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うちの愛生ちゃん  作者: 横溝 啓介
1年2学期
59/79

文化祭 準備 ③

読んで下さる皆様、心より感謝致します。


ゆっくりと物語を進めますので、気長にお付き合い頂ければ幸いです。

♪ピロン♪

愛生のスマホが鳴る。

画面を見ると、差出人は里香。


里香

「ごめん、風邪ひいた…」


一瞬でテンションがしゅんと下がる愛生。


愛生

「え〜〜っ、今日一緒にたい焼き買いに行く予定だったのにぃ〜…」

口をとがらせながらも、すぐに返信を打つ。


愛生

「だいじょぶ? 無理しないでねっ!」

「早く元気になってね〜」


最後に“ふわふわ毛布にくるまるくまさんスタンプ”を添えて送信。


送信後、愛生はスマホを胸にぎゅっと抱きしめる。

「里香ちゃん、早く元気になってね…次は一緒にたい焼き行こ〜」


その声はどこかしょんぼりしているけれど、

愛生らしい、あったかくて優しいトーンだった。


♪ピロン♪

続いて穂乃花から連絡がはいる


穂乃花

「里香ちゃんからLINEきたよ〜風邪ひいちゃったんだってかわいそう〜」


愛生

「うん、私にもきたよ〜早くよくなるといいね」


穂乃花

「たい焼き、里香ちゃん来れなくなっちゃったね」


愛生

「だね〜でもせっかくだし、2人で行こっ」


穂乃花

「うんっ」


(トークを閉じる愛生)

