文化祭 準備 ②
読んで下さる皆様、心より感謝致します。
ゆっくりと物語を進めますので、気長にお付き合い頂ければ幸いです。
放課後の部室、文化祭の展示物も飾り付けパーツも、ほぼ完成!
はさみの音も消え、ようやく作業の山を越えたその時――
「ねぇ、愛生ちゃんが好きそうな、かわいい冷凍たい焼き売ってるお店、知ってるんだ……」
穂乃花が控えめに、少し頬を赤くしながら言った。
「え~~!? なにそれっ!!」
愛生は椅子をガタッと鳴らしてピョンと跳ね上がる。
もう、テンションは釣り上がりアマゴ級。
「これこれ……」
穂乃花がスマホを差し出す。
画面には、ピンク、黄色、緑――まるでスイーツみたいなカラフルたい焼きがずらり。
「キャーー!! かわいい〜っ♡」
愛生はもう、喜びの小鹿のようにピョンピョン。
「……あぁ〜、また始まった」
呆れ顔でつぶやく里香。
このテンション、週3で見てる。
「愛生ちゃん、かわいいの大好きだもんね。喜んでくれて嬉しい〜」
穂乃花の顔には、ほんわか笑顔。
「次のお休みはこのたい焼き屋さん行こっ! 決定っ!」
と宣言する愛生。
「えぇ〜、わざわざ行くの? 通販でいいじゃん……」
とため息まじりの里香。
しかしその瞬間、愛生と穂乃花の“かわいい同盟”が成立する。
2人同時に、顔を見合わせて言った。
「かわいいしか勝たん♡」
「いや、勝負してないから……」
と、またしても冷静な里香のツッコミが飛ぶ。
それでも愛生は、キラキラした目で言葉を重ねる。
「かわいいしか〜〜勝たんっ♡♡」
両手でハートを作り、ぶりっ子全開ポーズ。
部室の空気は、甘いたい焼きの香りよりも甘ったるく満ちていった。
「えへへ……実はね、愛生ちゃんの影響で、かわいい物が好きになってきちゃったんだ」
「えっ、えっ!? えええっ!?」
愛生は一瞬フリーズ。
次の瞬間――ぱぁぁぁっと満面の笑顔に。
「うそっ! 穂乃花ちゃん、ようこそ“かわいいの世界”へ〜っ♡」
スクールバックをガサゴソ……
ぬいぐるみ、チャーム、リボン、そして謎のピノノちゃん2号(?)まで、
愛生の“夢のデコバック”がテーブルにドーン。
「見て見て〜! このカバン、全部かわいいでしょ〜?
穂乃花ちゃんも、こういうのにしよ!」
……やや目がチカチカする穂乃花。
「う、うん……すごいねぇ……」
(※“すごい”は“かわいい”ではない)
「私、そこまでメルヘンはいいかな〜」
と、にこやかに笑ってやんわり回避。
「えぇ〜〜〜!? メルヘンは正義だよ!?
バッグに魂を宿すのっ!」
と、熱弁をふるう愛生。
「魂は……ノートに宿しておくね」
と、そっと笑う穂乃花。
その温度差、約10℃。
部室には、かわいいの暴風と、穂乃花の静かな避難所が共存していた。
部室のホワイトボードには、大きく「文化祭準備:進行度95%!」の文字。
冷凍たい焼きの手配と、コスプレ衣装を決めてしまえば、もう下準備は完了だ。
「よしっ、じゃあさ! 次のお休みに冷凍たい焼きとコスプレ衣装、見に行こうよっ♪」
と、キラキラ笑顔の愛生。
「うんうん、楽しみだね〜〜!」
と、ほんわか頷く穂乃花。
一方、机に突っ伏している里香はというと——
「……わざわざ行くの面倒くさ……通販でよくない……?」
と、魂の抜けた声。
「え〜、ダメだよっ! 実物見ないと“かわいい指数”が計れないんだからっ!」
と、愛生は“かわいいセンサー”を作動させるポーズ。
そんな中、唯一テンションが低い男子・明宏は、
スマホをいじりながらぼそっと一言。
「俺、中等部の準備あるからたい焼き屋はパスね」
「なにそれ、ノリ悪っ!」
「え、でも……じゃあ3人で行こうねっ♪」
と、即切り替えの愛生。
「電車で行くんでしょ? もしたい焼き買ったら持って帰れないよ〜?」
と心配する穂乃花。
「大丈夫大丈夫っ。お兄ちゃんパシリに使うから!」
と、悪気ゼロ、笑顔100%。
「……今、何かとんでもないこと言わなかった?」
と呆れる里香。
「圭ちゃん、今回もご苦労さまです」
と明宏。
“次のお休み=兄の運命の日”が、静かに決定した瞬間であった。
日曜日の朝。
まだトーストも焼けていない食卓で、愛生は牛乳片手にサラッと爆弾を投下した。
「お兄ちゃ〜ん、文化祭用の冷凍たい焼き、今日に買いに行くから車出してね〜♪」
「……は?」
トーストをくわえかけていた圭介の手が止まる。
「ちょ、ちょっと待て、いきなり過ぎるだろ。てか、いつもいきなりだけど!」
愛生は聞く耳ゼロ。
「だって〜、お兄ちゃん彼女いないし、友達も少ないじゃん? だから私たちのお買い物に付き合っても平気でしょ♪」
「うぐっ……っ!」
(心の急所にクリティカルヒット!)
「お、おまえらって……“私たち”って誰だよ?」
と、慎重に聞き返す圭介。
「ん〜? 里香ちゃんと穂乃花ちゃんだよ。部活の買い出しだから、3人で行くのっ!」
その瞬間、圭介の脳内で天使のファンファーレが鳴り響いた。
(り……里香ちゃんが来るだと!?)
頭の中では、里香がたい焼きを手に微笑む幻がスローモーションで流れ、そして妄想が爆走する。
「仕方ないわね、圭介あ~んして」
里香が圭介の口元にたい焼きを優しく差し出す。
「いただきましゅ〜、モグモグ」
デレデレ、幸せいっぱいの圭介
「ねぇ~圭介、私のたい焼き、どお?」
甘えたら声でイチャつく里香
「うん、たい焼きも美味しいけど、俺、やっぱ里香ちゃんが、食べた〜い」
次の瞬間、「ビシッ」愛生が圭介の頭を叩く
「どうせまたしょうもないこと、考えていたんでしょ」
呆れた様子の愛生を誤魔化すように、
「おっけー! 可愛い妹の頼みを断るなんて兄失格だよなっ! よし、手伝うこととしよう!」
胸を張りながら宣言する圭介。
「やった〜! さすが私のお兄ちゃんっ♡」
と、愛生はしてやったりの笑顔。
——こうして。
「妹のため」と言いつつ、「里香のため」に、
圭介は喜んで冷凍たい焼き屋への“パシリ運転手”を務めることになったのであった。




