清楚な転校生、花音
玄関に向かう愛生と明宏。
「じゃあ行ってきまーす」と声をかけた瞬間——
「……え?」
リビングから現れた母が、
いつもと違う。
いや、明らかに違う。
髪はきっちり巻かれ、
服は春色ワンピ、
そして、ファンデ厚め。
「お、お母さん……どうしたの? その気合いの入りっぷり……」
と愛生。
「うふふ、今日は花音ちゃんの転校のご挨拶に行くのよ〜」
「え、ママが?」
「そうよ、花音ちゃんの保護者になるんだから当然でしょ?」
「ふ〜ん……そうなんだぁ……」
と、そこへ——
「おばさん、用意出来ました。」
姿を現した花音。
黒髪ロング、
スカートは膝丈ぴったり、
白いブラウスにきっちりネクタイ。
まるで「教科書に載せたい清楚」そのもの。
思わず、愛生はまじまじと見つめた。
(……な、なんか……清楚っぽいけど……なんか違う……)
横で明宏は「へぇ〜、転校初日からモデルみたいじゃん」と感心しているが、
愛生の眉間には小さなシワ。
(そうだ……わたし、“本物の清楚”知ってるんだった。
そう、あの里香の……あの清涼感、あれが清楚だ……!)
花音ちゃんの清楚は……なんかこう、
**「計算され尽くした清楚」**というか……
う〜ん、なんか違う。
でも……細かいこと気にしても仕方ない。
「気にしない、気にしない、愛生ちゃんはおおらかだから〜」
と、自分で自分をなだめる愛生だった。
横で母は最後の口紅チェックを鏡で確認中。
明宏は「ママ、学校に婚活しに行くの?」とボソッと呟き、
愛生は無言で弟の脇腹をつねった。
——こうして、愛生の朝は、
清楚と化粧とモヤモヤに包まれて始まったのだった。
母と花音はすでに車で出発。
残された愛生と明宏は、のんびりバス通学。
バス停には、いつもの顔——里香がいた。
「おはよ、愛生!」
「おはよ、里香!」
バスが来て、2人並んで乗車。
窓際の席に座ると、
「そういえばさ〜」と愛生が切り出す。
「うちね、従姉妹が一緒に住むことになって、同じ学校に通うことになったの」
「えっ!? なにそれ、新キャラ登場、転校生!?」
食いつきMAXの里香。
「まだ言ってないのにそのテンション!」と笑う愛生。
すると、途中のバス停でバスが停まり、
「おはよ〜」と穂乃花が乗ってきた。
「おはよ、穂乃花ちゃん!」
「おはよ、愛生ちゃん、里香ちゃん」
3人並んで座席に詰めて座る。
「でね、今話してたんだけど」
と里香がすかさず話題を継ぐ。
「愛生ちゃんの家に、従姉妹が住んで同じ学校に通うんだって!」
「えっ!? ほんと? なんかドラマみたい、転校生なの!」
「そうなの。名前は花咲花音ちゃん。見た目は清楚なんだけど……う〜ん……ぶりっ子かなぁ〜」
「おおっ!出た、“ぶりっ子”ワード!」と里香がニヤリ。
「面白がっちゃダメだよ〜」と穂乃花、即ツッコミ。
「だって気になるじゃん。どんな感じのぶりっ子?」
「えっとね、自分のことを“かにょん”って言うの」
「ぷっ……な、何それ!?かわいいから許してとか言いそう!!」
「でしょ!?しかもお兄ちゃんには“かにょん、お手伝いする〜♡”とか言うのに、私には塩対応!」
「うわぁ、それは強キャラ確定だわ」
「だから、面白がるのやめようよぉ〜」と穂乃花、再び制止。
バスの中では
愛生がぷんぷん、
里香がワクワク、
穂乃花がハラハラ。
その様子を見ていた明宏は、
(朝から女子トークすげぇ……)と窓の外を見つめていた。
「ま、どんな子か今日見ればわかると思うよ」
「うん……“かにょん”登場、楽しみだね♪」
「だから面白がらないのっ!」
その頃、校長室での挨拶を終えた、花音と愛生の母。
校長、副校長、そして担任の先生にぺこりと一礼。
「では花音ちゃん、さっそくクラスに行きましょうね」
「はいっ」
清楚スマイルで返す花音。
(その笑顔の破壊力、もはや国宝級──!)