──パシリの圭介の存在を、

すっかり忘れていた2人だった


朝の日差しの中、圭介の愛車がエンジン音を響かせる。

助手席では、すでにテンションMAXの愛生がスマホをいじりながら行き先をナビ設定中。


「じゃ、まず穂乃花ちゃんち行こっ」


「え、里香ちゃんは? お迎えしないの?」

と当然のように尋ねる圭介。


「うん、里香は風邪ひいたから今日はお休み〜」


「……えぇぇぇっ!? マジっすか!?」

圭介の心に雷が落ちた。


一瞬で希望という名の吊り橋が崩壊し、

彼の心は谷底へと真っ逆さま──。


「うわぁ〜残念無念……崖から転げ落ちる気分だ……」

ハンドルに突っ伏しそうになる圭介。


「だから今日は穂乃花ちゃんだけだよ〜」

と、何でもないように言う愛生。


その瞬間、圭介の中で何かが光った。

「……なるほど。小悪魔ちゃんは来ないけど……天使ちゃんは来るのか」


落ちきった崖の底で、

一輪の花(=穂乃花)を見つけた男・圭介は、

再び静かに立ち上がるのであった。


「よ〜し、たい焼き屋まで安全運転で行くぞぉ〜!!」

妙にテンションを取り戻した兄に、

愛生は「単純すぎる……」とため息をつくのだった。


さて、たい焼き屋へ向かう前に立ち寄るのは――

愛生と穂乃花お目当てのコスプレ衣装店。


有名な某大型店舗の駐車場に車を停めると、

2人は目を輝かせて店内へ一直線。


一方、圭介はというと――

「女子の買い物は長いからなぁ〜」と呟きながら、

自販機で買った缶コーヒーを片手にベンチへ腰を下ろす。


だが、意外にも数分後。


「お兄ちゃん、ただいま〜!」

「すぐ見つかっちゃった!」


満面の笑顔で両手に紙袋を提げた愛生と穂乃花が

早々に帰還してきた。


「え、早っ!? 女子の買い物にしては新記録じゃないか」


「だってね〜、かわいい衣装がすぐ見つかったんだもん♪」

とご機嫌な愛生。


「おそろいっぽい感じで可愛いのがあって…♡」

と頬を染める穂乃花。


「そ、そっか……(かわいいって言われたら、反応に困るな…)」

照れ笑いを浮かべる圭介であった。


車はのどかな道を抜け、ついに目的地・寒川のたい焼き屋に到着した。


「着いたよ〜!」と元気な愛生。

「どんな可愛いお店なんだろ〜♪」と期待に胸をふくらませる。


が――


目の前に現れたのは、

無機質な工場と、ひっそり佇む小さな売店。


「……え?」

「……あれ?」


愛生の笑顔が、スーッと消えていく。


「ぜ、ぜんぜん可愛くない……」

しょぼん、と肩を落とす愛生。


「……ほんとだね、思ったより普通……」

と穂乃花も苦笑い。


「わ、私が“かわいい冷凍たい焼き屋さん”って言ったからだ……」

と、しゅんとする穂乃花。


愛生が勝手に“夢かわ”を想像してただけなのに、

なぜか自分を責め始める穂乃花。


その健気な姿に、圭介は胸を打たれた。

(なんて優しい子なんだ……天使かな?)


だが――


「ねぇ、こっちのお店かわいいよ!」


不意に愛生が指を差す。


「ん? どこどこ?」

圭介と穂乃花が視線を向けると――

隣の建物にド派手な看板。


《釣って遊ぶ冒険の島》


カラフルな魚のイラストに「熱帯魚」「金魚」「海の魚も!」と楽しげな文字。


「え、なにここ、室内釣り堀?」

と穂乃花が目を丸くする。


「楽しそうじゃん!ちょっと遊んでこ〜!」

とすでにテンションを戻している愛生。


「……たい焼き屋に来たはずが、結局また釣りかぁ〜」

圭介は苦笑しつつも、

なんだかんだで妹たちの笑顔が見られるならそれも悪くない――

そう思うのだった。


冒険の島のドアをくぐると、そこは魚と子どもと笑い声が入り混じるカオス空間だった。

室内には「ザリガニ釣り」「金魚釣り」「熱帯魚釣り」「海の魚釣り」の4コーナー。


「わぁ~♡ カラフル~!」

キラキラと目を輝かせる愛生。

「ほんとだぁ~!見て見て、あの金魚、リボンみたいな尾びれ~!」

穂乃花も負けじとテンション高め。


2人のテンションは、すでに水族館デート並み。

そして圭介は――

受付横のベンチに腰かけ、缶コーヒーをプシュッ。

(俺、今日また見守り役か……)


「次はザリガニ行こっ!」

「うんっ!」

パタパタと走っていく2人。


――数分後。


「キャー!ハサミ、ハサミ!!」

「ちょ、掴めない〜!きゃははっ!」

愛生がザリガニに挟まれて大騒ぎ。

穂乃花は隣でぷくっと笑いながら器用に釣り上げる。


「穂乃花ちゃん、上手〜!」

どこか得意げな穂乃花。


その後は金魚釣りコーナーへ。


「浮きって、地味なんだよね〜」

と、浮きをガン見しながら退屈そうな愛生。


「ほら、こうやって……今っ!」

ピッと合わせる穂乃花。

見事に金魚を釣り上げた。


「うそっ!早っ!今なんで分かったの!?」

「感じるの、浮きの“息づかい”を」

どや顔で言う穂乃花。


「え、浮きに息づかいあるの!?」

愛生のポンコツ発言に、周囲の子どもたちがくすくす笑う。


一方、圭介はというと――

(まぶしい……青春が……目にしみる……)

