文化祭 準備 ③
読んで下さる皆様、心より感謝致します。
ゆっくりと物語を進めますので、気長にお付き合い頂ければ幸いです。
♪ピロン♪
愛生のスマホが鳴る。
画面を見ると、差出人は里香。
里香
「ごめん、風邪ひいた…」
一瞬でテンションがしゅんと下がる愛生。
愛生
「え〜〜っ、今日一緒にたい焼き買いに行く予定だったのにぃ〜…」
口をとがらせながらも、すぐに返信を打つ。
愛生
「だいじょぶ? 無理しないでねっ!」
「早く元気になってね〜」
最後に“ふわふわ毛布にくるまるくまさんスタンプ”を添えて送信。
送信後、愛生はスマホを胸にぎゅっと抱きしめる。
「里香ちゃん、早く元気になってね…次は一緒にたい焼き行こ〜」
その声はどこかしょんぼりしているけれど、
愛生らしい、あったかくて優しいトーンだった。
♪ピロン♪
続いて穂乃花から連絡がはいる
穂乃花
「里香ちゃんからLINEきたよ〜風邪ひいちゃったんだってかわいそう〜」
愛生
「うん、私にもきたよ〜早くよくなるといいね」
穂乃花
「たい焼き、里香ちゃん来れなくなっちゃったね」
愛生
「だね〜でもせっかくだし、2人で行こっ」
穂乃花
「うんっ」
(トークを閉じる愛生)
──パシリの圭介の存在を、
すっかり忘れていた2人だった
朝の日差しの中、圭介の愛車がエンジン音を響かせる。
助手席では、すでにテンションMAXの愛生がスマホをいじりながら行き先をナビ設定中。
「じゃ、まず穂乃花ちゃんち行こっ」
「え、里香ちゃんは? お迎えしないの?」
と当然のように尋ねる圭介。
「うん、里香は風邪ひいたから今日はお休み〜」
「……えぇぇぇっ!? マジっすか!?」
圭介の心に雷が落ちた。
一瞬で希望という名の吊り橋が崩壊し、
彼の心は谷底へと真っ逆さま──。
「うわぁ〜残念無念……崖から転げ落ちる気分だ……」
ハンドルに突っ伏しそうになる圭介。
「だから今日は穂乃花ちゃんだけだよ〜」
と、何でもないように言う愛生。
その瞬間、圭介の中で何かが光った。
「……なるほど。小悪魔ちゃんは来ないけど……天使ちゃんは来るのか」
落ちきった崖の底で、
一輪の花(=穂乃花)を見つけた男・圭介は、
再び静かに立ち上がるのであった。
「よ〜し、たい焼き屋まで安全運転で行くぞぉ〜!!」
妙にテンションを取り戻した兄に、
愛生は「単純すぎる……」とため息をつくのだった。
さて、たい焼き屋へ向かう前に立ち寄るのは――
愛生と穂乃花お目当てのコスプレ衣装店。
有名な某大型店舗の駐車場に車を停めると、
2人は目を輝かせて店内へ一直線。
一方、圭介はというと――
「女子の買い物は長いからなぁ〜」と呟きながら、
自販機で買った缶コーヒーを片手にベンチへ腰を下ろす。
だが、意外にも数分後。
「お兄ちゃん、ただいま〜!」
「すぐ見つかっちゃった!」
満面の笑顔で両手に紙袋を提げた愛生と穂乃花が
早々に帰還してきた。
「え、早っ!? 女子の買い物にしては新記録じゃないか」
「だってね〜、かわいい衣装がすぐ見つかったんだもん♪」
とご機嫌な愛生。
「おそろいっぽい感じで可愛いのがあって…♡」
と頬を染める穂乃花。
「そ、そっか……(かわいいって言われたら、反応に困るな…)」
照れ笑いを浮かべる圭介であった。
車はのどかな道を抜け、ついに目的地・寒川のたい焼き屋に到着した。
「着いたよ〜!」と元気な愛生。
「どんな可愛いお店なんだろ〜♪」と期待に胸をふくらませる。
が――
目の前に現れたのは、
無機質な工場と、ひっそり佇む小さな売店。
「……え?」
「……あれ?」
愛生の笑顔が、スーッと消えていく。
「ぜ、ぜんぜん可愛くない……」
しょぼん、と肩を落とす愛生。
「……ほんとだね、思ったより普通……」
と穂乃花も苦笑い。
「わ、私が“かわいい冷凍たい焼き屋さん”って言ったからだ……」
と、しゅんとする穂乃花。
愛生が勝手に“夢かわ”を想像してただけなのに、
なぜか自分を責め始める穂乃花。
その健気な姿に、圭介は胸を打たれた。
(なんて優しい子なんだ……天使かな?)
