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うちの愛生ちゃん  作者: 横溝 啓介
1年2学期
60/79

文化祭 開催

読んで下さる皆様、心より感謝致します。


ゆっくりと物語を進めますので、気長にお付き合い頂ければ幸いです。

文化祭前日 鱒釣り部・部室にて


数日ぶりに登校した里香は、まだ少し鼻声。

「はぁ……やっと熱も下がった……」

とため息をつきながら、文化祭準備でにぎわう部室のドアを開けた。


中では、愛生と穂乃花がハイテンションで何やら広げている。

「里香ちゃん! ちょうどよかった〜!」

「ついに見せる時が来たね、愛生ちゃん!」


2人の笑顔がまぶしい。嫌な予感しかしない。


「……な、何それ?」

「じゃじゃーん 鱒釣り部の新・文化祭衣装!」


愛生が取り出したのは、

オレンジと白のボーダー、そしてキラキラした布地……。


「クマノミさんだよ」

「海っぽくて可愛いでしょ?」

と、満面の笑みで差し出す穂乃花。


里香は恐る恐る受け取って広げる。

……そして、固まった。


「……ちょ、ちょっと待って。これ……スカート短っ!!」

「うん! そこがポイントなの!」と愛生。


「ポイントどころじゃないでしょ!?

これ、身体のライン全部出るやつじゃん!!」


鏡に当ててみると、想像以上に“攻めた”デザイン。

ふともも丸見え、肩も大胆。

完全に海のアイドル仕様。


「こんなの……着たら、鱒釣り部じゃなくて“マスコット部”じゃないの!!」

と頭を抱える里香。


「え〜でもかわいいのにぃ〜」と、愛生は頬をぷくっと膨らませる。

「ほら、動くとヒレみたいにひらひらして!」と、穂乃花が実演してクルッと回る。


「可愛いけどもっ!!」

「私、風邪ひいてた間に、なに決まってんのよこれ!!」


「だって〜、里香ちゃんいなかったから〜」

「しょうがないよね〜、ノリで決まっちゃった☆」


「……頭お花畑の2人に任せた私がバカだったわ……」

(風邪よりこの展開のほうがダメージでかい……)


天を仰ぐ里香の肩に、

「まぁまぁ〜、似合うと思うよ」とニヤけ顔の明宏。


「アンタが言うと腹立つ!!」


部室には、笑いとツッコミと微妙な沈黙が交互に響いていた。


「はいっ、これで価格表も完成〜!」

と愛生がドヤ顔でホワイトボードを掲げた。


『ミニたい焼き 各種100円

 小倉・カスタード・チョコ・いちごあん・スイートポテトあん・ずんだあん』


「わぁ〜、美味しそう!」と穂乃花が拍手。

「100円ならお手頃ね」

里香も思わず頷いた。


――が、その直後。


「……ちょっと待って」

里香の眉がピクッと動く。


たい焼きの文字の下に、見慣れぬ一行。


『チェキ撮影 500円』


「……は?」

嫌な汗がつうっと背中を伝う。


「ねぇ、これ何? “チェキ撮影”って書いてあるんだけど?」

「うん、それね〜」と愛生、にこにこ顔。

「チェキでコスプレの私たちと写真撮るの! 一枚500円だよ!」


「……」


「え、ええええぇぇぇっ!?!?」

里香の声が部室に反響した。


「そんなの、恥ずかし過ぎて無理!!」

「だってほら、コスプレって、あのクマノミでしょ!? ミニスカでしょ!?!?

