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うちの愛生ちゃん  作者: 横溝 啓介
1年2学期
66/79

ネイティブブラウン編・第四話「グリグリメソッド」

読んで下さる皆様、心より感謝致します。


ゆっくりと物語を進めますので、気長にお付き合い頂ければ幸いです。

芦ノ湖釣行前日――


ついに明宏、自費で夢のマイ・タックルをフルコンプ!


7ftルアーロッドに2000番のリール、PEライン、そして輝くフローティングミノーがひとつ!

「フル装備だ!」と胸を張るその姿は、まるで冒険前夜の勇者である。


本当は8ftロッドを狙っていたが、釣具屋の店員さんに言われた。

「最初は7ftの方が扱いやすいよ。慣れてからステップアップしようね」

――その瞬間、明宏は心の中で“釣具屋マスター”と呼ぶことを決意した。


リールは初心者に優しいリーズナブルモデル。

PEラインはなんと100円ショップのタイゾー製。

(※耐久性は、信じる心でカバー。)

ミノーは中古釣具店でお買い得ゲット!

ランディングネットは兄・圭ちゃんのシーバス用をちゃっかり借用中。


「ふふっ……完璧だ。準備万端、抜かりなし!」

明宏はまるで大作戦前の軍師のように、釣具を並べて悦に入る。


一方その頃――

圭介は「もしもの救急セット」を再チェック中。

(※弟が毎回、何かしらやらかすため)

愛生は近所のスーパーで飲み物とカップラーメンを吟味中。

「やっぱり釣り場で食べるカップ麺は格別なんだよね〜♪」と上機嫌。


そして夜。

明宏の部屋からは、釣り動画のナレーションと共に、

「ブラウン……逃がさないぜ……!」という寝言が聞こえていた。


――明日は、いよいよ芦ノ湖ウェーディングデビュー。

三きょうだいの胸に、不安と期待とカップ麺の香りが広がっていた。


翌日――

ついにやってきた、芦ノ湖釣行当日!


まだ夜も明けきらぬ午前3時。

エンジン音だけが響く静寂の車内。

……と思いきや、ひとりだけテンションMAXの男がいた。


「ブラウンよ、待っていろッ!!」

――後部座席で、目をギラギラさせながら拳を握る明宏。

初めての丘っぱり。初めてのミノーイング。そして初めてのブラウン挑戦。

未知との遭遇に、もう心は大爆釣モードである。


対照的に、運転席の圭介はすでにげっそり。

「……いや、これ、釣れないフラグ立ってるよな」

初心者の弟、呑気な妹、そして湖という名の未知。

すべての不安要素が三重奏を奏でている。


助手席では、カップラーメンの袋を膝に抱えて上機嫌の愛生。

「私は釣れなくてもいいの。芦ノ湖の景色とカップ麺があれば十分〜♪」

――そう、彼女の今日の目的は釣果<観光+食欲である。


こうして、

「釣るぞ!」の明宏、

「釣れない気しかしない……」の圭介、

「まあ楽しければいいや♪」の愛生、


三者三様の思いを乗せて――

明宏家の車は、まだ眠る箱根新道を、朝焼けに向かってゴトゴトと登っていった。


箱根新道を降りると――

空が少しずつ白み始め、うっすら夜明けの芦ノ湖が姿を現した。


静寂に包まれた湖面、霧がゆらゆら漂い、まるで神話の中の世界。

圭介と愛生は思わず見惚れる。


「うわ〜、綺麗だなぁ〜」と圭介。

「すごい神秘的だね〜」と愛生。


――しかし、ただ一人、景色を“戦場”としか見ていない男がいた。


「この湖のどこかに……今日、俺と戦うモンスターブラウンが潜んでいるんだ……!」

(※完全にRPG脳)