目を細め、缶コーヒーを一口。


キラキラ、キャッキャッ、ピョンピョン。

女子高生2人のテンションが、釣り堀の空気を一瞬でアイドルステージに変えていた。


1時間たっぷり釣り堀で遊んだ愛生と穂乃花は、すっかりご満悦。

髪に金魚の水しぶきを残したまま、満足げにほほえむ。


「ふぅ〜楽しかった〜♡」

「ね〜っ、金魚あんなに釣れると思わなかった〜!」

キャッキャッとテンション高めな2人。


一方そのころ圭介は――

ちゃっかり隣のたい焼き工場の売店で、冷凍たい焼きを購入済み。

文化祭前日に学校へ“配達指定”まで完了。


「よし、任務完了!今日の俺、仕事できる男!」

と、ひとりドヤ顔で納品書を確認していた。


さらに、自宅用たい焼きもお買い上げ。

店員さんが「これオマケね」と小袋を渡してくれると、

「えっ、マジっすか!神!!」

と素で喜ぶ圭介。


「たい焼きでテンション上がるお兄ちゃん、ちょっと可愛い」

と愛生がクスクス笑う。


「だってほら、オマケって響きが甘いじゃん」

「たい焼きだけにね!」

と、よく分からないダジャレをかます圭介。


穂乃花が優しく笑って、

「ふふっ、お兄さん、今日ずっと頑張ってくれましたもんね」

とフォロー。


そんな穂乃花の一言で、圭介のテンションはまた急上昇。

「やっぱ天使……!」と心の声が漏れそうになる。


その直後――

「お腹空いた〜!」

愛生の一言で、全員の思考は即・食欲モードに切り替わった。


「よし、ファミレス行こっ!」

「さんせ〜い!」


こうして3人は、冷凍たい焼きミッションを完遂し、

夕暮れのファミレスへと吸い込まれていった。


ファミレスに入店した3人。

ドアの「いらっしゃいませ〜」の声と同時に、愛生はすでに最短ルートで席へ突進。


メニューをパッと開いて、

「わ〜!このパフェかわいい〜♡」

と、声のボリュームMAX。


圭介が隣で苦笑しつつ、ふと気づく。


「あれ?穂乃花ちゃんは?」

キョロキョロ見渡すと、いない。


……と、そのとき。


「お待たせしました〜、お水とおしぼりです♪」

ニコッと微笑みながら戻ってくる穂乃花。

3人分の水とおしぼりを丁寧に配る。


「はい、どうぞ」


その笑顔に圭介、思わず胸キュン(※効果音:ドクン)。


「いや〜、気配りも出来るし……ほんと、いい子だなぁ〜」

と心の中で感心スコアを更新中。


ふと横を見ると、愛生はと言えば──

お子さまメニューのページを開いて

「わっ、アンパンマンの旗ついてる♡ かわいい〜!」

と、目をキラキラさせている。


圭介の脳内にため息が流れる。

(同じ歳なのに……この落差よ……)


「穂乃花ちゃん、ありがとう。気配りできて偉いね」

「いえいえ、そんな……」と照れ笑いの穂乃花。


──圭介、再び感心。

(あぁ、なんて天使なんだ……)


その瞬間、愛生がパッと顔を上げる。

「ねぇ穂乃花ちゃん! お子さまメニューって、私も食べていいのかな? オマケかわいい、欲しい!」


「えっとね、愛生ちゃん……もう高校生なんだから、チビっ子メニューはやめとこっか♪」

にこやかに諭す穂乃花。


「え〜〜!ケチ〜!」

愛生はほっぺをふくらませて抗議。


圭介はその様子を眺めながら、ふと思う。


──もしこれが里香だったら。


入店して席に座った瞬間、

「……圭介、お水とおしぼり取っこい」

と無言の圧力で命令。


お子さまメニューに目を向ける愛生へは、

「ダメに決まってるでしょ」

の一言で終了。


圭介は水をひと口すすり、

(やっぱ……里香が可愛いんだよなぁ)

