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(エリアフィッシング)管理釣り場へ行く③

読んで下さる皆様、心より感謝致します。


ゆっくりと物語を進めますので、気長にお付き合い頂ければ幸いです。

 「お客様のお呼び出しをいたします。79番で塩焼きをお待ちのお客様。魚が焼き上がりまし

 たので、食堂までお越しください」


場内アナウンスが響いた。


 「ヤマメちゃん、焼き上がったって!」 と愛生。


促されて圭介も頷く。 「よし、食堂へ行こう。―明くん、虹鱒も焼き上がったぞ。お昼にしよう」


だが明宏は、竿を握ったまま水面に視線を固定していた。


 「岩魚が何度もチェイスしてくるんだ。いま良い所だから……先に行ってて。すぐ行くから」


仕方なく、圭介は愛生と二人で食堂へ向かう。


バーベキュー場に隣接した食堂は、ログハウス調の洒落た建物だった。

焼き魚だけでは物足りないと感じた圭介は、愛生と相談してたぬき蕎麦を3人分注文する。


ほどなく、蕎麦と塩焼きがテーブルに並んだ。香ばしい匂いが立ち上り、腹を刺激する。

だが、待てど暮らせど明宏が来ない。


 「……もう、何やってんだ、あいつ」圭介がぼやく。


 「お腹ペコリーヌなのに〜」愛生が机に突っ伏した。


 「分かった。俺が呼んでくるから、愛生ちゃんは待ってて」


圭介は席を立ち、釣り場に戻る。そこでは、明宏がまだ岩魚に苦戦していた。


 「食え、食え……クソーッ!」と独り言を漏らしながらキャストを繰り返している。


 「明くん、岩魚も食わないけど……俺と愛生もご飯食えないよ」圭介が声をかける。


 「あっ、そうだった……虹鱒の塩焼き、焼き上がったんだっけ」

ハッとしたように顔を上げる明宏。


結局、圭介は明宏を連れて食堂に戻るのだった。


圭介と明宏が食堂に入ると、だいぶ待たされた愛生はほんの少しふくれた顔をしていた。

だが、そんな様子に明宏は全く気づかない。


 「おぉ〜、俺の虹鱒!めっちゃ美味そうに焼けてんじゃん。それに茶色のうどん?珍しいなぁ」


 「明くんがなかなか来ないから、たぬき蕎麦がのびて、うどんみたいになっちゃったんだよ」


膨れ顔で愛生が言う。


 「えー、だったら先に食べちゃえばよかったのに」明宏は悪気なく言う。


その瞬間、愛生がギロッと睨んだ。

 

 「明くん、だめだよ」


愛生はさらに続けた。

 

 「みんな一緒なんだから。3人で食べなくちゃ、だめだからね」


 「わ、わかったよ……」 気まずそうに目をそらす明宏。


圭介はその時、ふと気づいた。

前回釣りに誘われなくて愛生が怒ったのは、仲間外れにされたからではない。

――兄と弟、3人で一緒にいたい。そう強く思っていたからだ。


 (単にワガママを言ってるんだろうって思ってた俺の方が……浅はかだったな)

そう思うと、胸の奥が少し熱くなった。


 「では、いただきます、しようか」圭介が声をかける。


 「ちょっと待って!私が先に言うから、2人もちゃんと言うんだよ」愛生は胸を張る。


 「……わかったよ」圭介と明宏が顔を見合わせる。


 「それじゃあ、いただきます!」愛生の声に合わせて、


 「いただきます」圭介と明宏も声をそろえた。


串を手に取った愛生は、ヤマメをひと口かじる。


 「んん〜っ!お兄ちゃん、このヤマメ……ふわふわで、皮はパリッとしてて……めっちゃ美味し 

 いよ!」 目を輝かせている。


続いて明宏が虹鱒にかぶりつく。


 「おぉ……想像より全然うまいじゃん。脂ものってて……なんか贅沢な味だな」


圭介も虹鱒を頬張り、驚いたようにうなずいた。


 「ほんとだ。素朴だけど旨味が強いな……釣りたてって、こんなに違うんだな」


3人は夢中で魚にかぶりつき、言葉よりも笑顔の方が多くなる。


明宏はたぬき蕎麦のお揚げを箸で丁寧に目と眉毛の形に、千切りネギを鼻に、カマボコを口に置く、すると丼の中にブサイクな顔が出来上がった。


 「ほら愛生、可愛いしか勝たん」 ご機嫌を取ろうとした明宏。


愛生はじーっと丼を見つめてから、ぷいっと顔をそむけて言った。


 「……可愛くない。」


 「マジかよ……」


やや肩を落とす明宏。


その様子がおかしくて、愛生は思わず「ふふっ」と笑ってしまった。


美味しい魚と蕎麦で腹を満たした3人。


 「日光ちゃん、待っててね」


そう言って明宏は岩魚を狙いに釣り場へ戻っていった。


 (多分、日光岩魚じゃなくて蝦夷岩魚だろうな……まあ、どっちでもいいか)


