ネイティブブラウン編・第五話「明宏・戦国武将と愛生のゆるキャラ」
読んで下さる皆様、心より感謝致します。
ゆっくりと物語を進めますので、気長にお付き合い頂ければ幸いです。
朝霧がゆっくりと晴れていくと、
白いもやの隙間から、一筋の朝日が湖面に降り注いだ。
金色の光が水面を照らし、まるで天から降るカーテンのよう。
「……うわ、綺麗だ……」
圭介、釣り竿を持ったまま完全にフリーズ。
(ちょ、これ……尊い……!)
次の瞬間、はっと我に返る。
「あっ! 愛生に見せなきゃ!」
「愛生、あっち見て!」
圭介が指差した先に、光の筋がまるで天界の扉のように輝く。
「うわぁ〜……キレ〜〜!」
愛生の目がキラキラ。
2人、並んで湖面を見つめる。
「なんか心が洗われるね〜」
「うん……神様が釣れる気がしてきた」
(※ブラウンじゃない)
そんな神秘ムード全開の二人の後ろで──
「うりゃああっ! とりゃああっ!」
ズバッ、バシャンッ!!
空気を切る音と共に、ルアーが次々と湖に突き刺さる。
殺気が立ちのぼり、周囲の小魚が泡を立てて逃げるレベル。
「うおおおおっ、出ろブラウン! 逃げるなッ!」
明宏、完全に戦闘モード。
「……明くん、すごい殺気。ギラギラしてる……なんか怖いね」
愛生が小声でつぶやく。
「うん、あんなに真剣な明くん、なかなか見ないな……」
圭介も引き気味。
朝日が降り注ぐ湖畔で、
兄姉は癒やし系スローライフ、
明宏だけ戦国バサラ・釣り侍モード。
静寂と殺気が同居する、なんともカオスな芦ノ湖の朝であった。
数羽の鴨がスイスイと泳いでくる。
朝の芦ノ湖を優雅に漂うその姿──まるで絵画のよう。
……だったのだが。
明宏のルアーが「ブシュッ!」と水面を切った瞬間、
鴨たちの動きがピタッ。
(ピタリと静止)
次の瞬間、まるで「危険、あそこやべぇ」とでも言いたげに、
全員で方向転換!
バシャバシャッと羽音を立てて、明宏ゾーンから即・退避。
そして、愛生の近くでプカプカ……。
安全地帯をよくわかっている。
「かっわいい〜〜♡」
愛生、目をキラッキラにして大はしゃぎ。
一方で圭介はため息。
「……殺気立ち過ぎて、鴨も逃げてる。魚も逃げそう。こりゃダメだ。」
そして判断。
「明くん、愛生ちゃん。一息入れようか。」
「は〜いっ♪」
愛生は即答、笑顔満点。
「チェッ、仕方ないなぁ〜……」
明宏、やや不満顔ながらもしぶしぶ竿を置く。
圭介の背中のリュックには、
救急セット、水筒、そして昨日愛生が買ってきたお菓子がぎっしり。
まるで遠足。
3人は早川水門横の砂浜に座る。
圭介が水筒から紅茶を注ぎ、コップを手渡す。
「湖畔で食べるお菓子って、なんか格別に美味しいねぇ〜♪」
おばちゃんみたいなテンションの愛生。
「うん、時間がゆったり流れてく感じ、またいいよねぇ〜」
圭介もほっこりモード。
「……もう、なんなんだよこの二人。のんびりしすぎだって!」
明宏、呆れ半分あきらめ顔。
「明くん、せっかくの芦ノ湖なんだから、もっとのんびりしよ〜」
愛生がニコニコ。
「せっかくの芦ノ湖なんだから、1回でも多くキャストしたいんだよ!」
明宏、即反論。
圭介は紅茶をすすりながら苦笑。
「明くん、俺釣り下手だけどさぁ……
“釣りたい釣りたい”って気持ちが強すぎると、
殺気で魚逃げちゃうんじゃないかな〜。」
「うんうん、鴨さんだって明くん避けてたもん!」
愛生もすかさず追撃。
「……鴨は水面で俺が見えるけど、
魚は水中だから、関係ないと思うよ。」
明宏、理屈で反撃(やや苦しい)。
3人の笑い声が、静かな湖面に響く。
こうして“殺気のミノー侍”も、
束の間のティータイムで人間らしさを取り戻したのだった──。
釣り休憩を終え、3人は早川水門からハイキングコースを歩き、
次のステージ・**深良水門**へ突入!
明宏、再び闘志がメラメラと燃え上がる
(目の奥がギラリ。完全に戦闘モード)
一方その頃──
愛生もロッドを構え、
「え〜いっ♪」と可愛らしくミノーをキャスト。
チャポンと着水。
そして……
「シュッ、んしょ、巻き巻き、んしょ、巻き巻き〜♪」
身体を右へクルリ、左へクルリ、
まるで湖畔のピンク・ダンサー。
ピノノちゃん帽子とピンクのジャケットが太陽にきらめき、
まるでファッション誌の「湖畔アクティブ特集」状態。
圭介はその様子を見て、思わず口元が緩む。
(このド天然さ……癒されるわぁ〜)
兄、釣りを忘れてほっこり。
妹、釣りを忘れてダンス中。
そして明宏だけが真剣そのもの。
圭介も気を取り直してミノーをキャスト。
「トゥイッチ、トゥイッチ……」
(だが内心“どうせ釣れんだろ”と思っている)
──その時!