瞳はギラリ。息は荒く。

湖面の霧を「敵の気配」と錯覚している明宏。

もはや彼にとって芦ノ湖は“癒やし”ではなく“戦地”だった。


「……ねぇ、明くんの目、ちょっと怖くない?」

「うん、戦士の顔になってるね」

――兄と姉はそっと生暖かく見守ることにした。


やがて車は湖尻の駐車場に到着。

三人はタックルを手に湖畔を歩きながらランガン開始。


実は圭介、前日に寺ノ沢先生からこっそり情報を仕入れていた。

「キャンプ場付近が入りやすくてね、そこから攻めるといいですよ」と。

(先生、相変わらず頼れる“釣り沼の賢者”である)


水辺に立つと、澄みきった湖水が足元から冷たく心地いい。

愛生は思わず深呼吸して――


「朝霧の芦ノ湖、最高〜!」

パシャッ(もちろんSNS投稿用)


圭介も「いやぁ……やっぱ湖っていいなぁ」とうっとり。


そして、そんな二人の背後で――

景色など一切目に入らず、

新品マイロッド(7ft・ダブルハンド)を全力で振り回す少年がひとり。


「ブラウン、出てこいっ!!!」


朝の静寂を破るその声。

……霧の中で鳥が一斉に飛び立った。


数日前に遡る。

放課後の部室には、ロッドケースとルアーケースがずらり。

今日は“釣り部特別講義”──講師はもちろん、寺ノ沢先生だ。


「ブラウンを狙うアクションの定番は、“グリグリ”と“ほっとけ”ですね」

先生はいつもの穏やかな笑みで言った。


「ほっとけ?」と明宏が首を傾げる。


「そのままの意味です。

フローティング・ミノーを投げたら……食いつくまで“放っておく”んです」


「え、それルアーフィッシングじゃなくて“置き釣り”じゃないですか!?」


「まあ、似てますね。静の釣りです。

でも──明宏くん、待つの苦手でしょう?」


「うっ……!」

図星を突かれて固まる明宏。

(待つくらいなら、もう一投してたい……)


先生はくすっと笑いながら続けた。

「ですから、君には“グリグリメソッド”をオススメします」


「グリグリメソッド?」


「ええ。リールを“グリグリ”と2回、3回巻いて──止める。

また2回、3回“グリグリ”して──止める。

このストップ&ゴーの動作を繰り返すんです」


先生はロッドを持つ手を軽く振りながら、

「グリ、グリ、ピタッ」「グリ、グリ、ピタッ」と実演してみせた。


「なるほど、ブラウンには動と静のリズムが効くんですね!」

と目を輝かせる明宏。


「その通り。だから、“グリグリ”に限らず──

軽くジャークして糸フケを巻く、を繰り返す方法でもOKです」


「ジャークして、巻いて、ジャークして……」

明宏はロッドを持たずに空中でフォーム練習。

横で先生が苦笑する。


「……あの、それ今、ちょっと“エアギター”みたいになってます」


「うわ、ほんとだ!」

慌てて姿勢を直す明宏。


先生は咳払いして話を戻した。

「ちなみにスプーンもストップ&ゴーが有効ですよ。

キャストして、湖底まで沈めて、2回、3回巻いて──また沈める。

この繰り返しです」


「ふむふむ……」


「ただし、夏から秋は注意。水草が多い時期に沈めると、

スプーンが“草刈り機”になります」


「うわ、それは嫌だ……」


「なので、この時期はやはり──」


「グリグリメソッド!」


明宏が食い気味に答える。

「そう、それです」

先生は満足げに頷いた。


そして現在──

芦ノ湖の湖畔で、明宏はその教えを思い出していた。


「先生……今、僕……めっちゃ“グリグリ”してます!」


風を切るロッド、湖面をかすめるミノー。

グリ、グリ、ピタッ。グリ、グリ、ピタッ。


……だがその動き、

遠目にはまるで“ラジオ体操第2”のようだった。


先生の理論は完璧。

だが明宏の実践は、いつもどこかズレている。

──そんなところが、彼らしいのだ。


芦ノ湖の湖畔に、朝の光が差し込み始めた。

その中で──


「うぉぉぉおおおっ! ブラウン、かかってこいッ!!」


明宏、全力のキャスティング!

