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うちの愛生ちゃん  作者: 横溝 啓介
1年2学期
62/80

モブ男 入部する

読んで下さる皆様、心より感謝致します。


ゆっくりと物語を進めますので、気長にお付き合い頂ければ幸いです。

鱒釣り部——文化祭で最もカオスと噂された部活。

その扉の前に、今、ひとりの男子が立っていた。


田中武士。

中の中の存在であり、クラスの背景で呼吸してきた男。


だが今、彼は違う。

彼の胸には、燃える使命感と無駄に壮大なBGMが鳴り響いていた。


「では、田中くん。入部届け、確かに受け取りました。」

にこやかに微笑む寺ノ沢先生。

「部員のみんなに挨拶に行きましょうか」


「は、はいっ!」


——その瞬間、武士の脳内に風が吹いた。

(ついに来た……この時が……!)


【武士妄想BGM:壮大なRPG風オーケストラ】


光が差す部室。

中では穂乃花姫が待っていた。


「田中くん、私に会いに来てくれたのね……」

頬を染め、潤んだ瞳でこちらを見つめる穂乃花。


(くっ……やはり姫は俺の名を覚えていたか!)


「そうだよ穂乃花姫。

 愛に来た——いや、会いに来たんだ」


「まぁ……武士くん……!」


2人の間に差し込む一筋の光。

手と手が重なり——世界が静止する。


「俺は勇者武士。姫の盾となり、鉾となりましょう。

 俺の願いは、姫様が常にすこやかであらせられること」


「まあ、うれしい」


穂乃花の瞳がさらにウルウルと輝き、

2人は見つめ合う。


——それが、武士の夢見た“入部初日”の光景であった。


そして現実。


ガラッ(部室の扉が開く)


そこに広がるのは——


クマノミ衣装の洗濯物が干され、

段ボールが山積み、

「売上計算中」と書かれたホワイトボード。


完全なる“文化祭の翌日モード”。


「みんな〜、新入部員の田中くんを紹介しますね〜」

と寺ノ沢先生。


穂乃花「あっ、田中くん……!文化祭のときの!」

(※名前を思い出すのに0.5秒かかる)


愛生「本当に入部する人、きちゃった!」


里香「……あのたい焼き20個、チェキ5枚の人ね」


明宏「……ま、モブ顔だけど働きそう」


武士「(……あれ? もっと拍手とか、姫が抱きついてくる展開じゃ……?)」


勇者の脳内BGMがフェードアウト。

代わりに鳴るのは——

「カリカリ」と電卓を叩く愛生の音。


穂乃花「とりあえず、イスそこ運んでくれる?」


武士「……はっ、はい! 姫の仰せのままに!」


穂乃花「えっ? 何か言った?」


武士「い、いえっ!なんでも!」


こうして——

新たな鱒釣り部員・田中武士、

栄光の(※本人基準)第一歩を踏み出した。


だがその歩みは、

すでに勇者ではなく、完全なる雑用係のそれだった。


たい焼きの段ボールも片付き、

ようやく部室に“平穏”が戻ったその頃——。


そんな空気を読んで、

ふんわり天使・穂乃花が優しく口を開いた。


「田中くんが入部したんだし、みんなで自己紹介しようよ〜」


「……そうね。とりあえず、1人ずつ自己紹介したほうがいいね」

と、あからさまに面倒くさそうな部長・里香。


まずは部長から。


「私、部長の宝塚里香。愛生の幼馴染。よろしくね」


キリッとした顔立ち。クールビューティー。

しかしテンションは室温14℃。


「はい、私は市川愛生。そこの明宏は弟です!」


「今日は“あなたの愛生ちゃん”って言わないんだ」

と里香のツッコミが即座に飛ぶ。


「い、言わないよっ」

愛生はブンブンと首を振る。


「……愛生の弟の明宏です」

鼻をホジホジしながら、視線は床。


「ホジるな明宏!」

愛生の平手ツッコミが炸裂。


部室、軽く笑いが起きる。

——が、次の瞬間。


ついに穂乃花の番。


ふわりと立ち上がる穂乃花。

その瞬間——


「ヒャッホーーー!!!」


……。


場が静まる。

秒で静まる。


全員の視線が一点に集中。


「……ヒャッホー?」

氷点下の声でつぶやく里香。


愛生「……今、誰か言った?」

明宏「鼻にティッシュ詰めてたけど、俺じゃねぇ」


武士(小声)「……ち、違う、心の声が出ただけだ……」


何事もなかったように、穂乃花が微笑む。


「私は桜井穂乃花。田中くんとはクラスメイトだね。

 これからは部活も一緒だね、頑張ろうね」


柔らかな声、優しい笑顔。

まるで光が差し込むような瞬間。


——勇者武士、即死。


(ああ……やっぱり姫だ……!俺の穂乃花姫だ……!)


