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うちの愛生ちゃん  作者: 横溝 啓介
1年2学期
61/81

モブ男 文化祭に立つ

読んで下さる皆様、心より感謝致します。


ゆっくりと物語を進めますので、気長にお付き合い頂ければ幸いです。

モブ、文化祭に立つ」


僕の名前は——田中武士たなか たけし


ブサイクでもなく、イケメンでもない。

クラスの集合写真に写っていても、

「え、この人いたっけ?」と後から言われる、

中立中間中肉中背中の下くらい男子である。


趣味は読書(特に異世界勇者作品)を好んでいる。

「青春」や「恋」なんて単語を聞くと、

胃がキュッとするほど苦手だ。


運動神経も中。

成績も中。

存在感も中。

——つまり、“中”のプロ。


職業:モブキャラ。


体育祭?

あぁ、どうせ応援団の声が聞こえない位置で旗持ちだ。

球技大会?

はい、観客席でスコア係してます。

文化祭?

……もはや人生の罰ゲームである。


廊下を歩けば、

イケメン陽キャ男子が爽やかに笑い、

女子はキラキラと青春を撒き散らしている。


彼らの世界にはBGMが鳴っている。

でも僕の世界には——風の音しかしない。


「文化祭とかさ、正直“空気”の僕が参加する意味ある?」


そう呟きながら机に突っ伏していたら、

委員長がプリントを配ってきた。


『文化祭クラス別参加一覧表』


——そう、

“逃げ場のない地獄リスト”である。


(はぁ……今年もこのイベントが来たか……)

(どうせまた、裏方で机運んで終わりだろ……)


その時、武士の脳裏に雷が落ちた。


「鱒釣り部」——たい焼き&チェキ撮影会


……たい焼き? 

チェキ? 

鱒釣り?


(なんだそのカオスな組み合わせ……)


胸の奥に、モヤモヤとした“嫌な予感”が湧く。


そう、この瞬間。

田中武士の平凡なモブ人生は、

ほんの少しだけ、騒がしい方向へ動き始めたのだった。


僕の名前は田中武士。

勇者である。


——少なくとも、今この瞬間だけは。


なぜなら、僕はあのカオスな看板を見たのだ。


『鱒釣り部 presents!たい焼き&チェキ撮影会♡』


鱒釣りとたい焼きはまだ分かる。

だが、なぜチェキ。

誰が撮る。

誰が撮られる。

なぜそんな破滅の香りしかしないイベントを開催するのか。


この世界の理不尽を正すため、僕は立ち上がった。


「くだらない企画なら——怒涛の非難を浴びせてやる」


……もちろん、心の中で。

SNSには上げない。怖いから。

——そう、俺は心の広い男なのだ。


胸に手を当て、深呼吸。

(いざ、参る……我が名は——勇者武士!)


心のBGMはRPG風。

頭の中ではマントが風に翻り、背後でドラゴンが吠える。


……実際はただの、廊下を歩く地味男子。

しかし、本人の脳内演出は超大作映画級だった。


そして、鱒釣り部室の扉を開いた瞬間——


「いらっしゃいませ〜♡

 私たちとチェキ撮影しましょう〜♪」


まぶしい……!


そこには、オレンジと白のボーダーが眩しいクマノミ衣装の天使たちがいた。

愛生と穂乃花。

笑顔で光り輝くふたり。


勇者武士、初手で光属性攻撃9999ダメージ。


(くっ……!笑顔で誘惑してくるだと……!?

 そんな初歩的な手に、俺が乗るわけ——)


「あっ、田中くん、来てくれたんだ〜♡」


——どごぉぉんッ‼


クリティカルヒット。


“同じクラスの桜井穂乃花ちゃん”が、ホワホワした笑顔で駆け寄ってきたのだ。


あっ、あの……俺の名前、覚えてる……!?

それだけで、武士の脳内では天使の合唱と打ち上げ花火が乱舞する。


「田中くん、私とチェキしようか♪」


胸が、近い。

穂乃花の胸が揺れるたびに——武士の心も揺れる。

鼓動がBPM200を超える。


(な、なんだこのイベント……心拍数を上げて部費を稼ぐ拷問装置か……!)


