里香はツンデレ
読んで下さる皆様、心より感謝致します。
ゆっくりと物語を進めますので、気長にお付き合い頂ければ幸いです。
エリアフィッシングの翌週のこと。
圭介は自分の部屋で、こっそりと可愛らしい動物系の、ほのぼのとした——妹に知られたら絶対に恥ずかしいアニメを(ミニミニアニマル)を観ていた。
ガチャッ。
突然ドアが開く。
「ちょっと! いきなり入らないでって何度も言ってるだろ。ノックくらいしろ!」
思わず慌てて画面を隠しながら、圭介は愛生を叱る。
しかし、肝心の妹はまるで気にしていない。
「そんなことより、お兄ちゃん、可愛い帽子買ってくれるんでしょ」
「……おい、人の話を聞けよ」
苦笑しつつも、圭介は答える。
「もちろん。約束したから買ってあげるよ」
「それとね、今ちょうど私の大好きなアニメ映画が上映中なんだよ。観たいな〜」
期待に満ちた目で圭介を見上げる。
(……まあ、映画くらいおごってやってもいいか)と圭介は軽く考える。
「わかった。帽子と映画、両方だな」
「やった! じゃあ土曜日、部活終わったら夕方に高校近くのショッピングモールで待ち合
わせしよ」
「……ああ」
画面に残ったアニメの愛らしいキャラクターたちを思い出しつつ、どこか居心地悪そうにしながらも、圭介は返事をした。
土曜日の午後。
待ち合わせ場所、愛生の通う高校近くのショッピングモール北門で圭介は立っていた。
そこに、制服姿の愛生が友人を連れてやって来る。
「お兄ちゃん!」
手を振る愛生の隣には、黒髪ショートで落ち着いた雰囲気の少女がいた。
「里香ちゃん?」
「……お久しぶり、圭介くん」
里香は愛生の幼なじみで同じ高校に通う同級生だ。
そして何故か昔から圭介くんと呼ぶ
里香の淡々とした声。表情はほとんど変わらないが、わずかに目だけが柔らかく揺れる。
しかしその直後、愛生の腕を掴んで小声で言った。
「なんでいちいち“お兄ちゃん”呼びなの。恥ずかしくないの?」
「え〜? だってお兄ちゃんはお兄ちゃんだもん」
即答する愛生に、里香は小さくため息をつく。
(……やっぱりちょっと羨ましい)
圭介はそんな2人を見て苦笑しながら挨拶を続ける。
「里香ちゃんも映画一緒に観るの?」
「愛生に誘れたから、仕方なく」
ぷい、と顔を背ける里香。
その耳がほんのり赤いのを見て、圭介は思わず (……可愛い) と心の中でニヤけてしまう。
圭介は3人分のチケットを購入し、愛生と里香に渡した。
「わ〜い!」と素直に喜ぶ愛生。
一方、里香は真顔でチケットを受け取る。
「……ありがとう」
その一瞬、目がきらりと輝いたのを圭介は見逃さなかった。
(お、やっぱり楽しみにしてるな)
席へ向かおうとした時、里香が小さく呟いた。
「映画には……ポップコーンでしょ」
真顔のまま売店へ歩いていく。
その後ろ姿を見送りながら、圭介はふと隣の愛生に尋ねた。
「愛生ちゃんはポップコーン食べないの?」
すると愛生は首を振って、にこっと笑う。
「私はいい。だってディナー食べれなくなっちゃうもん」
「……ディナー?」
圭介は一瞬固まった。
映画と帽子だけのつもりで来ていたのに、自然な流れで“夕食”まで奢らされそうな気配に、心の中で小さくため息をついた。
(……ま、妹だし仕方ないか。でもディナーって言い方、なんか不穏だな)
ちょうどその時、両手いっぱいにポップコーンとコーラを抱えて笑顔で戻ってくる里香。
しかし圭介と目が合った瞬間、ハッとしたように真顔になり、少し恥ずかしそうに視線をそらした。
その照れ隠しが逆に可愛らしく見えて、思わず圭介の口元がゆるむ。
(……こういうとこ、可愛いいな)と心の中でややデレる。
すかさず隣の愛生が冷ややかな視線を送り、ぼそりとひと言。
「……キモい」
兄のデレ顔にあきれ顔の妹、そして耳まで赤くなって真顔を崩さない里香。
微妙に噛み合わない三人の空気が、そのまま映画館の席へと流れていった。
友人を前に兄の隣は恥ずかしいのか、いつもなら当然のように圭介の隣に座る愛生だったが、今日は里香が座っていた。
やがて上映が始まる。
スクリーンに広がる世界は想像以上にシリアスな展開で、場内の空気も少し張り詰める。
だが、時折差し込まれる2Dアイドルたちの華やかな歌と踊りのシーンでは、観客のボルテージが一気に跳ね上がった。
「わぁーっ!」 と愛生は持参したサイリウムを勢いよく振り、笑顔ではしゃいでいる。
その隣で、里香もカバンからサイリウムを取り出しかけた。
だが、ふと横にいる圭介と目が合ってしまい――慌ててスッとカバンにしまい込む。
(あ……気付かなかったフリしてやればよかった……)
圭介は一瞬気まずそうに顔をそらし、居心地悪そうにスクリーンへ視線を戻した。
そんな時、物語が暗く緊迫したシーンに切り替わる。
