文化祭 準備 ➀
読んで下さる皆様、心より感謝致します。
ゆっくりと物語を進めますので、気長にお付き合い頂ければ幸いです。
平日の朝。
夜勤明けでフラフラと帰宅した圭介。
寝不足のゾンビのように玄関へたどり着くと、そこには登校準備を終えた高校生の愛生と中学生の明宏の姿が。
「おっ、お兄ちゃんおかえりなさ〜い!」
太陽みたいな笑顔で愛生が手を振る。
「おつかれ〜」
明宏は片手で制服のボタンを留めながら、完全にオッサンみたいなテンション。朝から重力に負けている。
「お前ら……朝から元気だな……」
圭介はあくび混じりに言いながら、ふと愛生のスカート丈に視線が止まった。
「ちょ、ちょっと待て愛生! スカート、短くないか?」
「え〜大丈夫だって。ちゃんと折ってるだけだし、見せパン履いてるもん!」
堂々と胸を張る愛生。
「いや……そういう問題じゃ……」
圭介は言葉を詰まらせる。
(妹が男子の視線を浴びるとか……兄として寿命が縮むんだが!?)
そこへ愛生が悪戯っぽく笑う。
「だってさ〜、里香だってスカート短いじゃん。お兄ちゃん、いつもデレッとして見てるし〜」
「ぐぬぬっ……!」
反論不能。痛恨の一撃。
(ち、違うんだ……! 里香ちゃんの生足は見たいけど、愛生の生足は見せたくないんだよ!)
心の中で叫びながらも、口からは出ない圭介。
「じゃ、いってきまーす!」
颯爽と走り出す高校生・愛生。
その後ろを、眠そうにカバンを肩にかけた中学生・明宏がノロノロと追う。
玄関先に立ち尽くす圭介。
ぼんやりした頭で、ぽつりとつぶやいた。
「……兄ってのは、心配しても報われねぇ生き物だな……」
朝のバス停。
柔らかい朝日を浴びながら、制服姿の里香が静かに立っていた。
「おはよ〜!」
愛生が元気に駆け寄る。
「おはよう、愛生」
里香は微笑んで返す。その笑顔は相変わらず天使レベル。
短めのスカートでも、どこか上品で清楚な雰囲気をまとっている。
(うわ、やっぱり里香も短いじゃん……!)
愛生、心の中で兄・圭介の「スカート警察」発言を思い出し、むむむっと唇をとがらせる。
そこへ、数歩遅れてダルそうに明宏が登場。
肩からぶら下がる通学バッグが重力に完全降参している。
「……眠っ」
一言で彼のテンションがわかる中学生男子。
そんな明宏をよそに、里香が愛生のスクールバッグを見て、首をかしげる。
「ねぇ、またマスコット増えてない? 前より賑やかになってる気がするんだけど」
愛生、得意げにピース。
「ブッブー、残念でした〜! 不正解っ! チャームも増やしたんだよ〜!」
キラキラ、ジャラジャラ、愛生のバッグはまるで動く雑貨店。
マスコットホルダーとチャームが共演し、歩くたびにカチャカチャ音を立てている。
「そんなにいっぱい付けたら、邪魔じゃない?」
呆れつつも笑う里香。
「だって〜、かわいい子が多すぎて選べないんだもん!
1つだけなんて無理だよ〜」
愛生、すかさず里香のバッグに目を向ける。
里香のスクールバッグには、シンプルにマスコットがひとつだけ。
「えっ……1人ぼっちじゃん、この子!」
しげしげと見つめて、若干ショックを受ける愛生。
「うちの子は、少数精鋭だから」
と、里香はクスッと笑う。
(……なんか負けた気がする)
愛生、心の中で敗北宣言。
バスが近づいてくると、2人の髪がふわりと風に揺れる。
その後ろで明宏はあくびを噛み殺しながらぼそり。
「……朝から女子って元気だな……」
残暑が残る明るい朝。
日差しはまだじりじりと強く、バスの窓から差し込む光に、愛生と里香は思わず目を細める。
バスの中では、愛生と里香が並んで座り、明宏はいつものように一人、後ろの席でダラッと座っている。
愛生がふくれっ面でぼやいた。
「今朝ね、お兄ちゃんに“スカート短い”って言われたの〜」
「また? 圭介、朝から元気だね、」
里香が苦笑しながら言う。
「しかも、“男の目があるぞ”とか言ってくるんだよ?