 そんな格好でチェキ撮影とか、地獄よ地獄!!」


愛生は首をかしげながら言う。

「でも〜、部費稼ぎになるよ?」

「そうそう」と穂乃花も続く。

「これからキャンプも行くし、管釣りもあるし、活動費が必要なの。ね、里香ちゃん、お願いっ」


両手を合わせて、上目遣いの穂乃花。

うるうるした瞳に見つめられ、

里香の心がぐらぐらと揺れる。


(ああもう……こんな健気にお願いされたら断れないじゃない……)


「……わ、わかったわよ……!」

「でもっ! 写真撮るときは! ちゃんと距離取るのよ! そして絶対変なポーズ禁止!」


「やったー! 里香ちゃんありがと〜!!」

「これで部費も安心だね!」


両脇でハイタッチして喜ぶ2人。

その姿を見て、里香は机に突っ伏した。


「……風邪より、文化祭の方が疲れる気がする……」


文化祭当日 鱒釣り部のたい焼きブース、開店!


「さあ〜! 焼きたてたい焼きはいかがですか〜っ!」

校舎の廊下に、愛生の元気いっぱいな声が響き渡る。


その隣で、穂乃花もほんわか笑顔で

「ミニたい焼き、甘くておいしいですよ〜♡」


ふわふわと手を振る2人。

オレンジと白のクマノミ衣装がきらきら光って、もう眩しいほど。


――そしてその数メートル奥。


「……恥ずかしい……」

部室の入り口で、そっと顔を出した里香。

同じクマノミ衣装だが、動きが完全に“恥ずかしがる魚”状態。

ヒレ(スカート)がひらひら震えている。


「も、もう少し中で接客すれば…いいのよね……? 外は無理、外は……」

机の影に半分隠れながら、たい焼きの箱を抱きしめる。


――その様子を、裏方スペースから見ていた圭介。


冷凍たい焼きを電子レンジに入れつつ、

(な、なんだこの破壊力……!!)

心の中で鐘が鳴り響く。


普段の里香なら、

「ちょっと圭介、そんなにジロジロ見るな、キモいんだけど」

の一言で撃沈させてくるはず。


だが今日は違った。


圭介がガン見しても――

何も言わない。

ただ、もじもじ。頬を真っ赤にして、下を向く。


「……しゃ、しゃべれないほど緊張してるのか……!?

 レアだ、これは……!」


電子レンジの“チン”という音で我に返り、

慌ててたい焼きを取り出す圭介。


その隣では、明宏がホットプレートでたい焼きを焼きながら、

「兄貴、顔ゆるみ過ぎ。たい焼きも焦げるから集中して」

と冷静なツッコミ。


「い、いや、あの、ほら、文化祭の雰囲気が……いいなって……!」

と苦しい言い訳をしながら、焦げかけのたい焼きをひっくり返す圭介。


その間も外では――


「チェキ撮影どうぞ〜! クマノミと一緒に写真撮れまーす♡」

愛生と穂乃花が笑顔でポーズ。

男子生徒たちは「うおぉ……!」と列を作る。


そして部室の奥で、

(わ、私もチェキ……撮られるの……?)

とクマノミ衣装の裾をそっと引っ張る里香。


――魚のように赤くなりながら、

今日も鱒釣り部の文化祭は賑わうのだった。


鱒釣り部、部室

異様な長蛇の列ができていた。


「え、なにこれ!? 焼きそば? いや違う、たい焼き!?」

「たい焼きじゃなくて…“クマノミ”だってよ!」

「チェキ撮影付き!?」


――そう、噂の列の先には、

たい焼き屋…いや、“クマノミ撮影所”と化した鱒釣り部ブースがあった。


部室の中。

パシャッ カシャッ パシャリッ


「はい次の方〜♡」

ほんわか笑顔の穂乃花、

手にはデコペン、写真にはちょこんとハートマーク。

「撮ってくれてありがとうです〜」と軽くお辞儀。


その清楚スマイルに――

モブ男たちは即・沈没。


「尊い…」

「癒やされた……」

「もう推せる……」


一方その横で、

愛生がピースを決めてチェキ


「はーい! あおいちゃんと撮る人〜! はい次〜!」

元気さ120%、テンションだけはプロ級。


「うわっ、こっちも可愛い!」

「テンションたけぇ!でもかわいい!」

「なんか…幸せになれる……」


チェキの山、たい焼きの山、笑顔の山。

まさかの“たい焼き×地下アイドル経済”が爆誕していた。


そして――列の先頭で、モブ男が震える声で言う。

「あ、あの…り、里香さんと…ツーショットで、ハート…作ってもいいですか?」


「……えっ」


一瞬、空気が止まる。

そして、ゆっくりと視線を落とす里香。


(はぁ……なんで私がこんなこと……)