スクリーンから響く重苦しい音楽、急に現れる不気味な影。
「キャッ!」
里香が小さく悲鳴をあげ、思わず圭介の腕をギュッと掴んだ。
「うわっ」
里香の胸が当たる突然の接触に圭介の心臓が飛び跳ねる。ビックリ、そしてほんの少し
ドキリ。
しかし、次の瞬間――里香はハッと我に返り、パッと圭介の腕を放すと、何事もなかったように愛生の腕へと乗り換えた。
(……やっぱり愛生の腕、だよね……)
心の中でしょんぼりする圭介。
スクリーンのアイドルたちは再び輝かしく歌い踊っていたが、圭介の胸の中は妙に静かで、ほんの少しだけ切なかった。
映画鑑賞を終え、場内が明るくなる。
「映画、面白かったね〜!」 と愛生が弾んだ声を上げる。
「うん、なかなか良かった」 里香は相変わらずの真顔。
「クミが可愛くてさぁ〜!歌も最高で、めっちゃ盛り上がったね!」
愛生は手振りまで交えて熱弁する。
「……クミは、セリフは声優さんの声で、歌は合成音声だった。その比率のバランスが絶妙で……」と、真顔で分析を始める里香。
「そうだね〜。あ、リナもすっごく可愛かった〜!」
愛生は全く気にせず、次のアイドル談義に突入する。
(この2人……全然会話が噛み合ってないのに、なんでこんなに仲良しなんだ?)
圭介は心の中で苦笑しながら、2人のやり取りを眺めていた。
「じゃあ、帽子を買いに行くか」 圭介が言うと、愛生は 「うん!」 と答えながら、
モールの別の方向へ歩き出した。
「あれ、アウトドアショップは反対じゃ―」と戸惑う圭介。
そのまま着いたのは、アニメ『ミニミニアニマル』専門ショップだった。
入口の看板には、ゆるふわな動物キャラたちが並び、独特の可愛い世界観が広がっている。
「……ここ?」 圭介は気まずそうに立ち止まる。
入店するとすぐに、店員がにこやかに声を掛けてきた。
「いらっしゃいませ! 本日も妹さんへのプレゼントですか?」
「――っ!」
圭介の表情が一瞬で固まる。
(やめてくれ……大の男がミニミニアニマルショップに通ってるなんて、愛生と里香にバレたら恥ずかしすぎる……!)
「はい、はーい! 私が妹でーす」
愛生がすかさず手を挙げて満面の笑みを浮かべる。
「それはそれは。今日は妹さんをお連れなんですね!」
店員はさらに嬉しそうに微笑む。
(ふふ、お兄ちゃんの部屋で見つけたんだよね。引き出しの中とか、ベッドの下とかにミニミニアニマルのグッズ……。こっそり隠してるつもりでもバレバレなんだから)
愛生は心の中でいたずらっぽく笑っていた。
一方、里香は相変わらず無表情で圭介をじっと見つめている。
その視線がなんとも言えず圭介を追い詰めていた。
「……別に。男の人が可愛いもの好きでも、変じゃないと思うけど」
ぽつりと呟く里香。
「え?」 思わず顔を上げる圭介。
「里香ちゃん、フォロー入れてくれたんだね。優しいな」
圭介は少し照れながらも笑顔で言う。
「べ、別に……一般論を言っただけだし。圭介くんのために言ったわけじゃないから」
里香はそっぽを向き、耳まで赤くしながら冷たい調子で返す。
ツンとした態度とは裏腹に、どこか優しさがにじみ出ている。
(……やっぱり気持ち悪がられてるわけじゃないんだな)
圭介は、胸の奥がふわりと軽くなるのを感じながら、つい頬を緩めデレてしまう。
「……キモ」
真顔に戻った里香はさらに冷たい一言を投げつける。
(やっぱりこうなるのね) と圭介は染み染み思った。
ミニミニアニマルショップには、可愛い帽子やぬいぐるみなど、愛らしい商品がズラリと並んでいた。
愛生は早速、くまさん帽子を手に取り、鏡の前で被ってみせる。
「どう? くまさん、可愛いかな?」
「うん」 短く答える里香。
続いて、うさぎさん帽子を被る。
「じゃあ、これは? うさぎさん、可愛い?」
「うん」 やっぱり短い返事。表情はほとんど変わらない。
「じゃあ、大本命! ピンクのひつじさん帽子!」
愛生は嬉しそうに被り、くるっと回ってみせた。
「うん、うん……」
その瞬間だけ、里香の目がほんのり輝く。
「……お?」 と気付いた圭介。
(やっぱり里香ちゃん、愛生の好み解ってるなぁ)
ピンク大好きな愛生は得意げに笑い、
「やっぱり、これが一番でしょ〜」と満足げ。
(またピンクかよ……) と圭介は内心呆れてしまう。
「じゃあ、ピンクのひつじさん帽子に決定かな」 圭介はそう言いつつ、
(……でもこれ、釣り場で被ったらスゲー目立つんじゃ…)と内心で頭を抱える。
すると愛生が、にっこり笑いながら里香へ向き直る。
「里香も帽子買うでしょ?」
「私はいい。帽子もタックルも、必要なものは全部持ってるから」
真顔で即答する里香。
「……えっ?」 圭介は思わず声が漏れる。
(タックルも全部? 釣り具一式持ってるって……どういうこと!? 高校生なのに!?)
