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うちの愛生ちゃん  作者: 横溝 啓介
1年2学期
55/79

日川チャビング

読んで下さる皆様、心より感謝致します。


ゆっくりと物語を進めますので、気長にお付き合い頂ければ幸いです。

車を止めて川へ降りると、そこはもう別世界だった。


さっきまでの「秘境・渓流!」という雰囲気はどこへやら。

目の前に広がるのは、住宅の裏をちょろちょろと流れる小川。


「……なんか、“渓流”っていうより“里川”って感じだね」

愛生が首をかしげる。


「うむ……魚より人の生活感が強いな」

圭介は微妙な表情。


「ま、まあ魚は魚だ!釣れるに越したことない!」

と、妙にテンションを上げる明宏。

痛みも引き、やる気はMAXだ。


そして――


「き、きたぁーっ!」

突然、明宏が叫んだ!


ロッドがしなる!ルアーが引っ張られる!

「これ絶対、岩魚だ!」と興奮の雄叫び!


だが、ネットに入ったその魚を見て3人は固まった。


「……え?」


茶色に光るその小魚。

体長10センチ、キラキラと可愛い目。


――アブラハヤ。


「な、なんだコレ!? 岩魚ちっちゃくなった!?」

明宏、現実を受け止めきれず。


「……あれ、これ鱒じゃないよね?」

愛生も不思議そうに覗き込む。


しかし次の瞬間――

愛生の竿にもヒット!


「わっ、私にもきた!」

上がってきたのは……やっぱりアブラハヤ。


「また同じのだ~!」

と笑いながら釣り上げる愛生。


二人のテンションはどんどん上がっていく。

「ちょっと可愛いかも!」

「ちっちゃいけど引くんだよコレ!」


アブラハヤ祭り、開幕。


その様子を後ろで見ていた圭介は、遠い目をしてつぶやいた。


「……鱒釣りが、チャビング(※小魚釣り)になってる……」


しかし、楽しそうな2人の笑い声を聞いているうちに、

肩の力が抜けてきた。


「ま、いっか。楽しければ、なんでも釣りだよな。」


そう呟いて竿を構える圭介。

狙うは岩魚……いや、もう誰でもいい。


3人の“渓流チャビング大会”は、こうして幕を開けたのだった。


下流の川には、人の姿がまったくなかった。

「ほら見て!釣り人ゼロ!」

愛生が胸を張る。


「おお、やっぱり俺たちの読みが当たったな」

圭介が満足げに頷く。


まるで“渓流を独占”したような気分。

いや、実際は住宅街の裏だけど……気分は冒険者だ。


しかも――魚が釣れる。

たとえアブラハヤでも、釣れれば心は穏やかになる。


「よし、次は俺が先頭な!」

「じゃあ釣ったら次は私ね!」

と、二人はアブラハヤごときで交互に先頭交代。


そのテンポが妙にリズミカルで、圭介は「これはこれで楽しそうだな」と思うのだった。


そして――事件は起こった。


「きたぁーーーっっ!!!」

突然、明宏の声が里川に響き渡る!


ロッドから伝わる確かな重量感がアブラハヤとの違いを物語っていた。


「ま、待って!無理しないで!ゆっくり寄せて!」

愛生が慌ててネットを構える。


慎重に、慎重に寄せて――

ついにネットイン!


「……あ、あまご!?」


その魚体には、淡いパーマークに朱点がキラキラと散っていた。

光を受けて輝くその姿、まさに天然の宝石。


「やったぁぁぁぁぁ!!!」

明宏、渓流に響くガッツポーズ!

足元の水しぶきも気にせず、飛び上がって喜ぶ!


「バチバチバチバチバチ!」

愛生と圭介、まさかの本気の拍手。

まるで授賞式の表彰タイム。


「どーだ!見たか!」

明宏は胸を張り、ドヤ顔を全力展開。

自分の中では、すでに“釣りキング”の称号を手に入れていた。


圭介は、そんな明宏の姿を見ながら心の中で小さくガッツポーズをした。

(よかった……これで今日、機嫌が直った……)


満面の笑みの弟、祝福する姉、そして静かに安堵する兄。

住宅街の小川で、ささやかな“奇跡の瞬間”が生まれたのだった。


釣れたあまごを手のひらに乗せて眺めながら、

明宏はすっかり“達人モード”に突入していた。


「愛生、俺もう釣れたから、先頭やっていいよ」

――余裕の台詞である。


兄と姉の心の声:

(……一匹釣れただけでこの態度!?)


愛生は小さくため息をついて、

「はいはい、ありがとー」と言いつつ先頭へ。


だが、釣れるのはアブラハヤ、アブラハヤ、アブラハヤ。

まるで“アブラハヤ無限ガチャ”状態。


「やっぱり愛生はダメだなぁ〜」

明宏、急に講師ポジション。


「ここがダメでさ〜、こうしなきゃダメなんだよ〜」

渓流初心者のドヤ顔講義、開講中。


圭介の心の声:

(お前……さっきまで泣きそうだっただろ……)


とはいえ、兄はあえて黙って見守る。

一方の愛生はというと、

完全に「はいはい、言わせておけ」モードで耳シャットアウト。


そんなドタバタの中、川の奥に砂防ダムが見えてきた。

見るからに“釣れそう感MAX”のラストステージ。


圭介が時計を見る。

「もう12時前だ、ここがラストチャンスだな」


愛生は明宏に譲ろうとした。

「明くん、最後やってみたら?」


しかし――


「俺はもう釣ったから、愛生が釣りなよ」

……なんという余裕発言。


兄の心の声:

(さっきまで“俺が釣る!”言ってたのに……成長!?)


愛生はにっこり笑って、ミノープラグをキャスト。

その瞬間――


「きたーーーーっ!!!」


竿が大きくしなり、愛生の声が渓流に響く!

水面で銀色の魚体が暴れる!


「デカい!!」

「えぇぇぇぇぇ!?」


圭介と明宏の声がハモる!


慎重に寄せて、圭介がネットで受けると――

見事な28cmの泣き尺あまご!


「やったーー!私、天才!!!」

愛生はピョンピョン跳ねながら大興奮!


明宏はその場にしゃがみ込み、

「……俺が釣りたかった……」と魂のボヤき。


すると愛生が振り返って微笑んだ。

「明くん、譲ってくれてありがとう。

明くんが譲ってくれたから、この子が釣れたんだよ」


その言葉に圭介も便乗する。

「そうだな。流石、一流アングラーは心が広い!」


「……え?俺、今日2回譲って、2回褒められた……?」

明宏はポカンとした後、

「……悪くないかも」と小さく笑った。


兄と姉が顔を見合わせる。

(……あ、明くんが……ちょっと大人になった……!)


住宅街の里川で、

小さなあまごと、小さな成長がキラリと光った昼下がりだった。

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