だが――
「ねぇ、こっちのお店かわいいよ!」
不意に愛生が指を差す。
「ん? どこどこ?」
圭介と穂乃花が視線を向けると――
隣の建物にド派手な看板。
《釣って遊ぶ冒険の島》
カラフルな魚のイラストに「熱帯魚」「金魚」「海の魚も!」と楽しげな文字。
「え、なにここ、室内釣り堀?」
と穂乃花が目を丸くする。
「楽しそうじゃん!ちょっと遊んでこ〜!」
とすでにテンションを戻している愛生。
「……たい焼き屋に来たはずが、結局また釣りかぁ〜」
圭介は苦笑しつつも、
なんだかんだで妹たちの笑顔が見られるならそれも悪くない――
そう思うのだった。
冒険の島のドアをくぐると、そこは魚と子どもと笑い声が入り混じるカオス空間だった。
室内には「ザリガニ釣り」「金魚釣り」「熱帯魚釣り」「海の魚釣り」の4コーナー。
「わぁ~♡ カラフル~!」
キラキラと目を輝かせる愛生。
「ほんとだぁ~!見て見て、あの金魚、リボンみたいな尾びれ~!」
穂乃花も負けじとテンション高め。
2人のテンションは、すでに水族館デート並み。
そして圭介は――
受付横のベンチに腰かけ、缶コーヒーをプシュッ。
(俺、今日また見守り役か……)
「次はザリガニ行こっ!」
「うんっ!」
パタパタと走っていく2人。
――数分後。
「キャー!ハサミ、ハサミ!!」
「ちょ、掴めない〜!きゃははっ!」
愛生がザリガニに挟まれて大騒ぎ。
穂乃花は隣でぷくっと笑いながら器用に釣り上げる。
「穂乃花ちゃん、上手〜!」
どこか得意げな穂乃花。
その後は金魚釣りコーナーへ。
「浮きって、地味なんだよね〜」
と、浮きをガン見しながら退屈そうな愛生。
「ほら、こうやって……今っ!」
ピッと合わせる穂乃花。
見事に金魚を釣り上げた。
「うそっ!早っ!今なんで分かったの!?」
「感じるの、浮きの“息づかい”を」
どや顔で言う穂乃花。
「え、浮きに息づかいあるの!?」
愛生のポンコツ発言に、周囲の子どもたちがくすくす笑う。
一方、圭介はというと――
(まぶしい……青春が……目にしみる……)
目を細め、缶コーヒーを一口。
キラキラ、キャッキャッ、ピョンピョン。
女子高生2人のテンションが、釣り堀の空気を一瞬でアイドルステージに変えていた。
1時間たっぷり釣り堀で遊んだ愛生と穂乃花は、すっかりご満悦。
髪に金魚の水しぶきを残したまま、満足げにほほえむ。
「ふぅ〜楽しかった〜♡」
「ね〜っ、金魚あんなに釣れると思わなかった〜!」
キャッキャッとテンション高めな2人。
一方そのころ圭介は――
ちゃっかり隣のたい焼き工場の売店で、冷凍たい焼きを購入済み。
文化祭前日に学校へ“配達指定”まで完了。
「よし、任務完了!今日の俺、仕事できる男!」
と、ひとりドヤ顔で納品書を確認していた。
さらに、自宅用たい焼きもお買い上げ。
店員さんが「これオマケね」と小袋を渡してくれると、
「えっ、マジっすか!神!!」
と素で喜ぶ圭介。
「たい焼きでテンション上がるお兄ちゃん、ちょっと可愛い」
と愛生がクスクス笑う。
「だってほら、オマケって響きが甘いじゃん」
「たい焼きだけにね!」
と、よく分からないダジャレをかます圭介。
穂乃花が優しく笑って、
「ふふっ、お兄さん、今日ずっと頑張ってくれましたもんね」
とフォロー。
そんな穂乃花の一言で、圭介のテンションはまた急上昇。
「やっぱ天使……!」と心の声が漏れそうになる。
その直後――
「お腹空いた〜!」
愛生の一言で、全員の思考は即・食欲モードに切り替わった。
「よし、ファミレス行こっ!」
「さんせ〜い!」
こうして3人は、冷凍たい焼きミッションを完遂し、
