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うちの愛生ちゃん  作者: 横溝 啓介
1年2学期
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かわいいライバルがやって来た。

リビングのテーブルに、

母、圭介、愛生、明宏が整列。

テーブルの上には、さっき買ったお土産の“かろやかハンバーグの袋”がまだ置かれたままだ。


空気、やや重め。

明宏、腕を組みながら心の中で呟く。

(なんか嫌な予感しかしない…)


母が一息ついて切り出した。


「みんな、私の妹——つまり、みんなにとって叔母の花咲智恵子と花音ちゃんは知ってるよね?」


「ちえおばさんと従姉妹でしょ?知ってるよ」

と愛生と明宏が声をそろえる。


「俺はよく行ってたから、叔母さんとは顔なじみだよ」

と圭介。


母は満足げに頷く。

「そうね。圭ちゃんは“偵察部隊”だったものね」


「へっ?今なんて?」

と圭介。


「なんでもないわ♡」と母、軽くスルー。


「実はね、花音ちゃんのパパとママ、海外転勤になったの」


「へぇ〜、どこに?」

「ヨーロッパよ」


「うわ〜、いいなぁ」

「俺も釣り竿持って行きたい」

「明宏、それ釣り遠征じゃないから」


母は続ける。


「本当は花音ちゃんも連れて行くつもりだったんだけど、本人の強い希望で日本に残ることになったの」


「で?」と愛生が眉をひそめる。

「なんでウチにいるの?」


母、あっさり。


「花音ちゃん、一緒に住むことになったのよ♡」


「えぇぇぇぇっ!?」

リビングに愛生と明宏の叫びが響いた。


一方、圭介は落ち着いていた。

「まぁ…叔父さんと叔母さんには世話になってたしな」


(そう、祖父の遺産相続のとき、大きな恩があったのだ)

そのため、愛生も明宏も“強く出られない”のである。


「それで、花音ちゃんはいつから住むの?」


「今日から♪」


「きょ、今日!?」

愛生、思わず椅子から立ち上がる。


「愛生ちゃんも明ちゃんも、仲良くしてね」

と母。


愛生は半ばあきらめ顔で微笑む。

「花音ちゃん、よろしくね」


花音はコクリとうなずき、

——が、次の瞬間、視線が圭介へ。


「お兄ちゃん、お休みは色んなところに連れてってね!」


「もちろんだよ、今度のお休みはお出かけしような」

圭介が笑顔で答えると、花音の目がキラッキラに輝く。


(そのテンション…明宏の初バスより高い)


一方、愛生は引きつった笑顔。

(なんかお兄ちゃんには愛想いいのね…)


母は続ける。


「花音ちゃんは愛生ちゃんと同い年だから、愛生ちゃんの学校に転校することになったの。しっかりサポートしてあげてね」


「は〜い……」

愛生、棒読み。


明宏は腕を組み、そっぽを向きながら一言。

「釣りに支障なければ、どうでもいい」


(いや、ある意味いちばん現実的)


こうして突然始まった、花音ちゃん同居ライフ。

母の思惑、兄の戸惑い、妹の複雑な感情、

そして本人だけが微妙にゴキゲン。


——波乱の幕開けを、夜風がやさしく運んでいた。




私の名前は——

市川愛生いちかわ・あおい


明るくて、元気で、ちょっぴり天然って言われるけど、

まあ、それは“チャームポイント”ってやつ?


自分で言うのもなんだけど、

顔もそこそこ整ってて、鏡を見るたびに

「今日もイケてるじゃん私」って思っちゃう。


——うん、普通に超可愛い女子高生だと思う。

(※ここテストに出ます)


学校では、廊下を歩けば男子がチラッとこっちを見るし、

後ろを歩けば「愛生ちゃん今日も明るいね〜」なんて言われる。

つまり、愛生ちゃん=モテモテ説はかなり信憑性が高いのだ。


……だったのに。


そんな私のキラキラでキュンキュンなJK生活に、

ある日、突如として同居人が現れた。


その名も、花咲花音はなさき・かのんちゃん。


私の従姉妹で、

私よりちょっと背が低くて、

ちょっとおっとりしてて、

そして——なんか、やたら可愛い。

(※でも私のほうが可愛い。ここ重要)


ただ、彼女……

私にはやたら無愛想なくせに、

お兄ちゃんには満面の笑顔!