一方そのころ、穂乃花たちの教室──
最後尾の席で、魂が抜けたような少年がひとり。
彼の名は武士。
昨日、彼は悲劇に見舞われた。
穂乃花姫の隣の席から、
「転校生受け入れのため」との理由で
姫の真後ろの席に移動させられたのだ!
「姫の隣を奪われるとは無念……」
机に突っ伏し、ポツリとつぶやく武士。
──が、次の瞬間、
(待てよ? 姫の後ろって……ガン見し放題ポジじゃね?)
脳内でピカーンと光が走る。
「しかも……ふわっと香るこの甘いシャンプーの香り……」
ズズッ……クンクン……
(……姫の香り、たまらん……)
完全に変態じみた顔で、穂乃花の背後で“空気吸引活動”をする武士。
その前の席の穂乃花は、
(なんか……背中がゾワゾワする……)と眉をひそめる。
そして不安げに心の中でつぶやいた。
「私の隣に来る転校生って、まさか……愛生ちゃんの従姉妹の子かな?
愛生ちゃん、“ちょっと難しそうな子”って言ってたし……だ、大丈夫かなぁ」
──その後ろで、鼻をすする音が聞こえる。
ズズッ……スーハー……
(……いや、今の“難しそう”ってのはこっちの席の人の方かも……)
穂乃花は静かに、ため息をついた。
チャイムが鳴り終わると同時に、担任の先生が教壇に立った。
「えー、みんな昨日話した通り、今日から新しいお友達がクラスに加わります」
教室がざわめく。
(ついに来たか…! どんな子だ?)
(また転校生? 去年もいたよね~)
(どうせ地味系でしょ?)
などと自由な憶測が飛び交う中、先生が扉の方を向いて言った。
「では──花咲さん、入ってきて下さい」
ガラガラガラ……。
静寂。
その瞬間、教室の空気が変わった。
黒髪ロングのストレートが、窓から差し込む朝日を反射してきらり。
ゆっくりと入ってきた少女は、どこからどう見ても
絵に描いたような清楚系美少女。
(……っ!)
前列の男子、息止まる。
(マジで天使降臨した……)
中列の男子、目がハート。
(……いや、これ絶対アニメキャラ実写化成功例だろ)
最後列の武士──
……穂乃花の髪の香りを嗅ぐのに夢中で気づかない。
担任の先生が優しく促す。
「花咲さん、自己紹介をお願いします」
花音は軽く頷き、黒板の前に立つ。
背筋をピンと伸ばして、上品な声で言った。
「はい。私の名前は、花咲花音です。
両親の海外転勤をきっかけに、田園調布から横浜の叔母の家にお世話になることになりました。
皆さん、仲良くしてくださると嬉しいです。
どうぞよろしくお願いいたします」
深々とお辞儀。
その礼の美しさに、クラスが一瞬ざわ……。
顔を上げた花音が、柔らかく微笑む。
まるで光のエフェクトが出たかのように、男子たちの心にズキュゥゥン
「か、かわい……」
「天使……」
「これが“田園調布ブランド”…!」
男子生徒たちのため息が教室に連鎖する。
──そのとき。
ひとりの男子が勇気を振り絞り、手を上げた。
「あのっ! 花音さんの……し、趣味は何ですかっ!?」
どっと沸く教室。
「おいおい、早すぎだろ!」
「ナイス!もっと聞け!」
花音は首を少しかしげ、穏やかに答えた。
「私の趣味は……活け花と、お琴を少したしなみますわ」
……その瞬間、教室に走る衝撃。
(い、今“たしなみますわ”って言った!?)
(マジもんのお嬢様だコレ!)
(お琴て!お琴て!)