圭介は心の中で小さく突っ込みを入れる。


 「愛生ちゃん、食後のコーヒーでも飲もうか」


 「うん」


愛生は笑顔でうなずき、

ひと足先に釣り場へ歩いていった。


一方の圭介は車へ向かい、携帯ガスバーナーやコーヒー豆、ドリッパー、折りたたみテーブルに椅子と、大荷物をせっせと運んだ。


――自然いっぱいの釣り場で、可愛い妹とコーヒーを飲む。

ただそれだけの、ささやかな喜び。


どうせ明宏は釣りに夢中で、ゆっくりコーヒーなんて飲むわけがない。

だから最初から弟とコーヒータイムなんて諦めている。


重い荷物を抱える兄を見て、愛生はニコリと微笑んだ。

手は出さず、ただ笑顔。


本当は 「手伝ってくれ」 と言いたい。けれど兄としてのプライドがそれを許さない。


しかし、重いし大きい、

……やっぱり頼んでおけばよかった、と少しだけ後悔する圭介だった。


バーナーで湯を沸かし、小さな折りたたみテーブルを広げ、椅子を二つ並べる。

圭介がドリップすると、爽やかなコーヒーの香りがふわりと立ちのぼった。


 「いい香り」


愛生が嬉しそうに目を細める。


 「自然の中で飲むコーヒーは格別なんだぞ」


圭介はちょっと得意げ。


 (“コーヒー美味しいね、流石お兄ちゃん”なんて言われるかな……) と淡い期待を胸に、

可愛い花柄のマグカップ2つにコーヒーを注いだ、その時――


 「いや〜、あと少しだったけど釣れなかったよ」


明宏が戻ってきた。


 「明くんおかえり」愛生がにっこり手を振る。


 「おっ、コーヒー美味そうじゃん! 流石圭ちゃん気が利くね」


そう言うなり、明宏は当然のようにマグを手に取り、美味しそうに口をつけた。


 (あっ……俺のコーヒーが……)


圭介の胸に小さな悲鳴が響く。


愛生と明宏は椅子に腰かけ、釣り場の空気を楽しみながらコーヒーを飲み始める。

 (今からドリップし直しても、飲み終わっちゃうだろうな……)


そう考えた圭介は、仕方なくインスタントを紙コップに入れて湯を注ぐ。


 (マグカップ、3つ用意すれば良かった……)


ため息交じりの後悔。


さらに追い打ちをかけるように、並んだ二つの椅子にはすでに妹と弟。

座る場所を失った圭介は、クーラーボックスにちょこんと腰を下ろした。


紙コップのインスタントを口に含むと、味はやっぱり少し物足りない。

でも目の前では、愛生と明宏が仲良く笑いながらコーヒーを飲んでいる。


 (……まあ、悪くないか)


圭介は小さく息を吐き、川のせせらぎに耳を澄ませた。


午後はゆっくりと自然の中で釣りを楽しんだ3人。

派手な大物こそ出なかったが、明宏は見事に岩魚を釣り上げたし、それぞれに自然の中で

楽しい時間を過ごせたし、釣果も3人そこそこ釣れたし、十分に満足だった。

空は次第に茜色を帯び、川面がきらきらと反射している。


釣果に満足した3人は夕暮れの渓流に別れを告げ、車に乗り込んだ。


帰りの車中、心地よい疲労感が漂う中で、次に気になったのはやはり 「お腹」 だった。


 「ねぇお兄ちゃん、オムライスが食べたい」 愛生がすぐさま口を開く。


 「俺は焼肉がいいなぁ、ガッツリ食いたい」 明宏が負けじと主張する。


 「オムライス!」


 「焼肉!」


 「オムライス!」


 「焼肉!」


車内で再び姉弟げんかが勃発。


口げんかは一向に収まる気配がない。


 「はいはい、分かった分かった……」


圭介は苦笑いしながらウインカーを出す。


結局どこへ向かうのかは、まだ誰にも分からない。

ただ車内には、釣り場に負けないくらい賑やかな笑い声が響いていた。

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