お兄ちゃん、私のこと男目線で見たことなんてないくせにさ!」
愛生の憤慨に、里香は心の中で(いや……ある意味、あるのかも)と思う。
(だって圭介、私のスカートはチラッと見るくせに、愛生ちゃんにはやたら厳しいし)
「それでね〜、“男からいやらしい目で見られるのが心配なんだ”だって」
と愛生が呆れ顔で言う。
「自分が一番いやらしい目してるくせにね!」
「うん、それは……否定できない」
里香は思わず吹き出す。
愛生が首をかしげながら笑う。
「なんか、お兄ちゃんってさ、里香のこと見るときだけ、ちょっと顔がデレッとしてるよね」
「……あ、やっぱりそう思う?」
里香が小声で返す。
「私も思ってたの。あの顔……正直、ちょっとキモいよね」
2人、見つめ合って――
「「キモいよね〜!」」
バスの中に、ふたりの笑い声が響いた。
後ろの席の明宏が小声でつぶやく。
「兄ちゃん、たぶん今頃くしゃみしてるな……」
窓の外には夏の終わりの陽射し。
バスの中には、ちょっとキモいけど、なんだか憎めない兄の話で盛り上がる女子高生2人の笑い声が、のどかに響いていた。
バスが小さく揺れたそのとき、途中停車のバス停からふわりと一人の女子が乗り込んできた。
「あっ、みんなおはよっ」
ぽわぽわと柔らかい声が響く。
「おはよー穂乃花〜」
愛生と里香が手を振る。
その声を聞いた瞬間、明宏の表情がフッとやわらいだ。
――穂乃花の声には癒しの魔力がある。
彼女は規定通りのスカート丈、地味すぎず派手すぎず、まるで「真面目で優しい女の子」そのもの。
そんな穂乃花が隣に座ってくれたとき、明宏の心のBGMは完全にハッピーソング。
「日曜日にね、ぶどう狩り行ってきたんだ〜! と〜〜っても美味しかったよ!」
愛生が満面の笑みで話す。
「果物狩り、いいね〜」と頷く里香。
「甘くて美味しそう〜」と穂乃花。
その柔らかな言葉に、明宏は思わず「天使……?」と心の中でつぶやく。
「渓流ルアーのあとにぶどう農園に行ったんだ。俺、アマゴ釣ったぞ!」
ドヤ顔で話す明宏。
「……あっそう。」
と、冷風を吹かせる里香。
だが穂乃花は、目をキラッキラに輝かせて言った。
「わぁ〜! 明ちゃん、またお魚釣れたんだ〜! すごいね!」
「い、いや、まぁ……ちょっとな……」
耳まで真っ赤になる明宏。
そんな弟の様子を見て、愛生は肩をすくめる。
(明宏が照れるのは別にいいや。穂乃花ちゃん可愛いし……)
「ねぇねぇ、今度みんなで果物狩り行こうよ〜!」
愛生がテンション高めに提案。
「いいね〜! 文化祭終わったら、打ち上げで行こうか〜」
里香がノリよく返す。
「賛成〜!」
「おー!」
「わーい!」
バスの中は、果物の甘い香りが漂ってきそうなほどの盛り上がり。
後部座席のサラリーマンが、うらやましそうにため息をついたとか、つかないとか。
放課後の部室には、紙の音とハサミのリズム、そして女子高生たちの笑い声が響いていた。
10月初旬の文化祭に向けて――準備、開始!
展示担当の里香が、ホワイトボードの前でリーダーシップを発揮する。
「活動報告はこっちの壁。写真はここに並べて……ね、真面目にいこうね」
「ね〜ね〜、写真も可愛くデコっちゃお〜!」
愛生がスクールバッグからデコペンをずらりと取り出す。
キラキラ、ピンク、ハート、星――すでに真面目の気配ゼロ。
「ダメダメ! 真面目な展示なんだから、“かわいい”は禁止!」
即座に却下する里香。
「も〜〜!」
愛生はぷく〜っとほっぺを膨らませた。
その様子を見た穂乃花が、にこにこしながらフォローを入れる。
「じゃあ、愛生ちゃん、たい焼き屋さんを可愛くしようよ?」
「うんうんっ! やっぱり穂乃花ちゃんも“かわいい”がいいもんね〜!」
と嬉しそうに頷く愛生。
(え、別にそこまでこだわってないけどなぁ〜)
穂乃花は心の中で小さくつぶやいた。
その頃、里香と明宏は展示物を制作中。
「写真の配置、こっちが先学期、こっちが夏休み。説明文は下に貼るから」
「はい……」
完全に作業員と化す明宏。
JKの会話についていけるわけもなく、もはや“文化祭とは何か”を考える段階に突入していた。
一方、たい焼き屋班。
「チョキチョキ〜」
茶色の色画用紙を切ってたい焼きの形を作る愛生と穂乃花。
「目とウロコも描いて〜っと……」
それらしく見える。うん、見えるけど――
「なんか物足りないなぁ〜」
赤い画用紙を手に取り、チョキチョキ。
「リボンつけちゃえ!」
たい焼きの頭にリボンがついた。
「う〜ん……まだ足りない!」
愛生はたい焼きの目に、まつ毛をくるりんと描き足した。
「ほらっ! お目目ぱっちり♡」
出来上がったそれは、もはやたい焼きではなかった。
たい焼き“っぽい何か”が大量に机に並ぶ。
穂乃花はそっと呟いた。
「……このたい焼き、目が合うね……」
「うん、かわいいでしょっ♪」
愛生は満面の笑み。
(かわいい……? いや、もう“こっち見てる”んだよな……)
穂乃花の心に、静かなツッコミが響くのであった。