お兄ちゃんが「おはよう」って言うと、

花音ちゃん「おはよっ」って返すのに、

私が「おはよ」って言うと、

「……うん」って一拍遅れる。


なにその温度差!?


まあ、お兄ちゃんが小さい頃から

叔父さんたちの家に行ってたし、

仲良しなのは分かるけどさぁ……

正直、なんかモヤモヤするんだよね。


——でも、これから一緒に暮らすんだし、

仲良くしなきゃダメだよね。


そう、私はお姉ちゃん的立場だし、

大人にならなきゃ。


……でも、もしまたお兄ちゃんに

“花音スマイル”向けたら……


(ちょっとだけムッとするかも)


——そう、これが私、

市川愛生の朝のモヤモヤスタート。


今日も一日、頑張りますっ


2階の自室から、まだ寝ぼけ眼の愛生が

ふわぁ〜っと大きなあくびをしながら階段を降りる。


「ふぁぁ……ねむ……。お兄ちゃん、朝ごはん作ってるかな〜」


寝癖をちょこっと直しながらリビングのドアを開けると——


「…………あれ?」


そこにいたのは、すでに起きていた花音ちゃん。

でも、ただ起きてるだけじゃない。


愛生はその姿を見て、固まった。


ピンク色のパジャマ。

胸のところには大きく描かれた、ふわふわ羊さんのキャラ。


——そう、「ピノノちゃん」。

しかも愛生と全くお揃い。


「えっ!? ちょっ……えぇぇぇぇ!?」


愛生が驚いて声をあげると、

同じタイミングで花音ちゃんも「えっ!?」とビックリ。


2人、鏡写しみたいに指をさし合う。


(な、なんで私と同じパジャマ着てるの!?)


(そ、そっちこそ、なんで……!?)


一瞬の静寂。


そして、気まず〜い空気がリビングを包む。


……え、これどうしたらいいの?


——って顔で、愛生はとりあえず笑顔を貼り付ける。


(なんでお揃いなの……まさか偶然……? いや、待って……)


愛生の脳内で記憶のリールが巻き戻る。


そう、このパジャマは——


「お兄ちゃんからのクリスマスプレゼント」


(……てことは……

お兄ちゃん……2着買ったってこと!?)


パチン!と脳内でスイッチが入る。


(私だけのプレゼントだと思ってたのにぃ〜〜〜っ!!)


ムッと頬をふくらませた瞬間


ちょうどいいタイミングで、

エプロン姿の圭介がキッチンから登場。


フライパン片手にニコニコ。


「お、なんかお揃いだな、可愛いじゃん」


——その一言で、

愛生の中の“怒りゲージ”がMAXに達した。


「お・そ・ろ・い♡……だってぇ!?(怒)」

笑顔のまま、こめかみピクピク。


花音ちゃんは固まって、

圭介は何が起きたか分からずキョトン顔。


こうして朝のリビングは、

愛生の“ピンクの嵐”に包まれたのだった——


——ピンクのパジャマが2人。

——どっちも「ピノノちゃん」。

——空気、完全に凍ってる。


「ハ、ハハハハ……?」

圭介はひきつった笑顔でごまかす。


(やっべえええええ!!あれ、確か……面倒だから2着まとめて買ったんだった!!)


頭の中で、過去の自分が笑ってる。

「まあ同じサイズでいっか〜」って。

……いっか、じゃねぇえええ!!


(どうする、どうする、言えねぇ……

“面倒だから同じの買った”なんて死んでも言えねぇ!!)


焦りに焦った圭介、脳がフル回転。

そして——


「そ、そう!実はね、花音ちゃんもピノノちゃん大好きなんだよ〜!

だから、たまたま同じのをプレゼントしちゃったんだよね〜ハハハハ!」


乾いた笑いがリビングに響く。

明らかに嘘っぽい。

愛生の目がジト目に変わる。


「ふ〜ん……たまたま、ねぇ?」


(ひぃっ……そのトーン怖い……)


すると花音が、ちょこんと手を上げて言った。


「かにょんね、お兄ちゃんからもらったピノノちゃんだ〜いすきだよ♡」


愛生「かにょん(な、なにそれ、か・にょ・ん!? ぶりっ子か!?)」

心の中でブチッと音がしたが、

愛生はぐっと堪える。


(落ち着け愛生……ここで爆発したら“嫉妬深い女”みたいになる……!)