机を叩いて感動する男子数名。
感嘆のため息を漏らす女子もチラホラ。
──そんな中、穂乃花は思った。
(……この子が愛生ちゃんの従姉妹ね、品の良いお嬢様って感じで普通の子に見えるけど……)
その後ろではまだ、
「スゥゥ……ハァァ……穂乃花の香り、安定の朝ブレンド……」
と鼻を鳴らす武士の姿があった。
「それでは──花咲さんは桜井さんの隣の席に座って下さい」
担任の先生の一言で、教室の空気がピンと張りつめた。
(おぉ……穂乃花の隣か……!)
男子たちの小声歓声が教室のあちこちで弾ける。
花音は「はい」と軽く会釈しながら、優雅に歩き出した。
スカートの裾がふわりと揺れるたび、男子たちの視線が一斉に吸い寄せられる。
その足取りは、まるで廊下がレッドカーペットに変わったかのようだった。
ドキドキの穂乃花。
(わ、私の隣に……!? ど、どうしよう……!)
やがて花音は穂乃花の横に立ち、にこやかに微笑んだ。
完璧な45度スマイルで。
「私、花咲花音です。よろしくね」
余裕の笑みを見せる
「あっ、えっと……私、桜井穂乃花です。花音ちゃん、よろしくね!」
慌てて頭を下げる穂乃花。
すると花音が小首をかしげ、ふわりと髪を揺らした。
「まぁ、穂乃花さんっておっしゃるのね。
私と同じ“花”が入るお名前で、とっても素敵ですわ」
……その瞬間、穂乃花の頭の中が「???」で埋まる。
(“おっしゃる”!? “ですわ”!?!? しゃ、喋り方が上品すぎる……!)
愛生ちゃんの言ってた“ぶりっ子”どころか、もはや貴族。
初手からこのお嬢様オーラ、眩しすぎる。
しかし──
そのすぐ後ろでは、別の意味で衝撃を受けている男がいた。
そう、臭いフェチ・武士である。
(……む? この香り……このフローラルでちょっと甘いシャンプーの匂い……)
鼻をひくひくさせた瞬間、電撃が走る。
(ま、間違いない……! あのアホキャラ・愛生と同じ匂いだぁぁぁ!?)
まさかの同系統フレグランスに、武士の顔が歪む。
穂乃花の香りは至高。
愛生の香りは……天然。
なのに花音は、その中間に位置する“高貴な愛生臭”。
(くっ、脳が混乱する……!!)
武士は机に突っ伏しながら、心の中で絶叫していた。
──そんな後ろの惨状など知る由もなく、
花音はにっこりと穂乃花に微笑み、
「これから仲良くしましょうね」と優雅に囁いた。
穂乃花はただ頷くことしかできなかった。
チャイムが鳴り、昼休み。
愛生と里香は、いつものように穂乃花のクラスへ向かう。
「穂乃花ちゃ〜ん、お昼ごはん食べよ〜!」
勢いよくドアを開けた愛生。
すると──
穂乃花の隣に、見慣れた顔がちょこんと座っていた。
……花音。
愛生「(な、なんでここに花音ちゃんがいるの!?)」
花音「(えっ……愛生ちゃん!? な、なんでここに!?)」
お互いに目が合ったまま、硬直。
教室の空気が一瞬で凍る。
昼休みのざわめきが、まるでスローモーションのように遠のいていく。
(ど、どうしよう……家でも「うん」しか言ってくれないのに、
ここで声掛けて無反応だったら、めちゃくちゃ気まずい……)
愛生の脳内、緊急会議開催中。
(な、なんで隣の席の子が、愛生ちゃんの友達なの!?
ま、まだまともに話したこともないのに……!)
花音も花音で、焦りながら完璧スマイルの準備中。
――そんな沈黙をぶち壊すのがこの人。
好奇心の化身、里香である。
「この子がもしかして、かにょ──」
「ダメっ!!」
穂乃花が瞬間移動の勢いで里香の口を塞ぐ!
(あっぶなっ! 花音ちゃんのあの痛々しいあだ名、言わせるところだった!)
穂乃花は笑顔を張り付けながら、即座にフォロー。
「か、花音ちゃん! こっちは私のお友達の里香ちゃんと愛生ちゃん!