心の中でため息をつきながらも、

営業スマイルを作り――


「こ、こう……?」

と、指先をそっと合わせてハートを作る。


カシャッ


「ありがとうございます!! 一生の宝物にします!!!」

モブ男、無事昇天。


「はぁ〜……もう……」

撮り終えた里香は、写真にデコペンで

《♡ありがとう♡》と書き添える。


――それを見たモブ男子列、ざわめく。


「文字入れサービス!?!?」

「やばい、女神降臨だ!!」

「次俺もハートで!」


瞬く間に、列は二倍に伸びた。


「やばいね、もうたい焼き売り切れそう!」

「チェキの方が売れてる気がする〜!」


愛生と穂乃花がバタバタ動き回り、

その後ろで圭介と明宏は無言でたい焼きを焼き続ける。


「兄貴……これ、文化祭っていうより…アイドルイベントだな」

「……まさか俺の妹たちが、たい焼きでバズるとはな……」


圭介の視線の先では――

照れながらも笑顔でデコペンを走らせる里香。

(ああ……やっぱり里香は最高だ……)


文化祭の午後、

鱒釣り部は「たい焼き+アイドル」で空前の大盛況を迎えるのだった。


文化祭中盤、昼下がり――。

部室の前では「撮影会終了です!」の札がぶら下がっていた。


「ふぅ〜、やっと休憩だね〜」

と、ぐったり座り込む愛生。


「でも、すごいね、午前中でたい焼き200個売れたよ」

穂乃花がノートを見ながら感心する。


「まさかチェキがあんなに売れるとはね……」

里香が疲れたようにため息をついた――その時。


「……あれ? フィルム、残り1枚しかないよっ!!」


愛生の叫びに、全員フリーズ。


「えええええっ!?」


文化祭名物“たい焼き×チェキ”イベント、

まさかのフィルム枯渇危機であった。


「お兄ちゃん! 今すぐチェキフィルム買って来て!!」

愛生、即パシリ指名。


圭介、椅子にもたれながら魂の抜けた声で答える。

「ちょ、ちょっと待って……俺、もう疲れちゃったよ……」


(そりゃそうだよね……)

優しい穂乃花は、申し訳なさそうに黙る。


「このままじゃ活動費が……」

「でも、チェキ撮影嫌なんだけど……」


部長の責任感と羞恥心の間で揺れる里香。

そして――次の瞬間。


彼女はすっ……と立ち上がった。


「ねぇ、圭介」

すっと近づく里香。

圭介の袖を、チョンチョン……。


「……?」と振り向いた瞬間、


上 目 遣 い ♡


ば ち ん !


――直撃。


「けっ……け、けいすけチェキフィルム買って来て〜♡」


(早くパシリ行ってこいよ)


圭介、顔面フリーズ。

脳内には効果音が鳴り響く。


「ピロリン♪恋のミッション発生」


「いや…でも…マジで疲れちゃってさ……」


そんな抵抗も一瞬。

次の瞬間――


里香、すっ……と圭介の左腕を両手で握る。

そして、密着。


(サービスしてやってんだから、早く買って来いよ)


圭介の中の天使が消滅し、脳内が花畑と化す。


(……やっぱり、里香ちゃんは俺のこと好きに違いない!!!)