夕暮れのファミレスへと吸い込まれていった。
ファミレスに入店した3人。
ドアの「いらっしゃいませ〜」の声と同時に、愛生はすでに最短ルートで席へ突進。
メニューをパッと開いて、
「わ〜!このパフェかわいい〜♡」
と、声のボリュームMAX。
圭介が隣で苦笑しつつ、ふと気づく。
「あれ?穂乃花ちゃんは?」
キョロキョロ見渡すと、いない。
……と、そのとき。
「お待たせしました〜、お水とおしぼりです♪」
ニコッと微笑みながら戻ってくる穂乃花。
3人分の水とおしぼりを丁寧に配る。
「はい、どうぞ」
その笑顔に圭介、思わず胸キュン(※効果音:ドクン)。
「いや〜、気配りも出来るし……ほんと、いい子だなぁ〜」
と心の中で感心スコアを更新中。
ふと横を見ると、愛生はと言えば──
お子さまメニューのページを開いて
「わっ、アンパンマンの旗ついてる♡ かわいい〜!」
と、目をキラキラさせている。
圭介の脳内にため息が流れる。
(同じ歳なのに……この落差よ……)
「穂乃花ちゃん、ありがとう。気配りできて偉いね」
「いえいえ、そんな……」と照れ笑いの穂乃花。
──圭介、再び感心。
(あぁ、なんて天使なんだ……)
その瞬間、愛生がパッと顔を上げる。
「ねぇ穂乃花ちゃん! お子さまメニューって、私も食べていいのかな? オマケかわいい、欲しい!」
「えっとね、愛生ちゃん……もう高校生なんだから、チビっ子メニューはやめとこっか♪」
にこやかに諭す穂乃花。
「え〜〜!ケチ〜!」
愛生はほっぺをふくらませて抗議。
圭介はその様子を眺めながら、ふと思う。
──もしこれが里香だったら。
入店して席に座った瞬間、
「……圭介、お水とおしぼり取っこい」
と無言の圧力で命令。
お子さまメニューに目を向ける愛生へは、
「ダメに決まってるでしょ」
の一言で終了。
圭介は水をひと口すすり、
(やっぱ……里香が可愛いんだよなぁ)
と、しみじみ思うのであった。
テーブルに運ばれてきたのは、
湯気を立てるハンバーグ、香ばしいスパゲッティ、そしてふわとろのオムライス。
「わ〜っ、美味しそう〜!」
愛生が目を輝かせ、
「それでは、いただきま〜す!」
3人の声が重なる。
ナイフの音が軽やかに響く中、
圭介がふと穂乃花に話しかけた。
「穂乃花ちゃん、愛生と明宏と仲良くしてもらってるみたいで、ありがとうね。」
「いえいえ、仲良くしてもらっているのは私の方です〜」
と、穂乃花はほんわか笑顔。
「明宏から、よく穂乃花ちゃんの話を聞くよ。“素敵なお姉さんだ”ってさ。」
「えっ、え〜〜そんな……」
頬をほんのり赤くして、スプーンを持つ手がぷるぷる。
その様子を見て、圭介は(ほんとにいい子だなぁ)と感心していた。
……と、そこへ。
モグモグ、モグモグ──と音がする。
愛生、口いっぱいにオムライスを詰め込みながら、
「んぐふぁ〜〜ぅむ〜ふぁ〜〜んぐぅ〜!」
「……え?え?なに??」
穂乃花が首を傾げる。
「えっと……“あたしも素敵でしょ”って言ってるのかな?」
と圭介。
愛生、モグモグのまま親指をグッと立て、ドヤ顔。
「(当たりっ♪)」みたいな顔をしてニヤリ。
「……」
「……」
どうリアクションしていいか分からず、
圭介と穂乃花はとりあえず、にっこり笑って返す。
空気は、ふわっと温かく、
ハンバーグの香りと同じくらい柔らかい時間が流れていく。
穂乃花のほんわか、愛生の天然、圭介の苦笑──
3人の優しい午後が、ゆっくりとファミレスの窓越しに溶けていった。
食後のデザートタイム。
穂乃花はメニューをじ〜っと眺めて、
「うん、私は……小さなアイスでいいかな」と控えめ。
一方の愛生、即決。
タブレットをタップ!