いつも一緒にお昼食べてるんだよ〜!」
愛生も負けじと“営業スマイル”発動。
「わぁ〜、花音ちゃん!もう穂乃花ちゃんと仲良しなんだね〜!すご〜い!」
(内心:うわぁぁぁぁ〜無理してる〜〜〜!!)
花音もすぐに反撃。
「は、はい。穂乃花さんとお隣になりまして、
いろいろと……お話しさせていただいておりましたの」
完璧な敬語スマイル。お嬢様すぎて逆に怖い。
(家で“うん”しか言わない子、どこ行ったの!?)
愛生の頬がひきつる。
穂乃花は必死に空気を繋ぐ。
「そ、そうなの!花音ちゃんすごく丁寧でね〜!えへへ……」
一方、里香は興味津々で花音を観察中。
「(なるほど……あれが“ぶりっ子疑惑の従姉妹”ね。想像以上に……強キャラだわ)」
と目を細めていた。
こうして、教室の片隅で繰り広げられる
“笑顔の裏で神経戦”という名の昼食タイムが幕を開けたのであった。
昼休みの教室。
4人は机をくっつけ、向かい合ってお弁当タイム。
「いただきま〜す!」
と元気よくフタを開けた愛生と花音。
……中身、完全一致。
白米、玉子焼き、タコさんウインナー、ミニハンバーグ、ブロッコリー。
「わっ!やっぱり同じお弁当だ〜!」
と里香が嬉しそうに声を上げる。
ピクッ……。
花音の眉が一瞬だけ反応。
(も、もしや……愛生ちゃん、すでに私のことをクラスで話してる?)
花音の心に微妙な緊張が走る。
しかし、そんな花音の焦りなど露知らず、
愛生はタコさんウインナーをフォークで串刺しにしながら朗らかに言った。
「花音ちゃんは私の従姉妹でね、一緒に住んでるだ〜!」
――爆弾、投下。
「えぇ〜、そうなんだ〜!」
わざとらしい声で驚く穂乃花。
「花音ちゃんは愛生ちゃんの従姉妹だったんだね〜!びっくり〜!」
愛生はニコニコしながら、
「そうなの!花音ちゃん、ご両親が海外赴任になってね、
それでうちに来たんよ〜」
「ねぇねぇ花音ちゃん、どこから引っ越してきたの?」
とすかさず里香が質問。
花音は完璧スマイルで、背筋を伸ばして答える。
「私は田園調布から、愛生ちゃんのお宅にお世話になっておりますの」
「で、出たっ!田園調布!高級住宅街!」
とテンション上がる里香。
花音の所作はまさに“完璧”。
箸の持ち方は教本のように美しく、姿勢はまっすぐ、動作に一切の無駄なし。
箸の先から漂うのは“高貴なオーラ”──。
……その隣で、
ウインナーを頬張り、口いっぱいに「んまっ!」と叫ぶ愛生。
二人のコントラストがえぐい。
クラスの他の女子まで思わず見比べてしまうレベルだった。
だが、ここで事件は起きた。
「んぐ……そういえばさ、花音ちゃんの実家って東京だけど、町田じゃなかったっけ?」
──沈黙。
(ああああああ!? やめて愛生ちゃん、それ今言っちゃダメなやつぅぅぅっ!!)
花音の心臓がドクンと跳ねる。
「えっ?」と穂乃花と里香が同時に振り向く。
愛生はちょっと考えて、指をポンと立てた。
「……あ、そうだそうだ!町田って東京都じゃなくて神奈川県だったね!」
その瞬間、3人から突っ込みが飛んだ。
「いや、町田は東京だよ!?」
「バカなの!?」
「地理弱すぎですわ!」
愛生「えへへ〜間違えちゃった〜」と照れ笑い。
一方その頃、花音の脳内では
「(よ、よかったぁぁぁ……!愛生ちゃんがアホで助かった……!
危うく“田園調布詐欺”がバレるところだったわ……!)」
と安堵の涙を流す花音であった。
その横で、愛生はまだタコさんウインナーを頬張っていた。
「ねぇこれ見て〜!今日はタコが4本足だ〜!」
──お嬢様、命拾い。
昼休みの教室には、笑い声とタコウインナーの香りが広がっていた。