圭介の困惑をよそに、愛生は笑顔で説明する。
「私と里香と、もう1人の子でね、鱒釣り部を作ったんだよ〜」
「うん、うん」 里香が頷く
「そんでね、お兄ちゃんはボランティアでお手伝いしてもらうから、顧問の先生から許可を
もらってるし」
「ちょっ……鱒釣り部?」 圭介は完全に理解が追いつかない。
「部活だから、当然自分のタックル一式は持ってる」
里香は真顔で当たり前のように言い放つ。
「……なんか、すごい世界だな」 圭介は苦笑しながらも、
(妹の周り、濃いキャラしかいない気がする……)と密かに頭を抱えるのだった。
帽子を購入したあと、特に誰が言い出した訳でもなく――気付けば3人はモール内の洋食店に入っていた。
「オムライスください!」と迷わず注文する愛生。
「ハンバーグで」真顔で答える里香。
圭介は (こういう時は、やっぱり定番だよな) と思いながら 「ナポリタンで」 と頼んだ。
料理が来るのを待つ間、何気ない会話になる。
「そういえばさ、里香ちゃんって釣り具一式持ってるって言ってたけど……本格的にやってる
の?」 と圭介。
「うん。小学生の頃からお父さんとエリアフィッシングに何度も行ってた。だから別に珍しくな
い」
あっさりと答える里香。
料理が運ばれてきた。
「わぁ〜美味しそう〜!」 愛生は目を輝かせる。
「……美味しそう」 里香も小さな声でぽつり。
圭介の前にも湯気の立つナポリタンが置かれ、懐かしい香りに自然と顔がほころんだ。
食べ始めてすぐ、里香が口を開く。
「ルアースプーンにはウォブリング系とローリング系があって……水の流れで動き方が変わ
るの」
「へぇ……(すごい、この子、俺より釣り知ってる)」 圭介は驚きを隠せない。
そんな2人のやり取りをよそに、愛生はオムライスを夢中でパクパク。
会話なんて耳に入っていないようだった。
その時、圭介の携帯が鳴る。
(あっ、しまった!母さんに夕食いらないって連絡忘れてた……)
「ごめん、母からだ。ちょっと席外すね」
席を立ち、母に二人と一緒に外食している旨を伝える。
戻ると、テーブルには山盛りポテト。
「……え、これ頼んだ?」圭介が目を丸くする。
「お兄ちゃんがいない間に来たんだよ〜」 嬉しそうにポテトをほおばる愛生。
「里香も食べる? 美味しいよ」 差し出す愛生。
「……じゃあ、ひとつだけ」 里香は素直に受け取る。
「お兄ちゃんも食べなよ。遠慮しちゃダメだからね!」
(いや……遠慮も何も、俺のおごりなんだけどなぁ) と心の中で突っ込む圭介。
そこへ、さらに追い打ち。
「デラックス・フルーツパフェお待たせしました〜」 と巨大なパフェが運ばれてきた。
「やったぁ! これが私のディナー!」 愛生は大はしゃぎ。
「ディナーじゃなくて、デザートでしょ……」 呆れる圭介。
「お家で食べられない特別な食べ物だからディナーなの!」
「食べ過ぎだって……母さんにまた叱られるぞ」 圭介が頭を抱えると、里香はその様子を
じっと見つめて――小さくつぶやいた。
「……羨ましい」
そんな里香の気持ちに圭介も愛生も気付く筈もなかった。