ネイティブブラウン編・第三話「明宏、ついに自立を宣言!? ~財布は痛むが心は熱く~」
読んで下さる皆様、心より感謝致します。
ゆっくりと物語を進めますので、気長にお付き合い頂ければ幸いです。
翌朝――。
通学バスの一番後ろの席で、明宏はスマホ画面と真剣勝負をしていた。
「安いロッドでも1万円…リールも1万円……。
お年玉貯金を使うのは……いやだな〜。
圭ちゃんがロッドとリールとライン買ってくれて、
愛生がルアーを買ってくれたら最高なんだけどな〜。」
と、もはや呪文のような独り言をブツブツ唱える明宏。
近くの席の生徒が一瞬振り向いたが、
明宏の「釣具予算算出会議」は止まらない。
いつもなら姉・愛生と一緒に登校するのだが、
今日はなぜか早起きして先に出発。
(どうせ今ごろ、愛生が“明くん1人で行っちゃった〜!”って慌ててるだろうな…ふっふっふ…)
と得意げにニヤける明宏。
しかしその頃――
愛生は1人、のびのびとした朝を満喫していた。
「ふふっ、たまには静かな登校も悪くないね〜♪」
バス停で里香と遭遇。
愛生:「おはよー」
里香:「おはよう」
すると里香が小首をかしげて言う。
「あれ? 今日は弟くんいないのね?」
愛生は苦笑しながら答える。
「うん、昨日ね、明くんが“芦ノ湖でブラウン釣りたいからタックル買ってくれ〜”って駄々こねてさ。
でもお兄ちゃん、船舶免許取るし魚探買うしで“お金ない”って言ったら、怒っちゃって。」
里香:「あ〜、明くんは末っ子の甘えん坊だからね〜。
愛生も大変だねぇ〜。」
愛生:「ほんとそれ……。」
その頃――
ひと足早く学校に着いた明宏は、教室の席で腕を組み、
深刻な表情で「家庭内資金調達計画」を練っていた。
(うーん……どうにかして圭ちゃんか愛生から引き出す方法は……?
いや、お母さんでもいい……!
とにかく、タックルさえ手に入れば勝ちだ!)
その目はもはや、テスト前の勉強よりも真剣であった――。
野球部の小谷が朝練を終え、汗をぬぐいながら入ってきた。
そのとき――
ブツブツと独り言を呟きながら、眉間にシワを寄せてスマホを見つめる少年がひとり。
そう、**市川明宏(中2)**である。
小谷(うわ、朝から考えごとしてる顔……めんどくさそうだな)
そっと視線を逸らし、気配を消して通り抜けようとする小谷。
しかし――
明宏:「ねぇ〜ねぇ〜小谷くん!ちょっと聞いてよっ!」
つかまった。
明宏:「兄と姉がね、釣り竿もリールも買ってくれないんだよ!
去年は1セットずつ買ってくれて、今年も1セット買ってくれたらのに、もう1セット買ってくれないんだ。
ひどくない!? 冷たくない!? なんて情のない兄姉なんだぁ!」
(※朝から全力の被害者アピール)
小谷(……やっぱり捕まった)
仕方なく、鞄を机に置いて話を聞く小谷。
明宏:「ねぇ小谷くん、野球道具って親とか兄弟が買ってくれるでしょ?
スパイクとか、グローブとか、バットとか!」
同情を誘うように、キラキラした目で詰め寄る明宏。
小谷:「うーん……グローブとスパイクは1年の時に親に買ってもらったけど、
金属バットと木製バットは、お年玉で買ったよ。」
「ガーーーン!!!」
教室に響く心の効果音。
明宏、頭の中で雷鳴が鳴り響く。
明宏:「えっ!? スパイクって走る用と守る用で2つあるんじゃないの!?」
小谷:「ないよ!? スパイクは1つだよ!?」
明宏:「でもグローブは、守備位置で違うんでしょ!?
外野用とか内野用とか、ピッチャー用とか!
(トラウトもエリア・渓流・本流・湖・海で異なるロッドを使うし、理屈は同じだと思うんだけど!)」
小谷:「いや……僕、守備位置固定だからグローブも1つ……」
苦笑いの小谷。
(なんで朝から釣り理論でマウント取られてるんだ俺……)
明宏:「バット2本!? しかもお年玉で!?」
崩れ落ちる明宏。
彼の“おねだり戦略”に走る亀裂。
小谷:「市川くんもさ、自分のお年玉で釣り竿買ったら?
自分のお金で買うと、道具をもっと大事にできるよ。」
正論。
眩しいほどの正論。
明宏:「う……」
何も言い返せない。
朝の教室に流れる静寂。
そして小谷は鞄から教科書を取り出しながら、心の中で呟いた。
(うん、今日も平和な朝練帰り……ではなかったな)
明宏
「なんてことだ……これじゃまるで僕が“わがまま末っ子ボンボン”じゃないか……!