と、しみじみ思うのであった。


テーブルに運ばれてきたのは、

湯気を立てるハンバーグ、香ばしいスパゲッティ、そしてふわとろのオムライス。


「わ〜っ、美味しそう〜!」

愛生が目を輝かせ、

「それでは、いただきま〜す!」

3人の声が重なる。


ナイフの音が軽やかに響く中、

圭介がふと穂乃花に話しかけた。


「穂乃花ちゃん、愛生と明宏と仲良くしてもらってるみたいで、ありがとうね。」


「いえいえ、仲良くしてもらっているのは私の方です〜」

と、穂乃花はほんわか笑顔。


「明宏から、よく穂乃花ちゃんの話を聞くよ。“素敵なお姉さんだ”ってさ。」


「えっ、え〜〜そんな……」

頬をほんのり赤くして、スプーンを持つ手がぷるぷる。


その様子を見て、圭介は(ほんとにいい子だなぁ)と感心していた。


……と、そこへ。

モグモグ、モグモグ──と音がする。


愛生、口いっぱいにオムライスを詰め込みながら、

「んぐふぁ〜〜ぅむ〜ふぁ〜〜んぐぅ〜!」


「……え?え?なに??」

穂乃花が首を傾げる。


「えっと……“あたしも素敵でしょ”って言ってるのかな?」

と圭介。


愛生、モグモグのまま親指をグッと立て、ドヤ顔。


「(当たりっ♪)」みたいな顔をしてニヤリ。


「……」

「……」


どうリアクションしていいか分からず、

圭介と穂乃花はとりあえず、にっこり笑って返す。


空気は、ふわっと温かく、

ハンバーグの香りと同じくらい柔らかい時間が流れていく。


穂乃花のほんわか、愛生の天然、圭介の苦笑──

3人の優しい午後が、ゆっくりとファミレスの窓越しに溶けていった。


食後のデザートタイム。


穂乃花はメニューをじ〜っと眺めて、

「うん、私は……小さなアイスでいいかな」と控えめ。


一方の愛生、即決。

タブレットをタップ!

「これっ!! スペシャル・チョコパフェ!!」


メニュー写真のパフェは、塔のようにそびえ立ち、

生クリームとチョコとフルーツが“お祭り状態”だ。


「……愛生、それ、本気で食べるの?」

と圭介。


「もちろん♡ デザートは別腹だから!」

と自信満々の愛生。


(別腹って便利な言葉だよな……)

圭介は心の中でため息。


実は財布の中は、残り数千円。

ファミレスとはいえ、油断すれば即・赤字だ。


だから、注文は控えめに──

「俺はドリンクバーのコーヒーで十分だな」と節約宣言。


なぜなら、彼には確信があった。

──このあと、レジ前のガチャガチャをねだる妹の姿が、目に浮かぶからである。


配膳ロボットが「ピピ♪ 配膳完了しました」とお辞儀しながら、

3人のテーブルへと到着。


「わぁ〜、ロボットかわいい〜!」とテンションMAXの愛生。

そのロボットの上には──


ドーーーンッ!!!

タワーのようなパフェが鎮座していた。


「……えっ、これ、写真より大きくない!?」

目を丸くする穂乃花。


「まだこんなに食べるの〜?」と驚く穂乃花の口へ、

愛生はニヤリと笑って、パフェに刺さっていたウェハースをスッと突っ込む。


「はい、あ〜ん♪」


「ふぇっ⁉」

突然の“強制ウェハース”に、穂乃花は目をパチパチ。


「オムライスが前菜で、パフェが主菜なんだから〜」

と堂々と言い放つ愛生。


その堂々っぷりに、

「も〜、愛生ちゃんらしいね〜」

とクスクス笑う穂乃花。


圭介は(よく育ったもんだなぁ……方向はアレだけど)と、苦笑い。


ファミレスを出ると、空はすっかりオレンジ色に染まっていた。

お腹も心も満たされた3人は、駐車場へと歩く。


「はぁ〜、食べた食べた〜! パフェ、ガチャガチャも幸せの味だった〜」

と、両手をお腹に当てながら満足げな愛生。


「うんうん、見てるこっちまでお腹いっぱいになったよ〜」

と笑う穂乃花。


「俺は見てただけで財布が空っぽになったけどな……」

と肩を落とす圭介。


「お兄ちゃん、愛生の笑顔はプライスレスだよ♡」

「どの口が言うんだ、どの口が。」

兄妹の掛け合いに、穂乃花がクスクス笑う。


車は穂乃花の家の近くへ。


「今日はありがとうございました!」

と丁寧に頭を下げる穂乃花。


「こちらこそ〜、釣りもたい焼きも、めっちゃ楽しかったね〜!」

と愛生は元気に手を振る。


「うん! また明日、学校でね!」

穂乃花の笑顔は、夕日に溶けるようにやわらかかった。


「明ちゃんにもよろしくね〜!」

と声をかけて走っていく穂乃花。


車の中で、その背中を見送りながら、

「……ほんと、いい子だなぁ〜」と感心する圭介。


「ねぇ、お兄ちゃん」

「ん?」

「明日もガチャガチャしていい?」

「……プライスレス、だな(財布的に)」


その日、圭介のため息は、夕暮れと一緒に車窓へと溶けていった。

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