音。


その様子に、愛生がフォークをクルクル回しながら口を開く。

「お昼ご飯ね、里香と穂乃花ちゃんと花音ちゃん、4人で食べたんだよ〜」


「そうかぁ〜、もうそんなに仲良くなってるのかぁ〜!」

圭介はまるで父親のように満足そう(※兄です)。


釣りの話題が出ないため、明宏は静かに空気化。

(今、俺、存在してる?)と心で呟くも、誰も聞いていない


圭介と花音の“穂乃花天使トーク”が終わったあと、

愛生はストローでメロンソーダをぐるぐるしながら、

ひとり深い思索に沈んでいた。


(……やっぱり、何かおかしい)


学校では完璧なお嬢様。

姿勢も言葉遣いも、誰が見ても“品の塊”みたいだった。

でも、家ではピンクのジャージに猫耳ヘッドホン、

語尾は「〜だお♡」でピョンピョン跳ねる別人格。


(昨日より普通に話せるようにはなったけど……

 慣れたから、素が出ただけ? ううん、それにしてもギャップが大きすぎる!)


愛生の脳内では、

「お嬢様花音」と「猫耳花音」が

ぐるぐる回転している――まるで“二重人格スロットマシーン”。


圭介はデザートメニューを眺めてご機嫌、

明宏はハンバーグの余韻で“釣り遠い目モード”。


(今、聞くべき? でも、変な空気になったら……)


花音はというと、プリンをスプーンでくるくるしながら、

ニコニコ天使の笑顔


(聞きたい、でも聞けない……)

“花音ちゃんって、学校では誰!?”と問い詰めたいのに、

なぜか口が動かない愛生。


フォークを持った手が小刻みに震える。

(うぅ〜〜〜、気になる……! でも……今聞いて、気まずくなっちゃうかも!)


そんな愛生の内心の葛藤をよそに、

花音は猫耳をピコピコさせながらプリンをひと口。


「ん〜、プリンおいちい」

目をキラキラと輝かせる


……はい、もう完全に別人です。

愛生の心の中で、警報ランプがピコーンピコーンと鳴り響くのであった。


圭介がにこやかに水を飲んでいる横で、

愛生はストローをぐにゅ〜っと噛みつぶしながら、ついに覚悟を決めた。


(これから一緒に暮らすんだし、モヤモヤしたままは無理!)

(でも二人きりで聞くのは気まずいし……お兄ちゃんがいる今がチャンス!)


──バンッ。

心の中で見えないスタートボタンを押した愛生は、花音のほうを向く。


「ねぇ、花音ちゃん。学校の花音ちゃんと、お家の花音ちゃん、

 別人すぎない!?」


一瞬、空気が止まる。

(やば、言っちゃった!)と思った瞬間──


花音はあっけらかんとプリンのスプーンをくるり。


「学校の花音も〜、今の花音も〜、普通だよ〜」


「へっ?」と固まる愛生。


「だって、学校では上品にするのがマナーだって、パパとママに言われてきたもん」


──理路整然。

その“当然のこと言いましたけど何か?”な表情に、愛生は完全に面食らう。


「かにょんね、田園調布のTK女子に通ってたから〜、TK女子だと普通だお♡」


「TK女子!? あの超お嬢様学校!?」と愛生。


「うん、 だから学校だとお上品になっちゃうの〜。でもそれも、かにょんなの♡」


(……え、つまり“地雷系もお嬢様も、どっちも私♡”理論!?)

愛生の脳内で、またしても“二重人格スロットマシーン”が回転。


「お家で可愛いのも、かにょん。

 学校で上品なのも、かにょん。

 みんな、か・にょ・ん・な・の♡」


ドヤ顔+上目遣い+猫耳ピコピコのフルコンボ。

“私のすべてを受け入れてアピール”が炸裂する。


(うわぁ……自己肯定力つよっ……)とドン引きする愛生。


そして花音は、愛生と圭介をチラチラ見ながら、

首を傾げてキメ顔。


「可愛いから、許して?♡」


「う、うん……可愛いから、許しちゃう……」

圭介、秒で落ちた。まるでボタン一つで墜ちる自販機。


「テヘヘッ♡」

舌を出して照れ笑い、頬をピンクに染める花音。


その姿を見て、圭介はうっとり。

「愛生ちゃんと花音ちゃんがもうこんなに仲良しだなんて、まるで本当の姉妹みたいだねぇ〜」


「うん、かにょんお姉ちゃんだもんっ」


──沈黙。

愛生の笑顔がカチコチに固まる。


(えっ、私が妹? どう見ても私のほうが精神年齢上なんだけど!?)


……だが、口には出せない。

出せるのはただ一つ、完璧な“営業スマイル”だけだった。


「う、うんっ……お姉ちゃん……だね……(に、似合わねぇ……!)」


翌朝──

朝日が差し込む玄関に、元気120%の「かにょん」登場。


ハーフアップの髪に、どーんと主張の強い真っ赤なリボン。

そして、両手でしっかり通学カバンを抱え、

まるでアニメから飛び出してきたようなポーズで──


「愛生ちゃ〜ん、学校行くよ〜っ♪」


声のトーンは朝からハイテンションMAX。

(え、朝からこんなテンション出せる人間いるの?)

愛生は寝ぼけた目をこすりながら、

花音のリボンが太陽光を反射してキラッと光るのを眩しそうに見つめた。


「……ハーフアップに大きく真っ赤なリボン。

 うん、私には無理。」

(似合う以前に、出力が違う。朝からこの世界観は無理。)


そんな愛生の冷静な視線をよそに、

花音は鏡の前でぐるりと一回転、

スカートの裾をふわりと広げながら、

自分で自分に気合いを入れる。


「今日も〜、かにょん、頑張りますっ」


──その決めポーズの勢いで、カバンの中のペンケースがゴトッ。


「……が、頑張って、ね……」

愛生は小声で返しながら、

(朝から“自己応援アニメ”が展開されてる……)と心の中でツッコむのだった。

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