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うちの愛生ちゃん  作者: 横溝 啓介
1年2学期
56/79

日川渓流 釣り後の楽しみ

読んで下さる皆様、心より感謝致します。


ゆっくりと物語を進めますので、気長にお付き合い頂ければ幸いです。

日川での釣りを終えた3人を乗せ、圭介の車はぶどう農園へ向かって走っていた。

うっすらと汗ばむ午後、まだまだ夏の名残を感じさせる残暑の空気。


助手席の愛生は、満足げに窓の外を見つめていた。

「ねぇ、お兄ちゃん。日川、すっごく楽しかったね〜」


「うん。初めての日川だったけど、いい川だったな」

ハンドルを握りながら圭介が頷く。


「俺なんか、アブラハヤ爆釣だったし!」

後部座席から、誇らしげな声を上げる明宏。

その顔は、まるで大会優勝でもしたかのようにドヤ顔だ。


「でも、あまごも釣ったじゃん。すごくきれいだったね」

と愛生が笑顔で言う。


「ふっ、あれは偶然じゃない。実力だ」

と胸を張る明宏。


「15センチは立派だったよ。初心者であのサイズ釣れたのは本当にすごい」

圭介が優しく褒めると、明宏は耳まで赤くなった。


「えへへ、まぁな……」

照れながらも満更でもない表情。


そんな弟を見て、愛生もつられて笑う。

「明くん、前よりずっと上手になったよね」


「釣りも上達してきたし、ちゃんと譲れるようにもなったしな」

と圭介。


「そ、そんなこと言われると、なんか変な感じする……」

と、明宏がモゾモゾし始める。


(うん、俺は釣れなかったけど、それでいい)

圭介は心の中で静かに思った。

(俺の釣果よりも、明宏の“成長”が今日の一番の収穫だ)


その横で、愛生は自分が釣り上げた泣き尺のあまごを思い出し、にっこり。

「私のあまご、大きかったね〜。すっごくきれいだった〜」


「うん、あれは見事だったよ。立派なあまごだった」

と圭介が頷く。


「ぐぬぬ……。次は俺がもっと大きいの釣ってやる……」

と、後部座席から小さく闘志を燃やす明宏。


そんなやり取りに、車内は笑い声で包まれた。


そのとき、窓の外に「ぶどう狩り→」の大きな看板が見えてくる。

「ほら、お兄ちゃん!ぶどう農園、もうすぐだよ!」

と愛生が指をさす。


「よーし、次は“ぶどう爆食”といくか」

と冗談を言う圭介。


「いや、“ぶどう爆食”って何だよ!」

と明宏が即ツッコミ。


こうして、残暑の空の下、3人を乗せた車は甘い香り漂うぶどう農園へと滑り込んでいった。


ぶどう農園に到着した圭介たちは、受付を済ませると、たわわに実ったぶどう棚の下へ案内された。

昼下がりの陽射しがまだ少し眩しい。午前中は沢山川歩きをしたせいで、3人とも喉はカラカラ、お腹もグーグー鳴っている。


「ふぅ〜、やっと着いたねぇ〜。お腹ペコペコ〜!」

と愛生が伸びをしたその瞬間、

リュックの中から、あの“相棒”が登場した。


そう、ピノノちゃん。


しかも今日は、もうひとり――白くてふわふわの「バニラちゃん」まで出てきたのだ。


「お腹ペコリーヌの皆さん〜!お待ちかねの〜、ぶどう狩りの時間ですよ〜♪」

愛生の高らかな宣言で、“愛生劇場”の幕が開く。


右手のピノノちゃんが話しかける。

「バニラちゃんはお腹ペコペコピノですか〜?」


左手のバニラちゃんが答える。

「バニラはね〜、お腹ペコペコで、早くぶどう食べたいニラ〜!」


「やっぱり〜、みんなお腹ペコペコペコリーヌなんだね〜!」

と愛生が満面の笑顔でフィニッシュ。


……沈黙。


明宏の頭の中では、カンカンカンと“ウザい警報”が鳴り響いていた。

(また始まったよ、一人芝居タイム……。頼むから静かに食べようぜ……)


一方、圭介はというと――

(かわいい……。もう、ほんとかわいい。けど……お兄ちゃんもお腹ペコペコペコリーヌだよ……)


3人の温度差がぶどう棚の下でくっきり分かれる。


そんなことをよそに、愛生はぬいぐるみたちと一緒に小走りでぶどう棚へ。

「ほら、ピノノちゃん、あのぶどう、おいしそうだよ〜!」

「ほんとピノ〜!」「バニラも食べたいニラ〜!」


もう完全に3人で盛り上がっている(うち2人は布製だが)。


「おい、愛生!食べすぎるなよ〜!」

と明宏が言うが、愛生は聞いちゃいない。


太陽の下で愛生の笑顔がはじけ、ピノノちゃんとバニラちゃんも(たぶん)満足げ。


そんな光景を見て、圭介は苦笑いしながら思った。

(ま、いっか。今日は“ぶどう爆食デー”ってことで)


明宏はというと、

(……もういいや。ピノノもバニラも、うまそうに食べてるし)

と、ちょっとだけ笑ってしまうのだった。


ぶどう棚の下、太陽の光を浴びて紫の粒がつやつやと輝いている。


「ねぇ〜見て見て、このぶどう!美味しそうだよ〜!」

愛生が目をキラキラさせながら、はしゃいで房を指さす。


「いや、どれもこれも、美味しそうだけどなぁ……」

明宏は少しあきれ顔で返すが、内心ちょっと楽しそうだ。


その様子を見ていた圭介は、ふっと微笑んでしまう。

(ああ……楽しそうな愛生、天使だなぁ〜)