「うわぁ〜!なんかかかったぁ〜!」
愛生の叫びが芦ノ湖にこだまする。
バッと駆け寄る圭介と明宏!
竿がぐんにゃり曲がってる!
「すごいぞ愛生!」
「お、落ち着け!巻け巻け巻け!」
ドキドキのファイトの末……
水面に現れたのは、30センチほどのブラックバス!
「うわ〜!可愛い〜!つぶらな目ぇ〜!」
と、釣り上げた本人より喜ぶ愛生。
「愛生すげぇ!初バスだ!」
圭介、すぐさま兄バカモード全開で拍手パチパチパチ
その横で明宏、心の中で小声。
(……な、なんだ。バスか。ブラウンじゃなくてよかった……)
だが口元は引きつっている。
「よし、バスもちで記念撮影だ!」
テンションMAXの圭介。
芦ノ湖バックにパシャリ
深良水門バックにパシャリ
森バックにパシャリ
まるで“釣りじゃなく観光”状態。
愛生も嬉しそうにピース
「なんだよ……バス程度で、あのはしゃぎっぷり……」
明宏、眉間にシワを寄せながら後ろでモヤモヤ。
心の奥底から込み上げるのは
「羨ましさ」か「悔しさ」か、それとも「釣り神への嫉妬」か。
湖風が優しく吹く中、
彼の背中からだけ異様な殺気が再び立ち上るのだった。
「愛生、初バスおめでとう!」
と、口では笑顔で言ってみせた明宏。
だが、その笑顔の裏では──
心の奥に、黒いモヤモヤがグツグツ煮え立っていた。
(なんでだ……なんで俺じゃなくて愛生なんだ……)
明宏の脳内では、釣り人の理性と感情が真っ向からぶつかり合っている。
(よ、よし……ルアーマンとして、後輩の釣果を称えなきゃ……)
「すごいな愛生、ちゃんとアクション効いてたんだな!」
と言いながらも、声がワントーン高く裏返っている。
(くそっ……なんでこんなに羨ましいんだ……!)
愛生はピースサインで「イエ〜イ」
圭介はニコニコ笑顔で「よかったな〜」
その姿を見ていると、心臓の奥をギュッと握られるような苦しさが込み上げてくる。
(観光気分で釣ってる奴が釣れて、
俺みたいに真剣にロッド振ってる人間が釣れない……?
なんだそれ、釣りの神様、理不尽すぎるだろ……!)
頭ではわかっている。
焦りは釣りの敵。
メンタルを乱せば魚も逃げる。
それでも……
(認めたくねぇ……俺、羨ましいなんて、絶対言いたくねぇ……!)
プライドが邪魔をする。
釣りバカとしての意地が、素直さを封じ込める。
「……ま、まぁ、次は俺の番だな」
と、明宏は強がって笑う。
だがその目には、微妙に涙のような光が浮かんでいた。
そして内心で小さく呟く。
(ブラウン……頼む、俺のロッドにも来てくれ……!
このままじゃ、俺の心がリリースされちまう……!)
次の瞬間、明宏の手は無意識にルアーケースを開けていた。
「よし、スプーンに変えるか……いや、ミノーで通すべきか……!」
焦りと意地と嫉妬が入り混じった、
明宏の“闇のタックル選び”が、静かに始まるのであった──。
圭介が腕時計をチラリ。
「おっ、11時半か。そろそろ車戻ってお昼ご飯にするぞ〜」
その一言に、愛生の反応は秒速。
「わ〜い! お昼ごはんだ〜!」
ピタッと兄・圭介の腕にくっついて、まるで遠足中の小学生。
一方その頃──湖畔の明宏は、
ひとりロッドを握りしめ、魂が抜けかけていた。
午前ボウズ。
それは釣り人にとって最大級の屈辱。
(ありえねぇ……あの愛生が1匹釣るなんて……!)
(いや、落ち着け明宏。ターゲットはブラウンだ。バスなんかじゃない……ブラウンじゃない……それだけが……救い……)
そう、明宏は「心の中で言い訳」という名の戦いを繰り広げていた。
「まぁ、しょうがないよ」
圭介が慰めるように肩をポン。
「狙ってない魚が釣れるなんて、よくあることだからさ」
「そうなの?」と、ちょっと救われた顔の明宏。
「あるある。バス狙って鱒が釣れたり、鱒狙って鮎が釣れたり。
自然界は自由なんだよ。なっ、愛生?」
「うん、愛生ちゃんはね〜お魚が釣れたらなんでもいいと思ってたよ〜♪」
まるでピクニック感覚の返答。
(なっ……なんだその適当な発言はぁぁぁぁ!)
パキッ。
明宏の中で何かが折れた音がした。
「クソッ……午後は……午後こそは絶対に……!」
ロッドをギュッと握りしめ、燃え上がる闘志。
背中からはまるで赤いオーラ、
頭の中では「燃えてヒーロー」が流れている。
一方、圭介と愛生はお菓子を頬張りながらのんびりモード。
「明くん、早くおいで〜、」
「……うるさいっ! 午後は勝負なんだっ!!」
そう叫ぶ明宏の声が、静かな芦ノ湖の風にこだました──。