「これっ!! スペシャル・チョコパフェ!!」
メニュー写真のパフェは、塔のようにそびえ立ち、
生クリームとチョコとフルーツが“お祭り状態”だ。
「……愛生、それ、本気で食べるの?」
と圭介。
「もちろん♡ デザートは別腹だから!」
と自信満々の愛生。
(別腹って便利な言葉だよな……)
圭介は心の中でため息。
実は財布の中は、残り数千円。
ファミレスとはいえ、油断すれば即・赤字だ。
だから、注文は控えめに──
「俺はドリンクバーのコーヒーで十分だな」と節約宣言。
なぜなら、彼には確信があった。
──このあと、レジ前のガチャガチャをねだる妹の姿が、目に浮かぶからである。
配膳ロボットが「ピピ♪ 配膳完了しました」とお辞儀しながら、
3人のテーブルへと到着。
「わぁ〜、ロボットかわいい〜!」とテンションMAXの愛生。
そのロボットの上には──
ドーーーンッ!!!
タワーのようなパフェが鎮座していた。
「……えっ、これ、写真より大きくない!?」
目を丸くする穂乃花。
「まだこんなに食べるの〜?」と驚く穂乃花の口へ、
愛生はニヤリと笑って、パフェに刺さっていたウェハースをスッと突っ込む。
「はい、あ〜ん♪」
「ふぇっ⁉」
突然の“強制ウェハース”に、穂乃花は目をパチパチ。
「オムライスが前菜で、パフェが主菜なんだから〜」
と堂々と言い放つ愛生。
その堂々っぷりに、
「も〜、愛生ちゃんらしいね〜」
とクスクス笑う穂乃花。
圭介は(よく育ったもんだなぁ……方向はアレだけど)と、苦笑い。
ファミレスを出ると、空はすっかりオレンジ色に染まっていた。
お腹も心も満たされた3人は、駐車場へと歩く。
「はぁ〜、食べた食べた〜! パフェ、ガチャガチャも幸せの味だった〜」
と、両手をお腹に当てながら満足げな愛生。
「うんうん、見てるこっちまでお腹いっぱいになったよ〜」
と笑う穂乃花。
「俺は見てただけで財布が空っぽになったけどな……」
と肩を落とす圭介。
「お兄ちゃん、愛生の笑顔はプライスレスだよ♡」
「どの口が言うんだ、どの口が。」
兄妹の掛け合いに、穂乃花がクスクス笑う。
車は穂乃花の家の近くへ。
「今日はありがとうございました!」
と丁寧に頭を下げる穂乃花。
「こちらこそ〜、釣りもたい焼きも、めっちゃ楽しかったね〜!」
と愛生は元気に手を振る。
「うん! また明日、学校でね!」
穂乃花の笑顔は、夕日に溶けるようにやわらかかった。
「明ちゃんにもよろしくね〜!」
と声をかけて走っていく穂乃花。
車の中で、その背中を見送りながら、
「……ほんと、いい子だなぁ〜」と感心する圭介。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「ん?」
「明日もガチャガチャしていい?」
「……プライスレス、だな(財布的に)」
その日、圭介のため息は、夕暮れと一緒に車窓へと溶けていった。