完全にシスコン兄の目である。


いくつかぶどうをもいでテーブルに戻ると、

3人はちょっとしたピクニック気分で試食タイム。


「はい、明くん。これ美味しそうだから食べな」

圭介が優しくぶどうを差し出す。


「……別に自分で食べるけど?」

明宏が怪訝な顔をした、その隣で――


「明くん、お姉ちゃんが食べさせてあげる〜。はい、あ〜ん♡」

愛生がニコニコしながらぶどうを摘んで差し出した。


「……え、なにそれ。どうしたの2人して。気持ち悪いんだけど」

明宏は本気で引いた顔。


すると愛生がニコッと笑い、まるで教師のように指を立てた。

「今日は明くんがとってもいい子だったから、ご褒美だよ〜♪」


「そうだぞ!」とすかさず圭介も乗っかる。

「お姉ちゃんに先頭を譲り、釣りポイントまで譲るなんて、なかなかできることじゃないぞ〜!

あれはまさに兄も涙した感動シーンだったな!」


「いや、あれは……痛かっただけなんだけどなぁ〜」

明宏はぶどうの粒を指で転がしながら、心の中で小さくつぶやく。


しかし目の前では、兄と姉が満面の笑顔で拍手までしている。

「えらいねぇ〜明くん♪」「ついに成長期きたな!」


――パチパチパチ。


まぶしすぎる兄姉の笑顔。

圧がすごい。


明宏はぶどうを口に入れるが、

「……なんか、味しねぇ。」


ぶどうの甘さよりも、兄姉の“愛情”の方が濃すぎて、

若干むせそうになる明宏であった。


「さてと、弟を褒めまくり甘やかしたし──」

愛生が手をパンッと叩き、キラリと瞳を光らせる。

「ぶどうを思う存分味わうぞ〜っ!」


その瞬間、愛生のテンションがマックスに跳ね上がる。

一房、二房、三房……手が止まらない。

口の中に吸い込まれていくぶどうの数はもはやブラックホール級。


「おぉ……ぶどうが……消えていく……!」

圭介は愛生の底なし食欲に軽く引きつつも、

自分もひと粒食べて感動の表情。

「うっ……うまい……! 上品な甘みが身体に染み渡る……まさに自然の芸術!」


その隣では、明宏が無言で爆食いモード突入。

両手にぶどう、一気に口へ。

「……美味い……美味い……止まんねぇ……!」

完全にスイッチが入っている。


気付けば3人、目の前のぶどうにだけ集中。

会話? そんなもの、とうの昔に消え去った。


ただ「モグモグ」「パクパク」「プチッ」「ハムハム」だけが響く静かなぶどう農園。


妹と弟が、頬っぺたをぷくぷく膨らませながらぶどうを頬張る。

その幸せそうな顔を見て、圭介は思わずほっこり。

(うんうん、幸せそうだな……胃袋の限界まで食べてるけど)


「いや〜、お母さんからぶどう代おねだりして良かったね」

と、ぶどうを口に詰めたまま明宏がボソッと本音を漏らす。


「その残りでさ、武田餅買ってこ!」

と愛生が元気いっぱいに言う。すでに次のスイーツへ思考が移行済み。


「おぉ、いいね。じゃあ帰りはどっかスーパー寄らないとな」

圭介はにっこり。まるで遠足の締めの先生モード。


ぶどうでお腹がパンパンの3人。

もはや歩くたびに「ぷるんっ」と音がしそうなほど満腹。


「さぁ〜、ぶどうでお腹いっぱいだし!」

「お土産買いに行こうーっ!」


と、テンション高めに農園を後にする3人。


3人がぶどう農園を後にして車に乗り込む。


エンジンをかけた圭介が、ふと横を見ると──

助手席の愛生がシートにもたれかかり、魂が抜けたように無言。


(あれ?今日はやけに静かだぞ……)

いつもならカーナビを勝手に操作して「次は温泉〜!」とか言い出すのに、今日はシンと静まり返っている。


「愛生ちゃん、そば切りは食べないの?」

圭介が冗談まじりに聞くと──


「ムリムリ、フーフー……もう入らないぃ……」

と、苦しげにお腹をさすりながら呻く愛生。


「おぉっと、ブラックホール、満腹で崩壊か」

圭介は思わず吹き出す。


後ろを振り返ると、明宏もぐったりと横になっている。

「……うぅ……食べすぎた……」

目が半開きで、まるで天井のシミを数えているようだ。


運転席の圭介だけが、比較的余裕のある表情。

(はぁ〜、やっぱ運転手は腹八分目が鉄則だな……でも損した気分だ)


やがてスーパーマーケットに到着。


「ほら、着いたぞ〜。武田餅、買うんだろ?」

と言っても、返ってくるのは「うぅ……無理……動けない……」の合唱。


結局、愛生と明宏は車の中で「食べすぎリタイア」状態。


「まったく……満腹で戦力ゼロか」

と苦笑しながら、圭介は1人でスーパーへ。


──その背中には、父親のような哀愁と、胃袋の余裕が漂っていた。

渓流ルアーは本命の鱒以外でもアブラハヤやウグイ等も楽しめる釣りであり

ここ数年で間違いなく人気が上がり釣り人も増えている釣りと思われます。

初心者でもスレていないフレッシュな魚に出会えれば意外な大物も釣れたりするのも

渓流の魅力ではと思います。

明宏が擦り傷という些細な出来事から姉の愛生に先頭を譲り、

譲った行為がきっかけで大物のアマゴが釣れるという釣果に繋がりました。

譲り合いといった優しさの大切さに明宏が気づいていく姿を表現してみました。


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