次の瞬間、圭介は颯爽と立ち上がる。

「まかせとけ!! 俺、今すぐ買ってくる!!!」


ブンッと走り去る圭介。


その背中を見送りながら――

里香は、

ふっ……と鼻で笑う。


「チョロいもんね」


……静まり返る部室。


「………………」


(何も言えない)穂乃花。

(背筋がゾクッ)明宏。

(ほっぺプクーッ)愛生。


「……お兄ちゃん、完全に手のひらで転がされてる……」


部室の空気はほんのり冷えた。

だが、冷凍たい焼きだけは今日もアツアツであった。


「はぁ……はぁ……買ってきた……!」

汗だくで戻ってくる圭介。

手には、戦利品――チェキフィルム5箱。


すでにたい焼きの香ばしい匂いが部室に戻り、

再び販売が始まっていた。


「お兄さん、大変でしたよね。ありがとうございます」

穂乃花がやさしくタオルを差し出す。


その笑顔に、圭介の疲れは一瞬で浄化。

「い、いやいや! 全然! 余裕だよ!」(ぜぇぜぇ)


「お兄ちゃん、おかえり」

素っ気なく言う愛生。

だがその声にはうっすら“哀れみ”が混ざっていた。


そして――

無言でスッと手を出す里香。


目線は圭介の手元。

指先だけで、「フィルム。渡しなさい」と言わんばかり。


……まるで「ボール取ってきて♡」と言われた飼い犬状態。


一瞬の沈黙のあと――


圭介「(キタァァァァ!)」


にこっと微笑む。

「はい、里香ちゃん♡ フィルム5箱!」


両手で丁寧に差し出す姿は、完全に“忠犬ケイスケ”。


受け取る里香も無言。

ただ、ほんの少しだけ口角が上がった……気がした。


その瞬間――圭介の脳内でファンファーレが鳴る。

「ミッション・コンプリート!」


カウンターの奥でそれを見ていた愛生が、ため息まじりに一言。

「……うちの兄、完全に飼われてるね」


「い、犬……?」と穂乃花が困惑顔。


「“けいすけわんこ”だね」

「うっわ……ネーミングぴったり」


明宏も背中で肩を震わせて笑っている。


そして、再びチェキ販売が始まり――

部室の前ではモブ男達の長蛇の列が復活するのであった。


(なお、圭介はその後、休憩なしで“冷凍たい焼き解凍係”に復帰させられたという……)


夕焼けが校舎をオレンジ色に染める中、

大盛況だった鱒釣り部の文化祭も、ついに閉幕。


ホットプレートの電源を抜き、

飾り付けの紙魚しぎやポスターを片付ける里香、穂乃花、愛生、明宏。

そして――なぜか最後まで残っているボランティア圭介。


「ゴミ袋、これで全部かな?」

「うん、ありがとう圭介」

「お兄さん、働き過ぎですよ〜」


誰よりも汗だくの圭介、

もはや部員より部員っぽい。


片付けを終えると、外はもう夕闇。

校門の前で立ち止まる4人と1人。


「今日は本当にありがとうございました!」

深々とお辞儀をする穂乃花。

その姿に「天使だ……」と圭介、また脳内で鐘が鳴る。


「ありがと」

相変わらずツンとした里香。

でもその声にはほんの少し、柔らかさが混じっていた。


そして、

圭介・愛生・明宏の三きょうだいは家路へ。


街灯の光がポツポツ灯る帰り道――

なぜか愛生が、圭介の腕にピタッとくっついて歩いている。


「お兄ちゃん、今日はお疲れさま♡」

「お、おう……」


ちょっと照れる圭介。


愛生が少し頬をふくらませて言う。

「文化祭では里香にお兄ちゃん取られちゃったけど、

おうち帰れば私のお兄ちゃんだもんっ」


その言葉に、後ろを歩く明宏が冷静にツッコミ。

「高校生にもなって、なに言ってんだよ……」


「うるさい、明宏はたい焼きでも食べてなさい!」

「もう売り切れだよ!」


そんな兄妹げんかに笑いながら、

圭介はつぶやく。


「まったく……仕方ない子だなぁ〜」


でもその顔は、満面の笑み。

妹が可愛くて仕方ない“デレ兄”の表情だった。


そして、夜空に浮かぶ月の下、

今日もまた――鱒釣り部の仲間たちの笑い声が響いていた。

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