まるで戦国武将のような構えで、ロッドを振るたび風が唸る。


身体中からは「釣りたいオーラ」が噴き出し、

ルアーにまで殺気が宿っているようだ。

(もはや魚より先に水の分子が逃げている)


一方その頃──


圭介はというと、

「うーん……まぁ、釣れたらラッキーくらいでいっか」

というゆるいテンションでキャスト中。

(ロッドを構えてるけど、心はもうお昼のカップ麺と食後のコーヒーに行ってる)


そしてさらに──


「お兄ちゃん見て見て~!」

湖畔で愛生がしゃがみこむ。


「小さいハゼがいるよ! 透明な海老さんもいる! みんなカワイイ~♡」


「ほんとだ〜。小さな生き物がたくさんいるね〜」

圭介もつられて屈みこみ、

“釣りモード”から“生き物観察会モード”に完全シフト。


「そんでね、小魚もいっぱい泳いでるよ〜!」

愛生の声に、圭介が優しく頷く。


「ほんとだ〜、癒やされるね〜」


──その会話を背後で聞いた明宏、ピタリと手を止めた。


ロッドを握ったまま振り返り、兄姉を睨む。


「……全ッッッ然、戦う気ないじゃん!!!」


彼の脳内ではいま、激流の中でブラウンと格闘する自分の姿が流れている。

対して兄と姉は、湖畔で小魚に「かわいい〜」と話しかけている。


まさに──

戦場の明宏、観光の兄姉。


風がふっと吹く。

兄と姉の足元には小魚。

明宏の足元には──空しい水の波紋だけが広がっていた。


早朝の芦ノ湖、

圭介・愛生・明宏の3人は早川水門に到着した。


湖面は静まり返り、いかにも「ブラウンが潜んでますよ」感たっぷり。


「ここだ……絶対にいる!」

明宏の目がギラリと光る。


駆け上がりの陰にモンスター・ブラウンが潜んでいるかもしれない──

そう信じて、ミノーを丁寧にキャスト。

グリグリ……止めて……グリグリ……止めて……。


だが、反応なし。


「おかしいな、寺ノ沢先生のグリグリは完璧なはず……」

(ブラウンどころか、水門のコケすら反応してくれない。)


水門を渡ると小さな砂浜が広がっていた。

「よし、こっちで勝負だ!」

明宏、ひたすらキャストを繰り返す。


──が、ふと後ろを振り返ると。


……誰もいない。


「え? 圭ちゃんも愛生も……遅っ!」


慌てて水門まで戻ると、そこには──


愛生:「はいチーズ♡」

圭介:「もう一枚、今度は湖を背景に撮ってあげるよ」


完全に“釣り観光モード”。


明宏:「もぉぉぉぉぉ! 何やってんだよ!?」


圭介:「あっ、ごめんごめん、テヘヘ」

(反省ゼロ)


愛生:「だって初めての湖尻だもん~♪ お散歩楽しいね〜」


明宏:「お散歩!? 俺は戦ってるんだぞ! ブラウンと!!」


圭介:「まあまあ、湖尻、初めてだからな〜」

愛生:「ね〜♪」


明宏:「……はぁ~、なんなんだよ!」


もう完全に“兄姉=観光班”、“弟=突撃班”。


「いいか、圭ちゃんと愛生はのんびりでもいいけど、ちゃんとついてきてよ!」

と、兄姉に釘を刺す明宏。


圭介:「了解〜(でも次の写真スポットどこかな…)」

愛生:「了解〜(次は湖畔の石と一緒に撮ろ〜)」


……まったく通じていなかった。

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