僕はそんなんじゃないのに!」
(※わがまま末っ子です)
「でも……これからは兄と姉に色々買ってもらってるなんて、同級生には言うのやめよう。
甘えん坊みたいでカッコ悪いし……!」
(※甘えん坊です)
ぐぬぬと拳を握りしめ、ひとり決意のポーズを取る明宏。
そして――
「仕方ない……お昼休みに、寺ノ沢先生に相談だ!」
昼休み
中等部の廊下を駆け抜ける小さな足音。
「すみませーんっ!」
階段を駆け上がり、高等部職員室へ。
ドアを開けると、そこにいたのは――
釣りと古典文学をこよなく愛する寺ノ沢先生。
明宏:「寺ノ沢先生、相談があります!」
寺ノ沢先生:「おや、市川くん。どうしました?」
明宏:「芦ノ湖ブラウンを釣るためのロッドとリール……どんなのにしたらいいのか、
それに、自分で買った方がいいのかなぁ〜って悩んでて。」
寺ノ沢先生:「うんうん、なるほど……明宏くんの気持ち、先生はよ〜〜〜〜っくわかりますよ!」
(きた、長くなるやつだ)と思う明宏。
寺ノ沢先生:「先生もね、最初にカルシアのルアーロッドとアンハサダーリールを
自分のお金で買ったときは……それはもう、一大決心でしたよ。」
明宏:「(アンハサダー? アンハサウェイじゃないよね?)」
寺ノ沢先生の目が遠くを見つめ始める――
「カルシアの無骨なまでの光沢感……そしてメカニカルに輝くアンハサダーの赤。
そのコントラストが……! あぁ〜、あの胸の高鳴りと、ときめきが今、蘇るのです!
はぁ〜、たまりません!」
完全にスイッチON。
机の上のペン立ても一緒に震える熱弁。
アメリカのカルシアというメーカーのアンハサダーは1954年に、なんたらかんたらとウンチクが止まらない寺ノ沢先生
明宏:「(あっ、また話が脱線してる……!)」
寺ノ沢先生:「あれはね、まるで……妻と最初に出会った時に匹敵するくらいの感動でした!」
明宏:「えっ!? 奥さんアンハサダーと一緒なの!?」
(思わず心の中で全力ツッコミ)
それでも、どこか胸が熱くなった明宏。
「わかりました! 僕、自分のお金で――先生みたいに感動するロッドとリール、買います!」
寺ノ沢先生、満面の笑みで力強くうなずく。
「うんうん、それが“真のアングラー”への第一歩ですよ!」
その帰り道――
明宏の頭の中では、金色に輝くロッドとリールがBGM付きでクルクル回っていた。
(しかし現実では財布の中がスカスカである)
あの日――寺ノ沢先生の熱弁で心に火が灯った少年、明宏。
(※燃料は釣り魂と物欲です)
その夜、彼はついに決意を固めていた。
明宏(真剣な表情でスマホ片手に)
「ロッドとリールと……PEライン……この3点で2万円以内に収めよう。」
指先でネットショップをスクロールしながら眉間にシワ。
「渓流タックルはロッドだけで3万円だったなぁ……。
兄と姉に買ってもらう時は、値段なんて全く気にしなかったけど……」
(※実際、全く気にしていませんでした)
「でも……自分で買うとなると、なんか……重い……!」
財布を見つめて震える手。
まるで最終決戦を前にした勇者のような表情で――
「よしっ! 僕のお金で芦ノ湖用タックル一式を買うんだ!」
と拳を突き上げる。
そしてその夜――。
家族がくつろぐリビング。
テレビには釣り番組。
(偶然にもブラウントラウト特集)
ガバッと立ち上がる明宏。
「圭ちゃん、愛生!!!」
ビクッと振り向く圭介と愛生。
(過去の駄々っ子トラウマが一瞬よぎる)
明宏(胸を張って)
「僕……自分のお金で、芦ノ湖用タックル一式を買うからねッ!!!」
\バァァァーン!/(効果音:ドヤ顔)
“どうだ!すごいだろ!”とでも言いたげな表情。
誇らしげに仁王立ち。
しかし。
圭介と愛生、見事なハモリで――
「……あっ、そう。良かったねぇ〜(ホッ)」
ふたり同時に胸を撫でおろす。
圭介(心の声):「やっと出費が減る……!」
愛生(心の声):「鱒釣り部の活動費もかかるし……助かったぁ〜!」
ニッコリと笑う兄姉。
完全に“安堵モード”である。
一方、明宏。
「……あれ? もっと驚いたり、『明宏が!? すごい成長だね!』とか感動されると思ったのに……?」
ポカンと立ち尽くす。
圭介、テレビに視線を戻しながらぼそっと。
「よし、じゃあ自分で買うなら、ちゃんと予算内で選べよ。」
愛生は紅茶をすすりながら。
「うんうん、えらいえらい。頑張ってね、明くん。」
……なんだこの空気。
まるで**“親離れした幼鳥を見守る飼い主”**みたいじゃないか。
明宏、心の中で叫ぶ。
「くぅぅ〜! 僕の決心、そんな軽く流さないでよ〜!!!」
それでも――
「……いいさ。僕はもう、駄々っ子アングラーじゃない。
自分の力で、ブラウンを釣る男になるんだ……!」
圭介、愛生、明宏の3人は、ついに芦ノ湖釣行の日程を決定!
家族会議のような真剣さでカレンダーを囲み、
「ここだ!」と決まった瞬間、明宏の目がギラリと光る。
その日から――
明宏の“出勤先”は学校と釣具屋の2か所になった。
愛車・自称BMW(※実際はただのママチャリ)にまたがり、
朝も夕方も「芦ノ湖ブラウン攻略会議」と称して
地元の釣具屋をハシゴする日々。
店員さんの間ではすでに噂になっていた。
「あの毎日来る少年、またロッド触ってるよ……」
「買わないのに、めっちゃ語ってくるんだよね……」
明宏は今日もBMWをキコキコ漕ぎながら、
胸の中で高らかに叫ぶ。
「さあ、芦ノ湖ブラウンへの挑戦が――今、始まったんだっ!!」
(※ただし、まだタックルは吟味中である。)