そして、そこから先は記憶がない。


気づけば、チェキを撮り、たい焼きを大量に買い、

部室の外に立っていた。


手には甘いたい焼き。

胸には苦い余韻。


「また後でクラスで会おうね〜♪」


……その優しい声だけが、

今も僕の鼓膜でリピート再生されている。


勇者、穂乃花に撃沈。

本日、**心に致命傷ラブ**を負った。


あの時間は——夢だったのかもしれない。


僕は今、たい焼き20個の山の前でひとり。

カリカリの尻尾を噛みながら、**失った過去(たった30分前)**を必死に思い出していた。


確かに、僕は彼女と“見つめ合った”のだ。

(※実際には穂乃花がレンズを見ていただけ)


確かに、僕たちは肩を寄せ合った。

(※彼女が軽く体を傾けた瞬間、武士が一方的に肩をぶつけた)


確かに、僕たちはハートを作った。

(※穂乃花が全員にやってる定番ポーズ)


——ラブラブ。

そう、間違いなくラブラブだった。

(※武士の脳内限定放送)


そして撮影後、彼女は微笑みながらたい焼きを手に取った。


「たい焼き、美味しいよ〜♡」


その優しい穂乃花の声と、ふわりと揺れる髪。

甘い香り。

そして……揺れる大きなお胸。


(あぁ……俺、今、人生の絶頂にいる)


「武士くんには、いちごあんが似合うよ♡

 ずんだあんも入れちゃえ〜♪」


その瞬間、僕の脳は完全に恋愛フラグを検知。


穂乃花は僕に特別なたい焼きを選んでくれている。

そう、これは恋のサインだ。


——しかし現実は違った。


(※実際は在庫処分セール中)

(※残りのいちごあんとずんだあんが大量)

(※愛生が「売り切れにしたい!」と叫んでいた)


結果、僕はチェキ5枚とたい焼き20個を購入。

財布がスッカラカンになったが、心は満たされていた。


(これが……恋ってやつか……)


頬に粉砂糖をつけながら、たい焼きをもぐもぐ。

食べても食べても減らないたい焼き。

まるで穂乃花への想いのように——

重くて、甘くて、止まらない。


周囲の生徒たちは囁く。

「あの人、さっきからたい焼き食べ続けてるけど大丈夫?」

「もしかして販売員の人にフラれた?」


だが、武士には聞こえない。

彼の世界は穂乃花の笑顔で満ちていた。


「また……あの笑顔に会いたい」


勇者武士、恋の毒(カスタード味)に侵されていた。


文化祭の終わりを告げる放送が流れ、

校舎にはガタガタと机を動かす音と、疲れた笑い声が満ちていた。


武士はというと——

たい焼き20個を平らげたお腹を抱え、腹部に爆弾を抱えたような顔で、

「片付け作業」という名の地獄に参加していた。


「……動くたびに腹の中でたい焼きが暴れる……」

「俺の中で鯛が跳ねてる……」


そんな情けないつぶやきを漏らしつつ、廊下に出る武士。

胃薬と水を求め、ふらふらと歩くその時だった。


——聞こえてきた、あの声。


「たい焼きとチェキで鱒釣り部の宣伝になったかなぁ〜」

(ん……この声は……まさか、穂乃花ちゃん!?)


「部員の男の子、明ちゃん1人だからね」

「うんうん、男の子が入れば、明くんもっと楽しいと思う」

「誰か男子部員、鱒釣り部に入ってくれないかな」


——その瞬間、武士の脳内で天使がベルを鳴らした。


チリーン

(今、俺に……話しかけた?)


武士の心の中で、唐突に始まる“運命の演出”


【武士脳内妄想ナレーション】

『静寂の廊下に響く姫の願い。

 その声は確かに、我・勇者武士の耳朶を打った。

 穂乃花姫よ、貴女は恥じらいを隠すため、

 あえて“誰か男子”などと遠回しに言ったのだな……!』


「……そうか、俺を……呼んでいたのか」

武士の瞳がきらりと光る。


(姫よ、貴女のその優しい声、確かに受け取った。

 ならばこの命、釣竿ごと差し出そうではないか!)


腹をさすりながら、拳を握る。

たい焼きの油がまだ胃に残っているのに、

心だけは**完全に“戦いのモード”**に突入していた。


そして、穂乃花と愛生が何も知らずに通り過ぎた直後——


武士は後ろ姿に向かって小声で宣言した。


「穂乃花姫……勇者武士、

 貴方様の“釣りパーティ”に加入致します……!」


その言葉とともに、彼は拳を胸に当てて深々と礼をした。

周囲の片付け中の男子たちはざわつく。


「……田中、何してんの?」

「お前、誰に敬礼してんの?」


だが武士にはもう、彼らの声は届かない。

彼の世界には今、穂乃花姫と釣り竿とロマンしか存在していなかった。


こうして——

翌日、鱒釣り部の扉を叩く「新入部員・勇者武士」が誕生するのである。


(※なお、誰も彼を呼んでいない)

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