ホッペに指を当てて首を傾げる花音。

そのポーズがもう完璧に「ぶりっ子の教科書」どおり。


(うっわぁ〜〜〜!! なんでそんな仕草覚えたのよぉ〜!!)

心の中で大絶叫の愛生。


しかし、表情は……満面の笑顔。


「お揃いのパジャマ、愛生ちゃんは嬉しいぞっ!

花音ちゃん、仲良くなれそうだねっ♡」


言葉とは裏腹に、笑顔がちょっと引きつってる。

それでも、愛生の“姉の威厳”がギリギリ保たれている。


花音は一瞬ポカンとした後、

「……うん……」と小さく頷いた。


その瞬間、圭介は安堵のため息をつく。


「よ、良かった……(地雷処理完了……!)」


こうして、

ピンクのパジャマに包まれたリビングには、

嵐の前の静けさが戻ったのだった——。


気まず〜いお揃いパジャマタイムのあと、

圭介がそっと立ち上がる。


「じゃ、じゃあ……俺、朝食作らなきゃだから」

逃げるようにキッチン方向へスタスタスタ。


完全に退避行動。

この兄、修羅場センサーが敏感すぎる。


だがその背中に、可憐な声が飛んだ。


「かにょんも〜、お手伝いする〜♡」


圭介、ピタッと動きが止まる。

振り向けば、そこには——


上目遣い+ウルウル瞳+両手を胸の前でキュッ


もう、絵に描いたような「お願いポーズ」。


(……こ、これは……!)

圭介の理性ゲージがみるみる減っていく。


一方、愛生の目がギラリと光る。


(チビのくせに……その可愛さを武器にするとは……!!)


愛生の脳内で「かにょん=手強い」の烙印が押された。

しかも低身長ゆえの上目遣い角度が完璧。


(くっ……角度30度、瞳ウルウル率120%……これは無敵っ……!)


愛生「……(あれ、完全に“可愛いは正義”の世界じゃん……)」


圭介はもうデレデレ。

「そ、そうか、じゃあ……お願いしようかな〜」


「うんっ♡ がんばるっ!」

と満面の笑顔でキッチンへ駆けていく花音。


(ああっ……あの背中、完璧に“いい子”アピール……!)

愛生の心の中のナレーションが止まらない。


(まずい……この子、

単なる“チビ”じゃなくて……“計算チビ”だ……っ!!)


リビングには、

“兄に懐くウルウル花音”と“警戒モードMAXな愛生”の

火花が静かに散っていた——


朝のリビングは平和……に見えた。

だがキッチンから聞こえてくるのは——


「キャッ♡ あ、タマゴ割れちゃった〜! えへへ♡」

「ハハ、花音ちゃん上手だよ。殻ひとつも入ってないし」


……キャピキャピ音、全開。


リビングのソファでトーストをかじる愛生の目が、

まるでバス釣りでボイルを見つけた時のように鋭く光る。


(……うっさい……。なんだそのキャピキャピ音は……)


聞けば聞くほど、なぜかムカムカ。

もはやこれは“朝の癒し”ではなく“朝の試練”。


すると母がキッチンに現れる。

「まぁ〜、花音ちゃんもお手伝いしてくれるの? 偉いわね〜」


褒められた花音は——

一度うつむいて、恥ずかしそうに顔を上げて、

にっこり微笑む。


まぶしい……!

まるで朝日よりもキラキラ。


「ホント、花音ちゃんはいい子ねぇ〜〜♡」

母の声がとろけるように響く。


横で圭介も「うんうん」って頷いてる。

(お兄ちゃん、どんだけデレ顔してんのよっ)


愛生、静かに震える。

「ムキ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」(※心の声)


(な、なんでこんなに腹立つのよ……!

私はお姉ちゃん……落ち着くのよ愛生……冷静に……冷静に……)


“お姉ちゃんモード”ON。

背筋を伸ばし、上品な笑顔をつくる。


(花音ちゃんの面倒は、わたしがみるのよ……)


——※ただし、年齢は同じ。


“同い年お姉ちゃん”という

ねじれた姉ポジションに突入する愛生だった。

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