そして、ついに勇者のターン。


「さぁ、武士くん、自己紹介して」


「……待ってました!」


武士、立ち上がる。

(背後に謎の光エフェクト、※本人にしか見えていない)


ぐるりと背を向け、

右手を高々と突き上げ、

「オォォー、」

両手をブンブン振り回す。


その姿は——まるでヒーローが変身ポーズを決める直前、クルリと振り向き


「俺の名は田中武士!

 “ぶし”と書いて“たけし”!

 勇者——武士だッ!!!」


……沈黙。


「…………。」


「…………。」


「…………。」


(時計の秒針の音だけが響く)


里香(心の声)「やばい、痛すぎる……」

愛生(心の声)「何が起きてるの……?」

明宏「……アホくさ(鼻ホジ)」


そして、穂乃花だけが——

にこっと微笑んで、やさしく拍手。


「が、頑張ろうね……たけしくん」


その一瞬、

勇者武士の世界に再び光が差した。


(やはり……姫は俺の勇気を感じ取っている……!)


と、勝手に確信する武士。


が、周囲の空気は変わらず——


部員一同、静かに確信した。


「やばいの入ってきたな……」


穂乃花は放課後の部室で帰り支度、ぽつりとため息をついた。


「男子部員が明ちゃん1人で寂しそうだから、

 男の子が入部してくれたらいいな〜って思ってたんだけど……」


視線の先では、入部したばかりの**田中武士(自称:勇者)**が、

釣竿を持って「伝説のマスを釣る者」とか呟いている。


「……変な人が入っちゃった。」

ふわりと笑いながらも、目は遠い。

(いや、目の前がカオスすぎて遠くを見ないと正気を保てない)


その時だった。


「穂乃花先輩、一緒に帰ろ」

と、声をかけてきたのは明宏。


中学生男子、淡い恋心。

やや赤い顔、やや鼻ホジり気味。


穂乃花は困ったように微笑む。


「えっと……愛生ちゃんは?」


ちらりと横を見ると、愛生は里香と楽しそうにおしゃべり中。

話題は「たい焼き屋の次の企画どうする?」という完全女子トーク。


明宏、完全放置。


「……いつものことね」

と、穂乃花は肩をすくめ、優しく笑った。


(仕方ないなぁ……もう少し明ちゃんを構ってあげよう)

そう思う彼女は、まさに慈愛の女神であった。


──その優しさを、別の方向から見ていた者がいた。


「……な、なんだあの中坊はッ!!!」


ドアの陰から覗く影。

嫉妬と混乱の入り混じったその眼差し。


そう、彼こそが自称“勇者”——田中武士である。


「麗しき穂乃花姫が、庶民の少年に微笑みを……!?」

「姫をお守りするのは俺の使命!俺の宿命!俺の……!!」


ガタッ!!

(立ち上がる音が異常に大きい)


穂乃花と明宏が昇降口を歩く。

そこへ、颯爽と——いや、ドタドタと——駆け寄る勇者。


「お待ちを、穂乃花姫!」


「……田中くん?」


「そのような庶民の道は危険です!

 勇者である俺が護衛を務めます!」


「え? ただの通学路だけど……」


「油断大敵です!!

 悪のモブがどこに潜んでいるか分からないのです!!」


「モブって、あなたのことじゃ……?」


「それは言わないでぇぇぇぇ!!!」


そんなやりとりの横で、明宏は眉をひそめていた。


「何だよこの人……俺、先輩としゃべってただけなのに」


穂乃花「まぁまぁ、ケンカしないでね?」

明宏「ケンカじゃなくて、誰コレ?」

武士「姫の騎士です!」

明宏「名乗り方がうざい!」


——修羅場。

いや、**恋のトライアングル(※成立していない)**がここに誕生した。


穂乃花「え〜っと……私、先に帰るね」

(※穂乃花、そっとフェードアウト)


残された2人、沈黙。


明宏「……姫って呼ぶな」

武士「……馴れ馴れしく穂乃花先輩って呼ぶな」


数秒の睨み合い。

その背後で、夕日がやけに眩しかった。

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